「で、どういうことか説明してもらいましょうか」
藤丸は彼を探しに来た遊撃衆と合流することが出来た。
橋姫は予定通り生け捕りとなり、安珍もついでに生け捕りになった。
その橋姫と安珍と並び、藤丸はアーチャーの前に座らされていた。
橋姫は暴れだすかと思われたが案外大人しくしている。
少し藤丸との距離が近いようにも思われた。
「橋姫と落ちてそれから安珍に会った」
「私は藤丸君が襲われそうなところを助けた」
「どういうやり方をもって?」
「御仏への祈り、だろうか。無我夢中に祈れば相手の動きを止めることが出来るようだ」
それは彼の英霊としての能力なのだろう。
「それでなんで藤丸君を助けたのかしら」
「なんだろうね、似た境遇というか似た相手から狙われたというか……そういう経験があるからかな」
「そっちとこっちを一緒にしないで」
笑って答えた安珍に不機嫌そうな様子で言葉を発したのは藤丸である。
清姫という英霊と長い時間を共にしたからか、安珍という男に思うところがあるのだろう。
心なしか二人の間に物理的、また藤丸から一方的な精神的距離があるように思えた。
「後は……なんで懐かれてるかよね」
「さぁ……?」
「命狙われた相手に手ぇ差し伸べる肝の据わったとこが気に入ったー!」
がっと橋姫に腕を抱かれた。
ぎりぎりと強い力で腕を締め付けられる藤丸。
内心離れて欲しかったがそれを告げてなにかされても困りものである。
また全員そう思っているのか特に橋姫を止めようともしなかった。
「まぁ、橋姫はあなたに任せるわね」
「え……」
「嫌なわけないわよね? 好意を向けられるって素敵な事よ」
「せやな。せやなぁ」
また一段と橋姫の力が強くなる。
逃げられない。いや、逃げてはいけない。逃げるとどうなるか。
隣の男のようになるのではないか。
なるだろう。確実に。
「ん? 何かな藤丸君。私の顔に何かついているかな?」
「別に」
「あ、勘違いせんといてなぁ。あたし、一応育ちはエエねんで」
ぱっと腕が離される。
本当に育ちがいいのだろうか。しかし静かに座っている姿は美しい。
多分所作も美しいだろう。
俗世に染まっているような気がしないでもないが。
「じゃあ次の仕事の話をするわね」
「……はい」
「最近妖怪の類が出るっていう話を聞くわ。その原因を調査してもらいたいの」
「行くのは僕だけ?」
「アサシンを付けましょう。それと橋姫とそこの坊主も必要なら連れて行くといいわ」
前の二人はともかく安珍は遊撃衆と直接関係のない存在だ。
橋姫はこの様子であれば何も言わなくてもついてくるだろう。
果たして藤丸と一緒に来てくれるかどうかは謎であった。
「いいよ」
安珍はにっこり笑ってそう言った。
実にいい笑顔である。ほれぼれするほどのイケメンである。
その美貌も必ずいい方に転がるとも思えないが。
「私は私ですることはあるけれど、たまには寄り道もいいかな」
「……」
「あたしも付いてくで。それでどこ行くん?」
「行く場所は祇園よ」
◆◆◆◆◆
「遊郭は良くない!」
「せやせや」
「私は御仏に仕える身ですので座敷遊びは……」
遊撃衆の羽織にそでを通して夜の街を歩いていく。
石の道。明るい提灯の色。
「こういう所を花街っていうんだよね?」
「うん? そうだ。京の都には六つほどある。おっと、きょろきょろするな。お上りさんだと思われる」
「お上りさんだとダメ?」
「街の格は客によって決まる。祇園の花街となればそれ相応の者も来るからな」
舐められるという意味合いらしい。
気のせいか皆が自分達を避けるように歩いている。
じろじろと羽織を見ていた。
それと鬼と坊主という取り合わせも何だかおかしなものに見えた。
「今から行くのは祇園乙部という所だ」
「乙部?」
「祇園甲部というのがあってそこから別れたのだ。こちらはどちらかといえば娼妓が多いか」
「舞妓さんの事?」
「いや、舞妓や芸妓は舞や芸を売る。娼妓はどちらかといえば遊女といった趣だな」
「色々あるんだね」
「興味があるなら頭領殿にいうといい。茶屋の紹介くらいしてくれるさ。仕出し屋やら屋形やらの事は私が教えよう」
そう話しながらも横目で少し周りを伺う。
何とも言えない感じだ。
お淑やかなな雰囲気ながらも煌びやかで。
これが粋というものなのだろうか。
「ここだけの話だがな、私は祇園乙部の遊郭で童貞を捨てたのだ」
「ぶっ」
アサシンの耳打ちに思わず噴き出した。
その様子に橋姫と安珍が反応するが、それを手で制する。
「知り合いに会っちゃうかもね」
「馬鹿」
「随分と仲がよろしいようで結構だね」
「せやな。あたしらほっちっちやけど」
安珍と橋姫の批判。
自分達も混ぜろと言わんばかりに距離を詰めてくる。
「ところで藤丸さん。君はまだ着付けが一人で出来ないと」
「あぁ、私が着付けをしているのだ」
「アサシンさんは遊撃衆の勤めもありますし、その役目私に譲ってみたらどうかな?」
「はぁ!?」
「アカンで。そういうのはあたしがしたった方がエエ」
「僕は自分で……」
「まだ早いよ藤丸君」
「遠慮しないで藤丸さん」
「気にせんでエエんやで」
封殺であった。
どうやら自分の意見というのは通らない様子だ。
なんだかんだと言っているうちに祇園乙部へとたどり着いた。
が、何だか様子がおかしい。
明るさがなんだかないように見えた。
「どうもどうも。遊撃衆の皆様方」
「ん? あなたは?」
「別に。小間使いでございますよって。いやぁなんと言いますか本日は遊びにいらっしゃったんで?」
「いや、私達はこの辺りに妖怪が出るという事を聞き」
「はぁなるほど。それはそれは。でも、別にお仕事していただく必要はありませんから」
頭を下げる小間使いを名乗る男。
その様子に少し面食らう。
妖怪というものは街を荒らす者であることが多い。
花街であれば人の出入りも多いだろうに。
それに街の暗さもそれに関係しているのではないかと思っていたのに。
「そうか……今日はどこも休みなのか?」
「いいえ。別に……皆様方が来るというので奥にいるのでは」
「それはどういう意味かな」
「……何度も上にはお伝えしているというのに聞かん坊なこって。我々花街の者は国から派遣された遊撃衆のお世話になるつもりはございません。なので、お帰り頂きたいんです」
どうやら嫌われているようだ。
何か裏があるのかもしれないがまだ分からないことだ。
「どうする?」
「どうもこうも。手ぶらで報告を持って行くのは少し不味いがね。通してもらいたい」
「どうしてもというのであれば、我々も抵抗せねばなりません」
小間使いが手を叩くとどこかから妖怪が現れた。
高まる緊張感。
空気が張り詰める。
「どういうことだこれは」
「……さて、どういうことか」
小間使いが奥にはけた。
残されたこちらは英霊四基と藤丸、あちらは妖怪が幾体も。
戦うしかないのか。
「みんな。殺さないで」
「む。正気か」
「うん……なんだか変な感じがする」
「あんたがそういうんやったら、そうするわ」
「私は坊主故後方支援で」
「少しは手を貸せ。これも仕事だ」
戦いが始まる。
藤丸の心に何かを残しながら。
最終更新:2018年05月29日 12:06