カルデア中央室のほとんどは青色で構成されている。
この色には気分を落ち着かせ、集中力を引き出す効果があるそうだ。
しかし、生憎とこの状況下ではそうしたありがたい効能は発揮されないらしい。
むしろ寒冷色であるせいで、無視出来ぬ程の肌寒さに晒されているような気すらしてくる。
「……ダ・ヴィンチちゃん」
「……マシュ、静かに」
それほどまでに、恐ろしいのだ。
叛逆の騎士モードレッドと騎士王アルトリア・ペンドラゴンが、互いを若草色の瞳で見つめ合っている……という、この状況は。
「……父上」
室内にいる全員が固唾を呑んで見守る中、遂にモードレッドが口を開く。
レイピアの先端でそっと牽制をするかのような、慎重さ溢れる小さな声量だった。
無理もない。アルトリアが中央室へと現れてから十数分以上の時が経過してもなお、室内は静寂に襲われたままだったのだから。
二人の騎士をよく知らぬ者が聞けば驚くであろう。だが、二人の間に〝大きな禍根という名の溝〟が存在するのは紛れもない事実だ。
その〝溝〟が、無言を強いたのである。無論、騎士達のみならず、この中央室に集う――二人の関係性を知る――全ての存在に対してだ。
ならばモードレッドが常ならぬ挙動をとるのも、至極当然の話である。
「用があるのならば、手早く済ませるべきでは?」
そんな彼女に対し、アルトリアは氷柱も驚くほどに冷たく、また刺々しい声色で話しかけた。
ずっと押し黙っていた身で何を……と、ダ・ヴィンチは独りごちそうになった。
だが襲い来る衝動をぐっとこらえ、腰掛けたまま推移を見守る。
うっかり皮肉を言ってしまった結果、荒れ狂う暴風によって中央室が破壊された……などという洒落にならない事態だけは避けたかったのだ。
「相も変わらずな対応だな。まさに、人の心が解らない……か?」
が、そんなダ・ヴィンチの我慢をぶち壊すような言葉を、モードレッドは躊躇無く吐き捨てた。
ダ・ヴィンチは心中で「ああ、バカ!」となじる。その瞬間、アルトリアの周囲から震えにも似た重い音が発された。
激しい風がダ・ヴィンチ達の髪を乱れさせ、積み上げられていた多くの書類を一斉に吹き飛ばしてゆく。
これこそ、アルトリアが持つ虎の子たる宝具が一『風王結界(インビジブル・エア)』……が持つ力の一端である。
当然ながら全力ではない。本気で叩きつけられていれば、今頃はあらゆる機材がいくつもの部屋ごとおじゃんになっているところだ。
「そんなくだらない言葉を吐くためだけに、この私を呼んだと……?」
「立香もいねぇこの状況下でそう見えたんなら、残念だな」
続いてダ・ヴィンチらに牙を剥いたのは、モードレッドが生み出した赤雷であった。
ノイズにも似た産声が鼓膜を破かんとばかりに轟き叫び、青色の部屋は赤色の輝きに支配される。
すると職員の一人が自分専用の機材を見て「ああーっ!」と叫んだ。さては電源か何かがやられたか。
騎士王の風のみならず、仮にこれをも全力で放たれてしまえば、カルデアは未曾有の危機に襲われるであろう。
「……見えるはずなど、あるまい」
「……だろうよ。本当にそうであったなら、あまりにも愚かすぎる」
だが、恐ろしき牽制はすぐに終わった。
暴風も赤雷も、何かを合図にしたかの如く同時に消え去ったのだ。
そしてムニエルをはじめとするスタッフ達が必死の形相で書類を集めていることを気にもとめず、またも二人は見つめ合う。
再び無言の時間が始まるのか? ダ・ヴィンチは警戒する。
「父上……否、アーサー王。貴方に見てもらいたいものがある」
しかし予想は外れた。モードレッドが、すぐに口を開いたのである。
不思議すぎるほどに穏やかであった。少なくとも、彼女に潜む鋭い棘が一切感じられないほどには。
「私の直感だけでは答えには辿り着けなかった。だが、二人ならば話は変わる。二人ならば、きっと至れる」
「……ほう?」
「そうすれば……人類最後のマスター、藤丸立香の手助けが出来る。だから、どうかオレと……この私と……」
故に、か。
「皆さん。その〝見てもらいたいもの〟とやらを用意してください。見極めます」
アルトリアも、頬を撫でる優しい風を思わせる穏やかな声音で応えた。
その言葉によって希望を見たのか、目を見開いたモードレッドはダ・ヴィンチへと振り返り「頼んだ」とだけ呟く。
ダ・ヴィンチは「いいとも」と言ってキーボードを見やり、いくつかのキーを叩いた。
すると大きなARモニターが、モードレッドとアルトリアの前に浮かび上がる。
それらには、バルベルデのライダーが動く様がくっきりと映し出されていた。
「見えるか、父上」
「ええ、しっかりと」
ライダーの剣筋を、親子は眺め続ける。
一度や二度ではない。アルトリアもモードレッドも、幾度となく連続再生をねだった。
断る理由など存在しないので、ダ・ヴィンチは快く承諾する。
そうして映像の向こうにいる彼の姿を頭に叩き込んだらしい二人は、
「見覚えがあるだろう?」
「まさしく。しかし……」
「どこの誰かなのかまでは解らない」
「それでも確かに、我々はこの剣筋を知っている」
眼前のARモニターから視線を外さぬまま、間を置くことなく言葉を交わした。
すると突如としてアルトリアが踵を返した。見れば迷わず出口へと向かっている。
モードレッドが「どうした?」と問うと、アルトリアは「この問題は、円卓に持ち帰ります」と答えた。
「ならばオレも……」
父の背を追おうと、モードレッドも動く。だがそれは他ならぬ父によって止められた。
彼女が「何故だ。いつもオレは不要なのか?」と低い声で言うと、アルトリアは振り向かずに言葉を紡いだ。
「そもそもあなたはマスターと同行するはずだった身。ならば、最後まで彼の姿を見守ることこそが……」
その言葉に割って入るように、モードレッドは「そうか」と答えた。
そしてアルトリアに背を向けた彼女は「解った……なら、ここでオレも考え続けよう。なんなら先に答えを導き出してやる」と呟くと、
「おい、誰か! 父上に映像データを!」
スタッフに向けて、声を張り上げた。
「ああ。はい、これ」
いの一番に要望に応えたのはダ・ヴィンチだった。
複製された映像が保存されている薄いディスクを、アルトリアに向けてケースごと放り投げる。
宙を飛ぶそれを軽く掴み取ってのけたアルトリアは、そのまま「それでは」とだけ言って部屋を後にした。
「……どうなることかと思いました」
肩の荷が下りたと言わんばかりに、マシュが大きな溜息をつく。
その隣でダ・ヴィンチは、スキルにまで昇華された二人の騎士の直感を信じて、立香達のモニタリング作業に戻るのであった。
雨のように降り注ぐシャワーの湯によって、身体に刻まれた赤の牡丹が瑞々しくなってゆく。
足元にまで届きそうなご自慢の黒髪からも血は落とされて、すっかり輝きを取り戻している。
だが燕青の表情は晴れやかではなかった。一糸まとわぬ姿で湯を浴びながら、彼は床へと視線を落としている。
バルベルデのアーチャー、アドニス。あの大敵の罠に二度もはまり、己が主に醜態を晒してしまった事実がじわじわと効いているのだ。
己の不甲斐なさに嫌気が差したのはいつ以来か。かつて、去りゆく〝旦那様〟を止められなかったとき以来だろうか?
「……ハッ」
これじゃ、姐さんのことを言えたもんじゃねぇな。燕青は胸中でそう吐き捨て、己を鼻で笑う。
だがここでセンチメンタルな気分にあてられ、萎縮してしまっては……我が身に彫られた龍に〝片腹痛い〟と大笑いされるだろう。
「いいだろう、バルベルデ。上等だ」
故に、燕青は未来を見据える。
こう見えても楽天家でね、とは本人の弁だが……そんな気楽さでもって前を向いているわけではない。
覚悟だ。今の彼は〝改めて覚悟を決めた〟ことで、先へ先へと手を伸ばしている。
かつて、家がない者同然の立場にまで落ちぶれてもなお彼は諦めずに生き延び、かの主と再会した。
そんな男だからこそ、強引にでも前を向くことが出来るのだ。
「次はない。二度と、我が主の前でこんな失態は犯さない」
流しっぱなしだった湯を止め、手櫛でみどりの黒髪を梳きながら歩く。
歩を進める度に足元で跳ねる水の音をBGMに、彼は表情から自嘲の一切を消し去る。
そして両の手で躊躇無く頬を叩くと「よぉし」と満足げに独りごちた。
鏡の向こうでは、自信に満ちた笑みを浮かべているアサシンが一人。
そう、それでいい。主の前でただただ悲観していては、解決する事態も解決しないのだから。
「それでもやれるものなら、やってみるんだな……!」
どこかでせせら笑っているであろう黒幕へ、届けとばかりに啖呵を切る。
踏まれることでより強く成長する麦の如く……燕青は今、己の失態と向き合うことでより強く立ち上がり、未来を睨み付けた。
さて、アドニスとの死闘からしばしの時間が経過し、果たしてどうなったのか。語れば少し長くなる。
まず立香達は首都から脱出した後、郊外に位置する住宅地へと突入し、とある一軒家へと身を潜めていた。
そして見張りは小次郎に任せ、立香は意識のないケツァル・コアトルと燕青の傷を癒やそうと、幾度となくカルデア制服の力を行使。
おかげで傷も塞がり、無事に二人は意識を回復させた。双方に後遺症らしきものが見られないのも喜ばしかった。
その証拠と言ってはなんだが、最も深手を負っていたはずの燕青は今、シャワーで身を清めている。
自慢の髪が血みどろになっていたのが気に入らなかった、とのことだが……実際は一人で考え事をしたいのだろう。
立香は彼の行動に文句を付けず、やりたいようにやらせた。それで本調子に戻ってくれるのなら何よりだからだ。
恐らくだが、燕青は自身の問題を解決して戻って来てくれるだろう。
「ケツァ姉。宝具の力だったんなら仕方ないって。運が悪かっただけだ」
「……」
「だからこっち向いてくれよ。な?」
ならば目下の問題は別にある。そう、他でもないケツァル・コアトルだ。
子どもを相手にすることでじわじわと削られていたメンタルが、アドニスの奸計によって完全に折れてしまったのだろう。
三角座りで顔を伏せた彼女は、隣に座る立香の顔を見ようともせず、彼の言葉に対し首を横に振り続けた。
合わせる顔がない、という状態なのだろう。無理もない話である。そのため、立香も彼女にどう接していいのかが解らなかった。
燕青ならもっと上手くやってくれるだろうか……声に出さず、心の中で立香はこう呟いた。
「マスター、姐さんは相変わらず……みたいだな」
すると件の無頼漢が、タオルで髪を撫でながら姿を現した。
見慣れた群青色の籠手は無く、自慢の髪もくくられていない。
見た目に気を遣う〝たち〟の男が戦地で隙だらけスタイルを晒すとは、なんとも珍しいことだ。
現れた際に発した言葉から察するに、それほどまでにケツァル・コアトルの今を心配しているということか。
「お察しの通りだ」
こめかみを軽く掻き、立香は答える。
すると燕青はケツァル・コアトルの隣にしゃがみ込んだかと思えば、呑気な声色で「あーねさん」と呼びかけた。
その仕草を何かに例えるならば、保育士が園児に対応するときのそれだ。
いや、こんな全身彫り物祭りの保育士なんぞいてたまるかという話だが……今はどうでもいいことだ。
「……私は」
顔を伏せたまま、蚊の鳴くような声でケツァル・コアトルが呟いた。
「私は……あなた達を酷い目に遭わせるために、ここに来たわけじゃないのに……」
震える声の合間合間に、鼻を啜る音が混じる。
過ごしやすい気温であるはずなのに、身体も小さく震えていた。
皆まで言うまい。つまりは〝そういうこと〟なのだろう。
「なのに、私は……っ」
「姐さん」
それ以上は言うな……そんな思いが込められているのか、燕青の語気が途端に鋭くなる。
ただ相手を呼んだだけ……しかも自分が呼ばれたわけでもないというのに、立香は激しい緊張感に襲われてしまった。
「そんなことは解っている。解っているさ、姐さん。アンタの思いなんざお見通しだ。俺みたいなのでもねぇ」
「……っ」
「でもな……そうやって座り込んで動けなくなってる方が、よっぽど酷い話だぞ。正直言うと、迷惑だな。
だから顔を上げろ。すぐに、今すぐにだ。そうじゃなきゃ……これから俺は、アンタをずっと軽蔑するだろう」
だが、歯に衣着せぬという言葉が似合いすぎるほどの辛辣さに驚いたため、思わず立香は「待て待て待て!」と横槍を入れた。
続いて真っ先に口から出たのは「言い方ァ!」というツッコミだった。緊張感の欠片もない横入りである。
「言葉を! オブラートに! 包もうか! なぁ!」
「マスター、うるさい。敵に居場所を知らせたいのか? 自殺行為だぞ」
「うおぉ……た、確かに……って、いやいや。そうじゃなくてだな……!」
「オブラートだのビブラートだのと、そんなものに頼っている場合じゃないのさ。今はな」
立香の言葉を遮った燕青は生身の手でもって、ケツァル・コアトルの腕を掴んだ。
続いてそのまま躊躇いもなく立ち上がり、伏せられていた顔を半ば強引にさらけ出す。
「やめて……燕青。痛い、痛い……っ」
「そう言われて素直に手を離すほど、俺は出来た人間じゃない。知っているだろうに」
目を真っ赤に腫らしたケツァル・コアトルの頬では、いくつもの涙が速さを競うかのように伝っていた。
もはや気力も無いのか、彼女はそれを拭おうともしない。片腕が自由であるにも関わらず、だ。
そんな〝ざま〟を見下ろす燕青は「立て」と命じる。保育士にも例えられたさっきまでの雰囲気は、すっかり霧散している。
果たして燕青は何を言い出すつもりなのか……身構えることしか出来ない立香は、ごくりと喉を鳴らした。
「このまま立ち上がらないと、世界中の奴らがもっと酷い目に遭うんだが……姐さんは、ちゃんと解ってんのか?」
またまたバッサリと斬り捨てるような言葉を紡いだ燕青の顔を、ケツァル・コアトルは〝はっとした〟様子で見つめた。
反応が見られたこの瞬間を好機と見たか、燕青は「いや、そんな甘いもんじゃなかったな」と続ける。
「人理人理とカルデアは繰り返すが、放置された特異点が滅ぼすのはヒトだけじゃない……この世に生きとし生ける〝全て〟だ。
代々変わらずにいる大自然も、天と地を彩る動物達も、賑やかで華やかな文化も、相撲も拳闘も酒も食事も音楽も……全部、消える」
燕青の厳しい視線と言葉に釘付けにされたか、ケツァル・コアトルは声も出さずにただただ呼吸を繰り返す。
未だにあふれ出る涙も拭えぬまま……目の前に立つ、龍と牡丹で彩られた無頼漢を見ていた。
いや、見ていることしか出来なかった、と表現するのが正しいか。
「アンタが立ち止まっているのは、それを手伝っていることと同義だ。身内に酷いことをしたからと歩みを止めれば、いずれ世界はそうなる」
「……っ!」
「ここまで言えば解るだろう、太阳姐。アンタが今ここで腐って立ち止まっていることこそが、まさに〝酷い行い〟なのさ。
俺達に酷いことをした? ああ、そうかもな。だが特異点を放置するほどのことじゃない。だからあの失態を大げさに捉えるな」
掴んでいた腕を放した燕青は、膝立ちの姿勢で呆然としているケツァル・コアトルに視線を合わせるため、腰を落とす。
それからしばらく見つめ合っていると、ケツァル・コアトルは自由になった片腕を燕青に回した。
続いてもう片方の腕を伸ばすと、今度は立香の首に回して引き寄せ……大きなぬいぐるみにそうするかのように、立香と燕青を抱きしめた。
誰も何も言うことなく、しばし時間が流れていく。
やがてケツァル・コアトルの腕から力が抜けたときには、彼女の涙は引っ込んでいた。
ようやく落ち着きを取り戻してくれたらしい。
「……燕青の言う通り、進むわ。マスターの優しさももう突っぱねない。今まで本当に、ごめんなさい……そして、ありがとう……」
震える声で謝罪と感謝を口にする彼女に対し、立香は「おっしゃ。じゃあもう、これでこの話はおしまいな!」と声をかける。
そして改めて燕青に礼を言うと、彼は「気にすんな」と笑みを浮かべた。
「さて、主殿。これでようやく私の話が出来る……ということで、よいのかな?」
こうしてケツァル・コアトルの心の傷に関する話が一応の解決を迎えた、そのタイミングを狙っていたのだろう。
屋外で見張り役に徹してくれていたアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎がするりと合流した。
「だな。やっとこさだ」
なお、このときを待っていたのは立香達も同様である。
立香も燕青もケツァル・コアトルも、しばらくは精神的にやられていたため、大事な話をする気力をごっそりと奪われていた。
だが今、ようやく受け入れ態勢が整い……人の話を聞く余裕が生まれたのだ。
ここまでの小次郎の経緯を聞くならば、まさに今が相応しい。
「ってなわけで、ぶっちゃけるとダ・ヴィンチちゃん達もかなり混乱してる。今の内に色々と話してくれ」
ということで立香は、前置きもせずにすぐさま小次郎に話を促した。
相手は「とはいえ、恐らくは私も巻き込まれただけの身。そう面白い話は聞かせられんぞ」と、短く溜息をつく。
だがすぐに笑みを浮かべると「まぁ立ち話もなんだ。椅子にでも座して話す方が、皆も安らかにいられよう」と、居間に続く廊下を指した。
くすりと笑った立香が「だな」と頷くと、一人と三騎の異邦人達は各々のペースで歩を進める。
そして件の居間に入ると、背もたれ付きの椅子を拝借して机を囲んだ。
いよいよ、話が始まる。
「つい昨日のことだ。相も変わらず他にすることもなかったのでな……私は独り、稽古部屋で刀を振っていた」
「稽古部屋……あー、シミュレーションルームか」
「然り」
ストイックな彼のことである。間違いなく言葉通りに〝独りで振っていた〟のだろう。
「だがそんなとき、突如として景色が変わった。最初は、何か誤作動を起こすようなことをしでかしたのかと思ったが……」
「……しばらくしてから、見知らぬ場所に移動しちゃったんだな、って?」
「うむ。どこまでも続く道を眺め、己の足で進む内にそう確信した」
『強制的なレイシフトか? しかしコフィン抜きで特異点へと移動した挙句、存在証明等に異常が見られないなんてあり得るのか……?
いや、待て。小次郎君は亡霊を自称していたな。ならばもしや、オルガマリーの身に起きた現象に酷似した何かが……? いや、しかし……』
供述じみた小次郎の話を聞いている内に、抑えられなくなったのだろう。
今まで大人しかったダ・ヴィンチがぶつぶつと呟き始める。
仮説を立てるのに夢中で、マイクの存在をすっかり忘れているようだ。
続いてマシュが『ちなみに、あなたはそこがどこであるかご存じですか?』と訊ねると、
「いや、とんと解らぬ。風景を見るに、少なくとも日ノ本ではなかろうと思ってはいるが……」
窓越しに外の景色を一瞥して答えた。しらばっくれているわけではなく、本当に理解していないらしい。
その証拠に、立香が「信じられないだろうけども、南米大陸だ」と助け船を出すと、小次郎は目を丸くして「なんと」と呟いた。
「で、昨日来たのは解った。じゃあそれからはどうしてたんだ?」
「ああ、当てもなく歩を進めていると、童の軍団を目撃してな。剣呑な雰囲気をまとっていたので、無視をした」
「童の……ひょっとしてそいつら、男女一組で、半ズボン穿いてて、鉈みたいなのとマシンガン持ってなかったか?」
「ほう。主殿もご存じであったか。つまり……」
「そいつら全員、俺らの敵だ」
そんな彼に再び話を振ると、今度はホムンクルスの少年兵達についての話が出てきた。
だが出会って早々ドンパチを繰り広げたわけではないとのことで、立香の頭に二つの思いがよぎった。
一つは〝そこで数を減らしてくれていればありがたかったかもなぁ〟というもの。
もう一つは〝もし奴らと戦ってたら、こうして再会出来たかは怪しかったなぁ〟というものだ。
「っていうか……冷静に考えるとよく再会出来たよな、俺ら」
「運は絡んだが、全てが偶然というわけではないぞ」
「マジで?」
「うむ。昨日の……陽が傾き始めた辺りに一度、狼煙のようなものを目にしてな。これは、と思い現地に向かったのだ」
そんな風に考えながら会話を続けていると、小次郎が辿った道筋がさらりと明らかになった。
思わず立香は「信号弾!」と声を上げる。隣に座っている燕青は「ほう。そりゃまた、あいつら様々だなぁ」と笑みを浮かべた。
「もしかして、燕青がバーサーカーの相手をしてた頃か……?」
「ん? 待てよ? じゃあアンタは、俺が独りで頑張ってるのをただただ応援してたってことかい? つれねぇなぁ」
「いいや、それは誤解だぞ。向かったはいいが、一足も二足も遅かったのだ。着いてみればそこは無人、彩りもない瓦礫の山が残るのみよ」
「じゃあ私達、惜しいタイミングですれ違ってたんですネー……」
あまりにもあんまりな話を前にして力が抜けたのか、ケツァル・コアトルが机に突っ伏す。
『ですが小次郎さんは、今日もまた信号弾の煙を目撃したおかげで、ようやく再会に至ったのですね』
「おうさ。いやはや、また間に合わねばどうしようかと……内心焦っていたぞ」
『……図らずも彼らは敵に塩を送ってしまったわけか。確かにこれは、ホムンクルス様々だな』
一方でマシュが明るい声色で小次郎の今までをまとめると、ようやく自分の世界から戻って来たらしいダ・ヴィンチが続いた。
「車で逃げてなきゃ、割とすぐ会えてたんだな……俺ら……」
「いやいやマスター……敵の英霊はどいつもこいつも危ない奴らなんだ。例え逃げずにいようが、死んじまったら再会も何もないだろう?」
「……ま、そりゃそうか。サンキュー、燕青」
ひとまずは一段落付いたことに、立香は安堵する。
「あー……ところで、ジェロニモさん。一応訊いていいか?」
『何かね?』
そして椅子に背を預けると、すぐさま通信越しにジェロニモへと話しかけた。
少しばかり気になることが出来たのだ。
「ずばり、コフィンを使った〝ちゃんとしたレイシフト〟でも、小次郎はここに来れてたのか……ってことなんだけども」
『ふむ。思うに、彼がサーヴァントとなった出自は燕青に通ずるものがある。恐らくは網に囚われることなく、無事に辿り着いただろう』
答えを聞いた立香は、足をばたばたと動かして「やっぱりかー! あー、なら誘っときゃよかったなぁー! やっぱなぁー!」と声を上げた。
もしも最初から小次郎を誘っていれば、燕青達にかかる負担も遥かに軽減されていたはずなのだ……と思うと、どうにも悔しくなったのだ。
だがそれも過ぎたこと。ジェロニモも『落ち込むことはない、マスター。これは結果論なのだから』と慰めてくれている。
立香は〝仕方ないか〟と割り切ると、ジェロニモに礼を言って席を立ち、そのまま〝伸び〟をした。
そして姿勢を戻すと溜息をつき、ケツァル・コアトル達に「んじゃ、そろそろ出発するか?」と問いかける。
『……いや待て! 全員、伏せろっ!』
だが言葉を返したのはダ・ヴィンチだった。共にいるサーヴァント達に問いかけたつもりだったので、立香は一瞬混乱してしまう。
だがその語気の荒さから、立香はただならぬことが起こったのだと即座に察し、すぐさま指示に従って床へと伏せた。
座していたサーヴァント三騎も席を立ち、マスターに続く。立香は「アサシンか!?」とダ・ヴィンチに訊ねた。
しかし次の瞬間……その言葉は不正解だったと思い知らされることとなる。
「え~いっ!」
気の抜けるかけ声が聞こえたと思いきや、爆発音にも似たえげつない轟音と共に……家屋の〝ほとんど〟が破砕され、吹き飛んだのである。
屋根も、壁も、その全てが細かい物体と化す。三分の二……いや、四分の三は〝持って行かれた〟か。
ダ・ヴィンチの言葉に従っていなければ、両膝から下辺りを遺してお陀仏となっていたに違いない。立香はそう確信していた。
「あれぇ? なんで~? 一人増えてるぅ!」
サーヴァント反応の話が一切出てこなかったので、気配遮断スキルを存分に発揮したアサシンが攻撃態勢に入ったのかと思っていた。
だが、だが、だが! 違う! 自分達はこの異常な光景を知っている! この光景にそぐわぬ可愛らしい声を覚えている!
紅色のドレスを纏い、風に揺れる金の癖毛を白い細腕で押さえ、緑の双眼でこちらを見るその乙女は、決してアサシンなどではない!
「バーサーカーッ!」
「こんにちはぁ。昨日ぶり、だよね。またよろしくね~」
その正体は他でもない……狂戦士として現界し、燕青の活躍によって死を迎えたはずの美しきサーヴァントであった!
最終更新:2018年05月20日 21:31