「ね、マスターちゃん。スゥちゃんって呼んで?」
若者は自分のおかれた状況を理解しようと考えている。
自分はカルデアでシミュレーターを使って訓練をしていた。
敵の撃破が達成されると思わしき瞬間、視界を覆うノイズ。
これは、と思った時にはノイズは消えており、倒された敵とサーヴァントがいた。
喜びを全身で表現しているらしいのはライダー・アストルフォ。
終わったとはいえ警戒を怠らないのはセイバー・ラーマ。
他にも数人、サーヴァントがいたが上手く思い出せない。
今度は思い出す記憶の方にノイズが入っているようであった。
「マスターちゃん! マースーターちゃーん!」
びくりと体が跳ねる。
驚いたのだ。思考の海から現実へと引っ張り上げられてしまう。
目の前にいるのは一人の少女。齢は十五ほどと思われた。
長い黒髪、東部の右側に白いリボンを結んでおり、瞳は大きく丸い。
子供っぽい印象があるのは顔だけではなく、ぴょこぴょことせわしなさげな動きもかもしれない。
だが違和感を感じる。
この少女は今まで見た英霊のような感覚がある。
それは魔力といった意味合いだけでなく、まるでいくつもの戦線を乗り越えてきたような雰囲気だ。
「びっくりした? びっくりした?」
「あ、ほんと? そう? ごめんね。そこまでするつもりはなかったんだけど」
彼の問いに少女は丸い目をさらに丸くさせた。
ビー玉のように美しい瞳だ。黒く全てを飲み込む夜の空を見ているようでもあった。
「ここはゲームだよ。マスターちゃん」
「そう! 私はナビゲーターのスゥちゃんでっす! よろぴこ」
なんだかテンションが高いなと内心呟いた。
彼女のいう事を信じるのであれば、自分は今ゲームの中にいるらしい。
でもどうして。そんな質問の言葉を投げかけようとすれば、スゥが先に話し始める。
「ここはえーっと、なんだろ……そう! 開発中のゲーム? ベータ版? そんな感じの所」
彼女が両腕を上げると空中に長方形のヴィジョンが浮かび上がる。
それはまるでテレビの砂嵐の映像が流れているようで何も見えない。
しかし徐々に砂嵐が晴れていき文字が浮かび上がる。
『抱腹電子遊戯 FGO』の文字がヴィジョンの中に現れ、その横にはマントを纏った男性。
風になびくような形の深紅のマントには何人もの顔が描かれていた。
この男性がゲームのイメージキャラクターなのだろうか。
ゲームのタイトル画面かパッケージのようでもあった。
「ファイナル・グレイテスト・オーディール(Final Greatest Ordeal)まぁとにかくとにかく、マスターちゃんはこのゲーム世界のゲームをクリアして欲しいの!」
「じゃないとさぁマスターちゃん、出られないから」
出られない。その言葉に彼は顔を歪める。
戻らなくてはならない。カルデアからの通信はない。
通信ができないところにいるのかそれともなにか別の事情か。
彼には分からないが、問題が起きていることは明らかであった。
今は彼女の言うとおりに進むしかない。
向こう側からゲームをクリアして欲しいという要請こそあるが、その実ここから出るためには彼女の言う通りにするしかない。
自我の挟まる隙間はない。行くしかない。
だがこの男、そういった事を考えるまでもなく
進むことを選択する。
今までもそうだった。代わりなどいない。失敗も出来ない。
そういう道を進んできた。
恐怖や不安がない訳でも無いが、帰れないことの方がもっと恐ろしい。
「オッケーオッケー。そういう即断即決ってヒーローとか主人公っぽいぽい。じゃ、しゅっぱーつ」
二人は歩き出した。
冷静になって街を見てみればここはどこか懐かしさを感じる街並みだ。
現代日本といった感じの風景である。
田舎ではない。だがかといって高層ビルがひしめく都市部でもない。
ビルや他の建造物がデコボコに並び、それより背の低い店や家がある。
どこにでもある平穏な街だった。
「ん? アクションゲームって感じかなぁ。そんでね、マスターちゃんには七つのゲームをクリアして欲しいのね」
「ほら、七って特別な数字な気がしない? ラッキーセブンとか」
「あるいは七音音階、七つの大罪、一週間だって七日」
そんなことを少女は語る。
得意な顔もしない。当たり前のことを話すように。
彼に言い聞かせるように一つ一つ語っていく。
その言葉に頷きを返すが釈然としない。
「この街ってすっごく広くてねいくつかの地区に分かれてるのね? その地区ごとに色んなゲームがあるの」
それが七つ。
このゲーム自体をクリアするために各地区を回る必要があるらしい。
一体どんなものが待ち受けているのか、そのことについてスゥは何も語らなかった。
ナビゲーターという性質上教えてくれてもいいのではないかと思ったが、そうする理由があるのだろうとも思った。
「その地区のゲームをクリアするごとにマスターちゃんの使える能力が増えていくんだけど……」
「うん。色んな地区のゲームをクリアしたり、稼いだお金を使って能力は解放されるんだけど、今はマスターちゃんの英霊の力を借りる能力だけ」
「うんうん。英霊の能力とか宝具を借りて来られる……だーけーどー今はまだ力を貸してくれる英霊がいないから、私の力貸したげる」
スゥが彼の肩に触れたかと思うと体が透けていく。
空間に溶けていくスゥの体が自分にまとわりつき、消えてしまった。
その時、彼の体がびくりと跳ねた。心臓が速く動き、血の巡りが分かる。
手を見れば魔術回路が浮き出始めた。令呪が燃えるように熱く、意識がもうろうとしている。
ぐらりと世界が傾いた時に、自分が倒れそうなのだと理解が出来た。
抵抗できず地面に体を預けた。
(これで、オッケー)
頭の中に声が響く。
スゥの声だ。しかし近くにスゥはいない。
(マスターちゃん……聞こえますか? いま、あなたの中から話しかけています……)
(これが力を貸すって事……ご理解オッケー? 英霊によって出来ること違うからね。私はマスターちゃんの記憶から契約した英霊の宝具を作り出せるって感じ)
(そうそう。ま、劣化コピーの宝具だからそこまで信用できるものじゃないけど。本来の使い手の英霊に力を貸してもらったら劣化しないんだけどねぇ)
それはともかく能力を試す場所を探そうと促され街を歩く。
ちょうど良さそうな公園を見つけ、入ろうとした時だった。
「あ?」
公園に続く道路。そこに何人かの男がたむろしていた。
いかにも不良でございと言った風貌であった。
染められ、奇抜な形に整えられた髪。
マスクとサングラスが彼らの不審さを高めると共に周りの人間とは違うという意思表示ともなっていた。
これで手に鉄パイプでも持っていればかつて新宿で出会った不良に瓜二つといったところか。
「すンませェ~ん。こっから先ィ……通行止めなんですわ」
一人がそう言った。
明らかにこちらを下に見ていた。態度や言葉を発する雰囲気で理解できた。
その様子に思わず眉をひそめてしまう。
「なに、気に食わないンすか? いやいや、別に俺らだってイジワルしたいんじゃねェ~から。ほら、通行料、払ってくれりゃあさ」
金銭の要求。
とはいえ彼だってここに来たばかりだ。
カルデアにいた時の服装のままで金銭など持っていようはずもなかった。
だがそれをここにいる者どもに伝えてどうなる。
はいそうですかと通してくれるわけでもないだろう。
「ほらァ、さっさと出せよ。ねーの? ま、ねーならねーで働いてくれりゃあいいよ。うん、俺らのストレス解消?」
他の男たちが彼を囲むように動き出す。
(マスターちゃん。このゲーム、シームレスバトルなんだけど。これはほら、なに? チュートリアル的な? そんな感じだと思うから)
スゥの声が聞こえる。
その間に男たちは徐々に苛立ちの様子を見せ始める。
だが彼もスゥもそれを気にしない。
今まで進んできた特異点に比べればどうということはないのかもしれない。
(死んだりはしないよ。そういうゲームじゃないからねここは)
(場所によってはやりすぎちゃうこともあるってこと。でもゲームだから罪にはなんないよ。ここはどれだけやってもやり過ぎないように設定されてるし大丈夫)
不安はあるがやるしかないらしい。
我慢の限界が来たのか男の一人がこちらに拳を振り被った。
(行くよ、マスターちゃん!)
最終更新:2017年11月22日 18:08