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「著名な作は美術館の地上部分に陳列してあるが、そうでないものの数が余りにも多い。しかしポンペイの範囲より広がってしまうと、ヴェスヴィオ山の噴火により美術館がなかったことになるということにならない。そこで地下千四百階まで閉架を設置し、そこに保管した。
凝った設計をされた建築物なども、もちろん芸術作品である。多少強引にだが、全て詰め込んだ」
応接間の壁に飾られてある絵画を見る。この絵は流石に不勉強な僕でも知っている。フィンセント・ファン・ゴッホのひまわりだ。
「美術館の建設を終えたところで、アクシデントを起こしてしまった。おまえにはそれを解決してほしい」
魔神に依頼され、事件を解決する。そのようなことなどはとても体験したことがない。どのようなものかはわからないが、しかし、それは身に余るのではないだろうか。カルデアが召喚したサーヴァントのついていない僕に、一体何ができるのだろう。
そこでセーレの話は遮られた。
「客人である。おまえにであろう」
こん、こんと二回、背後の扉から控えめなノックが聞こえた。
「入室を許す」
応接間に四つ目のシルエット。
「ゥゥ……」
ドアをそっと開いて現れたのは金属の角、続いてウェディングドレス。サーヴァント、フランケンシュタインだ。
馴染みのあるサーヴァントの姿を見て、僕は立ち上がった。フラン、お前はこの亜種特異点へのレイシフトに弾かれなかったのか、と呼びかけた。
「ォォ、ゥ」
フランケンシュタインは先程カルデアにて、自分と共にレイシフトしたサーヴァントのうちの一人だ。機転の利き、魔力の燃費の優れた頼れるバーサーカーである。
フランは魔神の姿に驚き、硬直した。僕は彼女に向かって大丈夫だ、話せば分かる人らしい、と言った。魔神を人と呼ぶのは間違いではないのか? と思った。
「ゥゥ」
頷き、ぱたぱたと絨毯の上を駆けてくるフラン。僕に近づき、近づき。
そしてそのまま当たり前のように、『乙女の貞節』を僕の脳天に目掛け振り下ろした。

先程セーレは、この美術館は人間ならざるものは芸術作品しか立ち入れないと言った。セーレ自身は例外として、勿論僕は人間である。礼服のアーチャーはサーヴァントであるが、彼についても例外なのであろう。もしくは、芸術作品そのもののサーヴァントなのかもしれない。
しかしフランケンシュタインは違う。彼女は「芸術作品そのもの」ではなく、「『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』という芸術作品の登場人物」である。ましてや人間でも、魔神でもない。この美術館に立ち入れる条件を満たしていない。
故に彼女はフランケンシュタインではない。
『乙女の貞節』の一撃を二歩下がることにより回避した僕は、座っていたふかふかのソファが跡形もなく床ごと粗大ごみになるのを見ながら、アーチャー、助けてくれないか、と呼びかけた。
フランが『乙女の貞節』を構え直し、再び僕に打撃と電撃を浴びせる。それを割り込んできたアーチャーが受け止めた。余波で部屋の一面の壁がそこに飾られたひまわりと共に吹き飛んだ。
「状況を全く理解はできないが、我に戦闘能力はほぼ残っていない。期待はしないでほしい」
セーレの無責任な声が背後から聞こえた。
「お前さんよ、この子は本当に敵なのかい?」
初めてアーチャーの声を聞いた。ああそうだ、と答えた。
アーチャーはフランの攻撃を弓で受け止めていた。矢を放つ弓ではない。弦楽器の弦を擦る弓だ。長さと形状から見てコントラバスのもの。礼服と蝶ネクタイによく似合っている。
「そりゃあどうも」
そのまま僕の目の前でアーチャーとフランは三合、得物をぶつけあった。
三合目にフランは鉤爪の付いたワイヤーを腰のベルトから射出し、飛び退き天井に張り付いた。衣服がいつの間にか黒と赤のサイバーなドレスに変わっている。この配色は目にしたことがある。
フランケンシュタイン・オルタ。
芸術作品そのものとしての、フランケンシュタインの怪物。

「わたしは亜種特異点に弾かれ、なおも強引に入り込もうとした結果、反転した。性質は変化したが、クラスは変わらずバーサーカー」
フラン・オルタが天井にワイヤーで張り付いたまま流暢に喋る。オルタ化したついでに言語能力を得たらしい。
『乙女の貞節』ががしゃがしゃと変形し、細長い形状になった。こちらへ向けられる。
「ヒトを滅ぼす。まずは元マスターから」
その先から緑の光の弾丸が発射される。光線銃だ。アーチャーが弓で弾を叩き落とした。続けて二発目。今度は銃口の向きを見ていたので、ガンドを撃ち空中で軌道を逸らせた。緑色の線は机の上のパンフレットを貫く。カルデア制服の下に戦闘服を着込んできていて正解だった。
「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」という小説は、最初のゴシック小説であると共に、SF小説の先駆けでもあると評価されている。アイザック・アシモフはヴィクター・フランケンシュタイン博士の、生命を作り出し神となる喜びと、被造物が人間を滅ぼすのではないかという恐怖の入り混じった心理を、フランケンシュタイン・コンプレックスと名付けた。
ゴシック小説としてではなく、SF小説としての「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」という「文学そのもの」。
創造主である人間を滅ぼそうとするロボット。
狂ったアーティフィシャル・インテリジェンス。
フランケンシュタイン、あるいは未来のヒト(Frankenstein: or The NEO Human)
彼女の狂化スキルは、彼女の思考を「人類を滅ぼす」ことのみに固定している。

「何、魔神柱のあなた。魔神柱ならそこのヒトに恨みがあるんでしょう。わたしと同じ」
「恨みがないと言えば嘘になるが、おまえのように襲う気はない」
「そう」
がしゃこんと『乙女の貞節』が膨らみ、銃床のフィンが回転する。
「ナァアアオ!」
緑の閃光が連射される。部屋の床を焼き貫く。僕の方向に飛来するそれは、アーチャーが防いでくれていた。出現させたコントラバスの本体の背面を盾にしている。光の雨の轟音の中、アーチャーは僕に語りかけた。
「自己紹介はまだだったな。アーチャーだ。アーチャーが沢山思い当たるんなら、芸術のアーチャーとでも考えてくれ」
僕は自分の名前を告げた。
「弱いサーヴァントだから期待しないでほしい」
謙遜をしないでほしい。今まで出会った中に、弱いサーヴァントなんて一人もいなかった。
「セーレのやつと組んでるが、あいつについては俺もよくわからん。お前さんとも同じ陣営になるらしい。まあ、あとで契約させてくれ」
フラン・オルタの射撃が止んだ。焦げ臭い煙が立ち昇っている。セーレはソファに腰掛けたまま蜂の巣になっているが、魔神なのだ、これくらいは問題ないのだろう。
「ゥゥ、滅びろ」
彼女は背中の小型ジェットパックを噴射し、アーチャーを推進力と共に『乙女の貞節』の銃床で殴りつける。それを受け止めたコントラバスががこんという響きを最後に残し、ひしゃげ木屑となった。
アーチャーの懐に潜り込んだフラン・オルタは叫ぶ。
「ナァ――――――――――――――――オゥッ!」
虚ろなる生者の嘆き。彼女がフランケンシュタインから引き継いだスキル。聞くものの思考力を奪う絶叫。
身の毛がよだつそれをアーチャーは至近距離で浴びせられた、が。
「残念だが俺には音による攻撃は通じない」
突き出された銃床をやはり弓で撥ね退けた。フラン・オルタは舌打ちをし、バックステップ。
「必ず殺す」
脚の反重力スラスターで浮き上がり、ジェットパックの噴射し頭から天井を突き破り消えていった。

応接間の調度品は全て残骸となり、アーチャーと僕は天井の穴を見上げた。セーレは全身に風穴を開けたまま立ち上がった。
「怪我はないだろうか。アーチャーとおまえは戦力である。失われると困る」
大丈夫だと僕とアーチャーは答えた。
「今のサーヴァントは見覚えがなかった。新たな想定外である」
「バーサーカーはいいとしてよ。セーレさんよ、早く事情とあんたの失態を全部説明してやりな。カルデアの……マスターがかわいそうだぜ」
「勿論である。しかし、また来客だ」
再び振り返ると、先まで扉のあった場所に女性が立っていた。
またしても、知らないサーヴァントだ。
そして、彼女には腕がない。
白い。
「ハァイ。こんにちは。お手手がないからノックは勘弁してね。私キャスター。真名は教えてあげないけど、ミロビちゃんって呼んでね」

  真名判明
芸術のキャスター 真名 ミロのヴィーナス




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最終更新:2018年03月15日 21:46