5節 女の山1

「アサシンがお市さんの宝具についてよく考えろって?」
「あぁ。昨日言ったんだが覚えていないかい?」
「……あんまり」

あの騒動から一夜明け、もう昼時である。
酔ってしまった上に酒呑童子を連れ戻すことは出来なかった。

「……」

代わりに橋姫との仲が深まったような気がする。
主に橋姫からの一方的な仲が深まったような……
べったりとひっつく橋姫を見る。
邪険に扱う気にもならないが、少し困った気持にはなった。
しかしそれもこれも藤丸の責任であることは間違いがなかった。

◆◆◆◆◆

三人に酒吞童子が提案したのは新聞紙による陣取り。
二人一組となり新聞紙の上に立つ。
それからじゃんけんをして、負けた側は新聞紙を半分に折るというものだ。

「うわ、負けてもた」

目下勝ち負けは同程度。しかし今回の負けで藤丸側は少々厳しい。
二人で乗る限界ギリギリである。

「……」
「わわ、何してるん。急にそんな……抱き上げるなんて」
(勝たなきゃ……勝たなきゃ……)

橋姫の思い描くロマンスを藤丸は考えていないらしい。
ともかく相手を抱き上げるのは陣地が狭くなった時には有効な手段である。

「あら、今度はうちらの負け?」
「私達の陣地も狭くなってきたね」
「ん? ほんなら旦那はんと同じことしたらええんよ」
「私が君を抱き上げればいいのかい?」
「ううん。うちがあんたを持ち上げる」

片手で安珍を持ち上げてみせる酒吞童子。
見た目こそ童女だがその膂力は人のそれを軽く凌駕する。

「僕らもああすればよかった」
「え? あたしはこのまんまでええで?」

◆◆◆◆◆

そんなこんなで橋姫を抱え続けたわけだ。
酒呑童子の膂力からすればつま先立ちでだって安珍を支えられる。
自分達に非常に分が悪い賭けだったかもしれない。
冷静さを欠いた藤丸が橋姫に自分を支えてもらうという案が出てくるかも怪しいところだ。

(結局からかわれただけかな……)

童女のようなのは見た目だけ。
その中身は熟成した酒のようである。
子供の身には刺激が強すぎる人物……否、鬼であろう。

「それでそのお市さんっていう人の宝具はどういったものなんだい?」
「英霊とかを捕獲する宝具、かな」

その言葉に橋姫も頷く。
お互いにお市の宝具を受けた物同士理解できる。

「ま、そういう宝具やからこそ捕まえる仕事なんやろ」
「じゃあアサシンの仕事は?」

藤丸の言葉を聞いて安珍も橋姫の思案顔を見せる。

「……あの露出気味の火縄女が英霊を他の遊撃衆と同じ役割で使うと思うか?」
「いや……どうだろうね?」

「やっとるかお主ら!」

バンと戸が開かれる。
ご機嫌な声が部屋に響くと三人は揃って背中を跳ねさせた。
立っていたのは織田信長。久しぶりに顔を合わせた……わけではない。
この遊撃衆の拠点が大きいとはいえど食事の場所などは同じだ。
ただいつもより話す時間というのは短くなっている。

「どうしたのノッブ」
「仕事じゃ仕事」
「あなたは同行できないけどね」

信長の肩に手を置いたのは京のアーチャーだ。
相変わらず涼しげな顔をしている。

「また仕事?」
「あなた達は遊撃衆の一員なのだから仕方のない事よ。それともそろそろお休みが欲しいのかしら」
「別に……なにも出来ないよりはいい」
「そう。よかった……まぁ難しい話じゃないのよ。ただ山菜を取りに行ってというだけ」

アーチャーからの指示は山菜取り。
今まで町人の困りごとを解決する仕事は何度かあった。
今回もそういった類のものなのだろう。

「なぁ、わしは行ったらダメなのかのう? 休みでもお主のとこのがついて来とるから面倒なんじゃが」
「ダメよ」
(大変だなぁノッブ)

◆◆◆◆◆

「怪物退治の次は町人の手伝いかぁ。遊撃衆って一体なんなん?」
「僕にもちょっと分かんないかな……」
食べられる野草などには多少の心得がある。
と言ってもあくまでも知識としてあるというくらいだが。
野宿をした際に食事をどうするかの問題に直面した事がある。
その経験からそういった知識も必要だろうと考えたのだ。
年代や場所の違う異国で日本のものと同じ野草を見つけるのは難しいが。
「まぁともかくさっさとやってしまおう」
アサシンの言葉に全員が頷いた。
ともかく仕事の達成なしには帰れない。
「山道は何が出るのか分からん。熊なら可愛いものだ。妖怪なら面倒だな」
「二人一組になったらどうや。」
「確かに二人一組なら作業の分担と藤丸君の安全確保が出来るか」
「別に英霊同士で組にならなくてもいいんじゃないかな」

安珍の言うことに藤丸はそうだとは頷けなかった。
はぐれサーヴァントがいるのかもしれないということが気がかりだ。
安珍、橋姫、アサシン。三者三様の強みを持つが何が相手かわからない。
一応英霊であっても二人一組で問題ないだろう。
藤丸がその事を告げると安珍は納得したと頷いた。

「ふむ。私たちの安全確保か。そこは考えから抜けていたよ」
「では誰が誰と組む」
「……うちがアサシンと組む」
「え、いいの?」

橋姫がいの一番に藤丸と組むと宣言するものだとその場の全員が考えていた。
勿論それは藤丸もだ。
思わずいいの、と自分の方から組む意志があるような返事をしている。

「駆け引き駆け引き。あんまベッタリでもあんたはあかんみたいやからなぁ」

そう言って微笑んで見せる橋姫。
対して藤丸たちは意外そうな表情。

「まぁ橋姫がいいなら問題は無い、かな」
「そうだね。藤丸さん、よろしく頼むよ」
「うん」

異論なし。
かくして藤丸・安珍組とアサシン・橋姫組に分かれることとなった。
藤丸たちの背中が離れていくのを橋姫は見送った。

「本当のところはどうなんだ」
「なんのこっちゃ」

アサシンが問う。
その目は橋姫に向けられず、足元の草むらに向けられていた。

「私を監視したいのが本音じゃないのか」
「あ? 半分そうや。もう半分はマジの駆け引きや」
「君も彼が好きなのか」
「そ、そうやけど? ちょっとええなとか思わんでもないけど?」
「おい。急にくねくねするな」

軽い調子で返すがお互い目は笑っていない。
アサシンの場合は笑う余裕がないようにも見える。
精神的な面では橋姫が優位に立っている。
和やかを装うとしてもにじみ出る色というものがある。

「……あたしは嘘が嫌いや。そんで、嘘つく男はもっと嫌いや」

その言葉に無言でうなずきアサシンがしゃがみこむ。
山から見える街の景色は美しい。
懐からパイプを取り出して、煙草の葉を入れる。
続いてポンと小さな破裂音が聞こえるとパイプから煙が上がった。
煙草を吸っても心は落ち着かない。

「やからあんたのことは好かん」
「それはどうも……」
「ただな、なんちゅうかな。生きとったころ……裏切られて……鬼神になって……そんでからここに呼び出されて? また生きとったころみたいに暴れて? ほんなら、あの人に会って……」

橋姫がアサシンの隣にしゃがみこむ。
目の前に広がる京都の景色は自分が生きたころのそれとは違う。
だけどなぜだか懐かしい気持ちがあった。

「あの人はあんたを信用してるし、あたしらもあんたを悪人とは思いきられへん」
「……」
「やから、あんたのことをちょっとだけ信じることにした。疑わしきは罰せずっちゅーやつやな?」
「いや、知らないが」
「ま、泳がしたるっちゅーこっちゃ」

ばしばしと背中を叩かれアサシンがむせる。
少しやり過ぎたかと橋姫が背中をさすってやるがアサシンの咳は止まらない。

「ごほっ」

アサシンの口から血が吐き出された。

「うわ、ごめん」
「違う君のせいじゃない。病気というだけだ」
「英霊になっても病気か……しんどいな」
「……病気よりも今の自分の方がしんどいさ」
「……」
「私は自分が何者なのか知らない。だから今目の前にある仕事と私がいいと思う事をしてきた」

パイプが逆さになり煙草の葉が地面に落ちる。
それを踏みつけてアサシンは火を消した。
顔色は優れない。
吐いた血で染まった赤い口で言葉を続ける。

「だが目の前にある仕事は私が思ういいこととは違うような気がするんだ」
「……あんた悪人に向いてへんな」
「ああ。私もそう思うよ」
「やからええんかもな」
「はぁ?」
「ほら。あたしもあの酒吞童子とかいう鬼も話に聞く清姫ちゃんも人殺しやからな。あのアーチャーも信長も生きるためやら勝つために人を殺せるんやで」

大江の山の鬼である酒吞童子、戦を潜り抜けた信長、鉄砲と人を扱う京のアーチャー。
裏切りの怒りや嫉妬によって人を殺めた橋姫や清姫。
それらに比べてアサシンのなんと穏やかな事か。

「あんたの方がよっぽどあの人に近いがな……あたしらはそっち行かれへんから、あんたはこっち側に来んといてや」
「……私もそうしたいよ」
「そうなるように生きればええ」

橋姫の言葉にアサシンは答えなかった。
見上げた空の色は美しい青の色。
雲一つない晴れが広がっていた。

◆◆◆◆◆

「安珍は僕たちに会う前は何をしてたの?」
「ん? 旅をしていたんだ」
「旅。お寺に行ったりとか?」
「いや、違うよ。探していたんだ」

探している。
その言葉に藤丸が首をひねる。

「なんと言えばいいのかな。ほら、前にカルデアの話をしてくれた事があっただろう?」
「うん」
「天竺あたりの王子様と似たようなものだよ」

安珍が言っているのはラーマの事だろう。
別離の呪い。決して会えぬ運命を共にすることとなった二人。

「感じるんだ。私がいるなら彼女がいるだろう。いや、きっと彼女がいるから私がいる」
「なんで探してるの」
「なんで?」
「だって安珍は」

言いかけてやめる。
嘘とごまかしの果てに彼がどうなったのかは知っている。
なのになぜ自分の因縁を探すのか。

「私は自分のした事はしょうがないと思ってる」
「安珍」
「藤丸さんと私は違うさ。私は自分の命が大事だったし、あんなに恐ろしい少女を普通の目では見られないよ」
「それなのに清姫を探すの?」
「ああ。私は私が悪いとは思わないけど、騙して悪かったなとは思うし、いつ出会うかと怯えるのも嫌だからね」

晴れやかな態度。
嘘はないと分かる。安珍という男は大罪人ではない。
強いて言うのなら運の悪い男だ。
出会った者が違えばただの坊主で終わるはずだろう。

「本来なら彼女がいでもしない限り呼ばれるはずはないだろうし、これは呪いだよ」
「縁だよ」
「うん。好意的に見ればね。だからこれは御仏からの……藤丸さん、なにか臭わないかい?」

すんすんと鼻を鳴らす安珍。
それに続いて藤丸も同じように周囲の臭いに気を配る。
微かに臭うこれはなんだ?
徐々に強くなっている。むせるようなこの臭い。
知らない臭いではない。この臭いはどこかできっと。

「! 藤丸さん、危ない!」

安珍がぶつかるように動き、藤丸ごと動く。
その直後、自分たちのいた場所に何かが通った。
山肌を這うように進み、木をなぎ倒し進む。

「とても、嫌な予感がする」

大勢を立て直す。
滑るように動く何か。
藤丸の視界になぎ倒された木が映る。
抉られたような断面。広がっていく異臭。
違う。抉れたのではない。焼けているのだ。
心臓が早鐘を打つ。体に恐怖がある。大きく息を吐く。

「来る……!」

自分たちの周りを円を描くようにそれが動き、止まった。
一匹の竜がこちらを見つめている。
翡翠のようにも見える白い鱗。そして大きな白い角。
口の端から漏れる青い炎は美しさすら感じてしまいそうだ。
直感で分かる。その姿は焼けた臭いとと共によく覚えている。

「そうか……君か……やっと、私の因縁が来たんだね」
「清姫!」

始まり
4節 燃えよ我が身5 永久統治首都 京都 5節 女の山2

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最終更新:2018年05月06日 01:58