◆無作為に散策していたため、今いるこの場所も通るのは三度目となる。
もともとポポヨラの街は広くない。この多くない時間の中でほとんど一周できる広さだ。
辺りを窺うと、勾配のついた屋根に座るご老人はまだ館の方を眺めていた。元気なことだ。
ただ、これまでとは少し異なる点がある。
「第一あんた、さっきの奏者もいないのに、よく僕と相対せるよな。その勇気、いや、無謀さだけは評価してやるよ」
◆目の前に翼の彼がいることと、オルフェウスがいない点だ。傍にいるのは、マタ・ハリただ一人。
そういえば、彼と一度別れたのもここだったか。奇遇といえば奇遇である。
「あらいやだ。私は無視されちゃったわ」
「見ればわかるよ、あんたは戦力にならない」
「ふふ、どうかしらね」
◆マタ・ハリはとぼけた様子で微笑む。
外見から予想されるライダーの性別は男だ。ならば、確かにマタ・ハリの手管は十分に発揮される。
ただ、彼にその蠱惑さは通用していないし、マタ・ハリも惑わされることを期待しているようには見えなかった。
彼の眼光の鋭さは衰えない。ギラギラ。
翼は畳まれ両足で地に立つ彼だが、肝心の敵意はまったくもって健在だ。
一言でまとめるならば、一触即発である。怖い。
「それで、貴方の用は何かしら?」
◆マタ・ハリがこちらを庇うように、前に出て尋ねる。
“万が一”に備えるためだ。その行為、あるいは好意を無碍にできるだけの力はない。
今、見栄や強がりは無用だ。
臆しない度胸と屈しない勇気と、信頼。
自分にできることをしよう。
「僕の目的は、そいつにはもう言った」
「カルデアのマスターを――ってやつかしら」
「そう。だから、会いに来た」
「健気ね」
◆皮肉めいたマタ・ハリの言に、ライダーは苛立たしげに爪を噛む。
自分とマタ・ハリとへ交互に睨みを効かせる。怖い。平静に、平静に。
クールクール、レッツクール。オーケーオーケー。
マタ・ハリの表情は平穏そのものだ。流石に地力が違う。
こちらは言葉が出ないというのに。素敵なことだと思う。
「貴方の予想通り、私は戦えないサーヴァントだけど、襲わないのかしら?」
◆ふふふ、と微笑む。見透かしたような、憎らしい笑い。
自分でさえそう感じるのだから、当の本人からしたらたまったものではないだろう。
彼はこれでもかと眉をひそめる。表情が豊かなのは悪いことではないはずだ。
端的に表すならば、図星だったのだろう。
「そうよね。この街は争い事とは無縁ですもの」
◆しばらく無言が続く。彼が白髪を掻き乱す音が場を支配した。
こちらを睨め付け、かと思ったら空を仰ぎ、かと思ったら大きく頭を振る。
直情的だ。感情に振り回されるタイプなのだと、容易に想像つく。あるいはそれはフェイクなのかもしれない。その時はその時だ。
◆不意に、鳥の鳴き声が響き渡る。なんだかもの寂しげな鳴き声だ。
状況が状況なら、風情でも感じられたであろうその鳴き声に緊張の糸が切れたのか。
「あぁーーーーーー! うざい! うざい! うざい!!」
◆吹っ切れたようにライダーは叫ぶ。誇張なしに、ただただ面倒くさそうに大きなため息をつく。
彼の様子は拗ねた子供のようにも見える。
「だから、外に連れ出せばいいんだろ!」
「私の前でマスターをかどわかすなんてナメられたものだわ」
「あんたなんか力づくで押し切れる!」
◆確固たる事実だと言わんばかりに彼は断言する。
マタ・ハリの諜報は目を瞠るものがある。一方で、彼女の在り方は戦うにはあまりに向いていない。
マタ・ハリには申し訳ないけれど、彼女は他のサーヴァントと比して戦闘能力は著しく低い。そこは事実だ。
――ただ、彼の言い分はおそらく強がりだ。
「でしたら、やってみてはよろしくて。貴方にそれが出来るのなら」
◆マタ・ハリはあくまで強気で応答する。ならば当の本人がビビってばかりもいられない。
胸を張る。マタ・ハリとオルフェウス、彼らと話し合った仮定を信じよう。
◆怪訝な顔のライダーを精察する。
いかようにも染められそうな、白髪。
全てを飲み込まんと鈍い輝きを宿す黒い瞳。
英霊とは思えないほど、文明的で現代的な服。
そして、特徴的な黒翼。翼はやはり異質だった。
近くで見れば、その異質さの理由が理解できる。
「脆い翼で、マスターを抱いて飛べるなら」
◆翼は、翼じゃなかった。いや、それは正しくない。
こう改めるべきだろう。翼は、蝋で出来ていた。
満足に飛ぶにはあまりにも拙い。海に近づけば崩れ落ち、太陽に近づけば溶け落ちる。
人一人を持ち運ぶことさえ叶わない、脆弱な翼。
◆オルフェウスは言った。
座に登録された英霊は数多い。
ただ、そのライダーの持つ翼は唯一無二だ。
その翼は、輝かしい象徴ではないから。
「どうなのかしら、イカロス」
◆彼は、ライダーは、――イカロスは、人間が持ちうる負の象徴だ。
彼という人間が特別であってはいけない。
彼は人間一般の悪性を語り継ぐためだけに、座に刻まれた存在なのだから。
◇material・双黒翼のライダーを入手
真名『イカロス』
宝具《???》
スキル1《晒し者の末路》
スキル2《羽ばたきの翼》
最終更新:2018年03月28日 23:11