第四節:『告白』(1)

【1】

 立香の予想に反し、出てきた食事は中々に豪勢なものだった。
 何しろこの世紀末めいた環境に加え、こんな小さな小屋なのだだ。
 大したものは出てこないだろうと高を括っていたが、その認識は大きな間違いだったらしい。

「私は絵に描いたものを具現化できるからね!食料を生み出す事くらい簡単なのさ」
「形はヘンテコだったけどね……」

 豪語するキャスターに対し、苦笑いを浮かべるブーディカ。
 立香には彼女の表情の訳が、容易く理解できてしまった。
 かのパブロ・ピカソが描いた以上、その絵はキュピズムに則って描かれたものなのだろう。
 だとすれば、食材の大抵が歪な形になっていても、何らおかしな話ではない。

「ピカソ殿、あの子は呼ばなくてもいいのですか?」
「あの娘にはまだ休んでもらおう。何しろ色々と話すからね、色々と」

 食事の準備の合間に牛若丸から聞いたのだが、此処には一般人の少女が保護されているらしい。
 あの惨状からよくこれまで生き延びてくれたと、話を聞いて安堵したものだ。
 純水無垢な子供が生きていてくれた事が、今の立香には救いであった。

「ではピカソ氏、我々を此処に招き入れた真意を聞こうか」

 食器に手すら付けずに、ジェロニモがそう問うた。
 目の前の少年を、彼が未だ信用していない証拠であった。
 一方のピカソはといえば、既にフォークでサラダを突いている。

「簡単な依頼さ。あの万博に飾られた絵画を破壊してもらいたいんだ」
「……絵画だと?」
「そう、私が描いた……"描いてしまった"ものさ」

 ピカソの語調が、急に暗くなり始める。
 これから後ろめたい秘密を話すのが、ありありと見て取れた。
 感情が表に出やすいタイプなのだろうと、立香は察するのであった。

「万博ってあの大きな施設の事だよね。どうしてそんな場所に君の絵が?」
「ふむ、やはり過去に奴等と繋がりがあるそうだな。洗いざらい話してもらおうか」

 神妙そうな顔つきのピカソに、顔を強張らせるジェロニモ。
 ブーディカや立香、牛若丸も食事の手を止め、彼等の様子を見守っている。
 空気が張り詰めていく中、ピカソが己の過去を語り始めた。

「そうだ。私はかつて奴等に協力していた。"万博のキャスター"としてね」
「……つまり貴様は、この虐殺に加担していたと?」
「違うッ!こんな事が起こってるなんて知らなかったッ!」

 突き刺さるような牛若丸の視線を浴び、ピカソは思わず声を荒げた。
 丁度彼女の隣に座っていた立香は、「落ち着いて」と彼女を宥める。
 立香自身、牛若丸の気持ちは十分に理解できたが、ここはピカソの話を聞くべきだと判断したのだ。

「私は召喚されて以来、ずっとあの万博の中で絵を描かされていた。
 とあるテーマに沿った絵画を描けと、少女のサーヴァントに命じられてたんだ」
「……少女のサーヴァントって?」

 ここで立香とジェロニモは、少女のサーヴァントの存在を初めて知る事となる。
 ブーディカや牛若丸も、どうやらその存在には覚えがない様子だった。

「万博のサーヴァント達のリーダー格、それが彼女……万博のアヴェンジャーさ。
 彼女の下には直属の部下がいる。セイバー、バーサーカー、そしてライダーの三騎だ」
「ライダーもいるのか?それは初耳だな」
「ああ。これは私の見立てだが、あの兵隊や疫病は恐らくライダーの仕業だ」

 それを聞いたジェロニモは、しばし考えこむような態度を取った後、「そうか」と一言呟いた。
 まるで、受け入れがたい事象を無理やり呑み込もうとしている、そんな風に見えた。

「その反応からして、既にセイバーやバーサーカーには会ったようだね」
「ああ、俺が憎くて憎くて堪らない……そんな感じだった」
「あの鬼の様なバーサーカーも、私を深く恨んでいる様子でしたね」

 立香は牛若丸の言葉で、バーサーカーもまた日本人を恨んでいる事を察する。
 セイバーとバーサーカーのこの一致が、ただの偶然だとは思えなかった。

「まさか、アヴェンジャーやライダーも?」
「ライダーは知らないが、アヴェンジャーも彼等と同じさ。
 彼等は日本人を憎んでいる。憎くて憎くて堪らないんだ」

 やはりかと、立香は自分が立てた仮説の正しさを確信した。
 今万博を支配しているサーヴァントは、日本人への憎悪が共通点となっている。
 であれば、ここまで日本を荒廃させたのにも納得がいってしまう。

「……知ってるかい?人は何かを憎みすぎると、それがその人にとっての"全て"になるんだ。
 許せないから憎んでた筈が、憎みたいから許せなくなる。憎しみが存在理由になってしまうんだ」

 それを聞いた立香は、ジェロニモとの会話を思い出した。
 「恨みとは恐ろしく強い力であり、己をも焼き尽くす諸刃の刃」だったか。
 万博のサーヴァント達は、まさしく「己をも焼き尽くした」存在なのだろう。

「彼等はそういうモノになってしまったんだ。
 憎悪で自分の全てを燃やし尽くして、それでもなお飽き足らずに燃え続ける。
 怒りの理由さえ忘れて、ただ荒れ狂う暴力装置になり果ててしまった存在だ」

 きっとセイバー達は、自分の中にある怒りをコントロール出来ないのだろう。
 だから彼等は、剥き出しの憤怒を他者にぶつけてしまえるのだ。
 そうしなければ、きっと溢れ出る感情で狂ってしまうのだろう。

「君達は憎しみを乗り越えたが、彼等はそうはなれなかった。
 ただ弱かっただけなんだ。自分の過去を呑み込める程、強くあれなかった」

 ブーディカも、牛若丸も、そしてジェロニモも。
 今この場にいる三騎は、いずれも迫害を受けた経験があった。
 けれども彼等は、誰も憎む事無く正しい英霊として生きている。
 それはこの三人が、憎しみを押さえつける程の"何か"を有していたからだ。
 バーサーカーやセイバーは、その"何か"を持っていなかったのだろう。
 それが愚かだとは思えないかった。むしろ二人の方が真っ当な気さえしてくる。
 誰もが憎しみを克服できる程、人とは強い生き物ではないのだから。

「……話の途中いいかな。君はどうやって万博から逃げてきたの?」

 重苦しい空気を裂いたのは、ブーディカの質問だった。
 確かに、少年一人で四騎ものサーヴァントの追跡から逃げれると思えない。
 果たして彼は、如何様にして此処まで逃げてきたのだろうか。

「仲間がいたんだ。逃げるのに協力してくれるサーヴァントがね」
「同胞が他にもいたのですね。ではその仲間は何処に?」
「……もういないよ。私を逃す為に、足止めを買って出たんだ」

 先程より更に意気消沈した様子で、ピカソが答えた。
 よくよく考えれば、仲間がいるなら普通此処にいる筈である。
 この場所にいないという事は、つまりそういう事なのだ。
 野暮な質問だったと、ブーディカは申し訳なさそうな表情をした。

「元より、外の異変を私に知らせてくれたのも彼でね。
 彼女がいなければ、きっと私は何も知らぬまま絵を描き上げていただろうね」
「あの、その絵画が完成したら、どうなるんですか?」

 立香には、絵画の事がどうしても気掛かりだった。
 ピカソの絵が異能を有する事は知っているが、それと何か関係あるのだろうか。

「確かにそうだ、それを説明しなければね。
 先に言った通り、私はあるテーマに沿った絵画を言われるがままに描いていた。
 愚かな話さ、あの時は意欲の方が優ってて、自分の蛮行が何を齎すかさえ気付けなかった」

 芸術かといものは、得てしてそういうものなのだろうか。
 立香が思い浮かべたのは、同じ芸術家であったダ・ヴィンチちゃんであった。
 そういえば、カルデアの通信は未だに回復の兆しを見せていない。
 そろそろ彼女やマシュに、自分の無事を知らせてあげたいところなのだが。

「それで、その絵画というのはどんなものだったのかね?」
「"凄惨な虐殺"をテーマにしたものでね。タイトルも最初から決められていた」

 しばし間を置いた後、ピカソの口が開かれる。

「その絵画の名は……"人理焼却式"」

 そのタイトルを聞いた途端、誰もが絶句するしかなかった。
 人理焼却式――それは、かの魔神王ゲーティアの二つであった。
 あの恐るべき人類悪の名を冠した絵画が、今この世界に生まれようとしている。

「人理焼却式……!?という事は、此処にも魔神柱が……!?」
「その様子からすると、やはり何か知っているようだね」
「知っているも何も、私達が追っている敵の生き残りでね。まさか此処でその名を聞こうとは……」

 アンドラスの様な亡霊か、バアルやフェニクスの様な生き残りかは定かではない。
 だが少なくとも、この特異点に魔神柱が関わっている事は確定的なのだ。
 こうなってくると、より早く事態の解決に乗り出す必要が出てくる。

「何故その様な絵画をわざわざ敵陣に……自分で破壊する事は出来なかったのですか?」
「それは……その……すまない。壊す直前に絵を持っていかれてしまったんだ」
「そちらの目論見が読まれていたと?」
「そういう事になる。アヴェンジャーはどうやら、ここ一帯の様子を把握できるらしいんだ」

 不満げな牛若丸の質問に、これまた申し訳なさそうな顔をするピカソ。
 今やその顔からは、出会った当初の陽気さは消え失せていた。

「把握できるって……それじゃあ此処もマズいんじゃないの?」
「心配に及ばない、上手くカモフラージュしておいたからね。此処での話までは、奴等も耳に入れる事は出来ない筈だ」

 立香達にとって、アヴェンジャーの能力の話は初耳であった。
 となると、これまでの動向も彼等は把握されていたという事になる。
 ピカソと出会ってなければ、今頃更に状況が悪化していたかもしれない。
 そう考えると、立香は胸を撫で下ろす他ないのであった。

「……あの絵が完成したが最後、何が起こるか分からない。
 最悪、不十分な今の状態でさえ効力を発揮する可能性すらある。
 手前勝手ですまないが、頼むみんな、あの絵を何としてでも破壊してくれ!」

 ピカソはそう言って、深々と頭を下げた。
 それを見たブーディカが、動揺しながら「頭を上げて」と宥め始める。
 そんな風に依頼しなくても、立香達はピカソの要求は呑むつもりだったからだ。

「俺達の目的はこの特異点の修正です。
 そして多分、その絵画とこの異変には何か密接な関わりがある。
 魔神柱の目論見は分かりませんが、元より見つけ次第破壊するつもりです」
「……ありがとう、ランサーの言う通りだ。君達は信頼に値するよ」

 ここでようやく、重苦しかったピカソの表情が柔くなった。
 ランサーというのは、恐らく彼の逃走を助けた仲間なのだろう。
 この口ぶりでは、その人物から彼はカルデアの事を聞いたと判断できる。
 一体何者なのかは最期まで分からなかったが、感謝しなければならないだろう。

「となると、目下の目標は絵画の破壊になるな」
「主殿、今から向かいますか?この牛若丸、命令とあらばすぐにでも討ち入って――」

 その時、もう一ついいかなと、ピカソが声をあげる。
 まさかまだ何かあるのかと、空間に緊張が走った。

「……その食事、食べないのかい?」

 言われてみれば、そうであった。
 立香が作り主のブーディカの方に目を向けてみると、彼女は苦笑いを浮かべている。
 これは申し訳ない事をしたと、今度は彼が反省する番であった。





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最終更新:2017年12月01日 21:50