信濃の山近くに構えられた、武田の躑躅ヶ崎館。
山と川に囲まれたこの場は、まさに天然の要塞である。
幾重にも堀と壁を構えた、甲斐騎馬武者軍の本陣は、なるほど確かに一筋縄では、攻略することは叶わぬだろう。
大方あの手の人間は、それで満足するのが道理だ。
「全て、整いました」
だが、この天照の女王は違う。
忠を尽くす実弟の言に、頷きながら卑弥呼は思う。
奴めは不遜にもこの私に、見えぬ未来に怯えて死ねと、呪いのつもりで言の葉を投げた。
しかしそれはこちらの台詞だ。奴は頼りにした自然の力、それそのものに殺されるのだ。
「しからばご覧に入れましょう」
瞳を開く。力を手繰る。
心眼、あるいは第三の眼――網膜が捉えるものとは異なる、神秘なる光景が視界に重なる。
緑の光が両目を覆い、至近に映し出すその景色こそ、卑弥呼が誇る宝具の具現だ。
ざわついた光景が、崩れる。要所に設けられた木の壁が、次々と崩壊する様が見える。
そうあれかしと望むのならば、卑弥呼が求めた理想の姿は、現実と重なり、塗り替えるのだ。
「『天照網羅・森羅万象(てんしょうもうら・しんらばんしょう)』――」
なればその様、しかと見よ。
深秘なる叡智を一笑に付した、武田信玄にこそ見せつけてやろう。
これなる景色が卑弥呼の力。今や幻想の彼方に消えた、かの邪馬台国の繁栄こそを、映し出し掴み取った力。
そうだ。なればこそ聖杯は、我が手にこそ相応しいものなのだ。
然るべき大義と力を揃えた、この幻想女王・卑弥呼こそが――
◆
最初に襲ったのは、地震だった。
ぐらぐらぐらと、大地が揺れる。
ぎしぎしぎしと、城塞が軋む。
戦闘配備を整えんと、そこかしこを駆ける武田武者も、これにはさすがに驚かされた。
元来、日本という土地において、地震とは珍しいものではない。
無論あまりの間の悪さに、肝を冷やす者も多々あっただろう。それでも平時なら、このようなことは、幸先が悪いの一言で流れた。
されど、此度は状況が違う。
天変地異を自在に操る、あの卑弥呼との戦である。
であるならばこの地震が、偶然であるはずもない。
必然ならばこの揺れの先に、何も起こらぬはずもない。
「わぁあああっ!?」
襲いかかったものは、泥だ。
最前線の川沿いに、設けられた門の守衛が、猛烈な濁流に襲われたのだ。
川の先には山がある。地震で水源が揺さぶられたなら、当然地盤が緩み崩れる。
土砂はそのまま傾斜を下り、川の流れに乗る形で、横殴りに門を襲ったのだ。
無論、全て偶然である。ここまで重なってしまえば、不自然な光景にすらなるほどにだ。
しかし卑弥呼の魔眼の力は、その偶然こそを必然に変える。
きっかけ一つ作ってしまえば、あとはドミノを倒すがごとく、有り得ざる最悪を可能とするのだ。
「皆の者落ち着け! 浮足立てば思うツ……ぉおおお!?」
思う壺と叫ぼうとした者は、文字通りドツボへと嵌った。
ぐらぐらぐらと支柱が揺れて、ばきばきばきと音を立てて、足場が崩れ去ったのだ。
無論、卑弥呼の全能性は、人の器には余るものだ。建築物の必要な箇所を、適切に限界へ導くことで、崩壊に導けるほどの器用さはない。
されど、この地震である。加えて突貫工事の陣地である。
なれば基盤の緩い箇所から、足元を掬われ崩されることで、壁が倒壊するのは道理である。
先の雷雨から手口を変えて、地震を口火にした理由。その一つに数えられるのが、これだ。
もちろん、手札を見せびらかして、一層の恐怖を煽ることも、目的の一つにはあったのだが。
「敵は浮足立っています! さぁ皆の者、今こそ前へ!」
森羅万象を掌握した女王が、時は今ぞと号令を唱えた。
たちまち、太古の軍勢達が、時は来たれりと怒号を上げて、武田の本陣へと一斉に駆けた。
大混乱の戦場では、自慢の騎馬は意味をなさない。馬が怯えているうちに、武田の首を奪ってしまえ。
剣を構え、弓を携え、雑魚共をすり抜け本丸へ至れと、弥生の兵隊達が殺到する。
たちまち躑躅ヶ崎館は、大混乱へと陥った。
「おいおいおい来たぞ! 来たぞぉっ!」
「弓矢隊、投石隊構え! 奴らをお館様のもとへ通すな!」
「こいつら丸太を!? 駄目だ、散れぇーっ!」
無論、全てを損なってはいない。そう簡単に崩壊するほど、甘い作りにはなっていない。
されどいくつかでも隙ができれば、その穴こそが突破される。
破城槌代わりの丸太が、弱りに弱った門を壊し、そこからこそ兵士達が飛び込む。
浮足立った武者達は、装備と地の利でこそ優位にあったが、しかしこの最悪の状況においては、十分に敵を捌けずにいた。
「――狼狽えない! 曲りなりにも古今無双、天に覇を唱えたつわものでしょう!」
されど、これが全てではない。
これしきで総崩れになるようでは、信玄も卑弥呼を突き返してはいない。
戦場に広がる声がある。波乱を鎮める声こそがある。
凛――と響いたその声は、まさに天からの啓示か。
誰もの意識を自ずと掴み、視線を向かせるその声の次に、訪れたものは激音だった。
「ォオオオオオオ雄吠ッ!!」
雄叫びである。咆哮である。
おおよそ人のものではない、肉食の獣を思わせる怒号だ。
再び大地を揺らすかのような、地鳴りと共に現れたものは、見上げんばかりの巨獣であった。
おお、あれを見よ。かの威容を。
牡牛の如き勇壮なる角。千の刃を跳ね除ける甲羅。恐るべくも誇らしく、光輝を浴びるは大怪獣。
大亀を思わせる巨大なる勇姿が、唸り猛って敵軍を払う。遥か彼方の遠き歴史に、悪竜と畏怖された神の獣が、群がる万難をなぎ倒し進む。
あれぞタラスク。猛く雄々しく気高き竜。なればその背に立つ者は、あの者をおいて他にはいない。
「おおっ、あれは!」
「女だ! デカブツの上に女がいる!」
「すぐに態勢を立て直して! 今ならばまだ巻き返しはききます!」
なびく黒髪、はためく真紅。
黒の隙間から覗くものは、勇ましき竜のエンブレム。
神獣タラスクの意匠を背負い、後光と共に煌めく姿は、異邦に語り継がれる聖女。
エクストラクラス・裁定者(ルーラー)――マルタ。西暦が刻まれる最初の年に、かの輝かしき者の導きに従い、共に歩んだとされる聖人である。
「ありがてぇ、天女様だ!」
「天女様に続け! 決して遅れを取るでないぞ!」
「うちの大将もああだったらなぁ!」
「しかし何だって素っ裸なんだ」
竜の雄叫びと、聖女の一喝。
二つの力ある声に鼓舞され、息を吹き返した武田武者達は、再び奮い立ち勇みを上げた。
マルタに導かれた武士の刃は、押し留めんとする卑弥呼の手勢に、勇猛果敢に立ち向かっていった。
しかしその中、あれやこれやと、聞き捨てならない声が聞こえる。
なるほど確かにマルタの姿は、戦国時代にあっては異質だ。
いいや、たとえ西洋であっても異常な光景だと言えただろう。
何しろ大怪獣の背に立ち、号令を放つルーラーのマルタは――目にも眩しい水着姿。
赤いパーカー一枚の他には、四肢を大胆に見せびらかした、黒いビキニのみという有様である。
それこそ馴染みのない日本人の目には、全裸も同然の格好で、戦場に現れた酔狂者と同じだ。
『案の定好き勝手言われてますよ、姐さん』
「……後でまとめてシバき倒す!」
テレパスで耳打ちするタラスクの言葉に、眉をしかめてマルタが言った。
聖杖をなくして変化したのは、バトルスタイルのみではない。
寄辺としていたものを失い、アイデンティティを揺るがせた彼女は、勝ち気な村娘の気性を、色濃く表に出しているのだ。
なればこそ、乱暴に吐き捨てると、タラスクに戦闘の指示を出し、自身は戦場へと飛び降りた。
「仮にも聖職者の私を……こんな鉄火場に、放り込むなんて!」
バストが弾ける。黒髪が舞う。
悩殺必至のグラマラス・ボディを、太陽に光らせ飛び降りる様は、まさしく絶世の美女の姿。
さりとて彼女の纏う美貌は、見てくれを繕った産物ではない。
絶妙な太さのウエストラインに、僅か浮かんだ起伏とは、鍛え絞られた腹筋のそれだ。
「文句一つくらいでも言わなきゃ――割に合わないってぇのッ!」
鉄拳が唸る。美脚がしなる。
練り上げられた天性の身体は、闘争のための戦闘体躯だ。
気合いの叫びと恨み節とを、肉の躍動に上乗せしながら、マルタは猛然と立ち回った。
目にも止まらぬジャブが走る。アッパーが音を立て骨を砕く。背後から迫る敵の群れを、空を切る回し蹴りで迎え撃つ。
踏み込む両足が大気を揺らし、微かな衝撃波すら放って、白装束の敵を威圧してみせる。
ふざけた装いと侮るなかれ。女の細腕と見くびるなかれ。
マルタの手足はヤコブの手足。脈々と受け継がれた徒手空拳の秘技は、一万二千の天使であれど、撲殺せしめる神域の奥義だ。
「だからせいぜい上手いことやって、生きて帰ってきなさいよ、マスター!」
聖職者たれと封じた拳を、よりにもよって戦争のために、解禁して振るってやっているのだから。
なればこそ、直接文句でも言ってやらねば、労働の対価にはなりえない。
だからそれを言うためにも、マスターの生存は必須なのだ。
彼方を目指した立香に対して、乱暴な激励をかけながら、マルタは雄叫びと共に飛び膝を放った。
◆
「すごいことになっているけど、マルタ達は、大丈夫かな……」
マルタに呼ばれたような気がして、馬上から背後を振り返りながら。
自らが発った躑躅ヶ崎館の、凄まじい荒れ様を改めて見直し、立香が不安げに声を漏らす。
残っているのは強者揃いだ。されど卑弥呼の天変地異は、その安心感すら押し流すほどの、壮絶な光景を築き上げていた。
二重三重に館を覆った、あの堅牢な壁のあちらこちらに、痛ましい傷跡が刻まれている。
早々に手を打たなければ、奥へ奥へと攻め込まれ、信玄の首も危うくなるだろう。
『頭数ならこちらが上だし、そこへベタニアの聖女様だ』
『今はマルタさん達を信じましょう、先輩』
それでも、自分にできることは、信じて背中を託すことだけだと。
通信機越しに言うマシュとダ・ヴィンチに、頷きながら馬を走らせる。
奇跡を纏う聖女の姿は、この地獄のような戦場においては、存在そのものが希望となろう。
そのあたりも見越した上での、一人目の人選だったのだ。であれば自分達の選出眼を信じて、とにかく前へ進むしかない。
無論、こんな血生臭い競り合いのために、この場へ連れ出されたことを、彼女は多少なり怒るだろうけども。
『もうすぐ、小太郎君が見つけた本陣だ。暗殺で上手くいってくれると、こちらとしては助かるんだけど……』
現状、立香を護衛しているのは、霊体化した三人目のサーヴァントだ。
風魔小太郎には先行し、二段構えの策の一つ――暗殺任務についてもらっている。
無論、上手く行くという見込みはない。意識外からの奇襲というのは、因果律兵器破りの有効な策だが、向こうにも読まれているはずの策だ。
超一流の魔術師となれば、暗殺対策の防壁くらいは、当然仕込んでいることだろう。
超長距離からの狙撃の線を、早々に排除していたのも、この根拠に基づく判断だ。反撃のための準備期間を、長く与える策は、割に合わない。
「――! 失敗だったか!」
そして大方の予想通り、行く手から爆発音が聞こえた。
あれは小太郎の火薬玉ではない。もっと規模の大きい音は、キャスタークラスの魔術によるものだ。
すなわち、卑弥呼が戦っている。つまり、暗殺は失敗している。
なればこそ急がねばなるまいと、藤丸は馬に鞭を打った。
どうか無事でいてほしいと、小太郎に願いを馳せながら。
◆
煌めき走る。星が連なる。
虚空に踊るは無数の光。日輪を受ける鏡の光。
天に連なる青銅鏡は、弥生時代の秘術の神具。すなわち魔性の光をたたえた、キャスター・卑弥呼の誇る武装だ。
不可思議な力で空を舞う鏡が、ビームのごとく光を放つ。当然見せかけなどではない。宿すのは必殺の熱量だ。
「フ――!」
乗り込んできた紅髪の忍は、殺意の光を飛び退りかわした。
二つ目、三つ目の鏡が光り、二度目、三度目の光が迫った。これらを巧みな足さばきで、見事かわしきってみせた。
その刹那、四度目が背後に抜ける。光は偶然に木へと当たり――必然に、忍の方へと倒した。
全て、己の手の内だ。無論当たるかかわされるまでは、風魔小太郎次第となるが。
「ハッ!」
なるほど、さすがは歴戦の強者。この程度では決め手にはならぬか。
見事倒木をかわした小太郎は、態勢を立て直すよりも早く、牽制の手裏剣を投げ放ってきた。
卑弥呼は刹那の間にその軌跡を見る。かわすべき未来を刹那にて描く。
視界の中で逆風を起こした。手裏剣の軌道が僅かに逸れた。それを避けるためにこそ足を捌いた。
果たして、未来は的中した。『天照網羅・森羅万象』は、描いた通りに風を起こし、手裏剣を虚空へと抜けさせたのだ。
「殺(シャ)――ッ!」
飛びかかる小太郎が卑弥呼へと迫る。
クナイをかわすための材料はない。故に魔力を純粋に練り上げ、光輝なる障壁と変えて展開。
小生意気にも首を獲らんと、背後から奇襲してきた小太郎の初撃を、見事受け止めてみせたのが、これだ。
果たして閃光と火花を伴い、今度も小太郎の攻撃は、虚しく壁に阻まれることになった。
「偉大なる祖よ、女王卑弥呼よ! 貴方は何ゆえに聖杯を欲する!」
敵にも礼儀をわきまえる者がいたか。
であれば暗殺の件は不問に処そう。
日ノ本最古の大英霊として、己を認め接するのなら、その敬意にこそ応えるとしよう。
「知れたことです。我が悲願はただ一つ――祖国・邪馬台の再興!」
光の彼方で刃を突き立て、問いかける風魔小太郎に、応じた。
迸るスパークの彼方へと、抜き放つ銅剣を突き立てながら、叫んだ。
「この国の歴史を、聖杯の力で、歪め書き換えるつもりか!」
「あるべき姿へ戻すのです! 大和などという言葉遊びに、歪め消された形とは違う――真なる繁栄の形へと!」
二つ目のクナイが銅剣を弾く。マフラーを棚引かせ小太郎が飛び退く。
逃しはしない。好き勝手は許さない。
上空に生じた五本の剣が、小太郎目掛けて降り注いだ。
直撃こそ避けたが、しかし五体は、刃に縫うようにして封じ込められた。
一歩でも動けば肉が断たれる。であれば逃れることは不可能。
円形に連なる十の鏡が、無数の光を一筋に束ねた。極光は極太の光線を成し、無慈悲に小太郎を焼き尽くした。
紅が黒へと。灰の色へと。されど霊核を燃やす手応えはない。あるいはこれは――幻覚の類か!
「そんなことは、させない!」
声は背後から迫った。
卑弥呼の知り得ぬ変わり身の術で、難を逃れていた小太郎が、死角から再び攻め込んだのだ。
振り向きざまに、銅剣を振るう。魔力で強化された刃が、黒鉄のクナイを受け止める。
「そもそもこの国は我らのもの。断りを求められる道理など――ない!」
「がぁ……っ!」
女王卑弥呼は一歩も退かない。刃も、無論、言葉もだ。
懐から飛び出た青銅の鏡が、光にて小太郎の脇腹を焦がした。
苦悶の声を上げる忍を、振り抜く切っ先で地に叩きつけた。
「小太郎!」
その先に姿を現したのが、あの異国の装いの少年だ。
未来のカルデアから駆けつけたという、サーヴァントのマスター・藤丸立香だ。
なるほど、奴も信玄諸共、打つべき首に相違はない。
あるいは捕らえて心を操り、尖兵に変えてやるのも手か。
「かの魔性の名は悪竜・タラスク……聖女のもたらす奇跡によって、定めの上書きを図ったのならば、少々見当違いでしたね」
聖杯の知識を手繰りながら、くすくすと笑い、卑弥呼が言った。
かの竜を操るサーヴァントと言えば、海の彼方で活動したという、聖女・マルタが該当する。
不可能を可能とする奇跡は、味方の運勢を補正するには、十分な力であったと言えよう。
されど宝具の域まで至った、『天照網羅・森羅万象』の前では、その程度ではあまりに不足だ。
確定された宿命を、運勢程度で覆すというのは、決め手としては、あまりに弱い。
「主殿……!」
「無駄に足掻かずとも、この国の未来は、私の子らが引き継いでみせます」
それは大和でも、日本でもない。
本来あるべき邪馬台国が、永劫の千年帝国となり、永久にこの国を統べる名となるのだと。
「故に騒がず、穏やかに……この地で眠りにつくのです」
光が満ちた。後光が差した。
卑弥呼の背後へと集った、全ての青銅鏡が一様に光った。
逃げようのない絶対光量。無限無窮の灼熱こそが、霊子の一片すら残すことなく、彼らを蒸発せしめるだろう。
「俺達の未来を……奪わせはしない!」
なるほど、それでも足掻いてみせるか。
滑稽にも虚勢を張る藤丸立香に、呼応し小太郎が立ち上がった。
絶望的なこの状況を、理解できないほどの間抜けか。それがよくもくたばることなく、ここまで生き延びてきたものだと。
内心で蛮勇を嘲笑いながら、卑弥呼は魔眼に力を込める。
どうせやるなら徹底的に、逃げ道を塞いで殺してやろうと。たとえかわしきったとしても、その後が決して続かぬように、倒木で追い打ちを重ねてやろうと。
そう決めた卑弥呼は全能の瞳を、第三のまぶたを開いたのだが――
(――え!?)
そこには――何も見えなかった。
(これは……一体!?)
おかしい。こんな結果はあり得ない。
卑弥呼が目の当たりにしたのは、漆黒。映すべきビジョンのない暗黒の未来だ。
これは一体どういうことだ。桃配の魔城を盗み見た時も、こんな光景を見せられはしたが、それほどの対魔力の気配はなかったはずだ。
考えられるのはもう一つ。映さんとしたその未来に、己の姿がないということ。
行動の起点とすべき攻撃が、絶対に放つことを許されないまま、何らかの形で死を迎えるということ。
(そうだと、すれば――!)
だとしたら、まずい。
このままではいけない。
何をするつもりかは見当もつかない。しかしこのままでは確実に死ぬ。
奴の威勢は虚勢ではなかった。真の切り札はマルタではなかった。
藤丸立香はこの状況を、確実に打開できる何かを――この女王卑弥呼を確実に、抹殺せしめる必殺の刃を、懐に隠し持っていたのだ。
やらせはしない。このままでいられない。
本来の使い方を無視し、因果律改竄を全開で駆動。
正体不明の何物かと、そして自身の肉体の因果を、ありったけ書き換えんと魔力を回す。
無駄な足掻きであったとしても、文字通り運の上乗せでしかなくても、何もしないよりかは数百倍マシだ。
早く。急げ。因果を紡げ。
何としても己が身を動かせ。奴が放たんとする奥の手を許すな。
ここまで戦い抜いた我が身が、無様に死に果てる未来を許すな――!
「運命を変えられる力は、お前だけのものじゃないっ!」
瞬間、青が走った気がした。
藤丸立香のその背後に、青い人影が飛び上がった気がした。
その手に携えたものは、赤く。
血のように不吉な死の紅が、業火のうねりと共に煌々と燃えた。
「――『刺し穿つ(ゲイ)――――――死棘の槍(ボルク)』ッ!!」
最終更新:2018年02月12日 17:52