第4節:りつかクンは助けられてしまった!



実質痛み分け、といったところで中断されたセイバー達との戦いからどの程度の時間が経っただろうか。
幸運にも立香達は、瓦礫に埋もれていたケツァル・コアトルを無事に救出することが出来た。
そしてすぐさまカルデア制服の力を解放して応急手当を施すと、

「そう……セイバーとアヴェンジャーは、撤退したのね。ありがとう、マスター、燕青」

近くの空き家へと再び身を潜め、まずは彼女がセイバーの宝具によって戦線を離脱した後の出来事を詳しく話した。
ちなみにだが、先程まで激しい戦場となっていたこの場所から離脱していない理由はもちろん存在する。
カルデア側から〝町から生命反応は一切感知されていない〟との報告が上がったからだ。
恐らく、あの少年兵達も全員が引き上げたのであろう。というわけで〝ならば〟と、このまま休息を取ることにしたのだ。
相手がこちらの動きを読んでこっそりとアサシンを潜伏している可能性も捨てきれないが、そこは同じアサシンの燕青に対処を願うとして。
とにかく今は、令呪で威力を増幅されたセイバーの宝具によって深手を負ったケツァル・コアトルが前線に復帰出来るまでは、この場に留まる。
急がば回れ。それがこの特異点を消滅させる最上の策であると、立香はそう考えたのだ。

「……ケツァ姉。ごめんな」
「え?」

そんな立香は、壁に背を預けて座るケツァル・コアトルへと頭を下げた。
何を唐突に、とでも思ったのだろう。彼女は「急にどうしたの?」と訊ねてきた。

「よくよく考えたら、地元が酷い目に遭ってるって状況で……そこ出身のやつなんか連れてくるべきじゃなかったんだ」

おびただしい数の少年兵及び、サーヴァント二騎との熾烈な争い。
そのさなかにケツァル・コアトルが見せた、言い表しようのない複雑さが籠もった表情を見たとき、立香は後悔の念を覚えたのだ。
同時に、彼女に申し訳ない……とも。

「全部俺のミスだ。そうさ、冷静になってみればそうだよな。自分の愛した土地がボロボロにされてるんだ。
 そんなところにほっぽり出されて一緒に戦えなんて言われても……神様だろうが、心が傷つくに決まってる。
 平静なんか保てなくて当たり前だって話だよな。普段通りに動けったって無理だよな……マジで、完全に、失敗した」

独り言にも似た懺悔の言葉を、垂れ流すように紡ぐ。
ばつが悪くて、相手の顔を見ることは出来なかった。

「ごめん。ごめん、ケツァ姉。こんな特異点にケツァ姉を連れてくるべきじゃなかったんだ。辛い思いをさせて、本当に悪かった……」
「待って。やめてマスター。不甲斐なかったのは、私が弱かったからよ。あなたが気に病むことなんて何もないわ!」
「おいおいケツァ姉……そこは俺を責めるとこだろ……」
「そんなことないわ! そもそも、特異点がどういう状況であるかなんて、予想出来ないのが普通でしょう?
 私もあなたも未来視を持っていない以上、そんなのは当たり前よ……だから、そんな悲しいことだけは言わないで!
 繰り返しになるけれど……駄目なのは、私の心。責められるべきはあなたじゃない。躊躇うばかりで何も出来ない私自身よ……」

勇気を出してケツァル・コアトルへと視線を向けると、彼女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、うつむいていた。
互いのやりとりを聞いているはずの燕青やダ・ヴィンチが何も言わないため、室内は静寂に包まれている。
その間にも、立香は再び自責の念に駆られ、なおもケツァル・コアトルへと謝罪の言葉を口にしようとした。

『ったく! じめじめしてんなぁオイ!』

そのときである。
いきなり通信が入ったかと思えば、

『二人してめそめそしてんじゃねぇよ! のっけからそんなんじゃ、先が思いやられるどころの話じゃねぇっての!』

迷惑そうに耳を塞いでいるダ・ヴィンチを押しのけたモードレッドが、怒号を上げた。
あまりの唐突さに、立香とケツァル・コアトルの肩が跳ねる。

『まずはマスター! ケツァル・コアトルの言ったとおりだ! 特異点ってのは、実際に行ってみなけりゃ何も解らない魔窟だろうが!
 今回はたまたまサーヴァントにストレス与える場所だっただけで、お前は悪くねぇ! むしろ大将がうじうじすんのは、即刻やめるべきだ!』
「うぐっ」
『そんで、ケツァル・コアトル! お前もお前だ! ちょっと現場が自分の想像と違っただけで足引っ張りやがって!
 カルデアで義憤に駆られてたときの力強さはどこ行った!? マジで情けねぇにも程があるだろ! 違うか!? あぁん!?』
「は、はい……そうデース……」
『自分の土地をどうこうしていい奴は、他でもない自分だけ! そういうテンションでいいもんだろ、神様ってのはよ!
 神様でもなんでもないオレだってそう思ってるぜ! 栄えあるロンディニウムを好きにしていいのは、このオレだけだってな!』

それでもまだまだモードレッドの言葉は続く。
立香は完全に圧倒されてしまい、津波のように押し寄せる彼女からのアドバイスをただただ聞くことしか出来なかった。
ケツァル・コアトルもそうであるらしく、立香と全く同じリアクションを取っている。
ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。あまりの迫力にポカンとするだけで、全く反論が出来ない。

「……サンキュー、モードレッド」

だが……だからこそ立香は、モードレッドに強く背中を押されたかのように感じ、とてつもない安心感を覚えた。
何せ剣を預け、名誉を預け、命をも捧げるとまで言ってのけてくれた騎士が放ってくれた言葉なのだ。そもそもの説得力が違う。
まったく、本当に自分という奴は……素晴らしい英霊達に囲まれているものだ。立香は改めてそう感じ、溜息交じりの笑みを零した。

「じめじめしてたって、仕方ないよな。ここまで来ちまったんだから」
『そういうことだ。よかったなぁマスター。俺がそこにいたら、間違いなく二人まとめてケツに蹴り入れてたとこだ』
「立香、ケツァ姉、タイキックー、ってか? あはは、そりゃ勘弁だ。なぁ、ケツァ姉?」
「そうね。受けの美学は素晴らしいけど、今回ばかりはそこまでしてもらわないと居直れない自分が情けないから、遠慮したいわ」
『……ハッ! いいねぇ。あぁ、いいじゃねぇか! 火の点いた目だ! オレが見たいのはそういう目なんだよ!』
『モードレッド……そろそろいいかな? 耳がキンキンするんだが』
『ん? あ、おう。じゃあ……あ、そうだそうだ。燕青も頑張れよ!』
「俺はついでかよー」

立ち去ったモードレッドを見やりながら、ダ・ヴィンチは『まさに嵐だな』と呟く。
その言葉に、立香は「でも風が激しすぎるおかげで、色々吹っ飛んでくれた」と返す。
するとダ・ヴィンチは『違いない』と言って、くすくすと笑みを浮かべると、

『では、そうだな……今後のために、改めて状況を整理しよう』

咳払いののち、戦闘中に出力させたと思われる書類を手に、こう続けた。

『まず、君達に躊躇なく牙を剥いてきた少年兵達がホムンクルスであるという疑惑だが、我々の中では既に〝確信〟に至っている。
 それは敵の英霊二騎が到着するまでに、こちらの武闘派英霊をその場に釘付けにした……という事実によって証明されたも同然だからだ。
 普通の人間や魔術師では埋められない溝を、数の有利こそあれど埋めてきた以上、間違いない。ましてや見た目は子どもだったわけだしね』
「俺も同意見だ、ダ・ヴィンチの姉……兄貴? ただの幼子に時間を稼がれる程度のふぬけた鍛え方なんぞ、一切しちゃいないつもりだ。
 それに一応、怪我もなく撃退こそしてみせたが……あの膂力や反応速度を間近で感じると、とてもじゃないが相手がただの人間とは思えねぇ」
『そしてそのホムンクルス達を注視している内に、我々は彼らから〝ある共通点〟を見出した』

書類に目を落としつつ話すダ・ヴィンチに、立香は「ん? 男女二人一組で動いてるってのの他に、何かあるのか?」と問いかける。
すると通信越しに答えが返ってくる前に、窓越しに外を眺めていた燕青が口を開いた。

「見た目だな」

ダ・ヴィンチは即座に頷く。
立香は「見た目が子どもだってことなら、もう散々……」と口を挟むが、燕青は「いいや、それもあるがね」と首を横に振る。
じゃあ他に何が……立香は顎に手を当て、凄絶な戦闘を思い返す。だが幼いこと以外の情報を得る前に、答え合わせが始まってしまった。

『そうだ。ホムンクルス達に共通しているのは年齢層だけじゃない。端的に言うならば〝人種〟だ』
「……人種?」
「マスター。あのホムンクルス達はな、肌は白くて髪は金色、おまけに瞳が青かった。それも全員が全員、皆揃ってだ」
「マジで? 圧倒されてて、そんなとこ見てる余裕なかったんだけど……マジで?」
「そう言われれば、私が手にかけた子達も……まさしくその通りだったわ……」

ダ・ヴィンチと燕青の言葉がいまいち信じられなかった立香だったが、ケツァル・コアトルがハッとした表情を浮かべる。
それを見た立香は〝まぁ英霊三人が同じこと言ってるんならそうなんだろうな〟と、流れで納得しかけたが、

「……あっ」

少年兵達が津波のように押し寄せてくる地獄の光景を脳内で思い起こした途端、遂に思い出すこととなる。
あの〝津波〟が、さながら実った稲が押し寄せてくるかの如く、黄金色に染まっていたという事実をだ。

「……思い出した。そうだ。さすがに目の色まではどうこう言えないけど、確かに金髪だらけだった!」
「だろう? マスター」
「ああ、皆の言う通りだ……でも、それがどうしたんだ? ホムンクルスなら、そんなの簡単に揃えられるもんじゃないのか?」
『そうだね。腕のいい科学者や魔術師ならば容易いだろう。だからこそ、私達はこの点に着目すべきだと判断した』

未だに意味が理解出来ないので、立香は「何故に?」と訊ねる。
ダ・ヴィンチは『まぁまぁ。すぐ答えるから』と立香を宥めると、

『金の髪はともかくとして、青い瞳と双子に対し強烈な執着心を持つ人物が、かのナチスドイツに存在した。
 名を〝ヨーゼフ・メンゲレ〟……死の天使と呼ばれ、収容したユダヤ人を使い数々の人体実験を試みた医師だ』

とんでもない単語が、立香の耳に飛び込んで来た。

『彼はアドルフ・ヒトラーが提唱するアーリア人の特徴を再現するため、幾度となく実験を繰り返していた。
 その特徴とはずばり、金の髪と青い目だ。更に彼は、双子を実験用の素材とすることに異常なほど固執していた。
 もしもあの二人一組で行動しているホムンクルスが、擬似的にでも〝双子〟を再現したものであったとするならば……』
「今回の黒幕は、そのメンゲレって奴だってことか……?」
『いや、まだそこまでは断言出来ない。本人が黒幕なのか、それとも何らかのクラスに当てはめられたサーヴァントなのか。
 もしくはその両方か。そうですらないのか。ただ何者かに利用されているだけか。またはメンゲレの遺志を継ぐ者が現れたのか。
 可能性はいくらでも広げられる。だが、あのメンゲレが、あのナチスドイツが大いに関わっているということだけは間違いないだろう』

そこまで一気に話し終えたダ・ヴィンチは、スタッフから差し出された飲み物に口をつける。
その間に今度は、同じく書類を手に持つマシュが口を開いた。

『この巨大な特異点に、あのナチスドイツが関わっている可能性を示唆する情報も、いくつか上がってきています。
 まずは第二次世界大戦に敗北したナチスの残党および、当のメンゲレが潜伏先として選んだ地。それは他でもない南米大陸でした。
 そしてホムンクルス達が着用している褐色のシャツに黒いズボン。これは〝ヒトラー・ユーゲント〟の制服と組み合わせが一致しています』
「あー、そういえば服装も統一されてたな……」

思い返してみれば、確かにそうだった。
この様に〝言われてから思い出す〟ことを繰り返しているのは、特異点に到着してからあまりにも混乱が続いたためか。
だがそれにしたってなんとまぁ貧相な記憶力よ……立香は心中でそう呟くと、

「ちなみに、そのヒトラー・ユーゲントってのは?」

と訊ね、再びマシュの説明に耳を傾けた。

『第二次大戦中のドイツに存在した青少年団体です。10歳から18歳までの全ての青少年が、法律によって入団を義務づけられていました。
 その前身は1926年に設置された青少年教化組織であり、当時の入隊資格者は〝14歳から18歳までの男子〟であったと記録されています。
 ですが1928年以降は入隊資格者の年齢が最低10歳にまで引き下げられ、先程お伝えした様に入団を義務づける法までもが施行されました。
 それが1936年末のこと。そして大戦末期に戦局が悪化すると、彼らは充分な訓練も受けられずに戦地へと向かわされ……後は、ご想像通りです』
「…………は、ははっ! はははははっ! 狂ってるなぁ世界大戦! あまりに惨たらしすぎて笑っちゃってるけど、笑えない話だ!
 ……とにかく! この特異点の黒幕はナチスの関係者で! 更に言えばメンゲレって奴か、もしくはそいつの関係者だったりすると!
 しかもメンゲレは平気な顔で人間の身体を弄る奴で、所属してた組織は子どもを戦地に送ってまで保身に走ってたと! そういうわけだな!?」
『はい。間違いありません』

マシュからの返答に「そうか」と短く呟いた立香の右手が、無意識に拳の形を取る。行き所のない怒りや哀しみがそうさせたのだろう。
ケツァル・コアトルも同じ想いを抱いているのだろう。彼女は膝を抱えるように座り込む姿勢のまま「……許せない」と低い声で呟いていた。
そして燕青も「腐ってやがる」と感想を述べるのみ。まさに今、この屋内には紛れもない瞋恚が充ち満ちていた。

『まぁ、普通の子どもを戦地に送り込んでいること自体は、我々カルデアも変わりないわけだが』
「やめてくれダ・ヴィンチちゃん。俺達全員が辿ってきた今までの道のりをそうやって卑下することだけは、やっちゃダメだ」
『……失礼した』
「そんなくだらないことを言うよりもだ。まだまだ特定しなきゃいけないことがあるだろ?」
『そうだね……ずばり』
「ああ。ずばり、サーヴァントの真名だ」

拳へと更に力を込めながら、立香はセイバーとアヴェンジャーの姿を思い出す。
こちらへと明確な殺意を向けていた二人の瞳が脳裏にちらつき、立香は再び背筋が凍る感覚に襲われた。
だが今は眼前に立っているわけではない。故に彼は寒気をぐっとこらえると、言葉を続けた。

「セイバーは宝具の名前を晒した。そんでもって、アヴェンジャーはいくつかヒントになるようなことを燕青に言ってた。
 もしもここで一気に二人のサーヴァントの名前を知ることが出来れば、この状況下でも俺達に追い風が吹いてくれるはずだ」
『まったくもってその通りだ。そういうわけで英霊の真名考察タイムに入ろうと思うんだが……ここで一つ、いいお知らせだ』

そんな立香の気合いが功を奏したのだろうか。

『セイバーの真名に関しては、ある程度の予測が付いた』

ダ・ヴィンチは確かに、いいお知らせを持って来てくれた。

「マジで!?」
『マジだぜ。とは言え、あくまでも〝ある程度〟だということを念頭に置いて聞いてくれ』
「解った。じゃあ勿体ぶらずに頼む!」

したり顔で語りだすダ・ヴィンチに食いつくあまり、立香の声が自然と大きくなる。
ダ・ヴィンチはそれを『どうどう。落ち着け落ち着け』と窘めると、

『恐らく、セイバーの真名は〝ヘルヴォル〟だ』

頼まれた通り、勿体ぶらずにその名を告げた。

「「「ヘルヴォル?」」」

立香どころかケツァル・コアトルと燕青にも馴染みのない名だったらしく、三人は一斉に同じ反応を示す。
だがそうなることも読んでいたのだろう。ダ・ヴィンチは『まぁ聞きたまえよ』と前置きをすると、すぐさま説明を始めた。

『ヘルヴォルとは〝盾持つ乙女〟という二つ名を持った、北欧神話に登場する女バイキングで、三人目のティルヴィング所持者だ』
「三人目?」
『ああ。ティルヴィングは、かつてスヴァフルラーメという王が二人のドヴェルグを脅して製造させたんだが、呪いがかけられてね。
 つまりは早い話が邪剣とか魔剣とかの類いなんだが……そのおかげで、持ち主となった者は呪いによって次々と死んでいく。
 その結果、ティルヴィングはさながら流れ者のように、もしくは迷惑な旅人のように様々な人間の手を渡り歩いた……というわけさ』
「……ちなみに、どんな呪い?」
『持ち主の願いを三度叶えるが、唐突に破滅させる。以上だ』

あまりにもあんまりな解答に、立香は思わず「うわぁ」と呟き、燕青は「おいおい、単純に酷すぎだろぉ」と口を開けて笑う。
一方のケツァル・コアトルはというと、燕青に対して「そこ、笑うところ?」とツッコミを入れた。ご丁寧に、手の甲で払う仕草までつけてだ。

『まず当のスヴァフルラーメ王は戦場で無双していたが、アルングリムという敵将にこの剣を奪われてしまい、殺されてしまった。
 だがそのアルングリム自身も呪いを制御出来ず、絶望的なまでに世継ぎに恵まれないという不幸を背負ったまま、失意の内に死去。
 結果、剣はまともな息子であるアンガンチュールの手に渡ったわけだが……やはり、待ってましたとばかりに強烈な呪いが発現する。
 彼はインゲボルグという王女との婚約を巡って決闘を行った際にティルヴィングを抜剣。結果、相打ちという形で死んでしまったんだ』
「うへぇ、おっかねぇ~」
「だーからなんで燕青はそんなに楽しそうなんだよ」
「そりゃ楽しいよぉ。何せ使い手の死因が紐解かれていくんだ。これほどまでに、再び相まみえたときの参考に出来る話なんざないだろう?」

燕青の言葉を聞いた立香とケツァル・コアトルは、ほぼ同時に「ああ、確かに」と呟く。
世の中にはチーズをぶつけられて死んだ英霊もいるのだから、納得の二文字である。

『で、だ。ここでティルヴィングの危険性を重く見た周囲の人間により、この邪剣はアンガンチュールの墓へと葬られた。
 すなわち簡易的な封印を施したんだ。かくして、とっても恐ろしいティルヴィングは遂に人の手から離れましたとさ。めでたしめでたし。
 ……といった具合のオチで終わらせればいいものを、物語は続いてしまう。その原因こそ、あのセイバーの正体と思われる女、ヘルヴォルだ』
「あ、待ってちょうだい。私、なんとなく次の展開が見えてきたのだけど……」
『何を思ったか、ヘルヴォルは父であるアンガンチュールの墓を暴き、ティルヴィングの所有者となった』
「トペ・スイシーダァァァァァ!」
「姐さんが壊れた! 落ち着け落ち着け! こっからが重要な話だろぉ!?」
『そして数々の戦場で暴れ回った果てに結婚し、兄弟を出産。二人の息子は無事にすくすくと育ったが、とある問題が発生する。
 弟の方であるヘイズレグが人を殺めたため、国外追放の罰を受けたんだ。するとヘルヴォルは息子へとティルヴィングを譲渡。
 邪剣の新たな持ち主となった彼は、他国にて八面六臂の大活躍の果てに大出世を果たすが、あの有名なオーディンを怒らせてしまう。
 結果、ヘイズレグはオーディンの放った刺客に殺害されてしまった。見事、持ち主は破滅するという呪いは発現されたというわけだね。
 その後は彼の息子が暗殺者を殺害してティルヴィングを奪還するも、呪いによってか父の遺産相続問題が原因となり兄弟間の戦争が発生。
 戦争はまるでついでの様に彼らの妹の命をも奪うと、兄が弟を手にかけたことで終結。その後、この邪剣がどうなったかは語られていない。
 これが邪剣ティルヴィングを巡る凄惨たる物語だ。いやしかし、こうして語ってみると思いのほか長かったな。飲み物を貰えるかい? マシュ』
『はい、ダ・ヴィンチちゃん』

というわけで、長い長いお話を聞き終わったわけだが……立香は「あれ?」と呟いた。
拭いきれない違和感……否、確固たる矛盾に気付いたためである。

「なんか、ヘルヴォルだけ酷い目に遭ってないぞ?」
『気付いたか、立香君。そうだ。未だに理由は謎なんだが、何故だか〝彼女だけがティルヴィングの呪いを受けていない〟んだよ。
 父親の墓を暴くという暴挙すら犯したというのに、彼女自身は命を奪われてもいなければ、剣を巡るいざこざに巻き込まれてもいない』
「じゃあつまり、それは〝あのティルヴィングが宝具になるくらい使いこなしてた〟ってことになる……!?」
『加えて……燕青の絶技によって窮地を迎えるという重大な局面に陥ったにも関わらず、ギリギリのところで命を拾っている。
 普通ならば呪いが発現しても何らおかしくない場面でだ。これで解ったろう? セイバーの真名がヘルヴォルである可能性の高さが!』

ダ・ヴィンチの推理に立香は舌を巻き、素直に感心する。拍手すらしたいとも思っていた。
だがしかし、ここで素直に喜んでいる場合ではないことは、本人とて解っている。

「でもそうなると……ヤバいな」
「そうだな、マスター。何せこの仮説が正しければ、あのセイバーには〝死にまつわる逸話が存在していない〟ことになる」
「いえ、それだけじゃないわ。下手に関われば、こちらが呪いを受けるかもしれない。ああもう! テスカトリポカに負けないほど陰険ね!」

何せ結局のところ、セイバーをヘルヴォルと仮定した場合、弱点らしい弱点が存在しないのだから。
けれども、だからといって溜息をついている場合ではないと己を奮い立たせた立香は、セイバーの問題を一時棚上げすると、

「じゃあ、一緒についてきたアヴェンジャーの正体はどうなってる? 特定出来そうか?」

もっとタチの悪い答えが返ってくるのだけは勘弁してくれ……と願いながら問いかけた。
すると今度は『いや、そちらはまだ固まっていない』と返答されてしまった。

『とはいえヒントはある。特に、彼が燕青に対して〝清の人間か〟と問いかけたのは素晴らしい収穫だった。
 清朝が存在していたのは、後金成立を含めると西暦1616年から1912年まで。つまり江戸時代初期から明治後半までだ』
「なるほどね。充分広いっちゃ広いけど、少なくとも平安時代にまで遡る必要はなくなったわけか……うーん」

それでもヒントを提示されると、立香はすぐに思考を巡らせる。

「あっ」
『どうした、立香君』

すると、妙案が浮かんだ。

「ノッブー! 聞こえてるー!?」
『聞こえとるぞー? なんじゃー?』
「画像データを印刷してもらってさぁ、沖田と土方さんと茶々に〝こいつ知ってる?〟って訊いてみてくれないか!?」
『ほう。魔王をパシリにするか! はっはっは! まぁよいわ! 許ーす!』
『なるほど、彼女を使う手があったか』

時代の範囲が特定出来たのならば、その時代に生きた英霊に話を聞けばいいのである。

「あっ、待った! 念のために武蔵ちゃんと小次郎にも訊いといて!」
『む、そうか。任せよ。この儂のコミュ強っぷりを存分に発揮してやる故、大船に乗った気持ちで待っておれ!』
「ありがとな、ノッブ!」

おかげで〝織田信長が一般人のパシリと化す〟という、訳の分からない絵面が完成してしまったわけだが。
それはともかくとして。

「じゃあ、推理はノッブが帰ってきた後な」

ひとまず立香達は、再び休息に集中するのであった。


◇     ◇     ◇


そしてようやく、ケツァル・コアトルの怪我と疲労がほぼ回復した頃。
通信越しに信長がけたたましい声を上げた。

『待たせたのう!! 訊いてきたぞ!!』
「うわっ! うっせ! ビックリした!」

完全に油断していた立香は、今にも跳び上がるのではないかという程に身体をビクつかせた。
その様子が余程ツボにハマったのか、燕青が腹を抱えて笑う。
ケツァル・コアトルも心に余裕が出来たのか、微笑ましいものを見るかのように微笑んでいた。
恥ずかしさのあまり、立香は現地組二人から気持ち目を反らしながら問いかける。

『うっせ、て。恩人に向かって何じゃその態度は』
「す、すんません……つい……で、結局どうだった?」
『だーれも知らんそうじゃ。当てが外れたのう』
「マジかよ、全滅か。そりゃ残念だ。でもサンキューな、ノッブ」

だが収穫はゼロだったとのこと。非常に残念な結果に終わってしまった。
まぁダメで元々。いずれ倒す敵なのだから、再びヒントが与えられるときも来るだろう。
そうやって無理矢理にでも前向きに考えることにした立香は、カルデアを駆けてくれた信長に礼を言った。

『いや、立香よ……厳密に言うと、全滅ではないぞ』

すると、信長が難しい顔をしながら気になることを言い出した。
誰も知らない、という結果が出たというのに〝全滅ではない〟とは、一体どういうことなのか。
はっきり言って意味不明の極みなので、立香は素直に言葉の意味を訊ねた。

『茶々と沖田も連れ出してカルデア中をくまなく探したんじゃが……一人、どうしても見つからぬ奴がおってな』
「は? それって……」
『実は小次郎がおらん。沖田に縮地で休み休み施設中を巡らせたが、姿が見えんらしい。あやつ、まさか成仏でもしおったんじゃあるまいな?』
「いや、いやいやいやいや」

その結果、信長から放たれた衝撃的な言葉に対し、立香は「嘘だろ?」という月並みなセリフを返すことしか出来なかった。


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最終更新:2017年11月28日 18:03