アットウィキロゴ

行けや松風、修羅を一騎駆け(2)

 木曽三川、と呼ばれる川がある。
 木曽川、揖斐川、長良川。この三つの大河川が、読んで字の如くに並んだ場所だ。
 敵はこのエリアに構えていると、先遣隊が把握した時、武田軍の取るべきプランは決まった。
 無論、あれだけの巨躯である。作戦の第一段階――誘導を行うのは、困難を極めることだろう。
 それでも、やるだけの価値はある。やればそれこそが勝機に繋がる。
 仇敵・ダレイオス三世を葬るためには、それだけのリスクは負わねばならぬ――二度戦い追い詰められたからこそ、誰もがそれを痛いほど、骨身に染みて理解していた。






 灰色の空に遠雷が鳴る。
 天龍唸る暗雲の下で、吼えるは武士と世迷の者共。
 曇天の下にて響くものは、並ぶ蹄と具足の稲妻。一人一人の歩みと怒声が、重なり雷鳴の様相をなす。
 片や赤き『赤鉄の虎群(たけだきばぐん)』。片や黒き 『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』。
 二つの軍勢の三度目の合戦――それはまさしく驚天動地、天地鳴動の大いくさとなった。

「ォオオオオッ!」

 嘶きが聞こえる。剣戟が聞こえる。
 ぬかるみの大地もものともせずに、汚泥を撒き散らしながら騎馬武者は征く。
 群がる髑髏の不死兵団へと、もののふが次から次へと飛び込む。
 赤き鎧の軍勢の中で、剣が槍がと銀色が光った。光は鋼の重さを宿し、眼前の化性を薙ぎ倒していった。

「この化物! 死ねぇ!」
「ぎゃぁああッ!」
「負けんぞ! 貴様らなんぞに決して負け――ぇええッ!」

 それでも敵も只者ではない。伊達に不死身を名乗っていない。
 不撓不屈が不死者へ転じ、遂には魔性と成り果てた、暗黒色の一万兵団。
 ダレイオスの率いる兵士は、既に人間霊ではないのだ。斬っても刺しても焼いても死なない、只では決して倒れない、恐るべき魍魎の群れなのだ。
 人が不死身を押し切るためには、二人三人がかりでもって、力と殺意を束ねねばならぬ。
 されども一息に死なぬ魔物は、己一人が死に逝く前に、ゆうに二人三人を殺せる。
 鎧は泥に。地面は血色に。混ざり混ざって全ては黒に。
 神の器の横槍によって、多くが潰され果てたとしても、個々の質の差は歴然だ。故にこそこの戦いは、昨夜の天候そのままに、泥沼の様相を呈していた。

「死に急ぐなよ、皆の衆! 貴様らにはまだこの先も、働いてもらわねばならんが故にな!」
「狙うは大将首のみだ! 奴めを動かすだけでいい! 有象無象との相討ちごときは、無価値な犬死にと心得よ!」

 それでも、信玄は確信していた。
 たとえ兵力で劣ろうとも、それはこの戦いにおいて、決定打にはなり得ないのだと。
 恐るべき魑魅魍魎といえど、腱の一本さえ引きちぎれれば、即座に霧散し消えるが定めと。
 これらはあくまで宝具の一部。確かな実体などではなく、ダレイオス三世の分身に過ぎぬ。
 かのランサーが作り上げ、確かな像を持たせていた、かの竜牙兵とは別のものだ。
 ダレイオスさえ殺してしまえば、諸共に消え失せる蜃気楼なのだ。
 なればこそ信玄も、アグラヴェインも、その一点のためにこそ采配を振るった。
 風林火山の軍配は、サーヴァント一騎を撃滅する、ただそのためだけに振るわれていた。

(わしもすぐに追う……今は頼むぞ、藤丸立香!)

 ド派手な総当りで敵にぶつかり、その軍勢を誘導し。
 蜘蛛糸のごとく築いた道に、虎の子三頭を走らせて。
 赤鉄の虎・信玄は、怒号と悲鳴のその先に、勝利の二文字を祈り続けた。






「■■■■■―――ッ!!」

 それは小山のごとき黒。見上げんばかりの形持つ絶望。
 不死の概念を築いたそれは、転じて物理的な姿見を持った、死そのものとすら形容できる。
 鼓膜を破らんばかりの咆哮、馬すら転倒させる足踏み。
 万の軍勢が響かす音を、たった一頭で轟かすほどの、不撓不屈の大怪獣。
 バーサーカー・ダレイオス三世――その巨躯を預ける巨大象だ。
 身を強張らせれば百の矢が弾かれ、鼻を振り回せば一団が吹き飛ぶ。
 恐るべきは大きさだ。重さそのものが脅威となるのだ。
 突撃すれば城塞すらも、容易く破るであろうそれは、想像すらも凌ぐ暴威で、武田の軍勢を蹂躙し続けた。

「こんなっ、こんなの勝てっこねぇ!」
「臆するな! お館様とも倒せとは……ッ!」

 一人の武士が言い切るより早く、口を奪われ言葉をなくした。
 跳ねることなく砕けた首は、飛沫となって仲間を濡らした。
 恐怖が広がる。絶望が広がる。病魔のごとく黒々と、赤き虎達を侵食していく。
 威勢を保った者達は、真正面から吹き飛ばされた。怯えて背中を向けた者は、そのままうつ伏せに突き倒された。

「手筈の通りに動けばよい! それ以上は無用である! 各々方、決して無理はなさるな!」

 幾多の犠牲を払っただけあり、目論見通りに動いてはいる。
 しかしそれと同じ数だけ、戦士が恐慌に支配されていく。
 さしものランスロットも焦った。馬に跨り地を駆けながら、血の沼と黒き山とを見比べ、頬に冷や汗を伝わせた。

「はぁっ!」

 地に転がった槍を投げた。己が宝具へと転化し、弩弓の鏃となったそれを、ダレイオスの巨象へと放った。
 早々に敵を動かさねばならない。第一段階たる誘導の策を、一刻も早くなさねばならない。
 でなければ遅れるだけ屍が増える。この先の戦いに繋がらなくなる。何よりも戦友達の命が消える。
 情が采配を鈍らせることはない。究極の合理主義者に限って、それだけは断じて起こり得ない。
 されども、一度は言葉を交わし、轡を並べた同胞達が、無為に殺される姿は、胸に痛む。
 恐怖の悲鳴が、赤色の死が、ランスロットを駆り立てた。早く、一刻も早くと、円卓の騎士を急がせた。

「ランスロット!」

 それが功を奏したのか。最後の一打となったのか。
 藤丸立香の叫びと共に――ばしゃり、と大きく水音が鳴った。
 人類最後のマスターが、声を張り上げ示した先には、悲願の光景が広がっていたのだ。

「よし……! 小太郎!」
「承知!」

 安堵と共に相棒の名を呼ぶ。指示を待ちわびた忍の者に、今が勝機と道を示す。
 それは川だ。大いなる水だ。ダレイオスを追い立てた先には、巨大な木曽川があったのだ。
 飛沫を上げる巨象の元へ、勝機は今ぞと小太郎が駆ける。
 あの怪獣の身動きを止める。ランスロットとダレイオスの、一騎討ちを実現させる。
 その仕込みをなすためにこそ、必要なのがあの川だった。文字通りの火種を、広く、激しく、素早く広げる流れこそが、彼らの勝利の鍵だったのだ。

「『不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイト)』――散開!」

 宝具解放。総員出動。
 風魔小太郎の宝具とは、風魔忍軍伝説の具現だ。総計二百の忍の軍を、現世に呼び起こす反魂の術だ。
 百戦錬磨の強者達が、影を抜き去り川辺を駆ける。
 ある者は弓を、ある者は爆薬――そしてある者は巨大な瓶を。頭の短な指示に呼応し、それぞれの持ち場へと展開していく。

「油を放て……矢を番えよ……!」

 五人で一つを抱えるほどの、巨大な瓶が幾多も並ぶ。傾けられた地獄の口から、波々注がれるものがある。
 それは闇だ。漆黒の殺意だ。大河に拡散されゆくそれらは、ぎとぎととねばついた油の波だ。
 流れにそって殺意が広がる。上流から下流へと下っていく。忍が見下ろす先にあるのは、大河川の最中に浮かんだ島だ。
 すなわち、標的はダレイオス。古今東西、油を撒けば、それに続く一手が何かは、問うまでもなく決まりきっている。

「……撃てッ!」

 瞬間、世界が光に満ちた。
 それは太陽の白ではなく、血よりも鮮明な茜の色だ。
 一気呵成はこのことなりと、叫ばんばかりに光が奔る。赤いラインが幾十百と、まばたきごとに曇天に浮かぶ。
 地上の流星雨が駆け抜けた時、木曽大河川は真紅と化した。
 瞳を潰さんばかりの光と、汗すら蒸発させる風。ごうっと唸りを上げながら、龍の戦場に現れたものは――見渡す限りの炎の海だ。

「■■■■■■■■―――!!」

 巨象がのたうち回り、苦しむ。槍よ弓よを弾いた体躯が、たちまち赤に呑み込まれていく。
 泥地以上にぬかるんだ足場、一瞬にして広がる炎。逃げることなど許されぬ、焦熱地獄が具現化される。
 これこそがダレイオスの象を、封殺せんための火攻めの策だ。
 油が流れきるまでの、僅かな時間で構わない。それだけ留まっていようものなら、火の手は十分燃え移る。
 完全に火だるまにならずとも、動きを止めることさえ叶えば――後は最後の大詰めだけだ。

「――ッ!」

 馬が駆ける。紫が光る。
 紫電の騎士が一直線に、炎の運河へ駆け抜ける。
 灼熱を前にして蹄が止まる、その瞬間に男は跳んだ。加速を乗せた大跳躍は、火の只中の暗黒へと届いた。

「決着とするぞ――狂王(ダレイオス)ッ!」

 唸りを上げるは円卓最強。整えられたシングルマッチの、炎のリングへ降り立つ者は、湖の騎士・ランスロット。
 水の精霊に愛されながら、今は炎の真っ只中で、剣を抜き放つ無双の男だ。
 青き剣閃が振り下ろされる。黒鉄の右斧がそれを阻む。
 ダレイオス三世は二刀流だ。宙で留まったランスロットを、すぐさま左の追撃が襲った。
 滑り落ちるようにして、回避。象の背に転がり、大股を抜け、敵の背に立ち姿勢を正す。

「■■■■!」
「ぬぅううんっ!」

 降りかかる連撃を全速でいなす。視認限界速度をも超過し、直感とセンスだけで神速を振るう。
 五合目の大ぶりの一撃に対し、わざと飛ばされるように加減した。ふわりと浮いた身を制した後、象の背に刺さった槍を抜いた。
 先程に己が放ったものだ。「騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)」の発動により、手数はこれで対等となった。
 こちらにリソースを割き続ける限り、「無毀なる湖光(アロンダイト)」の全開は出せない。それでも今は威力よりも、二刀に挑める手数が欲しい。

「でぁっ!」

 身の丈を凌ぐ得物ですらも、木枝のように難なく回す。
 身の丈に倍するほどの巨人に、何するものぞと挑みかかる。
 暗黒の暴風(サイクロン)を目の前にしながら、円卓の騎士は敢然と吼えた。
 十メートルにも及ばん背丈の、象の背に乗り打ち合い続けた。
 力を封じた湖の剣は、灼熱の赤のみを刀身に宿す。即席宝具に過ぎない槍が、遂に限界を迎えて砕ける。

「ランスロット殿、これを!」

 風魔小太郎の声が聞こえた。風切音の方に空いた手を伸ばした。
 投げ放たれた刀を掴む。すぐさま二刀流を構え直す。同時に叩き込まれた斧を、クロスさせた刃で受ける。

「■■■……!」
「く……!」

 じりじり、じりじりと殺意が迫った。200キロにも及ぶウェイトの差が、じわじわと間合いを詰めていった。
 筋力数値以上の差が、巨壁となって立ちはだかる。人の身でこれほどの差を突きつけるものかと、瞠目しそうになるほどだ。
 こうなれば「無毀なる湖光(アロンダイト)」の解放によって、純粋エネルギーで振り払うしかない。しかし、僅か生じる隙を、敵が見逃してくれるものか。

「せいっ!」

 刹那、気合と共に爆音が弾けた。
 風魔小太郎の攻撃だ。ダレイオス三世の巨大な背中が、閃光を伴い爆裂したのだ。
 瞬間、僅かに力が緩む。この隙を決して逃すものかと、湖の聖剣の力を放つ。
 両の刃を振り抜いた。刹那、ばきん、と刀が砕けた。
 空いた左手も聖剣に添える。鉄色の破片のその先にある、黒き巨体目掛けて刃を振るう。
 宝具としての魔力を放った、「無毀なる湖光(アロンダイト)」の必殺の一閃。隆々とした筋肉を、その太刀筋が過たず斬り裂く――!

「■■■■■■―――ッ!!」
「な――!?」

 理屈の上では、そのはずだった。
 しかし敵はバーサーカーだ。条理の外を征く狂気の戦士だ。
 闘争の本能に動かされるまま、なんと狂王ダレイオスは、胸板を盾に飛びかかってきたのだ。
 弾かれた両腕は必要としない。体重こそを武器とする、ボディプレスまがいの体当たり。
 常軌を逸した技なればこそ、ランスロットはまともに受けた。暴れる象の背中から、彼は容易に転げ落ちた。

「ランスロット殿! ぐぁっ……!」

 頭上で小太郎の苦悶が聞こえる。返す刃を叩き込まれ、同じく弾き飛ばされたようだ。
 このままではまずい。火の海に焼かれる。炎はすぐに払えるだろうが、そこから先を果たしてどうする。
 ダレイオスが地上へ降り、怯える武士達を蹂躙する――炎の川が血の川へ変わる、その未来を避けることは、叶うか。

「――ぉおおおおおッ!」

 その答えを運んだのが、怒号だ。
 男のものでは決してない。狂王の叫びとは明らかに違う。
 蹄を鳴らし、鎧を震わせ、修羅を掻き分け乗り込んでくるのは、かの赤鉄の荒武者だ。
 獅子をも食らう鋼鉄の虎が、遂に敵陣を突破して、リングへ殴り込みを仕掛けてきたのだ。

「信玄公!」
「乗れ、ランスロットッ!」

 嘶きと共に馬が飛び立つ。見届けるや否や、態勢を正す。
 並の馬であったとするなら、忍の業火を抜けられぬだろう。しかし武田信玄の連れるあれは、現界したサーヴァントの一部だ。
 果たして甲斐武田総大将の愛馬は、勇猛果敢に炎を駆け抜け、見事主たる信玄の後ろに、ランスロットを乗せることに成功した。

「その様ならまだ戦えるな! ならばよし! よくぞ踏みとどまってくれた!」
「部隊の指揮はいかがされた!」
「アグラベインに任せておる! 奴めがこちらにかかりきりなら、頭は一つで事足りるわ!」

 ならばよかろう。憂いはない。アグラヴェインは手腕だけなら、十二分以上に役立つ男だ。
 であればここは、援軍が来たのを、素直に喜ぶべきだろう。
 一対一なら互角やもしれぬ。小太郎が共にあれば優勢になる。そこに信玄が加わるのならば、三対一にして絶対無敵だ。

「今度こそ奴と決着をつける! 今しばらく働いてもらうぞ!」
「心得た!」

 返事とともに、即座に跳躍。象の足元へと飛びつき、脚力のみで垂直に駆け上がる。
 そしてその刹那、横目に、ランスロットはその様を見た。
 武田信玄の真の姿を。あの時にはついぞ見られなかった――想像するに留まっていた、真に解放された宝具を。

「しからば行くぞ! 『風』『林』『火』『山』――全四解放ォッ!!」

 左膝の風。
 左肩の林。
 右肩の火。
 右膝の山。
 四色四様の光の文字が、同時に眩い光を放つ。
 渦巻く力がオーラと成して、赤鉄の鎧を染め上げていく。
 瞬間、ばきん――と鉄の音が鳴った。
 武田信玄が帯刀していた、独特な幅広の日本刀が、中心から真っ二つに分離したのだ。
 細身の刃が、右手と左手。巨大な刀の正体は、二刀一対の刃だった。
 真の姿を戦火に晒した、合体剣が唸りを上げる。噴き出す魔力の奔流が、光り輝く刃と化して、二倍三倍と刀身を伸ばす。
 『徐如林(しずかなることはやしのごとく)』――司るものは気力の流れ。
 魔力循環の効率を高め、運用能力を底上げしたそれは、武器にエネルギーをまとわりつかせる、魔力放出すら再現させる。

「どぉりゃあああああッ!」

 火の筋力の赴くままに、林の魔力を勢いよく放った。
 光り輝く巨大剣を、二刀同時に豪快に回し、信玄は四方を全力で薙いだ。
 馬が駆けるは炎上木曽川。そこに立つのはダレイオスの象。飛沫を散らし、炎を散らし、疾走する信玄の刃は、故に巨獣の四肢こそを斬り裂く。
 両断するには至らずととしても、火の手に炙られ弱った足は、容易に力を失い沈む。
 巨象が崩折れるその瞬間、ランスロットは跳躍した。反対側では信玄が、馬上より象上目掛けて跳んだ。
 前門の騎士。後門の虎。漆黒狂王ダレイオスを、両雄並び立ち包囲せしめる。
 どちらから来る。どちらを攻めるか。果たして関ヶ原の巨大王は、どちらの敵へと刃を向けるか。

「せやっ!」

 答えは前も後ろもハズレだ。反撃は叶うことはなかった。
 立ち直った風魔小太郎が、横合いから爆薬を放ったからだ。
 背中ではなく、足元が弾ける。煙と炎が視界を覆う。視覚と身動きの自由を失い、ダレイオスが硬直する。

「オォオオオオッ!」
「だりゃああァッ!」

 その一瞬を見逃す馬鹿は、この場には誰一人としていない。
 足場を踏みしめ、力を込めて、両雄が標的を襲った。
 剛なる武田信玄の刃と、鋭きランスロットの刃が、双方から血肉を斬り裂いたのだ。
 されども、致命傷には至らず。恐るべきはバーサーカー。狂化に培われた肉の鎧か。

「■■■■■――ッ!」

 遂に自由を取り戻し、ダレイオスが轟然と吼えた。
 黒き戦斧に鬼火をたぎらせ、怒号と共に竜巻を成した。
 ぐるりと円を描く斬撃。まともに受けられようはずもない。示し合わせたかのように、これを同時に飛び退ってかわす。

「ぬぅんっ!」

 先に反撃に出たのは信玄だ。先程象に向けて放った、巨大な魔力刃の太刀筋だ。
 三倍のリーチを有するそれは、間合いを詰めずとも威力を放つ。その場からのフルスイングが、斧の片方を封じ込める。
 負けてはおれぬと、ランスロットも駆けた。剣に青き湖光を湛え、渾身の一撃を狂王に見舞った。
 当然、これも斧で防御。されども敵の二つの手札は、これで両サイドから封じられる。
 光の刃を押し込むように、真っ向突撃する信玄が、空いたもう一振りの刀を振るう。
 されどここでも意地が勝った。火事場の馬鹿力というやつか――吼えるバーサーカーの馬力が、両者の刃を振り払ったのだ。

(やりおる!)
(だが、だとしても!)

 ランスロットは象の背を蹴り。武田信玄は座を蹴って。
 瞬時に姿勢を立て直すと、再び狂王目掛けて駆けた。
 正面突破が叶わぬならと、無限無窮の手数を成すべく、すれ違いざまに斬撃を放った。
 一合、二合、三合、四合。鋭い鉄の音が鳴る度に、眩い火花が戦場を散らす。
 二頭の肉食の獣が、遥か巨大な草食の象を、追い詰めんとすべく爪牙を向ける。
 もはや地上の立香からは、騎士と侍の姿は見えない。風か光に等しき軌跡が、音撃を奏でる様を認められるだけだ。
 そして僅か後方からの、風魔小太郎の援護あればこそ、二頭の虎は刻一刻と、包囲の網を狭めていった。

「■■■■!!」
「なんと――!」

 無論、順当に終わるようなら、ここまで苦戦はしていない。
 目標を一点に定めた王が、両の刃を諸共に下ろす。
 視界に捉えた赤鉄の虎を、先に着実に仕留めんとすべく、全霊の一撃を繰り出さんとする。

「ぬぅっ……!」
「信玄公!」

 反射的に、双刃を構えた。見事信玄は受け止めはした。
 されどバーサーカークラスの、全体重をかけた一撃だ。自身の五倍にも迫るウェイトを、そう簡単に凌ぎもできず、圧倒されて片膝をつく。
 藤丸立香の不安げな声が、遥か眼下から聞こえてきた。
 さもありなん。不甲斐ない姿だ。こうして受け止めている間にも、ぎちぎちと距離が狭まってくる。
 圧倒的なまでのパワーに、強化されているはずの腕が、痺れてへし折れそうにすら思えてくる。
 世界はこうまで広いのか。歴史はこうまで深いのか。
 遥か彼方の戦場を駆け抜け、深淵の神秘を魅せつけた勇者の、その重みが嫌というほどにのしかかってくる。

「なかなか、手間をかけさせてくれたな……!」

 嗚呼、されど折れてはならぬ。
 ここで圧されて倒れてはならぬ。
 なるほど確かにこの信玄は、若輩者ではあるのだろう。
 神秘のしの字もまるで知らず、サーヴァントとなってから身につけた己は、取るに足らぬ若造なのだろう。
 だからといって、それがどうした。負けを認める理由になるのか。
 なれば尾張の大うつけ者は――あの度し難い糞餓鬼風情が、我ら戦国のもののふ達を、残らず出し抜いた歴史の事実は、一体いかにして説明するのだ。

「■■■……!?」
「だがな……それも、今日限りよ……!」

 疾如風(はやきことかぜのごとく)。
 徐如林(しずかなることはやしのごとく)。
 侵掠如火(しんりゃくすることひのごとく)。
 不動如山(うごかざることやまのごとし)。
 風林火山の旗印こそは、最強に許された無二の称号。
 誰より強く、誰より堅く、誰にも負けぬと言い切れるからこそ、その名に恥じぬと胸を張れる。
 ならば神話の英霊だろうと、負けを認める言い訳などには、決してできぬと断言しよう。
 火の称号を名乗るからには、我は誰よりも苛烈な女だ。
 山の称号を名乗るからには、誰よりも我慢強い女なのだ。
 その己が、武田信玄が、風林火山の体現者が――たかだかこの程度の小山など、切り崩せないで何とするか!

「故に倒れよ――ダレイオス三世ッ!!」

 一際眩く、光が爆ぜた。
 火と山の二文字が、一層、目も眩むほどに光を放った。
 全力全開を遥かに超えた、限界突破の左右の太刀が、虎の唸りを上げて冴える。
 轟然と放った刃は、瞬間、黒鉄の戦斧を正面から砕いた。噴き出る魔力が必殺を孕み、ダレイオスに十字傷を刻んだ。
 両者の真紅が、虚空で混ざる。
 斧の破片を受けた信玄、斬撃を真っ向から受けたダレイオス。互いに害され傷を受け、吹き出た血潮がクロスする。

「今だ、ランスロット!」

 この身がなせるのはここまでだ。嗚呼、確かにそうなのだろう。
 筋肉の繊維がズタボロになり、悲鳴を上げているのが分かる。避けきれなかった鉄の破片が、鎧の隙間を抉るのが分かる。
 だとしても、死には至らない。命が残されているからには、勝利を拝むには十分すぎる。
 そして迎え入れるべき勝利は――あの男が掴み取ってくれる!

「『縛鎖全断(アロンダイト)――過重湖光(オーバーロード)』ッ!!」

 それは先の戦いにおいては、ついぞ拝むことが叶わなかった、ランスロット真の必殺剣技。
 十割以上に膨れ上がった、爆発寸前の極大魔力を、ゼロ距離にて敵に叩き込む荒技。
 一たび触れれば消滅必至――並み居る聖剣の極限放射、それに匹敵する無限魔力を、その身に湛えた湖の剣は。
 蒼天の、あるいはその様を映す、蒼海のように青く、眩く、燦然とした美に満たされていた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 振り向かせない。拝ませはしない。
 武田信玄が作った隙を、決して無下にするつもりはない。
 決意と共に刹那を見極め、円卓最強のランスロットは、最強の必殺剣を抜き放った。
 見せぬ、かわさせぬ、必ず当てる。決意し放ったその一閃は、騎士の狙いを寸分たりとも、決して違えることもなく。
 断末魔を迎え絶叫を上げる、狂王ダレイオス三世の背中を、過たず叩き切ったのであった。




BACK TOP NEXT
行けや松風、修羅を一騎駆け(1) 天頂統一戦線 関ヶ原 行けや松風、修羅を一騎駆け(3)


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年10月08日 20:18