結論から言えばカルデアからの連絡はロストした。
あれから考えられる程のコミュニケーションを試し、全てが通じないまま終わる。
英語、拙いが、それ以前。どうやらこちらの言葉も届いていないことが分かる。つまり双方にめちゃくちゃな音が伝わっている。唇の動きから判別しようとしたらぼやけたように映らなくなった。
地面に書いた文字、絵、記号、すべてが伝わらない。カルデア側のアクションはノートやタブレットすべてにノイズがはしったような形で認識できず。
アイコンタクト、ハンドサイン、シグナル、手話、その他身体を使った表現方法。これを試しはじめると、カルデアとの通信が途絶えた。
目は口ほどにものを言う、なんて言葉があるが、これ程までに限定的なやりとりさえ封じるとなると、敵はよほど僕とカルデアの通信を封じたいらしい。
しかしそれは驚くほど効率的でなおかつ致命的だ。
すでに、レイシフトしたサーヴァントとはぐれてしまった僕は、カルデアのバックアップがなければそこらへんの野良犬にも負ける──この時代にいるかは分からないが。
一部の例外を除き、僕はカルデアという強力な協力があるからこそ、様々な特異点を踏破できたのだ。
基本方針、敵の察知、戦闘における補助、情報戦、交渉、心理的ケア、存在証明。
僕はあくまで超瞬間的な判断のみを任されているだけに過ぎない。
代わりのいる仕事のはずだったのだ、本来は。
けれど、こうして僕だけが現状唯一実践投入できる適合者なのだから、そこに脆さが存在してしまう。
今回の敵は、容赦がない、余裕がない、弱さがない。
「とりあえず移動しようかな。」
自分の言葉は分かる、ならばあの言語障害は、なにを対象として発揮されているのか。
少しでも情報を集めないといけない。
目立つところにいれば、サーヴァントも僕を見つけやすくなるかもしれないし。
目指すなら、やっぱり。
「……あれは塔なのかな?」
聳え立つ巨大な建造物。
レイシフトする前のブリーフィングで聞いた、そう、たしか。
バベルの塔。
大昔、神話の時代に遡るとか、紀元前数百年前の話だとか、色々な説があるみたいだけど、現代にとって、そこまでいくと最早同列の話だ。
ともかく、ある地で人々が集い、協力して、とにかく高い塔を建てた。
それを見た神様は怒って塔を崩落させてしまった。
そして、人々が協力することのないように、神様は言葉を隔てた。
めでたくもなし、めでたくもなし。
細部までは知らないが──知ったとしても、僕に使えるとは思えないし──おおまかに聴いた話はそんなところだ。
塔が、塔というよりあれは最早要塞のようですらあるが、雲を突き抜けるそれと、カルデアとありとあらゆる対話を取り上げられた僕というこの状況は、伝承のバベルの塔とは真逆のように感じる。
それこそが、ここが特異点という証明でもあるのだろう。
隠れる場所のない平原を歩く、歩く、歩く。
しかし、レイシフトから数時間、何も攻撃らしい攻撃を受けないなんて、いままでにはなかったことではないか?
妙な話だ、サーヴァントと離し、カルデアとの通信を断ち切り、それで、終わりだなんて。
はぐれたサーヴァント──彼女が攻撃勢力を抑えているということも無くはない、だろうが。
どうも最初に感じた印象とのズレが気になる、敵は、適切に、的確に、徹底的だ。しつこいくらいに、あざやかに、僕を窮地に追い込んだ。
違和感と直感は、いつだって僕の命を救ってきた。だから、今回も。
それは突然だった。
夕暮れ、マジックアワー、赤と青が入り交じる幻想的な空の下。
平原にいきなり人影が現れた。
まるで最初からそこに居たかのように、意識の死角に入り込むかのごとく、視覚はそう感じ取った。
長い髪──女性──マスク──マフラー──コート──この場に不釣り合いなその姿、サーヴァント。
「見蕩れちゃった? 綺麗でしょ?」
一先ず、ガンドを撃てるように礼装を切り替えようとして、そんな彼女の言葉に思わず考えてしまう。彼女自身のことか、それとも彼女は塔の関係者で、あるいはこの風景のことを示しているのかもしれない。
「……ま、いきなりこんなこと言われても分かんないよね。」
すると彼女はどうでもいいことかのように切り上げ。
「私は、語られるライダー。君のことを迎えにきたの、カルデアのマスターさん。」
目は笑っていた、友好的かどうか──どうも彼女の目は語ってはくれなかったが。
「はじめまして。」
ともかく、ここへ来て、はじめてのコミュニケーションだ。
────
「迎えって、なんで?」
「君はまだ分からないだろうけど、ここは夜になると駄目なの、そういう特異点。私が、召喚されてからずっとそう──百聞は一見に如かず──とりあえず街へ行くわよ。」
どうも、敵ではないようだった。
僕は彼女におぶってもらい、平原を駆け抜ける、速い速い速い、速いなんてもんじゃない、Gで脳が押し潰されているような感覚だ。
「さ、すっが、ライ、ダー! だね!」
「ん? ああ、私は、だからということでライダーではないんだが、喋ると舌噛むよ。」
もしかしてこれは攻撃なのではないか、とりあえず意識と手だけは離さないように、必死に背中にしがみついた。
────
「お帰り、ライダー。その背中の赤ん坊みたいなのは?」
「カルデアのマスターだ、塔の中が騒がしいと思ったらやっぱり来てた。」
バベルの塔の傍には、遠くからはわからなかったが居住区のようなものがあり、規模の程度はわからないが──街とは、ここのことなんだろう。
震える足を正しながら。
「どうも、はじめまして、カルデアのマスター──藤丸 立香です。」
また女性だ──作務衣──眼鏡──手拭い──筆──書き物──やはりこの時代、場所には似合わない、サーヴァント。
「気持ちはわかるけどね、そうじろじろ見るの、女性は気づいているよ。」
「私のときもそうだった。」
そう言われて、すいませんと、謝罪を言葉にする。
どうも、僕の目はお喋り過ぎるようだ。
「ふふ、かわいい子だね、好感が持てる。」
「書き物か食い物にしやすそうでか?」
「失礼だね、ライダー、君はその人を食ったような態度を見直したまえ──改めて、はじめましてカルデアのマスター、私は綴るキャスター。真名はまたの機会で、そう遠くはないだろうけどね。君と私たち、力を合わせてこれから立ち向かわなければならないわけだから。」
立ち向かう、敵、この特異点の元凶。
「君の敵は、百騎の幻霊──幻霊百騎夜行。」
さあ、夜がくるぞ。
目は──嘘を憑いてはいなかった。
最終更新:2018年03月14日 21:25