第五節:『リミット』(3)

【1】


 死臭漂う東京の街を、疾風怒濤の勢いで駆けていく。
 曇天の下で地獄をひた走るのは、ブーディカの戦車であった。
 「約束されざる守護の車輪」と呼ばれるそれは、彼女の宝具である。
 ブリタニア守護を象徴したそれには、一点の汚れさえ見当たらなかった。

 立香達を乗せた戦車は、民家の頭上、つまりは空を走っている。
 ケルトの神々の加護を受けたこれは、浮遊しながらの移動を可能としているのだ。
 お陰で、一直線かつ最短距離で万博に移動する事が出来た。

「ちょっと、あれって……!」

 戦車で立香達を乗せて出発してから、しばらく経った今現在。
 ブーディカが唐突に声をあげたのは、万博の外観がはっきりと視認できる頃だった。
 立香もそれの様子を目にして、驚嘆の声を上げる他なかった。

「あれが万博……!?鬼ヶ島じゃないか……!?」

 そう、それは立香がかつて訪れた、とある特異点の場所に酷似していた。
 その名も「鬼ヶ島」――その名の通り、鬼が住まう岩城である。
 何故この様な場所に、鬼ヶ島そっくりな城が出現しているのか。
 そもそも、どうして万博がかような変貌を遂げているというのか。

「――伏せろ、皆ッ!」

 牛若丸が声を上げると同時に、戦車の前方に躍り出る。
 何故彼女がそのような行動に出たのか、立香にさえ理解できた。
 矢だ。万博から無数の矢が飛来し、こちらを射抜かんとしているのだ。

「やっぱり待ち伏せが……!!」

 立香の予感は、見事的中してしまった。
 敵はこちらの襲撃に備え、既に万全の体制を整えていたのだ。
 拠点に辿り着く前に、マスターを始末しようという算段か。

 襲い掛かってくる矢を、牛若丸は刀一本で残らず撃ち落とす。
 牛若丸の神速の剣術は、一本たりとも矢を見逃す事は無い。
 が、絶え間なく飛来するそれを、果たしてどこまで防げるか。
 牛若丸とて生物の範疇にある生命だ、体力の限度はあるのである。

「ここは私の出番といこうか」

 そう言って魔力を滾らせるのは、ジェロニモであった。
 瞬間、風が頬を撫でたかと思えば、急に襲い掛かる矢が止んだ。
 いや違う。見えない障壁らしきものが、矢の行く手を遮っているのだ。

「これは……風?」
「なに、シャーマニズムのちょっとした応用だ」

 見えない障壁の正体は、戦車を包む風の防壁だった。
 ジェロニモの言葉通り、彼が自身の能力で編み出したものである。
 恐らく得意のシャーマニズムで、風の精霊の力を借りたのだろう。

「よし……これなら万博まで安全だ!」
「いや、どうやらそうでもないらしい」

 途端、戦車の左下にあった民家が爆散した。
 何事かと思えば、今度は前方の右側に爆発が起きる。
 立香が空を見上げると、黒い球体が幾つも飛来してくるではないか。
 他の物体に触れた途端破裂するそれは、紛れもなく砲弾であった。

「今度は砲弾!?」
「相手も本気みたいね……ッ!」

 その時、立香の視界が飛来する砲弾を捉える。
 発射されたそれの内一発が、こちらに着弾せんとしているのだ。
 無論、それに為す術も無い立香達などではない。
 戦車に砲弾が襲いかからんとしたその時、突如として出現した車輪がそれを遮った。
 ブーディカが宝具の力の一端を解放し、爆発から戦車を護ったのである。

「こうなったら全速力で行くわよッ!振り落されないようにねッ!」

 ブーディカがそう言うと、戦車を引っ張る二頭の馬が雄叫びをあげた。
 そして彼等は、これまで以上の速度で万博に向けて走りだす。
 この速度であれば、砲弾で狙う事は困難を極めるだろう。
 無数の矢も、ジェロニモのお陰で心配するに及ばない。

 この勢いであれば、万博へ無事辿り着けるだろう。
 敵の腹の中へ、立香達はいよいよ足を踏み入れようとしていた。


【2】


 無事、立香達は万博の入り口に辿り着く事ができた。
 岩の壁にぽっかりと空いたそれは、巨大な洞窟めいている。
 ここを潜れば、遂に万博内部へ突入するという訳である。

 入口を護る兵隊達と、彼等を率いるバーサーカーに対処すれば、の話だが。

 やはりと言うべきか、案の定と言うべきか。
 入口の前には、バーサーカー達が陣取っていた。
 無数の兵士、もとい征服者達の列は、まさに軍勢と呼ぶに相応しい。
 その人数からして、東京にいる戦力を集結させたと見ていいだろう。

「待ってたぜ、大和人共」

 どっかりと座った状態から立ち上がりながら、バーサーカーが猛る。
 彼からすれば、此処まで辿り着くのは想定内だったようだ。
 彼と共にいる兵隊達が、その事実を認識させる証拠であった。

「悪いがここから先に進ませる訳にはいかねえな。此処で死ねや」
「断る。通らせてもらうぞ、悪鬼め」

 牛若丸がそう宣言した途端、バーサーカーの殺気が増大した。
 サーヴァントだけでなく、一般人である立香にも分かる程にだ。
 あの短い言葉のどこに、彼の逆鱗に触るような要素があったのか。

「抜かすじゃねえか。この数を見てそんな口が利けるとはな」

 バーサーカーの言葉通り、兵隊の数はかなりのものだ。
 これら全員を相手にすれば、かなりの時間を要するであろう。
 それに加えて、敵側にはサーヴァントが一騎いるのだ。
 これでは、ただ入り口を通るだけで相当な手間がかかってしまう。
 こちらにはもう、一瞬の隙さえも惜しいというのに!

「ご安心下され主殿。この牛若丸、この状況は既に予想済み。
 皆を無事内部に送り届ける難題、私であれば可能です」

 出発する前、牛若丸は待ち伏せを打破する手段があると言っていた。
 どうやら、この物量差を見てもそれが出来る自信があるらしい。
 一体どんな方法があるというのかと考えかけた所で、立香は気付く。
 確かに牛若丸には、物量差を覆す手段を一つだけ持っているではないか。
 それを思い出した瞬間に、彼女はその宝具を解放するのであった。

「遮那王流離譚ッ!"自在天眼・六韜看破"ッ!」

 「自在天眼・六韜看破」。
 それは、牛若丸の偉業の一つが宝具に昇華されたもの。
 その場にいる全員を強制転移させ、自陣を圧倒的有利に、敵陣圧倒的不利に変更する必殺奥義。
 彼女はこれを利用する事で、自分達を入り口に移動させようとしたのだ。

 が、しかし。
 強制転移で入り口に辿り着いたのは、立香とジェロニモ、そしてブーディカだけだった。
 当の牛若丸は、兵士達やバーサーカーと対峙する位置にいるではないか。

「牛若丸!?何やってるんだ、早くこっちに!」
「いえ、私は此処でバーサーカーと話を付けねばなりません故」

 つまりは、此処でバーサーカー達を迎え撃つという事だ。
 確かに、追ってくる敵達を迎え撃つ必要はどこかで生じるだろう。
 しかし、それを牛若丸一人に任せるなど、死にに行けと命じるようなものだ。

「行って下され主殿ッ!ここは私が引き受けます!」

 「駄目だ」と叫ぼうとする立香を、ジェロニモが止める。
 牛若丸が此処で敵を止めねばならない事を、彼も理解しているのだろう。
 ピカソを救う為には、前に進むしかないという事も。

「……分かった!任せるけど、絶対無茶しないでくれッ!」

 それを最期に、立香達は万博へと駆けだした。
 今はただ、牛若丸の無事を信じて走り続けるしかない。
 そうでなければ、彼女が身体を張った意味がないのだから。


【3】


 立香達が万博に突入して、数秒後。
 後に残されたのは、牛若丸とバーサーカー達だけであった。
 兵士達が手に持つ武器は、全て彼女へと向けられている。

「泣かすじゃねえか。大和人らしくねえ自己犠牲だ」
「生憎だが、犠牲になる気はない」

 そう嘯いて、牛若丸は日本刀を鞘から抜く。
 空気が張り詰めた空間が、より一層緊張感を増していく。
 いよいよ一対多の戦闘が始まるのかと思いきや、彼女は刃の先をバーサーカーに向け、

「バーサーカーッ!貴様に決闘を申し込むッ!」

 牛若丸が此処で考えたのは、首魁の撃退であった。
 バーサーカーをまず討ち取れば、敵の士気は大きく減衰する。
 戦意の消えた兵士など、彼女にとっては木偶も同然である。
 この場を乗り切るには、この手段しかないだろう。

「貴様が人の身であるのなら、当然受ける筈だな?
 尤も、貴様が獣の類であれば、受けずとも良いがな」

 勿論、彼をその気にさせる方法も心得ている。
 バーサーカーが人に拘るのであれば、こうして挑発すればいいのだ。
 本当に自分が人間であれば、決闘を受けるのが当然であろう、と。

「テメェ……ほざくじゃねえか……ッ!」
「どうする?人として戦うか、化物として戦うか?」
「いいじゃねえか、"人間"としてテメェをブチ殺してやろうじゃねえかッ!」

 「テメェら動くじゃねえぞ!」と吼えるバーサーカー。
 それを聞いた兵士達は、困惑しながらも一様に武器を収めていく。
 案の定挑発に乗って来た彼を見て、牛若丸がほくそ笑んだ。

 バーサーカー達が一歩出て、牛若丸と対峙する。
 相変わらずの巨体であったが、彼女が憶する事はない。

「腐れた大和人が……テメェの腸をブチ抜いてやるよ」
「やってみせるといい、我が身を捉えれるものならなッ!」

 瞬間、忌々しき敵を滅さんと、両者一斉に走り出す。
 バーサーカーと牛若丸の決戦が、今まさに始まろうとしていた。



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最終更新:2018年03月15日 23:52