「そぉれ!」
剣戟。
愛竜暴君――――『ブリタニアのエリザベート・バートリー』が振るう槍が、縦横無尽に荒れ狂う。
さながら暴風。
ヤーノシュ山から吹き荒れる、真紅の竜の大旋風。
竜種の膂力で振り回されるそれは、一撃で地形を削り取るだけの破壊力を内包する。
それを真っ向から迎え撃つは、魔剣士佐々木小次郎。
純粋な剣術の技量であれば、比べるべくもなく。
されど一撃一撃が大槌を想起させるエリザベートの攻撃は、中々反撃の糸口を与えない。
あるいは、一瞬の隙をついて反撃に転じようとしても――――
「くっ……!」
「よくやったわ、親衛隊!」
――――その隙を、死霊の魔力弾やスケルトンの弓で潰されてしまう。
放たれた魔力弾を切り払い、再びエリザベートの猛攻を受けることとなる。
統率された軍隊。
ただそれだけで、これほどにも脅威になる。
攻め込もうにも、攻め込めず。
故に、小次郎は受け手に甘んじていた。甘んじざるを得なかった。
一合一合が大暴風。
それを受けるだけでも、小次郎の技量のほどが伺い知れる。
……本来であれば、ここから切り返して一撃、なのだが。
「小次郎の支援をしないと……!」
当然、立香たちもただそれを見ているだけではない。
少しずつ、周辺の死霊やスケルトンを減らすべく攻撃を続けているのだが……これに専念もできない。
「そうは言うが、この状況ではね……!」
戦場に生えていた樹の陰から援護射撃を行うホームズが、苦々しげに呻く。
銃声、銃声、銃声。
三発の弾丸は見事死霊の脳天を貫き、霧散させ――――即座に返ってくる無数の矢を前に、名探偵は慌てて樹の陰に隠れた。
矢の主はスケルトンの軍団――――ではない。
騎士だ。
武士だ。
そしてスケルトンだ。
「どうにか愛竜暴君を引きずり出せたはいいものの、状況はあまりよくありませんな……!」
――――なぜならここは、戦場の只中なのだから。
隙を見せれば、他の陣営が即座に攻撃を仕掛けてくる。
小次郎とエリザベートの戦闘にも、絶え間なく矢が放たれていた。
彼らはそれを交わし、弾き、払い、エリザベートに関しては時折受け止めて、対処しながら切り結んでいる。
そしてそれもまた、小次郎が攻めあぐねている理由のひとつだった。
エリザベートはその耐久力……恐らく『戦闘続行』スキルも影響している……により、ある程度の被弾を無視して攻撃してくる。
だが、小次郎の方はそうはいかない。
矢が刺さればそれだけ動きは鈍り、隙を晒すことになるだろう。
もとより、燕を相手に刀を振り続けた男。
乱戦の作法など、彼が知る由もないのだ。
「よいしょっ!」
エリザベートの竜骨槍が、力任せに地面に叩きつけられた。
小次郎は素早く後ろに下がってそれをかわすが、土煙がもうと噴き上がった。
一瞬、二人の視界が閉ざされ――――周辺からも、認識できなくなる。
「好機――――!」
これは、千機一遇だ。
小次郎は心眼にてエリザベートの位置を捉え、視界に頼らぬままに切り捨てることができる。
土煙に隠されたこの状況なら、外からの横やりも無い。
自ら噴煙を巻き上げたその迂闊、呪いながら果てて行け――――そう、小次郎が踏み込んだその瞬間。
「――――ダメだ、小次郎!」
「!」
マスターの叫びを聞き、咄嗟に小次郎が軌道を変える。
前ではなく、後ろに。
立ち込める土煙の外まで一息に飛び出し――――次の瞬間、土煙が爆ぜ飛んだ。
「『Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!』」
地形が抉れ飛び、周辺にいた雑兵たちが陣営の区別なく弾け飛ぶ。
土煙の中から現れたのは、槍を口元にあてがい上機嫌に叫ぶエリザベートの姿。
無差別の“音波攻撃(ソニック・ブーム)”――――エリザベートの『竜の吐息(ドラゴンブレス)』。
竜種の血を引く彼女の叫び(シャウト)は、全てを破壊する魅惑の美声。
素早く後退したことが幸いし、小次郎の被害は微少だ。
風圧に和装をはためかせながら、静かに物干し竿を構えなおす。
今のは危なかった。
エリザベートの戦闘方法を熟知している立香の指示が無ければ、直撃を喰らっていただろう。
そうなれば、もはや剣術技量がどうこうという話ではなくなってしまう。
「竜の類はフランスであらかた味わい尽くしたと思っていたが――――いや、まさかあの小娘がこれほど愉快な使い手とはな」
小次郎の顔に笑みが浮かぶ。
エリザベートは剣士ではなく、武人ですらない。
それでも――――彼女は竜であり、即ち怪物だ。
斬るに値する価値がある。小次郎はそう判断した。
「あら、ありがとサムライ。声援とファンレターはいくらでも受け付けてるわ」
それを愉快げに笑い返しながら、エリザベートは再び槍を構える。
――――――――同時に、彼女の周囲で霧散したはずの死霊やスケルトンが、再び起き上がる。
「だから――――次のナンバーでイかせてあげる! 行くわよブタども!」
エリザベートの笑みが、サディスティックに歪んだ。
もとより死者。
もとより亡者。
ただ打ち倒すだけでは、その“死”を断つことは敵わない――――!
「……まずいな」
再び切り結ぶ小次郎とエリザベートを見ながら、立香は奥歯を噛みしめた。
戦場は、こちらの不利に傾いている。
「むぅ、ここはやはり吾輩が加勢に……」
「ごめん、ドン・キホーテは俺を守って! 死んじゃう!」
「むむむっ! そうまで言われては仕方ない。若き騎士を守るのも、熟練の騎士の役目であるからして!」
現在、立香とドン・キホーテは主戦場から少し離れた場所から、サーヴァントたちに指示を飛ばしている。
ドン・キホーテはまだまともな戦闘に耐えられるほど回復していない。
切り札である彼を無暗に危険に晒さないため、立香が重しとなって戦場の外に留めている。
「しかし実際、キリがないね……!」
一方ホームズは、前述の通り樹の裏から支援射撃だ。
撃っては撃ち返され、一進一退の銃撃戦を繰り広げている。
その狙いは極めて正確で、確実に敵を減らしているが――――死霊軍は復活してくる以上、その場しのぎにしかならない。
「ここはひとつ、勝負に出る必要があるかもしれませんな!」
そして残る弁慶は、迫りくる鎧武者を相手に大立ち回りを繰り広げていた。
ドン・キホーテを戦わせたくない以上、彼が本当の護衛役だ。
大薙刀を振り回し、雑兵たちをなぎ倒す。
……騎士や飛竜たちは、踏み込んでこない。
騎士が遠巻きに弓を繰り出すだけで、白兵戦の距離にまではやってこない。
だから弁慶が相手取っているのは、蛇竜宮司の配下たる武士たちだ。
彼らはこの、英霊たちが跋扈する戦場に、恐れることなく飛び込んでくる。
――――否、何かに怯えながら、飛び込んでくるのだ。
それは死の恐怖ではなく、“ここで英霊に挑むことより恐ろしい何か”に怯えながら。
あるいはそれは、蛇竜宮司……武田信玄のカリスマが成せる行軍か。
恐怖と畏怖によって統率された軍勢が立香たちに迫り、小次郎への助太刀を許さない状況だ。
「南ァ無ッ!」
それを、弁慶は仁王に構えて全て真っ向からなぎ倒している。
一体何人の武士を屠ったことだろう。
まさしく修羅たる武蔵坊。
大薙刀の冴えは、一撃一撃が竜の爪が如く。
エリザベートにも劣らない剛力が、立香たちを守っている。
……だが、それだけではいけないということも、誰もが理解していた。
このままでは、押し切られる。
なにせこちらの戦力は、立香とドン・キホーテを除けばサーヴァント三体でしかないのだから。
一騎当千が三騎いたとして――――四千、五千という軍勢には敵わない。
「勝負って、何を!」
だから、立香は弁慶に問うた。
この状況を覆せる一手。……検討はつく。
サーヴァントが持つ、自らの伝承に基づく必殺の一。
貴き幻想――――――――固有の宝具。
「ホームズ殿! 暫し時を稼いでいただけるか!」
「私がかい!? ……仕方ない。私は頭脳労働担当なのだがね!」
弁慶がひと薙ぎ、雑兵を片付けると、ホームズが入れ替わり前に立つ。
彼の手には銃と、ステッキ。
ホームズは優れた頭脳を持ち、音楽の才能を備え――――また、ボクシング、バリツ、杖術など、様々な武術に精通した男でもあった。
例えアーチャーのクラスで現界しても、それらの技は持ったままなのだろう。
名探偵は剣のように杖を構え、絶え間なく迫りくる武士たちに睨みを利かせる。
「悪いが、あまり長くは持たないよ!」
「結構! 然らば念仏を唱え申す!」
ステッキの一撃が武士の首を打ち据え、銃撃が心臓を射抜き――――その後ろで、弁慶の魔力が増幅する。
立香の中から、魔力が吸いだされて行く感覚。
吸いだされた魔力が、弁慶の中に注ぎこまれて行く感覚。
注ぎ込まれた魔力が、練り上がり形となっていく感覚!
薙刀の石突をしっかと大地につけ、左手を略礼にて念仏を唱える不動尊。
これなるは武蔵坊弁慶第一の宝具。
仙人として、仏僧として、彼が身に付けた即身成仏の大功徳。
弁慶の背後に、複雑な曼荼羅が浮かび上がる。
「――――――――小次郎! 離れて!」
これから起こることを理解した立香が、叫ぶように小次郎に警告した。
「承知ッ!」
気合い一閃、エリザベートの横薙ぎの一撃を地面に叩きつけるように弾きながら、小次郎は俊足にて距離を取る。
道が空いた。
弁慶の前には、無数の敵が蠢くのみ。
真名を開放する。
彼の持つ宝具を解き放つべき、真名という鍵が明かされる!
「――――――――――――――――――――『五百羅漢補陀落渡海』ッ!」
それは遊行聖の大行列。
浄土を目指す大行進。
全てを押し流す五百の羅漢。
弁慶の背後に浮かび上がった巨大な曼陀羅から、無数の棺桶が飛び出した。
棺桶――――否、船だ。船なのだ。
これは船に封じられ浄土まで旅する荒行、補陀落渡海。
数多の僧の魂が、濁流の如く戦場へと押し寄せる。
「ちょっ、なによこれぇ!」
慌てたのはエリザベートだ。
迫りくる船の群れ。明らかに尋常のそれではない。
対抗しての宝具展開――――否、間に合わない。
それでもせめてとマイクを握り、腹式呼吸で大きく吸って。
「『Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!』」
歌姫の絶唱が、補陀落渡海に対抗する。
――――そして実際、それは拮抗した。
エリザベートが持つ、竜種由来の対魔力も影響したのだろう。
補陀落渡海はエリザベートの歌声に足を止め、彼女を避けるように流れていく。
羅漢の群れが生者を浄土へと押し流す、強制成仏宝具。
強力な宝具には違いないが――――直接的な攻撃力をもたないため、このように抵抗されてしまうことは珍しくない。
「――――よしっ! もう、ビックリしたじゃない! サプライズは事務所を通してちょうだい!
まっ、所詮は無駄な抵抗だったみたいね! このスーパーアイドルにこんな技が通じるわけないもの!」
数瞬の後、補陀落渡海は涅槃へと旅立ち、消滅した。
もとより一方通行の旅路の再現。
五百の羅漢は過ぎ去るのみで、過ぎ去ってしまえば何も残らない。
――――――――そう、何も残らない。
「否――――確かに貴殿には通じなかったが、拙僧の目論見は果たされたようだ。南無」
「はぁ? って――――――――」
慌てた様子で、エリザベートの視線が周囲を巡る。
――――いない。
誰もいない。
死霊も、亡者も、スケルトンも、武士や騎士でさえ!
「ま、まさか――――みんな帰っちゃったの!?」
『五百羅漢補陀落渡海』は、全てを押し流し強制的に成仏させる宝具。
つまり――――この宝具の真の狙いは、周囲の雑兵の一掃。
エリザベートは補陀落渡海をしのぎ切った。
だが、周囲の雑兵はそうはいかない。
遠巻きに眺めていた連中はともかく……周囲の雑兵は、大半が羅漢と共に浄土へと旅立ったのだ。
念仏である以上、死者の類には効き目は抜群。
成仏した以上、死者が蘇ることはない。
もはやエリザベートを守る親衛隊はいなくなった。
遠巻きに矢を射掛ける騎士や武士はまだいるが、この程度ならば無視できる。
そして、彼女を守る親衛隊がいなければ――――
「――――終わりだ、愛竜暴君。その首頂戴する」
――――――――三騎のサーヴァントに押し勝てるほど、エリザベート・バートリーという英霊は規格外ではない。
「…………嘘よ」
小次郎、弁慶、ホームズ。
後方には、ドン・キホーテと立香。
五人の男を前に、愛竜暴君――――エリザベート・バートリーは、呆然と呟いた。
「嘘よ。嫌よ。ふざけないで。私の歌を、私の声を、聴く相手がいなくなるなんて――――認めない。私は認めない」
からん、と槍を取り落とした。
一歩、二歩と後ずさり、鋭い爪が自らの頭を掻きむしる。
「私はアイドルなの。アイドルなのよ? だから歌い続けるの。誰もが私の歌にひれ伏すの。
認めない、認めない、認めない。ねぇ、私を一人にしないでよ……!」
乱暴に掻きむしられた紅色の頭髪が、より紅い血に染まっていく。
自分の爪で、自分の頭を傷つけている。
慟哭と共に、少女の頭痛が加速する。
……彼女は、エリザベートは、立香がよく知るサーヴァントだ。
この特異点においては、確かに敵だったが……その人となりは、彼女が抱えている歪みは、よく知っている。
だから……だからこの慟哭は、重い。
重く立香の胸にのしかかる。
サーヴァントたちは、お構いなしと得物を構えてトドメを刺そうとしていたが――――立香はどうしても、このエリザベートを倒すことに乗り気にはなれなかった。
だが、必要なことだ。
彼女がこの特異点において、民を虐げ暴れまわる愛竜暴君である……という事実は変わらない。
彼女を倒さなければ、この特異点が解決へと進まないことは変わらない。
彼女が、立香たちカルデアのことを覚えていないことも、変わらない。
倒すしかない。
せめて、その最後を焼き付けようと、立香が彼女をしっかりと見据えたその時――――――――違和感を、感じた。
「一人はイヤ、イヤなの――――――――――――ねぇ、助けて、“旦那様(プロデューサー)”ッ!」
轟音。
どこから?
背後。
遠く。
遠巻きに様子を伺っていた騎士や飛竜が、何者かに惨殺されている。
それらを惨殺した何者かが、一直線にこちらに向かって飛び込んでくる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――――ッ!!!!」
――――――――それは、黒い騎士だった。
漆黒の全身甲冑に身を包み、興奮からか、白い吐息を兜のスリットから漏らし。
白い――――白熱化した杭のようなものを振り回し、一目散に戦場を駆ける黒い弾丸。
――――――――あれは、マズい。
強い、というわけではない。
あの狂戦士から感じる圧力は、確かに強烈ではあるが規格外というほどではない。
仮に大英雄ヘラクレスに比べれば、大した相手ではないと断言してもいいだろう。
だが――――あの英霊は、マズい。
兜のスリットから覗いた爛々と輝く赤い瞳が、真っ直ぐ見据えているのは――――エリザベートだ。
執念だ。
妄念だ。
狂愛だ。
正気を捨ててなお焼き付いた執着が、あの英霊を狂戦士として成立させている。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――ッ!!!!!」
「っ、マスター!」
まだ距離がある。
その油断が命取りになる。
黒騎士は手に持つ杭を振りかぶり――――投げた。
湯気を上げて白熱する杭は、容易に音速を超えて飛来する。
それを小次郎が切り払い――――その後ろから、さらに三本。
「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――――ッ!!!!!!!」
次々と、絶え間なく杭が投げつけられる。
その一つ一つがまさしく流星、まさしく弾丸、まさしく砲弾。
「ぐっ……! 退がるか……!」
小次郎が、弁慶が、その投擲を得物で弾くも、しかし一撃の威力が冗談ではない。
このまま投擲の雨を受け続けるのは、うまくない。
武人たちはそう判断し、立香を抱えて他のサーヴァントと共に距離を取る。
すると投擲が止み……黒騎士が、エリザベートの隣まで馳せ参じた。
「■■■■■■■■■■■………………」
「旦那様(プロデューサー)……! 来てくれたのね!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
「流石、私の旦那様(プロデューサー)! 親衛隊長とスポンサーを兼任してるだけはあるわ!」
どういうポジションだそれ……と、突っ込む余裕もない。
黒騎士が杭を構え、エリザベートを守るように立香たちの前に立ちはだかる。
白熱する杭の熱量が空気を歪めた。
改めて、小次郎が、弁慶が、ホームズが構えを取る。
「……もう一人の、サーヴァント」
「ああ……彼が、愛竜暴君の騎士。純粋な白兵戦闘力で言えば、この特異点随一の狂戦士」
「なるほど。それは……胸が躍るというものよ」
黒騎士と姫が並び立つ。
両者の手には、槍に似た得物がひと振りずつ。
狂戦士の赤い瞳が、立香たちをゆっくりと見渡した。
――――――――――――よくも、エリザベートを傷つけたな。
言葉よりも雄弁に、瞳が憤怒を語っている。
「さぁ――――アンコールライブを始めましょう。スポットを当てなさい!」
――――緊張が戦士たちを包む中で、場違いに明るい姫の宣言が、戦闘開始の合図となった。
最終更新:2018年03月20日 23:44