「火ット!」
通算三回目、『業火のライダー』から放たれた炎が『語られるライダー』の顔面を焼く。
しかし炎はすぐに収まり、『語られるライダー』の表情は鋭く、マスク等の装飾品を含めて一切の損傷を残さずそのままだ。
「お火しなスキルを使うじゃねぇ火。瞬間回復……はそこの人間にしてもらったから違うわな、なら、なるほど火おの美しさを保つスキルってところ火? 俺の熱々死に化粧をほどこしてやれねぇのはちと残念。」
防戦一方どころではない、消耗一方。
かろうじてその速さによって致命傷こそ免れているが、『語られるライダー』の鋏を用いた攻撃はことごとく溶かされ、潰されている。
ガンドによる不意打ちや、瞬間強化による一撃、勝利への布石を用いた連続攻撃、いずれもが、だ。
いくら魔力消費が少ないとは言え、僕のあまりにも乏しい才能では、いずれ力尽きる。
万策は、試してないが、少なくとも千策程度は諦めなければならない状況。
ともかく炎だ、あまりにも、あまりにも熱い壁。
車輪の回転に呼応して無尽蔵に吐き出されるそれを掻い潜れない。
文字通り、火力が違う。
「悪い方の予測が当たったみたいだ、マスター。」
陣地を作成していた『綴るキャスター』がこちらに言葉を投げかける。手に握る筆で簡易的な結界を呼び起こしてくれたお陰で、僕はいまだ攻撃されずに済んでいる。
「予測?」
「幻霊があれだけ、強いっていうのはおかしいだろう? だから私達も幾つか仮説を立てたんだ、どうして彼らが強いのか。これほど幻霊が強く、私達が弱小とは言え英霊と渡り合える理由はただひとつ、知名度だ。」
それは──なるほど納得のいく話ではある。知名度は強さに直結する、語られたきた数が、記されてきた質が、多ければ、大いほど、英霊は強くなる。その英霊に関する土地での召喚であれば、そのステータスは向上するし、逆も然り。幾度となく学んできた、基本。
だが、それは不可能だ。まず前提として知名度が足りないゆえに彼らは幻霊なのであって、そもそも矛盾している。仮にその知名度を有するほどの強大な妖怪であろうと、この紀元前、日本ですらない土地でいったいどれだけの力を発揮できるのか。少なくとも、それは英霊を凌駕しないはずだ。
「そう、そこだよ、だからここなんだ。バベルなんだよ。いいかい、ここには、言葉の壁がない。」
見ろ、と彼女は僕の顔を固定し、自らの口を見せつける、そしていくつかの言葉を紡ぐ、空、花、煙、傘、恋──これほどぞっとしないことがあるだろうか、僕の耳に聞こえる音と、その舌は、唇の動きは、まったくもって一致していないのだから。
そして気づく、カルデアの通信が途切れた理由を。ここは、バベルの塔、崩壊以前、そこは神様が言葉を隔てる以前、つまり。
「そう、私達はお互いに──この時代にいる者だけに通じる、まったく別の言語を喋っているということだ。言うなれば『唯一言語』、なんて、これも君に伝わりやすいまったく同じ意味で別の言葉に置き換わっているのだろうけれど。重要なのはここには言語の壁がないということだ。」
単細胞生物は病気に弱い、たった一つの病がその種すべてを絶滅させることがある。
幻霊百騎夜行、妖怪は語られることで感染していき、力を増していく恐るべき、存在。
言葉に対する病。それは国、地域、時代という言葉の壁で隔てられるはず、だった。
ここにはそれがない、単細胞生物の世界。
「知名度は、この世界にいる全人類。幻霊がその枠を超えるわけだ。困ったね、マスター?」
「うん、結構厳しいかも。これは倒せても次からが問題だ。」
すると彼女は何が可笑しかったのか、けたけたと笑う。
「いやいや、これを倒すという自信があるとは……いや、根性か、流石世界を救っただけあるな。私の予測を超えた化物相手でもそう言い切れるとは──しかし正しい、君とライダーが力を合わせれば、あるいは彼女が本気を見せれば、コイツなら倒せるだろう、だが問題はその後、残騎九十九の幻霊達だ。」
「本気を見せれば、って。」
「私も彼女の真名は知らん、よほどの理由があるのかそれとも……というのはともかく、これで我々は反撃の手段もない、あとは弱らせて追い詰めて、貪るだけ。と、思われている。そうなるように私たちは今まで、力を見せず、こそこそ隠れていたんだ。さあ、準備は万全、ここには百騎がすべて揃っている。」
なるほど、二騎も英霊が揃って、ならば考えなしに、敵を迎え入れるわけがない。けれど。
「なら、僕にも伝えてよ。」
「君が、どれ程戦えるのか見たかった。というのもあるが、敵は妖怪、君が真に恐れていなければ、警戒するだろう? さて、ではマスター、君の魔力をありったけ貸してくれ。あちらも準備はできたようだ。」
見れば巨大な鋏によって、『業火のライダー』が地に縫い付けられている。
「準備完了だ、主」
「火でぇな痛ぇよ、焼々油断したか……ならばここらでひとつ俺の宝具と真名を──」
「火車だ。」
真名判明
業火のライダー 真名 火車
熱? と、呟きが漏れた。
「火と車輪、それならまあ片輪車というセンもあるが、二つあってしかも死体が好きとなりゃ火車以外にない。真名は切り札として取っておくもので、見せびらかせるものじゃないよ、新人クン。」
『綴るキャスター』の言葉でざわざわと、空の妖怪が騒ぎ始める。
あれは誰なんだ、どうして名前を、なぜ知っている。
「私が呼ばれたのが運のツキ、いや、なるべくしてなったと言うべきかな。この特異点を終わらせることができるのは確かに私以外にはいない。さあ、マスター、令呪を使ってくれ。」
体から魔力が抜け落ちていく、この感覚は、宝具の前兆に他ならない。
ならば、それを助けるのが僕の役目だ。
「令呪をもって命ず──キャスター、宝具を使って、こいつらをブッとばせ!」
「ならば見せよう、一世一代の一筆入魂、一字一句見逃さず、一文にて百間を!」
声と共に彼女の服の至る所から紙が溢れ出す。
それは絵! 絵! 絵!
そうさ戯画! 戯画! 戯画!
「真名開放──私の名前は鳥山石燕!」
真名判明
綴るキャスター 真名 鳥山石燕
「虚をもって綴る、彼らを。」
鳥山石燕を知らない人間なんて、少なくとも日本人にはいないだろう。
「虚をもって描く、彼らを。」
民話から、伝説から、古典から、あるいは自らの妄想に至るまで、緻密猛量な知識で魑魅魍魎を纏めた人間。
「これこそが彼らの真実、見よ、妖かしは明かされた!」
古来から連々と受け継がれてきた、理解できない脅威への対処法、その一角、姿を定めるということにおいて、これ程優れた英霊はいない。
「宝具展開──虚をもって真を伐せ!」
戯画図百鬼夜行
溢れ出た絵が、幻霊百騎夜行たちをそれぞれ覆い隠す。作り変えているのだ。
「私の宝具は言わば、幻想特攻。それが対処不可能な存在であればあるほど、絵にして記して語って弱体化する。よくわからない強さを、理由付け。姿の見えぬ敵を、引きずり出し。誰も知れぬルーツを、でっち上げる。君たちの元が妖怪ならば、その姿を上書きし、いくら語られ強化されようと元に戻す、いや、それ以下になるように広めてやる。」
魑魅魍魎は地に伏せた、さあ、反撃の時間だ。
「……威勢はいいが、君も地に伏せているぞ。」
もはや喋る気力もない程に魔力を使い切ったからね。
「なるほど、俺達の、天敵じゃねえか」
火車が──とは言っても火の燃え尽きたそれは名前に見合うような大妖怪じゃない、本来のままの、弱々しい幻霊が──起き上がった。鋏を肉ごと削いだようで、その肉体は欠け、壊れ、損なわれている。
「最早夜も明ける、弱体化した俺達ならば、そのままお陀仏だ、はっ、笑えねぇ。」
ならば、と、火車の身体が燃えた。ぱちぱちと、自らを薪にしたかのように。そして音は変わっていく、ごうごうと。
「これが俺の宝具。」
轟々業火死屍送々
「俺に触れた対象を焼死体にするだけの、地味な宝具だ。だが、接近戦しか使えないお前らならば、効果はてきめん、あっと俺の舌の熱も冷め始めてきたな、エンジンがかからねぇ、だが、心は、心臓は燃えるように、いやさ燃えているぜ、物理的に。さあさあ鬼ごっこの始まりだ、俺が燃え尽きるか、朝日が登るか、お前らがどれも拝まず死んでいくか、勝負と行こう──」
「うるさい。」
切断。鋏。煩い男は、たった一言で一断された。
「とりあえず主連れて夜明けまで逃げるぞ、またどれが攻めてくるとも限らない。」
「ああ、賛成だ。」
担がれ移動する中で僕は尋ねる。
「『語られるライダー』、君はなんであの宝具の影響を受けなかったの?」
触れるだけで焼死体にする、あの口ぶりからすると、それは武器を通してでも発動するのだろう。ならば彼女はなぜ無事なのか。
「君は死体がない、英霊ってこと?」
少しだけ、目を嬉しそうに細めて。
「秘密」
そうして、しばらくすると夜が明ける。
蠢いていた幻霊は塔へと逃げていく。
残騎九十九。
一日目、了。
最終更新:2018年03月02日 00:26