4節 燃えよ我が身5

「安珍! 準備はどうや!?」
「君本当に上手くやれるんやろうな? 信じているが私は心配だ」
「ははは。アサシンさん。大丈夫さ。私の宝具は守るか捕まえるか、だからね?」

アサシンが爆撃によって妖怪達と距離を取りつつ、逃げようとするものを橋姫が捕まえて放り投げていく。
十字路などであればともかく店と店の間の道は前か後ろかしか道はない。
飛べるものは上方向への移動も可能だが飛べばアサシンの爆撃の的となる。
安珍の注文通り彼らは妖怪を一つの塊にした。

「うん。これなら大丈夫だろう。あと少し頑張ってくれるかな?」
「今でも結構キツいんだがなぁ……」

手を合わせ、安珍は目を閉じる。
まぶたの裏に焼き付いたかつて見た風景。
蘇る感覚は苦しみによく似ている。

「重ねるは虚の口。されど我が身は御仏に仕えるもの。我が罪のありやなしや、全ては鐘の内に」

魔力が高まった。
安珍の言葉が夜の花街に響く。

「『道成寺鐘四種三昧』」

妖怪達は空に鐘を見た。
大きな鐘楼。それは一瞬のうちに現れ、自分たちに向かって降ってきたのだ。
ガゴンと鈍い音。内側から妖怪が鐘楼を壊そうとぶつかるがそれは叶わず鐘の音を鳴らすのみ。
異変に気づいたものがいた。
暑い。まるで身を焼かれているようだと。
続いて鐘に触れてきたものが暴れ出した。暴れる者達の身は焼けている。
阿鼻叫喚の鐘楼内。
その鐘は安珍の魔力が萎むとともに消えた。

「……もう行くといい。私は殺生をしない。これ以上戦うのなら保証は出来ないけれど」

安珍が言葉を言い切る前に気の弱いものは逃げ、気の強いものは橋姫の尋常ならざる表情にしぶしぶ退いた。

「君の宝具が今のか」
「あぁ。ちょっとやり過ぎたかな?」
「別にいい」

安珍に背を向けるアサシン。
橋姫に軽く手を挙げて歩き出す。

「どこに行くんだい?」
「ん。なに、武器の補充をしないといけないからな。どこかにゴミでも落ちてないかと探すつもりだ」
「ゴミを」
「あぁ。藤丸君は君達に任せよう」
「……待ちいや」

アサシンの前に立ったのは橋姫。
下から睨みつける。アサシンの顔がこわばる。
背中に冷たいものを感じた。

「ほんまか? なんとなく臭うねん。男のごまかしの臭いが」
「そ、そんな事は無い」
「橋姫さん。物騒な事はやめて欲しいな」
「黙っとき優男。あんたは隠し事の臭いするからな」

安珍が目をそらした。
それを二人は同意として捉えた。

「橋姫、安珍、私は藤丸君も含めて君達と一戦構えるというのは避けたい」

アサシンの言葉はまっすぐだった。
橋姫の雰囲気に押されたから話したのではない。彼の本音であった。

「だからそこをどいて欲しい」
「それは指示に従わんかったら殺すっちゅうことか?」
「事と次第によっては私もそうせねばならぬということだ」

沈黙。
橋姫の目の中にある憎しみの色がアサシンへと向けられていた。

「行けや」
「え?」
「行けや。嘘つかれてる感じがあるんは気に食わん。殺したい気もある」

その言葉が冗談や脅しでないことは声色や態度で理解出来た。
アサシンの冷や汗は止まらない。

「ただその面と性格見る感じ、あんたはそこまでの事をやれる人間やないやろ」
「……」
「今回は流しとくわ。でも次はない」
「……すまないな。寂しいことだけど私や遊撃衆の事は別に信じてくれなくていい」
「言われんでも分かっとるわ。今信用があるんはあの人だけや」

その言葉にアサシンはにっこりと笑った。
顔中汗だらけでいささか不気味な雰囲気がないでもない笑顔だった。

「それでいいだろう……橋姫、安珍。遊撃衆の者にはそれぞれ役割がある」
「あ? なんや急に」
「例えばお市さんは捕まえるのが仕事だ。藤丸君にも伝えておいてくれ」

「お市さんの宝具についてよく考えておくといい」

そう言うとアサシンは走り出した。
明らかにゴミを拾う男の動きではない。

「……あーあ、けったくそわるぅ」
「まぁまぁ、彼にも何か考えがあるんだろう」
「何知った風な口きいてんねん。うちもあんたもあいつとは今日初めて会うた仲なんやで」
「ん? あぁ、それもそうだね。でも私はなんだか彼が悪い人には思えないんだ」
「……そこは同意したるわ。根っからの悪人っちゅう感じではないわな。覇気もないし」
「うん。本当に不思議な人だね」

アサシン。
出発前に軽く話をした程度の仲である。
もちろん、彼に会う前に藤丸からある程度話は聞いていたが実際に会ってみるとまた違う印象がある。
とても英霊とは思えない男。
歴史に名を刻む武勲も智略も感じられず、橋姫の如き強い念もない。
アサシンと呼ばれるがそれらしい姿も見えない。
彼のアサシンらしいところを強いてあげるのならば

「どこにでもおりそうな奴やんな」

◆◆◆◆◆

一方その頃、藤丸は酒呑童子と勝負をしていた。
彼女が戻ってくるかどうかを賭けた勝負である。

「ほらほら旦那はん。おまわりさん」

酒呑の叩く太鼓の音に合わせてその場をぐるりと回る藤丸。
足取りは不安定でまるで止まってしまう前の独楽のようであった。
藤丸がじゃんけんで負けてまたその場で回る。
おまわりさんという名前の座敷遊びらしい。
この勝負。本来は二度連続で負ければ終わりなのだがハンデとして藤丸は酔いつぶれるまで負けていい事となった。
……おまわりさんをする前に別の勝負でしこたま酒を飲まされているが。
回るたびに酒が全身をめぐっている感覚があった。

「あ、それ。おまわりさん」

やっと勝って太鼓を叩けば酒吞童子が回る。
着物が揺れて何とも言えない光景を作り出す。
しかしそれに見とれている時間はなく、またじゃんけんが始まってしまう。

「旦那はん、どないする? 降参でもうちは構へんよ?」
「――――んんぅ」
「もう、返事もぽうっとしとるやないの」

自分が何を出しているかもいまいちよく分からない。

「あー! おったー! おった、おったでー!」

いきなりバンと戸が開けられ騒々しい声が響く。
その声に驚いたのか、それともそれで集中の糸が切れたのか藤丸の体がぐらりと傾いた。

「あら、大胆やねぇ旦那はん……もう寝てもうた方がえんちゃう?」
「まだ……まだ……」
「うふふ。さよかさよか」
「あー! あー! あー!」

倒れる体を受け止めたのは酒呑童子だ。
そして叫んでいるのは橋姫だ。

「何してけつかるこの鬼!」
「鬼やけど?」
「何が鬼やけど、や。顔見たら分かるっちゅうねん!」

がっと襟首を引っ張られた。
微妙に着物がはだけてしまった。
それよりも襟首の辺りで何か千切れる音がしたのも気がかりである。

「で、あんたは誰なんやろか」
「あたし、あたしか。あたしは橋姫! 宇治の橋姫や!」
「そして私が安珍だ」

遅れて安珍も部屋にやってきた。
坊主に遅いと言いたげな視線を送ったのは橋姫だ。
酒呑童子はその二人と藤丸を見て微笑んでいる。
がっしりと橋姫にホールドされている藤丸。やはり彼女の拘束する力は強い。

「ほうかほうか。あんたが安珍か……ふふ」
「なにわろとんねん」
「んー? 別にぃ。にしてもあんさんも鬼なんやねぇ」
「? そうや。あたしは鬼で女神や。それがどないか……あ! あんたの名前!」
「うちは酒呑童子いうんよ。お見知りおきを……ところで旦那はんとはどういう仲なんやろか」
「あたしらか? あたしらは……旦那はん?」
「待って。うちは旦那はんに聞いてるんよ」

嫌な予感がする。
微妙に酔いがさめたかもしれない。
非常にまずいことになっているというのが感覚で理解できる。
橋姫の力はどんどん強くなっていき肉や骨に傷を負わされそうだ。
酒吞童子は何となく目が座っている。

「遊撃衆の仕事で橋姫を捕まえて、今は仲間だ……安珍は捕まえる時に助けてもらった」
「ふうん。そう。にしてもえらい気に入られてるみたいやねぇ旦那はん」
「え……?」
「橋姫はんにえらい気に入られてるんやねっていうてるんよ」

酒吞童子の手が頬に触れた。
背中にじっとりとした汗が流れるのが感じる。
それから橋姫の手や腕から伝わる力が強くなったのも。

「ほんまに旦那はんは鬼が好きなんやねぇ」
「酒呑さん……怖い」
「そんなに鬼が好きなんなら、うちも鬼になるっていうたやろ?」
「ちょ、なんやさっきからあんた! うちの人困ってるやろ!」
「うちの人?」
「ちが、酒呑! 酒呑!」

じたばたと暴れてなんとか橋姫の拘束から抜けられた。
抜けられたというよりは彼女から離したという感じが強いが。

「ま、ええわ……旦那はん、勝負を変えよか」
「へ?」

夜はまだ終わらない。

◆◆◆◆◆

「『花街に妖怪が現れるのは偶然で花街と妖怪の繋がりは確認できない』」
「それが貴様らの調査結果か」
「えぇ、その通り」

某所にて、薄暗い部屋の中で退治する者。
一人は和服に身を包み、まとまりのない黒髪を持つ男性。京のセイバー。
もう一人は羽織を肩にかけた女性。京のアーチャー
談笑という雰囲気はない。

「まぁ、貴様らの報告なら信用できると思っているがな」
「えぇえぇその通りよ。私達は仕事をこなすわ。忠実に」
「俺も忠義者だぞ?」
「そう」

笑うセイバーだが一方アーチャーはピクリとも表情が変わらない。
無の表情を見せるアーチャーを見てまたセイバーが笑う。

「俺は信用によって貴様らを雇っている……だからこそ、裏切りの代償は重いぞ」
「その言葉そっくり返してあげるわ」
「ははは、それはそれは。私も信用を買って……」

セイバーが刀に手をかけ一気に抜いた。
しかしアーチャーもただそれを受け入れたわけでもない。
手の中に現れる長銃。それを構えた。
セイバーの刀の切っ先は確かにアーチャーの心臓に向けられている。
アーチャーの銃口は確かにセイバーの頭に向けられている。
刀を突き出せば殺せるセイバー、引き金を引けば殺せるアーチャー。
一瞬の硬直の後、アーチャーが銃を下ろした。

「やめてよ。雇い主を殺すと名に傷もつきそうなものよ」
「まるで俺を殺せるとでもいいたげだが、まぁいい。計画を次に移すぞ」
「次って何かしら?」
「ふっ。帝も我が手に落ちた。これより永久統治首都京都をより盤石なものにする」

納刀するセイバー。
しかし殺気そのものが消えていない。
アーチャーの顔から緊張の色も消えない。

「カルデアの坊主を殺そうかと思う。あの男は歴史を歪める力を持つのでな」
「あの子を? 別にそんな雰囲気はなかったけど」
「人は見かけによらんものよ。兎の皮を被っていてもその下に蛇がいるやもしれん」
「……」
「事の詳細は後々伝える。それともう一つ。山の竜をなんとかせねばらなん」
「それはそうね。でもあれは厄介よ」
「はは。そやつとカルデアの坊主をかち合わせればいい。どちらが殺されてくれればそれでよし」

どちらも死なないという可能性は低いだろう。
もしそうなっても対処するつもりだと付け加えセイバーは部屋を出る。
その男の背中を射抜くような視線でアーチャーは見ていた。

「なぁ」
「なにかしら」
「羽織が落ちたぞ」

部屋の隅の影に人がいる。
どうやらはじめからいたようだ。
その存在に気付けなかったというより、気づかれていながら放っておかれていた。
そいつは先ほど構えた時に落ちた羽織をアーチャーの方にかけた。

「ありがとう」
「相変わらず嫌な雰囲気の男だな。肌に合わん」
「時代の違いよ。それよりそっちはどうなの?」
「順調……と思いたいがね。橋姫や安珍なんて予定外だ」
「仕方ないわよ……やる以上はしっかりやりなさい」

「分かったかしら、アサシン」
「勿論だとも。頭領殿」

夜はまだ終わらない。

始まり
4節 燃えよ我が身4 永久統治首都 京都 5節 女の山1

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最終更新:2018年02月19日 02:02