夢か、悪夢か。
否、現実だ。
たった二人のサーヴァントにここまで恐怖を感じている。
一人一人なら『取るに足らない存在』と思っていた。
だが……。
「で、綱……アレはなんだ?」
「アルターエゴ『M』だ、そうだ」
「……そうか」
「金時の野郎が見たら、卒倒するかもな」
「ふっ……そうだな」
まるで軍勢が相手にも思えた。
平安最強の四天王の内二人が前の前にいる。
一人は屋敷に忍び込んでその鬼の腕を断った『刀』を盗んだことがある。
もう一人は生前にその縁で刃を交えたことがある。
並び立つ二人に対して黄金の将は聳え立つ。
負けるわけがない。
何故ならば、それは父を模した。
父の持つ『武』に『怨念』を再現したを乗せた。
己自身の幻想―――己の『宝具』。
名は――――――
宝具『荒神新皇・将門』
◆ ◆ ◆
「マシュ……あれもサーヴァントなの?」
『いえ……全く以て正体不明です』
藤丸達は『アサシン・滝夜叉姫』についてはここに来るまでの間に季武から聞いていた。
さっきは付けていなかった鬼の面をつけているのが滝夜叉姫だろう。
だが、その彼女の目の前に立っているのはなんだ?
どうみても金色のロボット。
眩い黄金の光を放っている。
眩しいぜ。
「『視える』か、季武」
「……少しだけ時が掛かりそうだが、問題ない」
「問題ないか……よし、任せな、時間稼ぎは大江山の時もそうだったが、得意だ。
巴さん……あんたは藤丸のそばにいてやれ、前に出なくてもいい」
「ですが、キャスター……私とてあのアサシンに借りがあります!」
「おお、そうかそうか! つまり、巴さんもあいつを殴りたいか!」
「殴る……? いえ、ですが一矢は報いたい」
「だがな……巴さん、今、守るべき者を忘れるなよ」
綱はちらりと藤丸を見る。
そして、再び黄金の将の方に身体を向ける。
「いいのか?」
「ああ……巴さんは確かにアレだよ……
炎使うし、角生えてるし……あいつと重なる部分がある。
が、それはそれとして、だ……巴さんは藤丸のサーヴァントだ。
俺が彼女を斬る必要は……ないだろ?」
「その考えは同意するが……綱の場合、他に理由があるだろ」
「……あるとしたら飯の恩とまだ武者勝負が付いてないってことだな!」
強く踏み込み駆け出す。
それとほぼ同時にアルターエゴ『M』もそれと前に出る。
刃が奏でる剣劇。
「オラァッッ!!!」
「――――!!」
全く無駄な動きはない。
全てを、目の前のモノを斬ることだけに特化している。
『綱の剣術は源頼光に匹敵する』
と、金時が言っていたことを立花は思い出していた。
確かにキャスタークラスのはずなのにその剣技はやたら鋭い。
あの黄金の巨兵相手に体格差をまるでもろともしない。
巨大な日本刀相手に一歩も怯むこともない。
「そこよ! 右腕発射!!」
「なっ……!」
アルターエゴ『M』の右拳が超高速で回転する。
そして、そのまま綱目掛けて撃ち出された。
ロケットパンチかな?
綱は髭切で受けるが、大きく吹っ飛ばされる。
刃は折れず曲がらず刃毀れない。
「……へっ! 上等だ……!」
綱は札術を使い、肉体を爆発的に加速させる。
魔術系統的に言えば肉体強化に近い。
が、これはほぼ我流の陰陽術である。
「うらぁッッ!!」
元々、ただの人であった。
頼光や金時のような特別な血筋もなければ。
季武のような特別な『眼』も持っていない。
……『あの人』のように仏道に片足突っ込んでいるわけでもない。
だから、必死で積み上げてきた。
何度だろうと立ち上がり、幾度だろうと打倒してきた。
それを繰り返し、先頭を走り続けてきた。
乱撃。
全ての一撃を『M』の関節部目掛けて放つ。
「でぃぃぃやッ!!!」
外すことはなかった。
だが……
「……手応え――――無しか、よ……」
傷一つ付かない。
ダメージが入った感覚すらない。
それどころか全く動じていなかった。
「真の武士は目で殺す!!! のよ!」
『M』の眼からビームが放たれる。
目視可能なほどの熱波が綱に迫るが、怯みもしない。
最小限の動きで最短で躱す。
しかし、狙いは綱だけではない。
「乱れ撃ちなさい!!」
「――――!!」
後方に二人すら狙っていた。
避けきるのはほぼほぼ厳しい。
しかし……。
「無事だな?」
「季武殿……今のは一体?」
「鹿島神流武芸の一つだ……」
「忍者ですか?」
「忍ぶ者か……確かにそうかもしれんな」
(真面目かっ!)
季武は畳返しの要領で床をせり上げて防いでいた。
この城のギミックは大体知っている。
「あのアサシンは何故逃げないのでしょうか?」
「簡単な話だ。
奴は逃走出来ないと判断した、だから、奴は逃げない。
故に切り札(アルターエゴ『M』)を切った……ここで決める気でいるんだろうよ。
ならば……ここで討つまでだ……全て見切った……!」
季武はその場から姿が消えた。
否、殺気は残っているのでこの場にいるのは藤丸でもわかる。
超高速でその場を動いているのだ。
常人では眼で追いきれない。
この場にいるが、見えない。
「……なら、攻撃を続けるまでね」
「させねぇよッ!!」
綱は再び突撃する。
より速く。
より鋭く。
奴よりも速く。
「燃えやがれッ!!!」
綱の持っていた髭切に鬼火が灯る。
紅蓮の炎を伴い、髭切を振るう。
一歩でも前に出て、斬れ。
ここで引くな。
奴に自分だけを見させろ。
他を圧倒して、自分だけに集中させろ。
今、この瞬間だけは!
俺がこの戦場の主役だ!!!
アルターエゴ『M』の攻撃を全て自分に引きつけた。
後ろにいる藤丸と巴の視線も。
そして、滝夜叉姫の視線すらも……
「今だ!!! 撃(ぶ)ち貫(ぬ)けぇぇぇッ!!! 季武ッッ!!!」
瞬間。
不意に綱が叫んだ。
その声で全員が気付いた。
(嘘……完全に見失っていた……?)
先程までの殺気が完全に消えていた。
ずっとそこにいたはずだった。
少なくともほんの一瞬前には認識していた。
だが、今いないのだ。
「――――御意! 狙いは外さん……!」
一矢、一射、一殺。
矢など一本あれば十分だ。
この場の全てを『視た』。
狙いは完全。
その眼は落ちてくる雨の一粒すら見抜く。
視られてしまったらそれで最期――――決して逃れられない。
『魔眼』
そう言っても差し支えない眼。
この眼だけは他の四天王も持っていない。
唯一無二の自分しか持ちえない眼。
「そいつの『弱点』はそこだ……ッ!」
剛弓一閃。
まるでこの瞬間だけ『刻』が止まったようだった。
防御不可。
回避不可。
絶対のタイミングで放たれる完全な一撃。
季武が放った矢はオーダー通りに貫いた。
そのアルターエゴ『M』の唯一の弱点である――――滝夜叉姫を。
「ガハッ……!」
「『鹿島神流秘技・刻殺』……これで終いだ、滝夜叉姫」
滝夜叉姫は大きく吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
その心臓には一本の矢が貫いていた、
それと同時にアルターエゴ『M』の動きも止まった。
「藤丸、アレはサーヴァントではない。奴の宝具だ」
「季武さん、本当ですか……?」
『だから、何の反応もなかったんですね……』
「それよりもキャスター……貴方は何故あの瞬間に叫ばれたのですか?」
「綱でいいよ、巴さん。
端的に言えば季武は弓を放つ時だけ殺気を完全に消す。
変わり者だから分かりやすいんだよ。
……生憎、俺は誰よりもあいつらのことを知り尽くしてんだよ、これがな」
一緒に戦ってきた時間は長い。
だからこそ、戦い方はよく知っているのだ。
「まだ……よ……」
『先輩、アサシンがまだ!?』
「マスター、私の後ろに!」
アサシンはまだ少し動いていた。
だが、完全に虫の息といっても過言ではない。
警戒して巴は藤丸をかばうように前に出る。
しかし……
「いや、終わりだ。その身体じゃそう長くはもたんだろうよ。
動けばそれだけ死期を早めるだけだ」
冷酷なまでに季武は告げる。
「……貴方たちの技じゃアタシは死なない……」
「何をする気だ……!」
「クックックッ……こういうことよ!! 源氏の糞餓鬼共!!!」
アルターエゴ『M』はいきなり再起動した。
完全に不意を突かれた。
そして、滝夜叉姫はアルターエゴ『M』ごと………
「さらばよ!!!!!!」
壁をぶち抜き、地面に落ちていった。
それは『源氏には負けてない』。
そのような彼女自身の最後の意地だったのだろうか?
その本心など誰も知るよしはない。
◆ ◆ ◆
『アサシンの反応、完全に消滅しました』
「そう……」
マシュは冷静に告げる。
その声に藤丸は完全に戸惑った。
今までにこんなことはなかったから、致し方ないのだ。
「『奴は倒した』。それでいい……!」
「俺としては不完全燃焼だけどな……!
結局、あの金色に一撃だってまともな攻撃入れられなかったからな」
頼光四天王の二人(特に綱)もかなり不満気。
なら、やるべきことはただ一つ!
「ライダー軍の総大将を取りに行くか?」
「おう、いいぜ!」
「そんな浅はかな……」
「いや、目的としてはそれが今すべきことだと思うよ」
「マスター……それでよろしいのでしょうか?」
「うん……季武さん、どこにいるか分かる?」
「馬鹿と煙はなんとやらだ……上にいけば分かるだろうよ」
「よっしゃ、ならさっさと行こうぜ!」
そして、四人はさらに上に向かって階段を昇って行ったのであった……。
「……平安一の呪術師を甘く見ないでよね……」
一人、空を見上げる。
空にはまだ薄暗さが残る。
夜明けが近い。
「……………………」
黄金の将は動かない。
喋らない。
完全に壊れてしまった。
「……………………ごめんなさい、父上」
また源氏に負けてしまった。
勝てない戦ではなかった。
自分の失敗で負けてしまったのだ。
「――――今度こそ、アタシは………」
次の刹那。
大鎌が滝夜叉姫の命を刈り取った。
「悪いね、五月姫……いや、今は滝夜叉姫だったかな?
―――――介錯させてもらったよ」
男は念仏を唱えない。
またどこかで会うかもしれない。
その時はまた敵かもしれない。
はたまたもしかしたら………………。
「……僕の役目もここまでかな。
じゃあね、名も知らぬ……異邦者さん達」
御役御免。
男もまたその島を跡にしたのであった。
その島に一瞬だけ雪風が吹いた気がした。
最終更新:2018年04月13日 08:28