◆街に着いた。翼の生えたライダーが街に戻ったがゆえに、危険もある。
しかし、ロウヒなる女主人はこの街の、さらなる奥、館にいるらしい。
無視するわけにもいかなかった。
付け加えて、他に行くような場所はない。
この島にあるスポットは、街と、森と、川だけだという。
「急造の島らしいからね?」
◆時代は500年。この情報はあまり関係がない。
おそらくはキリがいいから。きっと理由なんてそんなものだ。
「よく聞いて、マスター。この島は隔絶されてるの。ロウヒが唄う呪歌の影響だと思うわ」
◆街に入って早々な出会えたマタ・ハリいわく、この島は外界からは切り離された土地と化しているらしい。
一例としてカルデアの通信が届かないように、外界から受ける影響の一切が遮断されている。
それと同様に、この島から外界へ影響を与えることはできない。
「だからこその特異点未満というのかな?
人類史に生じた染みという点においては確かに同じかもしれないね?」
「でも、だからといって人類史が崩れるということはないわ。もうここは、海の只中を彷徨う流木のような場所だもの」
◆それでも現に巻き込まれている以上、帰るにしろ解決するにしろ、動かなければならない。
そうでなくとも、可能であれば解決して、後顧の憂いはなくしておきたい。
「そうね。でも深追いはしないで、マスター。ここにいるクレオパトラとタマモキャットとを回収して帰るぐらいの心づもりでいいの」
「どうであれ、きみの命は一つしかないしね。
カルデアのバックアップが期待できない以上、無茶は禁物だよ?」
◆頷く。こちらとて万全ではないのだ。
双方の干渉ができないという。一度リタイアしたらリトライは難しい。
それでも命あっての物種だ。
◆特異点を解決する。都合上、こう表現した。
ただ街についてなお、なにをどうしたらいいのか、思い浮かばない。
そもそも、ロウヒはポポヨラで何をやっているのだ。
「……そうね。実のところそこがやりづらいところだわ」
◆周囲の様子を窺う。
冷たい空気は相変わらずだ。ただし、街の外の寒々しく空々しい、干からびた雰囲気とは一転している。
街の中はなんだか雰囲気が暖かい。
煉瓦造りの家々も見た目は質素だ。
それらを繋ぐ石畳の道も、その先に伸びる、ロウヒがいるという館も、特別なものは皆無である。
それでも確かにこの街には、“幸せ”が溢れているように見える。
行き交う人々も、一口で表現するなら、余裕があった。
「私も同感ね。街の人たちと話していても、とても幸せそうだもの」
◆マタ・ハリは複雑そうだ。
マタ・ハリはあまり身の上を語ろうとはしない。
話さない理由はあろう。プライベートは大切だ。
それでもマスターとして最低限の知識は身につけてきた。
昔、そうしたことを告げると、マタ・ハリはいつもみたいに微笑んで流してくれた。
◆マタ・ハリの生涯は決して明るいものじゃなかった。
伝説のスパイ。陽の目を持つ女。
そんな彼女は“幸せ”な人たちを前にして、何を思うのだろう。
「……。ふぅむ」
◆対して、オルフェウスは曖昧な表情を浮かべる。
オルフェウスの逸話はだれかから聞いたことがある。
ギリシャ神話の英雄の多くが乗ったというアルゴー船に乗船した話。
そして、冥界へ乗り込み、愛すべき妻を地上へ連れ戻そうとした話。
それ以上は知らなかった。
彼が何を思っているのかは分からない。
常にこちらに問いかけるように語りかける彼の心情をどんなに慮ってもあまりある。
「ん、どうかしたかい? マスター」
◆出会って間もないオルフェウスをついつい凝視してしまっていた。
彼がこちらの顔を覗き込んでくる。
彼の顔に、もはや雑駁さは見られない。
だから、こちらが返す答えは決まっていた。
「そうかい? ならいいんだけど。それで、これからどうするんだい?」
「一度、街の人に話を聞いてみたらいかが? この街の人は急に襲いかかってきたりはしないはずよ」
「そうなのかい?」
「ええ。だって、他者を害さなくたって、彼らは幸せでしょうから」
◆幸せだから、人を傷つけたりしない。
それは確かに、一つの真理なのだろう。
他者をひがむことない世界に争いはない。
周囲をそしることない世界に諍いはない。
自分をねたむことない世界に戦いはない。
◆すでにその辣腕でこの街の諜報を終えたマタ・ハリの言だ。
信用しよう。痛みの共有はできなくとも信じることは勝手だから。
最終更新:2018年03月28日 22:54