第二節:『ドッグヴィル』(3)

【1】


「俺は、人間だ」

 バーサーカーのその言葉は、明らかに怒気を孕んだものだった。
 化物というそのたった一言が、彼にとっての逆鱗だったか。
 余計な一言だったと、牛若丸は唇を噛んだ。

「俺は、人間なんだ。化物なんかじゃ、ねえ」

 バーサーカーの筋肉が膨張し、スーツが窮屈そうに膨れ上がる。
 彼の身体が熱を帯び、周囲の温度を上昇させていく。
 本人に自覚は無かろうと、まさに怪物めいた現象が起こっていた。

「俺は、俺はッ!!化物なんかじゃねえェッ!!」

 瞬間、バーサーカーが牛若丸へ襲い掛かった。
 先程までとは、速度と破壊力が格段に上昇した一撃。
 天才たる牛若丸でさえ、回避するのが精いっぱいであった。

「殺すッ!殺してやるぞ手前ッ!俺を化物扱いするなら、生かしちゃおけねえッ!」

 大地が震動する程の怒号が、街に響き渡った。
 並みの人間なら、それだけで足が竦んでしまうであろう。
 平気であった牛若丸は、ただただ戦慄せざるを得なかった。

(厄介な……ッ!)

 間違いなく、あのバーサーカーは狂化状態にある。
 特定の条件で狂う狂戦士がいると聞いたが、まさか彼がそれだったとは。

 一呼吸置いた後、二人の打ち合いが再び始まる。
 先と比べれば、バーサーカーの攻撃は実に大味なものとなっている。
 理性が吹き飛び、単純な思考で行動するようになったが故だろう。

 されど、その速度はこれまでの比では無くなっている。
 狂化の影響により、ステータスに上方修正がかかったお陰だろう。
 異様な速度で襲い掛かる攻撃に、流石の牛若丸も手を焼いた。

 果たしてどうすべきかと、牛若丸は思案を巡らせる。
 この勝負、こちらが圧倒的に不利な状況にあるのは明らかだ。
 加えて、敵側の援軍がいつやって来るか分かったものではない。
 自分にはまだ護るべき少女がいるというのに、この状況は危険と言う他無い。

「▂▂▅▆▆▅▅▆▂▅▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▄▇▇▅▅!!!」

 バーサーカーの上から叩き付ける様な一撃を、牛若丸は薄縁で受け止める。
 彼女の表情が苦悶に歪み、同時に足元の地面に罅が入った。
 ただ刀で受け止めただけで、地面が悲鳴をあげる程の攻撃である。
 こんな技がもし腹に直撃すれば、内蔵がどうなるかなど言うまでも無い。

 受け止めた拳をどうにか弾いた後、牛若丸は相手と距離を取る。
 逃げを選ぼうにも、今のバーサーカーの脚力は未知数である。
 最悪、黒太夫の速度をも超えている可能性さえあるのだ。
 やはり此処で討ち取るべきか――刀を持つ牛若丸の手が、汗で滲んだ。

 次の一手を考える牛若丸など知った事かと言わんばかりに、バーサーカーの次の攻撃が始まる。
 丸太の様な筋肉は更に膨れ上がり、皮膚が赤黒く染まっていく。
 大技が来る――誰にでも、そう理解できる動作であった。

 刹那、牛若丸の視界からバーサーカーが消えた、かと思いきや。
 次の瞬間には、彼の屈強な拳が目の前に現れたではないか。
 そして直後、戦車砲を受けたかの如き衝撃が、彼女の腹部を襲った。
 牛若丸は弾かれたボールの様に吹き飛ばされ、そのまま民家の壁にぶち当たった。

(速すぎる……ッ!)

 土煙に包まれる中で、牛若丸は勢いよく喀血した。
 不意を突かれたとはいえ、防御に徹する事さえままならなかった。
 あの巨体を持ちながら、まさかあれ程の速さで動けるとは。

 視界を遮る土煙が晴れた先には、既にバーサーカーの姿があった。
 指の骨を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。
 すぐに退散すべきだが、殴られた衝撃で身体が言う事を聞いてくれない。

「死ねや、大和人」

 万事休すかと牛若丸が観念した、その時。
 大地を踏みしめる蹄の音が、猛烈な勢いでこちらに接近し。
 横から現れたローマ式の戦車が、二人の間に割って入ってきたではないか。
 戦車の乗り手は牛若丸を掻っ攫うと、脇目も振らずに走り出す。
 その速度のなんと素早い事か。従来の戦車の比ではなかった。

 牛若丸には覚えがあった。自分を攫ったその戦車に。
 これは宝具であり、それを有する者を彼女は一人しか知らない。
 ジェロニモと共にこの地へ足を踏み入れた、彼女以外には。

「――ブーディカ殿ッ!?」

 真紅の炎の如く赤い髪に、包容力を体現した様な豊かな胸部。
 ブーディカ――彼女こそが、カルデア側の三騎目のサーヴァントである。
 レイシフトの際に逸れてしまっていたが、よもやこのタイミングで助け船を出してくれるとは。

「……助かりました」
「いいのいいの、困った時はお互い様でしょ?」

 そう言って、ブーディカはあっけらかんと笑ってみせた。
 カルデアでもよく見る、優しさを体現した様な笑みであった。

「ですが、どうして此処に私がいると?」
「凄い音が聞こえてきたからね。まさかと思って様子を見に来たら、君を見つけたってワケ」

 言われてみれば、壁を破壊した衝撃は凄まじいものだった。
 破壊音を聞きつけて、第三者がその場に訪れてもおかしくはない。
 それがブーディカだったのが、牛若丸にとっての幸運であった。

 と、そこで彼女は気付く。
 あの場にはまだ、少女が独り残されているではないか。
 すぐに引き返すようにと、彼女はブーディカに提言しようとするが、

「大丈夫、ちゃんと攫ってきてるから」

 まるで、その質問を待っていたかの様であった。
 ブーディカの隣には、牛若丸が救った少女が、確かに身を縮こま世ていた。
 助けた子供の無事を確かめ、牛若丸は深く安堵する。

 バーサーカーが追ってくる気配は感じられない。
 サーヴァント二騎相手では分が悪い、そう判断したのだろうか。
 何にせよ、休戦できるのは幸運な事であった。

「それにしても……酷くやられたみたいね」
「ただ者ではありませんでした。あれはまるで……」

 牛若丸は、バーサーカーの肉体に見覚えがあった。
 いつか聞いた昔話、彼はそれに出てくる怪物によく似ていた。
 巨石の様に大柄で、恐ろしく力が強く、そして性格は豪胆で。
 そう、あの男はまるで――。

「鬼です。まるで、鬼の様な男でした」



【2】

 兵士達が駆けつけた時、その場にはバーサーカー一人しかいなかった。
 生々しい破壊痕を見つけ、彼等の額に脂汗が滲む。
 この場で戦闘が行われたのは、誰の目から見ても明らかであった。
 そして、少女の姿が見当たらない事から、恐らく誰一人として死んでいない事も。

「……追わなくていいぞ」

 バーサーカーの声が、牛若丸を追跡しようとする兵士達を呼び止めた。
 彼は地面に視線を落としながら、肩で呼吸をしている。

 今の上官は明らかに機嫌を損ねている、居座っていたら何をされるか解らない。
 そう判断した兵士達は、何も言わずに撤退しようとする。
 が、そんな彼等をその場に縫い付けたのも、バーサーカーの「おい」という一声だった。

「な、なんでしょうか」
「俺は、何に見える」

 兵士達は一瞬、呆気に取られた様な表情をするが、

「に、人間ですよ、人間!貴方は人間ですとも!」

 バーサーカーが何を言っているのか、兵士達は理解しあぐねていた。
 だが彼等は、上官を人間扱いしなければならないと、直感的に認識した。
 ここで下手な事を言えば、瞬く間に命を刈り取られかねない。

「…………そうか」

 ただその一言だけ呟くと、バーサーカーは歩みを始めた。
 進む方向は、かの疫病の原因となった万博会場である。
 最早、逃げおおせた牛若丸の事など、毛ほども考えていない様子であった。

「あ、あの、俺達はどうすれば」
「着いてこい」

 バーサーカー達が向かう先、其処こそが特異点の元凶。
 疫病という名の死を撒き散らし、征服者という名の殺意を拡散させた魔の社。
 見上げれば嫌でも目に入る――万博の最頂点、要塞を思わせる純白のパビリオンが。

「そろそろ時間だ。連中が待ってる」

 "連中"とは即ち、この場に召喚された悪しきサーヴァント達。
 彼等が集う時、物語は本当の意味で動き出すのである。






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最終更新:2017年11月03日 03:24