魔神は自らの墓碑を築くため大美術館を建造し、あらゆる美術品をその能力で召喚した。
しかし美術品の中には英霊の座に登録されているものもあり、それらがサーヴァントという器を持ってしまった。
サーヴァントたちはそれぞれ勝手に動き出し、そのうちの一人は魔神の力を強奪してしまった。
魔神のわかりにくい語り口を簡単にまとめるとこういうことである。
「そう。私が魔神ちゃんの力をパクったの。わかりやすいように聖杯の形にしとくわね」
ミロビちゃんがどこからか黄金の器を取り出しひらひらと振る。
「造った美術館が亜種特異点としてカウントされたので、おまえはカルデアよりやってきた。おまえにとっては僥倖であった」
お前が余計なことをしなかったらこんなことにもならなかっただろうが。アーチャーはミロビちゃんに弓を突きつけ、詰め寄った。
「聖杯、返していただけないかな」
「勿論やーよ」
「それは困るな」
ミロビちゃんは浮ついた笑みで嘯く。
「私ね、芸術を次の人類にするの。今まで作品は人間に造られてきたじゃない。これからは作品が作品を造るの。新しい、芸術による芸術の時代よ。人類にはどこか地球じゃないところに退場してもらうとするわ」
奇天烈なことを言う。
「美と美を掛け合わせることによって芸術は更なるステージに到達できるわ。芸術には、人間からの巣離れが必要なの。人類はちょっともう時代遅れね。私二千年前からそう思ってたわ」
これは大変困った。
「思考をしたが、我も同意見だ」
魔神の声が後ろから聞こえる。
「しかし我は聖杯を取り戻し、この地で果てることを望んでいる。おまえの敵の意見に賛同こそすれ、おまえの敵ではない」
この魔神は僕にビビっているのだ。武器も持たず能力も人並みのこの僕に。カルデアのサーヴァントもいないのに。だから口調でわかりにくいけど、全面的に降伏してくれている。時間神殿でボコされたのが余程トラウマなのだろう。
アーチャーが弓で殴りかかる。ミロビちゃんはなんと片足で直立したままもう片足で弓を掴んだ。芸術的なY字バランス。
「俺はお前の敵だぜ。会いたい人類がいるから」
「残念。あなたもわたしと同じなのに?」
アーチャーが弓を離し、両手でコントラバスを振り上げ、そして振り下ろす。ミロビちゃんは足の指に挟んだ弓を指だけでバトンのように回転させ振るい、体勢一つ変えず、ふらつきもせず、コントラバスを粉砕した。
格が違う。アーチャーも同じことを感じ、飛び退く。コントラバスが木屑になるのを一日に二回見た人間は僕以外になかなかいまい。
「あの女神像、やばい」
「女神にはそれなりの余裕が無いといけないわ。本来は人類はすぐ殲滅しちゃうべきだけど、ちょっと遊んであげる」
ミロビちゃんは背中を見せる。綺麗な大理石色の背中だ。というのは置いておいて。
「おいでー」
廊下の方向に声をあげる。先程の戦闘で廊下と部屋の区別がつかなくなってしまっているので、窓の正面の奇妙な白い建物が見えた。シドニーのオペラハウスだ。建築物も芸術作品にカウントされていると魔神は言っていた。随分大胆な移転だ。
誰も来ない。
「おいでー」
再度呼びかけると、瓦礫の向こうからのそのそとサーヴァントが二騎。
クラス・ライダー。馬に騎乗した騎士。鎧と兜で全身を余さず覆い、細い馬上槍を携えている。そして、馬も鎧も、彼を構成する全てが青一色だった。視界を塗りつぶしたように、とにかく、青い。見るからに西洋のサーヴァントだ。板金鎧はおそらく十四世紀あたりのドイツ様式のもので、装飾は少ない。槍は細く、まるでペンのようで、今までに見たことのない形をしている。
クラス・ランサー。無害そうな少年。武器も道具もなく、ジーンズにTシャツで、早く帰りたそうな顔をしている。
「なんか言ってよ」
二騎とも無言だ。ランサーは空を見つめていて、ライダーはただの鎧兜であるかのように槍を構え続けていて、顔が全く見えないので何を考えているのかもわからない。
「じゃあ、えっと、よろしく」
ミロビちゃんはランサーの少年の肩を叩く。少年は非常に嫌そうに口を開いた。
「あ、はい。宝具使います。『天への塔』」
それは唯一の、正位置、逆位置ともに不幸を暗示するカード。
真名判明
芸術のランサー 真名 バベルの塔
「でも今回は逆位置よ」
地響きが聞こえる。視界の奥の窓の外、遠くのオペラハウスが潰されるのが見えた。
塔が落ちてきている。大質量の先端部分にて劇場が潰されたのだ。
それは円錐形の建築だった。塔が、天から伸びてきている。
「塔を建設する、ただそれだけの宝具です。これで地下千四百回の美術館を、上からぶち抜きます」
ミロビちゃん一行はどこかへ行き、地響きの中、魔神とアーチャーと僕の三人で、歩きながらの作戦会議が始まった。
塔が地下千階まで到達した頃にライダーとアーチャーの一騎打ちが中庭で取り行われる。
「この特異点にいるサーヴァントは今まで見たので全部だと思う」
アーチャーは弓に松脂を塗りつけながら言う。
「ミロビ陣営の奴の中では、脅威になるのはまずキャスター、あとライダーだな。ランサーは宝具は出鱈目だが戦闘能力はなさそうだ。全部Eだったぜ」
アーチャーと魔力のパスを繋いだ。これで少しはよくなったはずだ。
「俺だけじゃあきつい。あの人造人間をどうにかして味方に呼ぶってのはどうだろう。」
それは不可能だ。あれは人間に対抗する概念。敵対する側だろう。むしろ既に敵陣営に下っている可能性も大きい。
「我の美術館を破壊されては困る。我の死地が無くなるのはもとより、地下千四百階はマントル層に達しているため、最下階を破壊したその瞬間に大噴火が起きる。塔内部の空間をストローのように溶岩が駆け登るはずだ。ヴェスヴィオ山の比ではない。イタリア半島を粉砕し、ヨーロッパを焼き、塵により地球には再度氷河期が訪れる」
そんなことは分かっている。そうなる前にランサーを倒さなければ。
魔神は立ち止まり、廊下の壁にある絵画を見上げた。
「ギュスターヴ・ドレの言語の混乱という絵画である。バベルの塔を破壊され、言葉の通じ合わなくなった瞬間の人間を描いている。塔を見るがいい」
今現在この地に突き刺さっている塔と似た形状をしている。
「外側に螺旋状に通路が続いている造りである。この螺旋式の形状はサーマッラーのミナレット、マルウィヤ・ミナレットがモデルになっているという話がある」
なるほど、ドリルだ。
「ランサーはそのミナレットがバベルの塔としてサーヴァントになったのだろう。天を衝くランサーか。なるほど、なるほど」
「あと三十分で戦いだ。教えておこうか、俺の真名」
不要だ。アーチャーのことを既に僕は信用しているし、戦術の指示などいらないだろう。宝具は適切な時に使用してくれ。
それに、もうわかっている。言葉にする必要はない。
「そうか」
それに、興が削がれる。やはり真名は、宝具と共に発音されねばならない。
最終更新:2018年03月15日 21:47