【1】
「俺は、人間だ」
バーサーカーのその言葉は、明らかに怒気を孕んだものだった。
化物というそのたった一言が、彼にとっての逆鱗だったか。
余計な一言だったと、牛若丸は唇を噛んだ。
「俺は、人間なんだ。化物なんかじゃ、ねえ」
バーサーカーの筋肉が膨張し、スーツが窮屈そうに膨れ上がる。
彼の身体が熱を帯び、周囲の温度を上昇させていく。
本人に自覚は無かろうと、まさに怪物めいた現象が起こっていた。
「俺は、俺はッ!!化物なんかじゃねえェッ!!」
瞬間、バーサーカーが牛若丸へ襲い掛かった。
先程までとは、速度と破壊力が格段に上昇した一撃。
天才たる牛若丸でさえ、回避するのが精いっぱいであった。
「殺すッ!殺してやるぞ手前ッ!俺を化物扱いするなら、生かしちゃおけねえッ!」
大地が震動する程の怒号が、街に響き渡った。
並みの人間なら、それだけで足が竦んでしまうであろう。
平気であった牛若丸は、ただただ戦慄せざるを得なかった。
(厄介な……ッ!)
間違いなく、あのバーサーカーは狂化状態にある。
特定の条件で狂う狂戦士がいると聞いたが、まさか彼がそれだったとは。
一呼吸置いた後、二人の打ち合いが再び始まる。
先と比べれば、バーサーカーの攻撃は実に大味なものとなっている。
理性が吹き飛び、単純な思考で行動するようになったが故だろう。
されど、その速度はこれまでの比では無くなっている。
狂化の影響により、ステータスに上方修正がかかったお陰だろう。
異様な速度で襲い掛かる攻撃に、流石の牛若丸も手を焼いた。
果たしてどうすべきかと、牛若丸は思案を巡らせる。
この勝負、こちらが圧倒的に不利な状況にあるのは明らかだ。
加えて、敵側の援軍がいつやって来るか分かったものではない。
自分にはまだ護るべき少女がいるというのに、この状況は危険と言う他無い。
「▂▂▅▆▆▅▅▆▂▅▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▄▇▇▅▅!!!」
バーサーカーの上から叩き付ける様な一撃を、牛若丸は薄縁で受け止める。
彼女の表情が苦悶に歪み、同時に足元の地面に罅が入った。
ただ刀で受け止めただけで、地面が悲鳴をあげる程の攻撃である。
こんな技がもし腹に直撃すれば、内蔵がどうなるかなど言うまでも無い。
受け止めた拳をどうにか弾いた後、牛若丸は相手と距離を取る。
逃げを選ぼうにも、今のバーサーカーの脚力は未知数である。
最悪、黒太夫の速度をも超えている可能性さえあるのだ。
やはり此処で討ち取るべきか――刀を持つ牛若丸の手が、汗で滲んだ。
次の一手を考える牛若丸など知った事かと言わんばかりに、バーサーカーの次の攻撃が始まる。
丸太の様な筋肉は更に膨れ上がり、皮膚が赤黒く染まっていく。
大技が来る――誰にでも、そう理解できる動作であった。
刹那、牛若丸の視界からバーサーカーが消えた、かと思いきや。
次の瞬間には、彼の屈強な拳が目の前に現れたではないか。
そして直後、戦車砲を受けたかの如き衝撃が、彼女の腹部を襲った。
牛若丸は弾かれたボールの様に吹き飛ばされ、そのまま民家の壁にぶち当たった。
(速すぎる……ッ!)
土煙に包まれる中で、牛若丸は勢いよく喀血した。
不意を突かれたとはいえ、防御に徹する事さえままならなかった。
あの巨体を持ちながら、まさかあれ程の速さで動けるとは。
視界を遮る土煙が晴れた先には、既にバーサーカーの姿があった。
指の骨を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。
すぐに退散すべきだが、殴られた衝撃で身体が言う事を聞いてくれない。
「死ねや、大和人」
万事休すかと牛若丸が観念した、その時。
大地を踏みしめる蹄の音が、猛烈な勢いでこちらに接近し。
横から現れたローマ式の戦車が、二人の間に割って入ってきたではないか。
戦車の乗り手は牛若丸を掻っ攫うと、脇目も振らずに走り出す。
その速度のなんと素早い事か。従来の戦車の比ではなかった。
牛若丸には覚えがあった。自分を攫ったその戦車に。
これは宝具であり、それを有する者を彼女は一人しか知らない。
ジェロニモと共にこの地へ足を踏み入れた、彼女以外には。
「――ブーディカ殿ッ!?」
真紅の炎の如く赤い髪に、包容力を体現した様な豊かな胸部。
ブーディカ――彼女こそが、カルデア側の三騎目のサーヴァントである。
レイシフトの際に逸れてしまっていたが、よもやこのタイミングで助け船を出してくれるとは。
「……助かりました」
「いいのいいの、困った時はお互い様でしょ?」
そう言って、ブーディカはあっけらかんと笑ってみせた。
カルデアでもよく見る、優しさを体現した様な笑みであった。
「ですが、どうして此処に私がいると?」
「凄い音が聞こえてきたからね。まさかと思って様子を見に来たら、君を見つけたってワケ」
言われてみれば、壁を破壊した衝撃は凄まじいものだった。
破壊音を聞きつけて、第三者がその場に訪れてもおかしくはない。
それがブーディカだったのが、牛若丸にとっての幸運であった。
と、そこで彼女は気付く。
あの場にはまだ、少女が独り残されているではないか。
すぐに引き返すようにと、彼女はブーディカに提言しようとするが、
「大丈夫、ちゃんと攫ってきてるから」
まるで、その質問を待っていたかの様であった。
ブーディカの隣には、牛若丸が救った少女が、確かに身を縮こま世ていた。
助けた子供の無事を確かめ、牛若丸は深く安堵する。
バーサーカーが追ってくる気配は感じられない。
サーヴァント二騎相手では分が悪い、そう判断したのだろうか。
何にせよ、休戦できるのは幸運な事であった。
「それにしても……酷くやられたみたいね」
「ただ者ではありませんでした。あれはまるで……」
牛若丸は、バーサーカーの肉体に見覚えがあった。
いつか聞いた昔話、彼はそれに出てくる怪物によく似ていた。
巨石の様に大柄で、恐ろしく力が強く、そして性格は豪胆で。
そう、あの男はまるで――。
「鬼です。まるで、鬼の様な男でした」
【2】
兵士達が駆けつけた時、その場にはバーサーカー一人しかいなかった。
生々しい破壊痕を見つけ、彼等の額に脂汗が滲む。
この場で戦闘が行われたのは、誰の目から見ても明らかであった。
そして、少女の姿が見当たらない事から、恐らく誰一人として死んでいない事も。
「……追わなくていいぞ」
バーサーカーの声が、牛若丸を追跡しようとする兵士達を呼び止めた。
彼は地面に視線を落としながら、肩で呼吸をしている。
今の上官は明らかに機嫌を損ねている、居座っていたら何をされるか解らない。
そう判断した兵士達は、何も言わずに撤退しようとする。
が、そんな彼等をその場に縫い付けたのも、バーサーカーの「おい」という一声だった。
「な、なんでしょうか」
「俺は、何に見える」
兵士達は一瞬、呆気に取られた様な表情をするが、
「に、人間ですよ、人間!貴方は人間ですとも!」
バーサーカーが何を言っているのか、兵士達は理解しあぐねていた。
だが彼等は、上官を人間扱いしなければならないと、直感的に認識した。
ここで下手な事を言えば、瞬く間に命を刈り取られかねない。
「…………そうか」
ただその一言だけ呟くと、バーサーカーは歩みを始めた。
進む方向は、かの疫病の原因となった万博会場である。
最早、逃げおおせた牛若丸の事など、毛ほども考えていない様子であった。
「あ、あの、俺達はどうすれば」
「着いてこい」
バーサーカー達が向かう先、其処こそが特異点の元凶。
疫病という名の死を撒き散らし、征服者という名の殺意を拡散させた魔の社。
見上げれば嫌でも目に入る――万博の最頂点、要塞を思わせる純白のパビリオンが。
「そろそろ時間だ。連中が待ってる」
"連中"とは即ち、この場に召喚された悪しきサーヴァント達。
彼等が集う時、物語は本当の意味で動き出すのである。
最終更新:2017年11月03日 03:24