夜の街にいくつのも影がうごめく。
妖怪が迫り、それを迎撃しながら進んでいく。
安珍は攻撃向きではないらしく時折念仏を唱えては周りの妖怪の動きを止めている。
攻撃担当は橋姫とアサシンだ。
といっても、アサシンはそこまで直接的な戦闘が得意なわけではないようだが。
「やり過ぎないでくれたまえよ、橋姫君」
「わかっとる! あたしかてムカつく男やなかったら手加減ぐらいできる!」
思い切りからかさ小僧をぶん投げながら橋姫が言葉を返す。
本当に手加減が出来ているのか謎だがまだどの妖怪も死んでいない。
藤丸の言葉を守っているのだ。
アサシンは懐から石か何かを取り出して敵に向かって投げていく。
石が空中で爆発し、破片が妖怪たちの動きを止める。
牽制担当だ。
「藤丸さん、あの人は見つかったかい?」
「うん、さっきそこの角を曲がった」
群れを突っ切って角を曲がると男が店と店の間の小道に入った。
近づけばそこそこ狭い空間だ。人ひとりがぎりぎり通れるくらいだ。
振り返れば妖怪は追ってきている。そしてまた別方向から妖怪。
空を見上げれば月明かりを隠す妖怪ども。
三方向からの挟み撃ち。行くしかない。
「藤丸君、君が行け。私達はいったんここを食い止める」
「食い止めるったって……」
「大丈夫だ。約束は守るし、生きて帰るとも。君がいる方が大変なのだ。守るものが近くにいるからな」
「……わかった」
体をねじ込み隙間を進んでいく。
戦闘の音が激しくなっていくのが分かる。
だが戻ることは出来ない。自分が進むための時間を彼らが守ってくれているのだから。
「……宝具を使おう。橋姫、アサシン、彼らを一塊にしてくれるかい?」
「無茶言うなぁ坊さん」
「失敗したら私は嫌になるぞ。だが、それを信じるからな」
「もちろん。今の私の言葉に嘘はない……」
◆◆◆◆◆
「はぁ……」
隙間を抜けるとそこには廃れた店があった。
手入れの行き届いた感じはない。そんな店の前に男が座り込んでいた。
「どうも。ようこそおいでで」
「逃げないの?」
「ここが終点ですんで。そんじゃ、あたしはちゃんとあんたここに連れてきましたからね」
店の戸を開け、ぼろぼろの床の上にごろんと転がる。
そうすると彼の姿は一匹の狐となった。
それからもう一度ころんと転がれば狐の姿は達磨の姿に早変わり。
彼自身も妖怪のようだ。
藤丸が狐につままれたような顔をしていると頭上から声がする。
「旦那はん」
「酒呑!」
酒吞童子が二階の窓から顔を出していた。
◆◆◆◆◆
「酒呑!」
「なぁにそんなに顔の色変えて。さっきまでと、えらい違いやなぁ」
靴を脱いで急ぎ階段を駆け上がり酒呑のいると思われる部屋の戸を片っ端から開け放った藤丸。
当たりの部屋の窓際にちょこんと酒吞童子が座っていた。
月明かりが窓から差し込み部屋に光を与えてくれる。
そんな中で彼女は酒を飲む。いつもと変わらぬように。
「まぁ、座り」
「うん」
彼女の前に座る。いきなり走ったからかほんのちょっぴりだけ呼吸が乱れる。
心臓の音は決して気持ちの高鳴りではないと信じたい。
少なくとも彼女と……仲間と会えて喜びを感じてはいるが。
「旦那はん、あれ持ってる?」
「あれ?」
「赤漆の、忘れはったん?」
はっとなって自分の懐をまさぐる。
胸元がはだけるが直し方が分からない。それよりも藤丸は自分の懐の中の物を出すことを優先した。
赤漆の杯。遊撃衆に入った自分達を歓迎する宴。その時酒吞童子に渡されたものだ。
「これ」
「ちょっと貸てもらおか……ふぅん、ここヒビ入ってへん?」
「え、嘘。ほんと? やっぱりあの時がまずかったかなぁ」
橋姫と橋から落ちた時にでも衝撃がいったかと考える。
思えば貰った日からずっと自分の懐に忍ばせるか枕元に置いてあったものだ。
外に出る時は常に持ち歩いていたのだからどこかで要らぬ衝撃があったかもしれない。
藤丸、猛省。
「ふふ。嘘」
そんな藤丸の思考を読み取り面白がるようにくすくす酒吞童子が笑った。
そして杯に酒を注いで渡される。
酒の入ったものを渡されては飲むほかない。
ぐいっと飲めば、やはり喉に熱いものが伝って腹に落ちる。
「あの時って言うんは?」
「あぁ、色々あって橋から落ちたんだけど」
「なぁにそれ。あぁ、はぐれサーヴァントでも捕まえに行ってたん?」
「うん……」
思いがけない出会いもあった。
「酒呑、ここで何してるの?」
「んー? なんやろなぁ。うちにもよう分からんけど顔役ってところやろか」
「顔役?」
「そうそう。遊撃衆に追われた妖怪やら、遊撃衆をよう思ってへん人らの神輿に担がれてるんよ」
それからそういうのは自分に向いたことではないとあっさり言ってのける。
酒吞童子は強大な力を持った鬼だが、組織を纏めるには問題があるように思えた。
茨木童子のようにどこか真面目な部分があるのかもしれないが、普段は自分の道を自分の歩幅で歩くように自由だ。
それでも顔役を任されているのか。
「聞いた話やけど、そっちはだいぶ嫌われとるみたいやわぁ。特に花街からは」
「遊撃衆が?」
「締め付けやなんやと、まぁそういう文句が。うちはそういうのどうでもいいんやけど。ほれもう一杯」
「ありがとう……それで妖怪と人間が手を組んでるの?」
「手ぇ組むってほど仲ようもないけどそんな感じやねぇ」
なるほどと頷きつつ今度はこっちから酒呑の杯に酒を注いでやる。
お互いかわりばんこに酒を注ぎ注がれしながら話を続ける。
「旦那はんは遊撃衆でよろしええん?」
「うん。この辺りに妖怪が出る原因を云々って」
「ふふ。じゃあお仕事は成功やね」
「……そうだね」
素直に報告していいものかと思う。
妖怪が人に害をなすのであれば当然退治という話になる。
しかしここは人間と妖怪が遊撃衆という共通の敵を持って行動しているようだ。
アーチャーがこれを聞いたらどうするだろうか。
残酷な雰囲気はあまり感じないが苛烈な雰囲気を感じる時はある。
「ねぇ」
「どないしたん、そない見つめはって……いややわぁ、火照ってしまうやないの」
「……やっぱり帰ってこないの?」
「好きなようにしぃって言うたんは旦那はんやで?」
「そうだけどさ。仲間っていうか、まぁ色々な人がいるけど……」
カルデアを感じる時間は少ない。
マシュやダヴィンチちゃんとの通信はあまり出来ないし、信長も訓練に出ているかそうでなければ京都観光。
清姫は影も形も見えない。
アサシンはよくしてくれるが仕事によっては会わない時間の方が長い日もある。
こういった経験がないでもないが、それでも何となく寂しさのようなものがないでもない。
「ほうかほうか。旦那はん、案外甘えたさんなんやねぇ?」
「違う。そういうんじゃない」
「ふふっ。別に何でもええよ。それにいつやったか言わんかった? うちの前で我慢なんてしぃひんでええんよ?」
「……」
「まぁでも? 旦那はん。数奇者の旦那はん。鬼を欲しがるなんてしたら、どうなる思う?」
藤丸に向かってがぁと口を開けて見せる。
近くで見ればより分かる鬼歯。
その気になればすぐにでも食らいつけるだろう。
いつも冗談めかしてそんなことを言っているが、それでも背筋に冷たいものを感じるのは彼女が生粋の鬼だからだろうか。
「骨抜いて、酒に漬けて、ぜぇんぶ美味しく頂いてまうかも」
「……知らないよ。そんなの」
がぁと藤丸も口を開けるとにぃっと酒呑が笑う。
「うちはまだあそこに帰る気にはなれへんねんけど、旦那はんがそう言いはるんやったら一勝負どない?」
「腕相撲とか飲み比べじゃ勝てないよ」
「それもそやね。まぁなんなりとあるやろ。時間もまだまだいけるやろ?」
そういって酒呑が杯を掲げ、藤丸も同じように掲げる。
同じように笑い合い、そして酒を飲み干した。
熱い。腹の中に熱が落ちて、燃料を放り込まれたようだ。
まるで燃えているようだ。
「ほんなら、旦那はん。ちょっと遊ぼか」
最終更新:2017年12月30日 02:43