「ちょっとしたハプニングもあったが、よしとしよう」
◆向こう側にいる朱い瞳をもつ男は、そんなことを言う。
見覚えがある。ポポヨラで目を覚ます前に対面した彼だ。
「前座は終わりだ」
◆前座も前振りもない。
この話の本筋はなんとする。
一体自分は、なんの寸劇に付き合わされているというのだろう。
「そんなものはいずれ見えてくるだろう。
おれは胸踊る決闘も、血生臭い乱撃も求めていないのだから、今のまま進めばいい」
◆何の為に。
オルフェウスに曰く、ポポヨラは特異点にすらなっていない。
ロウヒという魔女が何者かは寡聞にして聞いたこともないけれど、自分は、“何の為に”ここにいる。
彼は呆れたような口ぶりで。
「それは当然、誰かの為だろう」
◆理解が及ばない。
呆れながらも朱い瞳は一切揺らがず、こちらを射抜く。
試すような眼差しでなんだか居心地が悪い。
◆ただ、誰かの為になるという。
誰かの助けになると言われて前向きになれるのだから我ながら単純だ。
無論、その言葉が悪意に満ちたものなのかもしれない。
そうだとしても、今はまだ疑う時ではないような気がする。
キリがない。信じたければ勝手に信じておけばいいのだ。よし。
◆彼は仕切りなおすように咳払いする。
「さて、オルフェウスとおまえとは出会えた。
ここからようやく始まるわけだが、気の置けない仲間も欲しいだろう」
◆後輩、万能の天才、サーヴァントの面々、カルデアのスタッフ。
次々とその顔が浮かんでくる。
「おまえを知るサーヴァントの何人かがポポヨラにはいる。探してみるといい」
◆吉報だった。
手放しで喜ぶには不透明な事項も多すぎる。
それでも、こちらをよく知るサーヴァントがいてくれるのであれば心強いことこの上ない。
◆彼の手には釣竿が握られている。
釣竿自体に、そこまで特徴はないようだ。
ただ、その先の釣り針ーーがあるはずの場所にあるのは、口のように見える。
顎の骨か。カチカチ歯を鳴らす。カチカチ。
顎は自律して動いている。こちらを向いた。
不穏な雰囲気を感じ取る。
「――ふむ、あまりに不親切だったようだから今一度呼び出してはみたものの、どうも不要だったようだ」
◆彼のいうところの不親切。
この少ない時間の中でも心当たりは山ほどある。
もしかするとその中でも、オルフェウスとの出会いを指しているのではなかろうか。
「大きなお世話はここまでだ。後はおまえが思うようにやるといい。おれは興味深く観察させていただくよ」
◆彼は、こちらを鑑定するようにじろりと見つめる。
彼の眼差しは一貫してそんな調子だ。
興味。好奇心。彼の視線は、まさにそんな言葉を体現するかのようだった。
◆しゅるるる。糸が空気をこする。一瞬だ。
釣り針が、骨製の顎が、迫る。
身動ぐこともできず、髪をかじられた。痛い。
彼は釣竿を、まさしく釣り上げるように引き上げる。
ほんの僅かの間だけ、意識が飛んだような気がした。
最終更新:2018年03月27日 22:43