第四節:『告白』(3)

【1】

 轟音に気付いた立香達は、音の出元である少女の部屋に急行した。
 そこで彼等が目にしたのは、粉砕されて空洞ができた壁と、泣き叫ぶ少女の姿だった。
 部屋を見渡すと、あちこちに何かが突き刺さったような傷が散見している。

「襲撃か――――ッ!!」

 刹那、弾かれた様に壁の向こう側へ走り出す牛若丸。
 これが敵方による攻撃である事は、誰の目にも明らかであった。
 立香はブーディカに少女の安全確保を頼むと、ジェロニモと共に彼女の後を追う。

 壊された壁の先では、牛若丸が茫然とした表情で立ち尽くしていた。
 立香達が彼女の視線の先に目をやると、瞳が驚愕の色に染まる。
 彼等の目の前にあったのは、宙に浮かぶ巨大な帆船であった。

「あれは……サンタ・マリア号!?」

 そう、立香はその船の名前を確かに知っている。
 かつて訪れた地底世界にて、これと寸分違わぬものを目にしているのだ。
 そしてそれが、誰の所有物であったのかも記憶に残っていた。

「ならあれに乗っているのは……ッ!」
『貴方の想像通りですよ、藤丸立香』

 どこからともなく聞こえてきたのは、肯定の言葉であった。
 咄嗟に周囲に目を配る立香だったが、声の主は何処にも見当たらない。
 そんな彼の様子を把握しているかのように、声がまた耳に入ってきた。 

『ああ、探しても無駄ですよ、私は今船の中にいるので。
 アヴェンジャーの"糸"を介して貴方に話しかけているんです。便利でしょ?』

 よく目を凝らしてみると、極細の線が周囲に張り巡らされているではないか。
 触ってもすり抜けてしまうが、間違いなく蜘蛛の糸の様なそれは目の前に存在している。
 この糸を経由する事で、敵は船の内部にいながらも、こちらとの会話を可能としているのだ。

「想像通りって事は、やっぱりお前は……」
『おっと、こちらから名乗らせてもらいましょうか』

 こほん、と。その男は一度小さく咳払いをしてから。

『ライダー、真名をクリストファー・コロンブス。以後お見知りおきを』

真名判明 万博のライダー

真名――クリストファー・コロンブス

 クリストファー・コロンブス。
 アメリカ大陸を発見した航海士にして、人類史最初のコンキスタドール。
 宝を手に入れる為なら手段を選ばず、そして"絶対に諦めない"邪悪の権化。
 アガルタで対峙したあのサーヴァントが、再びこの東京に出現していたのだ。

 しかし、ここで立香に一つの疑問が浮かび上がる。
 アガルタで出会ったコロンブスは、渋い声をした老いた男性であった筈だ。
 だというのに、聞こえてくる声は年若い青年のそれである。
 彼がコロンブスを名乗るのには、あまりに不可解なのではないか。

『その口ぶりから察するに、下品な方……おっと失礼、"冒険家"としての私と会っているようですね』

 サーヴァントはクローズアップされた特徴によって、姿が大きく異なるケースがある。
 かのヴラド三世が、ランサーとバーサーカーとで姿が大きく異なるのと同じである。
 "武人"として呼ばれたか"領主"として呼ばれたか、この違いだけで性格すらも変質するのだ。

『ご安心下さい。姿形が変わろうが、私はコロンブスですので』

 そう言って、クツクツとコロンブスは笑ってみせた。
 そこで立香は、ようやくかの人物がコロンブスであるという確証を得る。
 この悪辣な笑みは、あの邪悪が発するもので間違いない。

「ピカソさんをどこにやった……!」
『随分な言い様ですね。こちらで保護しただけですよ』
「保護だって!?こんなのただの拉致じゃないかッ!」

 保護と言うからには、ピカソ自身の安全は保障されているのだろう。
 けれども、一連の行動を保護と呼ぶにはあまりに強引すぎる。
 錨で壁を破壊して相手を拉致するなど、強奪もいいところだ。

「第一どうやって俺達の居場所を……!」
『親切丁寧に教えてあげましょう。糸が貴方達の反応を探知していたのですよ』

 まるで気付かなかったとと、立香は己の失態を悔いる他なかった。
 自分達の居場所は、逐一敵に把握されていたというのである。
 ピカソが言っていた"勘が良い"とは、よもやそういう事だったとは。

『糸の反応がある地点で消えていましてね、何かがあると疑わない方がおかしい。
 言うなれば、貴方方がキャスターの居場所を教えてくれたようなものなんですよ?』

 とどのつまり、お前達のお陰でキャスターを捕える事ができた。
 コロンブスは、そういう事を言っているも同然であった。
 嫌味ったらしい口調で話すコロンブスに、立香は思わず歯噛みする。

『感謝しますよ皆さん、お陰様で探すのが楽になりましたからね』
「余計な御託はいい。貴様が何故この特異点に加担する、答えろ」

 抜身の刃のような殺意が絡んだ、牛若丸の声だった。
 彼女の言う通り、何故コロンブスはこの特異点の構築に加担しているのだろうか。
 彼の略歴には、日本人を憎むどころか日本自体が出てこない筈だが。

『理由?だって、気持ち悪いじゃないですか、あんなの』
「…………は?」
『陰湿で根暗で同調圧力は一人前で……ああ、奴隷にでもしなきゃ有用価値ないでしょ、あんなの』

 その理由に、立香と牛若丸は愕然とする事しか出来なかった。
 なんとこの男は、憎悪ではなく単なる嫌悪から敵に協力しているのだ。
 ただ気持ち悪いから、ただのそれだけで、彼は虐殺に加担している。

「ふざけるなよお前……そんな理由で……ッ!」
『失礼な、私は大真面目に奴隷商業に身を投じているのですがね』

 会話が噛み合わない、いや、あえて噛み合わないようにしているのか。
 何にせよ、コロンブスは真面目に取り合う気などないらしい。
 こちらが下手に手出しできない事をいいことに、余裕の態度でいるのだ。

『憎いですか?なら私達を殺しに来ればいい。我々はキャスターと一緒に万博で待っていますのでね』
「……ああ、待っていろ。すぐに首を獲りに行ってやるとも」

 コロンブスの挑発に、牛若丸が憤怒を滾らせそう応えた。
 どうやら相手の側も、真っ向勝負を受け入れる心持でいるらしい。
 最終決戦の場は、やはりあの万博会場になるのは明らかだった。

『ああそれと。ジェロニモさん、ご先祖様が随分とお世話になりましたね?』
「…………ッ」
『私のせいで随分苦労したようですね。同情はしてあげますよ』

 これ以上ないくらい嘲笑を込めた口調で、コロンブスがジェロニモに言った。
 ジェロニモは何も答えない、答えようとする気配すら感じない。

『では万博で会いましょう!再会の時を楽しみに待ってますよ』

 その言葉を最期に、サンタ・マリア号は動き出した。
 かの万博に向けて舵を切った船は、一直線で目的地に向かっていく。
 立香達は、怒りを抱えながらもそれを見つめる事しかできなかった。

「……主殿、すぐに向かいましょう。時は一刻を争います」

 確かにそうだと、立香は首を縦に振った。
 キャスターが敵の手に落ちた以上、何時かの絵画が完成するか分からない。
 一秒でも早く、万博に乗り込んで事態の解決に努めなければ。

 と、立香はジェロニモの様子がおかしい事に気付く。
 彼は必死に片手で顔を覆い、必死に自分の表情を隠している。
 まるで、自分の顔が悪鬼に変貌しているのを、他者に見せないようにしているかの如く。

「……ジェロニモ?」
「マスター……」

 そこで立香は思い出すのだ、コロンブスが殺した者が、アメリカ大陸の先住民である事を。
 それはつまり、ネイティブアメリカンであるジェロニモの祖先であるという事であり。
 かの征服者とこのサーヴァントの間には、切っても切れない因縁が横たわっているのだ。

「私を……見ないでくれ……」

 ジェロニモは戦っていたのだ。自分の根源に根付いた、怨敵への憎しみと。
 彼は会ってしまったのだ。絶対に許す訳にはいかない、憎むべき邪悪に。
 事実として、彼の顔は悪鬼のそれに変貌していたのである。
 その姿を見せまいと、彼は言葉を殺して耐えていたのだ。

 立香は、彼にかける言葉が見当たらなかった。
 ただそれが酷く無力で、やはり歯噛みする事しか出来なかった。






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最終更新:2018年02月19日 23:07