「すみません、遅くなりましたっ!」
青く燃える星を掲げたカルデア中央管制室へ、ばたばたと一人の少女が駆け込んできた。
周囲で忙しなく動き回る職員たちは、彼女の存在に目もくれず己の作業へと没頭する。
それこそが、何よりもこの少女の役に立てると信じ――いや、確信しているからだ。
その中の例外二人のうち一人が、眼鏡をかけた儚げな少女――マシュ・キリエライトだ。
「大丈夫ですよ、先輩。ブリーフィング開始までは、あと2分の猶予があります」
「って言ってもマシュ待たせちゃ悪いしさ。ごめんね、シャワー浴びてたから」
「先輩、大丈夫ですか? 風邪は万病のもと。きちんと髪を乾かした方が……」
「へーき、へーき。このくらい何とも……っくしゅん」
会話だけを聞けば、それこそ平和な時代、平和な都市の女学生さながらだったろう。
赤毛を括った少女が、ぴったりと全身を黄と白の戦闘服で覆っていなければ。
彼女の名前は藤丸立香。
人理焼却を阻止して世界を救った、人類最後最新のマスター。
可愛らしくくしゃみをしたのを後輩に咎められ、髪をタオルで拭かれている姿からは想像もつくまい。
故にこそ人理継続保障機関カルデアは新たな問題を抱える事になるのだが――今は置いておこう。
「はははは、立香ちゃんも色々な特異点へ行ったけど、寒いところはそんなになかったしねぇ」
「カ、カルデアの外は寒いんだけどね。吹雪だし……」
けらけらと愉快げに笑うもう一人の例外、杖を携えた美女――ダ・ヴィンチちゃんに、立香は苦く笑った。
そして「マシュ、ありがと」と言って髪を括り直す。なにしろ大急ぎで来るだけの理由があったのだ。
「それよりダ・ヴィンチちゃん。新しい亜種特異点が見つかったってホント?」
「うん、その通り。今回は比較的近い時代でね、きっかり90年前。1927年は欧州ドイツ、ベルリンだ!」
「ベルリンかぁ……」
立香はいまいちピンと来てない様子でその名を口にした。
ベルリン、ドイツ。彼女にとって昔のドイツといえばナチスで、チョビ髭で、UFOで、南極で、サイボーグで、世界一なのだ。
その様子に苦笑したダ・ヴィンチちゃんは「はい、マシュ、説明」とバトンタッチ。
勤勉で生真面目な後輩は「はい」と頷いて、準備の良いことに手描きのフリップを持ち出した。
「第一次世界大戦後、敗戦したドイツがヴァイマール政権下で立て直しを図ります。
膨大な戦争賠償金の支払いは難航しましたが、1920年代半ばにはある程度、経済を安定させる事に成功しました。
しかし1930年の世界恐慌によって全ては破綻。ドイツ労働者党が台頭し、ドイツは国家社会主義へと突き進みます」
「ドイツ労働者党?」
「いわゆるナチス党です」
「ああ、ちょび髭のおじさん!」
マシュの描いた独特なタッチの絵でも、ちょび髭に七三分けの小男は一目でわかる。
そしてその後どうなったかは、社会の成績が2だった立香でもふんわりと知っている。
だからこそ、彼女は「あれっ?」と首を傾げた。
「……でもじゃあ、別に1927年ってそんな重要な年じゃないんじゃ?」
「ところがそうもいかないんだよ、立香ちゃん」
ダ・ヴィンチちゃんがするりと杖を振りながら、マシュの説明へと注釈をつける。
「仮にナチス党の躍進がなければ――もし第二次世界大戦が起こらなければ、これはもう、えらいことだ。
何しろ人類史が現在へ続かなくなってしまう。そうでなくとも、立香ちゃんの存在が揺らいでしまう」
「えっ」
なんで?と首を捻った立香の袖を、くいくいとマシュが引っ張った。
「先輩、日本は第二次世界大戦で敗戦していますから……」
あー……。と立香は今わかったとばかりの顔で頷いて、ぽんと手を叩いた。
日本国生まれの藤丸立香と、大日本帝国生まれの藤丸立香は、それはもう別人と言っても良いだろう。
「じゃ、あたしのやった人理修復も、無かった事になってしまうかもしれない?」
「さて……少なくとも立香ちゃん主導ではなくなるだろうね。
まあ、思考実験として火葬戦記の類は面白いけれど、実際に歴史が燃やされちゃ困る。
私たちとしては看過できないというわけだ――もちろん、君のことを最優先として、ね」
「フォウ、フォーウッ!!」
その通り! とでも言いたげに、白くてふわふわもこもことした小動物が飛び跳ねた。
どこからともなく現れた彼――フォウは、人理を守る長い旅路にも同伴し、重要な役を担ったものだ。
今回の旅にも同行するとばかり、フォウはぴょこんと立香の肩へと駆け上る。
「よろしくね、フォウ」
「フォーウ!」
立香が頭をくしくしと撫でてやると、フォウは威勢よく声を上げる。
その姿を微笑ましげに見ていたマシュが、ふと顔を曇らせた。
「つまり我々は戦争を起こすために、特異点へ行く……ことになるのでしょうか。
戦争は悲惨ですけれど……人類史という観点からは、避けて通れない、わけですね」
「マシュ。起こってしまったことを、無かったことにはできないのだよ。良かれ悪しかれ」
はい。マシュは頷く。人理修復の旅で手に入れたもの、失ってしまったものを思えば、受け入れざるを得ない。
「ま、難しいことはいーや。特異点へ行って、問題解決、帰ってくる! いつも通りでしょ?」
そしてそんな時、いつだって立香は――先輩は笑顔で彼女を励まし、手を取ってくれる。
あの始まりの奇跡は、彼女が瓦礫に潰されなければ起こらなかったかもしれない。
はい。マシュはもう一度頷いて、コンソールへと向き直った。
「今回もわたしがドクターに代わって、先輩の存在証明を行います!
マスターのゆらぎは1ミリ、いえ1ミクロンでも修正しますので、おまかせください!」
「うん! よろしくね、マシュ!」
「はいっ! マシュ・キリエライト、先輩のバックアップを全力で担当します!」
うん。立香は頷き、目元を擦った。大丈夫。やれる。やれる。
「じゃあ、コフィンに入ります!」
「オッケー! よし、じゃあレイシフト開始だ!」
立香が棺桶状のポッドへ飛び込むと、スタッフが慌ただしく立香の全身に機器を装着していく。
強化ガラス製のキャノピーが降りると、窓の向こうでダ・ヴィンチちゃんとマシュが手を振っていた。
息を吸って、吐いて、胸を上下させて呼吸を整える。
「……マシュほどじゃないけど我慢してよね」
「フォーウ」
ぎゅっとフォウを抱きしめると、ほんの少し落ち着いた。大丈夫、だいじょうぶ。
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最終更新:2017年05月10日 22:46