街並みは石造りの家がほとんどで、けれど、あまりにも人影が見えないのが気になる。
夕暮れは、徐々に青い色が侵食していき、夜が訪れることを告げている──この時代、夜とは闇そのもの、人間はまだ時を克服できていないのだから──おかしなこと、ではないのかもしれない。
砂ぼこりが目立つ道を進む、二騎と一人。
ここに、敵が、来るらしい。
「説明している時間もあまりないから、端的に要点だけ説明するよ。」
とん、と並ぶ家のひとつに飛び乗りながら『綴るキャスター』が話を続ける。
家主はいないみたいで怒られなかったが──それとも彼女たちの拠点がここなのだろうか。
いつの間にか後ろに回っていた『語られるライダー』に抱えられ、僕も同じく飛び乗る。
「私が召喚されたときには既にこの異変が始まっていた──君がいうところの倒れてあるべき搭はそびえ立ち、そして夜になると驚異が襲いかかってきた。」
「それが、幻霊百騎夜行?」
「その通りにしてその名の通りの百騎の幻霊……まあ、名付けたのは私なんだが──それはともかく、敵は通常の幻霊とは一線を画す。一騎一騎、それぞれが英霊に匹敵、いや、それ以上の力を持っているのだからね。魔力の足りない私たち弱小英霊は逃げ隠れることしかできない程に、ね。ライダーと出逢ったのはそんなときで、まあ、これはいい。」
それで、と彼女は言葉を切り。僕を指差す。
「君がきた──人理継続保障機関フィニス・カルデアのマスター──私へ君の力を貸してほしい、ならば、私は君の力になれる。」
その意思の籠った眼差しは、彼女がやはり、英霊なんだということを強く訴える。
ならば、答えは決まっている。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
握手する手に熱が帯びる、令呪が焼き付く感覚。
サーヴァントとパスの繋がる感覚、幾度も重ねた、僕の唯一の特技だ。
「もちろん、『語られるライダー』も。良ければ、だけど。」
「ああ、ちょうどお願いしようと思ってたよ。主、なにせほら、夜だ。」
来るぞ。
夜。夜。夜。
闇。闇。闇。
ああ、ほんとうにいつの間にかというやつだ。
世界が深くて、平面になったかのようで、苦しくて、押し潰される程、静かな何もないが煩いくらいたくさんあった。
いやおかしい。
ならば月が照らすはず。
新月?
そうか、搭か、あのバベルの搭が月を隠して。
違う、なら、星はどうして輝かない。
二度、違う、星は輝いているんだ。
隠しているんだ。
バベルの搭から滑り落ちり広がるように『静かな何もない』が広がっている。
それが隠しているんだ。
輝きを、救いを。
こちらに近づいてくる、堕ちてくる、隠されていた星が間から瞬き、正体がわかる。
鬼だ。
傘だ。
車だ。
貝だ。骨だ。鳥だ。火だ。婆だ。猫だ。目だ。翁だ。琴だ。女だ。木だ。毛だ。箒だ。釜だ。男だ。瓶だ。金だ。花だ。鐘だ。頭だ。風だ。肉だ。霊だ。何だ。何だ。何だ。
有象無象。魑魅魍魎。悪鬼羅刹。
降り注ぐ。
怖い、恐い、畏い。
けたけた笑う、めそめそ泣く、ぷんぷん怒る、嬉々とする。
生々しいくらい怪々しい。
そう、分かる。
僕でも理解できてしまう。
あれは、あれらは、幻霊百騎夜行は──
「──妖怪だ。」
「その通り、あれこそ異変により生まれし、生まれながらの死だ。」
────
妖怪──幻霊百騎夜行はけれど、統率なく、めいめい好きなように夜の街を歩く、飛び回ることを続ける。
「何を。」
「怖がらせているのさ、何せ妖怪だから。」
じゃあ、あの、家の中、いやあれだけじゃない、そこも、どこも、かしくも。
人影が見えないのは当たり前だ、隠れていたんだ、ここの人間は。
「そして、やがて狙いをつける。」
遠くの方で、やけに明るい場所を見つける。あれは人魂か、あるいは鬼火というやつか、とにかくそれが集っている。ああ、と、そこが食事の場所なのだ。ああ、だって聞こえる。断末魔だ、叫び、恨み、そして救いを請う声。振り絞られた命の詩が、届く。
お願いします、痛くしないで、助けてください、痛い、痛い、お願いします、やめて、助けて、やめて、殺す、やめて、お願いします、痛い、痛い、殺す、殺す、殺す、痛い、痛い、おいしくないから、食べないで、お願いします、食べないで、食べないで、やめて、痛くしないで、痛い、痛い、やめて、やめて、食べないで、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いあっ。
わざとだ、あいつらは殺さないように殺す。限界まで痛め付けて楽しんで味わって。人間を使って周りに、聞かせてるんだ。まるでお祭り、どんちゃん騒ぎ、けたけた笑う、めそめそ泣く、ぷんぷん怒る、嬉々とする。近しいものを見た気がする。
「酷いだろう、惨いだろう、怖いだろう。だが、怒る余裕も、嘆く暇も、震える時間もないみたいだ、構えろ主。」
『語られるライダー』の言葉で、僕はカルデア戦闘服へと礼装を換え、ガンドを構える。
炎がひとつこちらに近寄ってきている。
それは男だ──大男──宙に浮く──いや、宙を駆けている──燃えている──火を纏っている──長い髪も──上半身は裸──いや、車輪を身に纏っている──肉食獣、猫のような眼。
「火ッ火ッ火ッ、逃げも隠れもしてねぇお火しな奴らがいると思ったら、合炎奇炎とはこのこと、火ルデアのマスターに、毎夜うろちょろ火くれてた英霊共じゃねぇ火! あ、なんだい火ルデアのマスターったら俺に熱視線なんて浴びせちゃって、横の美女二人が焼いてるぜ? 俺は恋にも愛にも燃える男だが、そこまでのを浴びせられるとなんだね、殺されるようだ。し火し、焼がねぇか、罪だね俺も、そんな魅力と火力に溢れているかい? ああ、なんだい、炎々熱を送っていたのは俺じゃなくこの指火。火んちがいさせるんじゃねぇよまったく、ああ、確かにこれはいい女だった、死んでもっといい女になった、あんたもそう思うだろう? ああ、思わないって火おだね、分火りあえると思ったってぇのに、焼々残念だ……熱と俺としたことが自己燃介を忘れてた、これじゃあ分火りあえるものも分火りあえねぇ、つっても真名はどんだけ煽られても明火せねぇ、俺はそうさな『業火のライダー』! 口と車輪の回る──」
射程圏内だ。
ガンド。
続けざまに『語られるライダー』が動く、瞬時に肉薄、手には鋏、喉元に。
「燃えろ。」
車輪が歯車のごとく、噛み合わさり、回転、炎が噴出する。
一瞬で『語られるライダー』の持つ鋏は融解する。飛び去り、距離を取る。
礼装変換、魔術礼装・カルデア。
融解しかけている手を治療する。
「すまない、仕留めきれなかった。」
「大丈夫、三対一だ、チャンスはまだある。」
そう、どういうわけか、この戦いに他の九十九騎は参加しない。いや、見てすらいない。ふと、隣の『綴るキャスター』に眼をやるが、彼女も首を横に振る。
「なんで火って顔してるな、当たり前だよお前らは終わってるんだから。出し物としても詰まらねぇ燃えねぇんだよお前らは、燃える塵、そして俺はその塵処理担当なわけ、祭りの実行委員も大変だぜ、ほんと、まあ、でも良いことがひとつだけある。」
死体の焼ける臭いを一番に楽しめる!
言葉と共に纏われた車輪が再び回転を始める、温度が上がる、眼が乾上がるほどの熱量、彼が咥えていた指もいつの間にか塵となり消えていた。
「おいおい、そりゃ英霊を上回るとはいったが、予想以上だ──出力が違いすぎる──本当に化物じゃないか。」
「あんた、口は災いの元って知ってる?」
軽口を叩きあう二人は頼もしいが、僕はとてもじゃないが、そこまで口は回らない。
「英霊は死体が残らねぇから、楽しくねぇんだ、先に、殺すぜ。」
相手も、遊びはなくなった。
最終更新:2018年09月03日 22:22