ライダーとアーチャーが向かい合って二十メートル。
「お前さ、名乗るんなら俺もそうするけど」
騎士は無言、青い馬がぶるると息を吐く。
騎乗をしているというだけでウェイトの差、機動力の差が出るはずだ。更にライダーの得物は馬上槍。リーチの差まである。
アーチャーはこれまで弓とコントラバスを使っていた。武具の類は持っていないようである。
「喋らないのか? 折角人の姿になれたのに」
アーチャーが弓を構え飛び出す。弓を斜めに構え、目標を弦に見立て薙ぐ。
二十一世紀においても、通常、コントラバスの弓は馬の尾の毛が使われる。勿論切断を目的とする物ではないが、サーヴァントに常識は無意味。今ここでの目標とは即ち馬の首。
将を射んと欲すれば。
「まず馬を!」
馬が弓を噛み、口で受け止めた。
ライダーが今までに出会った、馬を宝具とするサーヴァントと違う点は、馬が宝具ではないことである。
それぞれが並列し、サーヴァントとなっている。
新宿で出会ったアヴェンジャーに近い。騎士と馬の人格がそれぞれ存在し、二人合わせて、ライダーとなっている。
騎士が馬を蹴る必要がなく、つまり、早い。
馬上槍と新しく取り出した弓が交差し、アーチャーが飛び上がる。
アーチャーの軽い一撃はライダーの鎧を引っ掻き、槍はアーチャーの礼服の袖を裂いた。
馬は駆け、続くライダーの槍をアーチャーはなんとか凌ぐ。
二対一だ。騎馬という武器は大きすぎる。
蹄の打音と共に、びっびっという不思議な音が聞こえる。剣戟の金属音に慣れていたので、アーチャーの弓は目新しい。
アーチャーは幾らか手傷を負ってはいるが、すぐに回復できる程度。ライダーは馬共々無傷である。
このままでは勝てない。
事前に作戦を立てているといっても、戦力になるのはアーチャーしかおらず、僕が手伝えることもない。ましてや魔神は何もできない。
一つ、逃げる。三十六計なんとやらという言葉もあるが、今それは役に立たない。時間制限があるから。
そしてもう一つ、これをアーチャーは選んだ。
「さっさと宝具で決着を着けようぜ。そのお馬さんが宝具なんだろ? 青い馬なんているわけねえし」
挑発をする。
馬は止まり、騎士は槍を構え直す。
動きが止まった。
真名が分かりやすい姿をしていてよかった。もしもわからなかったら、キャスターというラスボス前に詰んでいたところだった。
「開放を」
くぐもった声。鎧越しに低い響きが聞こえる。
「自由を」
ライダーの鎧が全て消える。今まで一切肌を現していなかったライダーの、鎧の中身は果たして実体のない不定形であった。
フォルムからの開放を。そのまんまじゃないか。
靄のかかった塊が真名を開放する。
「『青馬は存在せず、故に世の頽廃に果ては無し』!」
真名判明
芸術のライダー 真名 青騎士
宝具の名を高らかに叫んだライダーの、目の辺りが光る。
「お前を、この槍で、貫く」
ライダーが宣言する。この宣言こそが宝具。
下総にて出会った新免武蔵の一種の魔眼、天眼は、「目的を果たす為の筋を決定する」スキルであった。彼女は、「特定の箇所を斬る」ことに対して。
ライダーの宝具はこのスキルを擬似的に自身に付与する宝具だ。「何に対して」「何をする」かを宣言し、それを実行する最適解を得る。
この場合、「アーチャーが」「ライダーの槍で貫かれる」ことをライダーが実行できるようになってしまった。
取りうる無数の選択肢からどれを選んでも、アーチャーはライダーの槍に貫かれる。
未来が決定された。
馬が駆ける。ギャロップで向かってくる馬に対し、アーチャーは正対する。
「最大の敬意を払うが、その首戴こう」
騎士が突き出した槍がアーチャーの眉間に迫る。
「運命はこのように扉を叩く」
もう三メートルもない。二、一。
「俺を刺す」
アーチャーの保有スキル、音化。
真名は教わらなかったが、このスキルの存在は伝えられた。自身の情報を振動に乗せて伝播させるスキル。
つまり、アーチャーは一瞬だけ音になれる。
凄まじいスキルのようにも思えるが使い勝手はそうでもなく、少し便利で物理攻撃が通じない霊体化なだけであるとアーチャーは言っていた。
音になったアーチャーが槍に貫かれる。
空気の振動なのでそのまま透過される。
槍に向かって突っ込み、馬と騎士の周囲の空気を伝い、正面から背後へと通過したアーチャーは、振り向きざまに騎士の首を弓で刎ねた。
「相手が悪かったな」
馬の首も忘れずに落とした。
「ブラボー! すごいわ!」
観戦していたミロビちゃんが黄色い声を上げる。腕がないので、拍手の代わりに脚をだかだかと打ち鳴らしている。
「でも殺しちゃわなくてもよかったんじゃない? ライダーも芸術なんだし」
「お前が戦わせてたんだろ」
ライダーは明らかに負けたがっていた。挑発に乗る必要なんて全くなかったから。どうにかして偽女神パワーで言うことを聞かせていたのだろう。
「ライダーがやられちゃったから、次は私ね」
「その前に休憩をとらせてくれ。疲れたし、服がぼろ雑巾だ」
「もちろんいいわよ。じゃあ私待ってるから準備できたら言ってね」
ミロビちゃんは体操を始めた。
「見事であった」
「お前は見てるだけかよ」
「我ができることなどない」
ライダーに負わされた傷はどれも浅い。応急措置で全てなんとかできた。
アーチャーは元来戦いなど無縁の筈なのによくやってくれる。ありがとう。
「礼は早いだろ」
待ちくたびれたミロビちゃんが声をかけてきた。
「ねえ、何か音楽をくれないかしら。踊理をして待ってるから」
「俺はこう見えて演奏はできない。音だから」
「そう」
あらゆる芸術作品を集めた美術館と言っていたが、ダンス、パフォーマンスの類は収録されていないのではないか。アーチャーのインターバルの暇潰しに魔神に世間話をした。
「それは人間の肉体が必要であった。今にして思えば、自動人形を用意し、それに記憶させればよかったのである。失念であった。それに、何が芸術であるか、という問いは非常に難しいものである。我も苦労し、その答えは美術館を建造し尚、未だ出ていない」
会話のネタが尽きる。
ランサーのことについて話すことにしよう。ライダーがサーヴァントになったのはわかる。騎士という名をつけられ、形を与えられたから。キャスターも、人の像であるため、わからなくもない。しかしランサーはどうだろう。ただの塔ではないか。なぜサーヴァント足りえたのだろうか。
「それについて我も思考していたが、思うに、バベルの塔の建造者の人格を寸借しているのではないだろうか。明確な一人の人間はいないであろうが、代表として裏付けをされた者としてならば」
天を衝いた塔があったならば、塔で天を突いた英雄がいるはずだ、という理論か。
「子供の姿をとっているのは、塔は完成する前に崩された、夭折した、という意味であろうか」
特定の一人の英雄でなくと召喚されるというのがサーヴァントシステムの難しいところだ。
逆の意味にとれば、英雄であれば、人間でなくとも人間の姿をとってサーヴァントになれる。
「さて」
芸術のアーチャー対、
芸術のキャスター。いよいよ決戦である。
最終更新:2018年03月15日 21:49