「……どこから撃ってくるのかは大体わかった」
「ほう、中々やりますねぇ」
「対抗策も……それなりに『聞こえた』」
「聞こえた……ですか?」
対峙して、数刻。
放たれる矢を斬り払いつつも、目の前のアサシン・スコルツェニーから視線を一切外さない。
受けた矢は1本。最初の自身を掠った1本だけ。
それ以外は全てを斬り落としている。
貞光には周囲には無数の矢が転がっていた。
「ああ、十分に聞こえたさ……弓を射る時の射出音と……」
「なっ!?」
貞光は放たれた矢を今度は掴んだ。
「その発射する前の君の合図の音が、ね」
そして、その掴んだ矢を投げ返した。
「化け物ですか、貴方は?」
「生前もそう呼ばれることも多々あったよ。
『人間』を自称するのは『人間』することではない。
だから、否定はしないよ」
「…………………」
スコルツェニーは絶句した。
いや、絶句と言うよりもドン引きしていた。
共に行動していたセイバーと同時代同郷の英霊もそうだったが。
あの時代のあの国の人々はこうも無茶苦茶なのだろうか? と。
「アーチャーさん……そろそろ、こちらの手もがどうやらばれてしまったようですので……」
「了解だべ……確かに俺にはこうもチマチマ撃つのはどうも性に合わねぇべ」
姿を表した男。
その手にはクロス・ボウ。
見るからにアーチャー。
どう考えてもアーチャー。
アーチャー以外考えられない。
「見るからにアーチャーだね」
「そうだべな、アーチャー以外に俺が召喚されることは多分ねぇべ」
金の髪に緑の帽子。
狩人もしくはハンターを思わせるような風体。
「何故、分かったんですか?」
「……ここはハワイ……島全体が活火山だからね。
そこも、ここも、あっちだって……『ハワイの山の神』の支配下だよ」
「『ハワイの山の神』となると……『女神ペレ』ですかね?」
「まあ……そうだね」
「なるほど、つまり、真っ先に倒すべきは……貴方でしたか」
「いやいや、『彼女』が溺愛してるのはランサーちゃんだけさ。
……僕は『彼女』の声を聞いてるだけさ、なら僕がすべきことは決まっていたさ」
「と、なりますと……」
「ああ、ランサーちゃんのマスターと僕のマスターは繋がっていたらしいからね。
マスター間では隠していたつもりでも、僕には丸聞こえだったさ。
それでも僕は乗った……それが僕のマスターの最初の望みみたいだったからね」
「それで貴方はこの聖杯戦争をあのランサーに勝たせると?」
「そうさせないと『人の歴史が狂う』らしい……からね」
「……私としては相手の勝利が確定した戦争に身勝手に呼ばれるなど……
ク ソ ほ ど つ ま ら な い こ と だと思いますがね」
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
「!?」
人として、英霊としても、我欲というものを一切感じない。
異常にして、異質。完全に『壊れている』その在り方。
『鬼』にあれほどまでな執着を見せたセイバーともまた違う壊れ方。
「さて、アーチャー……こうもあっさり姿を見せたからには……」
「そうだべ……まぁ、一矢報いるというよりもおめぇを撃ち抜く」
アーチャーはゆったりと構える。
魔力を回し、標的――貞光に狙いを定める。
「……僕が知りうる弓使いなら威嚇射撃など決してしない。
彼が放つ矢は一矢のみ……『一矢一射一殺』が信条だったよ」
「それは殊勝な心掛けだべな……だが、矢が当たれば一発だろうが百発だろうが変わらない」
「それもそうだね……だが、当たらなければ何の脅威でもない」
貞光は今、アーチャーの弓の射線上に立っている。
アーチャーが矢から手を離せば、ほぼ間違いなく当たる。
空気が震える。
今までの牽制の射撃などではない。
威圧感が見え透ける。
アーチャーの宝具が……来る。
「『ヴィルヘルム・テルの矢は林檎に当たらない』 」
それは必中の矢。
放てば必ず当たる宝具。
物理法則を完全に無視した軌道を描き、貞光に迫る。
それがアーチャー『ヴィルヘルム・テル』の宝具だ。
宝具名は当たらないとあるが、当たる。
林檎に当たらなくても、狙った標的には当たる。
その矢は外れることはない。
「―――その矢はもう見切っているよ」
貞光は縦に真っ二つにその矢を斬った。
自分に向かっている矢ほど対処しやすいものはない。
最終的に自分に当たるように仕向けられているのだから。
だが、そのことで条件は整った。
―――放てば必殺の一矢の宝具の条件が。
「……『隠し持つ第二の矢』……」
それはテルの第一宝具が外れた時のみに使える宝具。
つまり、アーチャーが狙っては使えない宝具。
だが、今は使える、だから、使う。
自由を得るために、放つ。
国の、民の、自由のために……。
「――悪いが、ここでその自由を得るのは『彼女』たちだ」
風よりも早く動いた。
矢が放たれる前に潰してしまえば何も脅威はない。
あの男には決して通じないであろう接近戦。
だが、さっきのテルの言葉で確信は持てた。
弓術は達人クラスでも体術は不得意分野である、と。
穿ち抜くはその心臓。
斬り落とすはその首。
(……ああ、やっぱり二本目の矢は……放てない運命、か……)
テルの宝具を放つ前に霊核を薙刀で穿ち抜いた。
伝承とは違うが、結局は二本目の矢を放てずに散った。
――いつだって『魔』を斬ったのは彼ら。
――だが、彼らは『人』を斬ったことはない。
――あるのは『己』のみ。
――だから、よく知っている『人間の殺し方』は。
「これは……随分とえげつないやり方ですね、ええ……」
一部始終を見ていたスコルツェニーはやはりドン引き。
一撃で仕留めるセイバーの方がまだマシなくらいに思えた。
「僕が知っているやり方の一つに過ぎないよ」
淡々と答えながらも、薙刀と日本刀に付いた返り血を振り払う。
しかし、これで一対一になった。
(さて、身体能力の差では確実にあちらさんの方が上。
私は宝具の真名解放していますが、時間稼ぎはあとどれくらいでしょうかね?)
焦る気持ちはある。
しかし、それを悟らせない。
ポーカーフェイスを貫く。
弱いところなど見せればそこを突かれる。
だから、手を打ち続ける。
「私の宝具の名は『ヨーロッパで最も危険な男』」
「あの時、すでに宝具の真名開放を出していたというわけか」
「ええ、ですが……この時代・この場所ではあまりにも意味をほとんど持たない宝具ですがね」
もしスコルツェニーを現代ヨーロッパで行われる聖杯戦争に呼ばれたならば……。
『マスターの天敵』とされる『暗殺者』としてその猛威を奮ったであろう。
しかし、ここは現代でもなければ、ヨーロッパでもない。
ので、今は完全に弱体化している。
その気配を匂わせるだけ程度に収まっている。
が、それが幸いしてか貞光には最大レベルの警戒を敷かれていた。
敏感過ぎるその感覚がスコルツェニーの危険な雰囲気だけ的確に捉えてしまった。
「……それにしても貴方は随分と壊れていますね」
「そうかもしれないね。けど、だから僕がここにいる。
その方が『彼女』にとって都合がいいから、ここに呼ばれたんじゃないかな?」
「…………あのセイバーの方が幾分かマシですね」
「ああ、そうだね、僕なんかより綱や金太郎君、はたまた頼光様の方が解かりやすいからね。
いや……頼光様は常人には結構解かりずらい部類か、僕なんかよりも、ずっとね」
「………………」
狂化などしていない。
しかし、スコルツェニーはもう確信した。
この聖杯戦争で一番狂っていてヤバいのは……間違いなくこの男だ。
自分の全てを他者のために使う。
そこに見返りなど、全く求めていない。
聖杯を求める者達に対して傍迷惑な存在でしかない。
「貴方は『神と人を繋ぎ留める』……槍兵の方が似合っているのでは?」
「いやいや、今の僕は『暗殺者』のサーヴァントに過ぎな……」
銃弾が貞光の頬を掠めた。
発砲音が一切聞こえなかった。
「不意打ちには気を付けていたはずなんだけどな……」
「驚きましたか? 我がナチスの科学力は世界一ですからね、ええ」
「発泡音が鳴らない銃か?」
「発達した科学は……魔術とさして変わらないですからね」
「新手の魔術使いということかな?」
「まあ、科学や銃を使うのは嫌われることですがね」
威嚇射撃や問答を繰り返しているのも時間稼ぎ。
来るべき時を待つ。
願わくば彼が帰ってくることを。
もしそれが叶わぬならば………
その時である。
爆発音が響いた。
黒煙と共に、周囲に灰が舞い降りてくる。
「今のは……?」
「……ハワイの火山は『女神ペレ』が噴火させてカメハメハ大王を助けたという伝承が残っていますからね」
「だが、今の噴火は聞いていなかったな……しかし、なぜ、今……」
「それはですね、私があることを起爆剤に火山が噴火する爆弾を仕掛けましたのでね」
「……というと?」
「その起爆剤なんですがね、セイバーの霊基の消滅です」
「…………ッ!?」
噴火を物理で起こした。
「今、貴方は思いましたね『そんなことは出来るはずがない』と……
ですが、先程、私は言いましたよね……『我がナチスの科学力は世界一』であると」
「……驚いたのはその爆弾のこともあるけどもランサーちゃんや金太郎君……
それとヒロインXちゃんに立花ちゃんがどうなったのかってことなんだよね」
「ここに来て、他人の心配ですか?」
「当たり前だろ?」
ここに入れば確実にマグマで流される。つまり、死ぬ。
が、スコルツェニーにはまだ生き残る秘策があるかもしれない、
その要素がある限り、放ってはおいてはならない。
―――そう、声が聞こえた。
「まあいいでしょう、ぶち壊しますよ、女神が書いたクソシナリオは」
「させないよ」
薙刀を構える貞光。
サーベルを抜くスコルツェニー。
異常に壊れていた者。
正常に壊していく者。
ここが彼らの――暗殺者達の分水嶺。
◇ ◇ ◇
『女神ペレ』によって書かれたシナリオへのラスト。
そこに辿り着くならば過程や手段など問わない。
しかし、女神だろうと不確定要素には弱い。
この地に『聖杯』というイレギュラーをもたらされた。
ならばイレギュラーにはイレギュラーをぶつける。
その一つが『カルデアへの介入』。
『最後にカメハメハ大王が勝ち残り、ハワイを平定する』。
そのエンディングにするためのテコ入れは完全に出来た。
人理は揺るがせない。
女神としてハワイを守る。
例えどのような手を使っても……
ハワイのクライマックスはもうすぐそこにある。
最終更新:2017年10月08日 01:06