熱色スターマイン(2)

 それは降ってくる。
 雨ではない。
 雪でもない。

 灰だ。

 そして、それは立花の頭上にも降りかかる。

「あぶねぇだろうが!!」

 一陣の風のように髭切の太刀が一閃する。
 まさしく突風。

 その左の顔の半分は焼けていた。
 完全に火傷している。

「あの……大丈夫ですか?」
「いや、痛いし、熱いし、最悪だ!!
 それに俺の対魔力が全く働かねぇ『炎』だ、一体どうなっていやがる!!」
「そうですか……」
「そうだよ!」

 突入しようとしたら、バックファイアでこうなった。
 見開いてるのは右目だけ。
 それでもその目に力強さが残っている。

 もう一陣の風が吹く。
 灰を切り裂くように鋭く走っていく。
 そして、背中合わせに言葉を掛ける。

「……綱、宝具は使えるのか?」
「どうだかな? キャスターの俺だったら使えるのは……いや、今だから使えそうなのが、一つだけある」
「……なるほどな、それは発動まで時間は掛かるか?」
「魔力を食いまくる分、時間が掛かる……で、使えばほぼ確実に俺は魔力切れで消滅する」
「…………そうか」
「そうだ……それとそんな声を出すな。
 まあ、適正があっても俺は本来セイバーだし、最初から使える魔力量なんざ雀の涙程度だ。
 あのアサシン女が大体悪いから、お前が気にする必要はねぇよ」
「…………そうだな」
「それにこっからやるのは、俺の我儘だ!」
「なら、それでいい……」
「だから、あいつら連れて、俺とこの城から離れろ!」
「…………御意」

 静かに短く、返事をする。
 きっとこの場で言葉を交わすことはないだろう。
 だが、これは永遠の別れではない。
 ほんの少しの別れだ。

「最後に聞くが?」
「なんだ?」
「綱、お前はここで満足したか?」
「……満足はできてねぇな……。
 いくつかやり残したことがあるからな!」
「…………そうか」

 満足はしていない。
 しかし、綱は口角を吊り上げて笑っていた。
 それに対して軽く季武は微笑んだようにも見えた。

「藤丸、巴さん、それとそこの……誰だかわからんが暗殺者らしきサーヴァントとその上司らしき人。
 ここから離れるぞ」
「誰だかわからんが暗殺者らしきサーヴァントって私のことですか!?」
「…………すまん、あとで真名とクラスを教えてくれると助かる」

 季武がそのあと沖田たちの名前をちゃんと聞いたのは別の話だ。

「さて……」

 綱は完全に一人になったことを確認した。
 数少ない魔力を回す。

 起動するだけで底を尽きるであろう。
 維持できるとしても僅かな数刻だけ。
 その間にきっとあの二人が何とかするだろう。
 つか、してろ。

「戻りえぬ大橋……『一条戻橋』。
 鬼門は建った……『羅生門』。
 ここが京ならば、俺はそれを守護する武士なり……」


「行くぜ! 『鬼門封じ・裏羅生門』!!!」


 突如として、綱の背後から現れたモノ。

 それは門。
 そう、門である。

 だが、この門は……
 きっと雨風も、弓だろう槍だろうと……『鬼の火』だろうと防げる。

 彼が倒れない限り、消えない。

 それだけではなかった。
 現れたのは『門』だけではないのだ。
 境界線のように炎と雷が走っていく。
 要塞城の周り全体を包み込んだ……それは。


 ――――――渡辺綱の固有結界。


「耐えてやるよ。

 この城が燃え尽きるまで、な」


 幾度目か。

 また要塞城が燃え上がり、爆発した。


 ◆  ◆  ◆



 要塞城、最上階。
 ランサー・ナポレオン3世とバーサーカー・ノーベル。
 そして……ライダー。

「フハハハハハッ! ようやく来たなッ!」
「まさか……貴女は伯母上……!」
「伯母上? 皇帝さんの伯母上となるとあの先代皇帝さんの奥方か~~~
 随分と美人で……まさにダイナマイトボディ!!」
「フハハハハハッ! 吾輩が美人でダイナマイトボディであることは認めようッ!!
 しかし、だッ! 皇帝の奥方というのは否だッ! 実に心外だッ!!!!」
「ほう~~~~」
「吾輩こそが『ナポレオン』……! ライダーのサーヴァント『ナポレオン・ボナパルト』であるッッ!!!」
「な!? ……マジか~~~~マジでか…………」

 軍馬に跨り、右手に槍を持ち、左手に本のようなものを携えている。
 その姿はまさしく誰がどうみても皇帝。

       真名判明
要塞城のライダー 真名 ナポレオン・ボナパルト




「例え先代皇帝が相手でも!」

 槍を構えて。地面を蹴り、一気に加速。
 一直線に突っ込んでいく。
 だが、ナポレオンは瞬時に反応し、回避。
 それと同時に槍を高速で振るう。

 ――――槍の軌道は眼にも映らない。

 気づいたらナポレオン3世の身体がほぼ水平に吹っ飛んだ。
 そして、そのまま壁に磔にされた。

「ガハッ……!?」

 ランサーのお株を奪うほどの槍裁き。
 戦闘素人のノーベルからはその場から全く動いていないようにも見えた。

「吾輩の馬場馬術(ドレッサージュ)……実にエクセレントであろうッ!」
「これがライダーのサーヴァントの騎乗スキルって奴か~~~?」

 いつものダイナマイトぶっぱの戦法では恐らくは通じない。
 頭は十分回っている。それくらいは瞬時に理解した。
 ランサーがほぼ戦闘不能になった今、こっちの武装はダイナマイトと銃一つだけ。
 退路にはこの城をいつでも爆破出来るように大量のダイナマイトを仕掛けておいた。
 ……多分、これでカルデアのサーヴァントとあのキャスターは来ない。
 もし救い出されているとしてもあのマスターも来ないだろう。

 実質ガチなタイマン。

 ノーベルが勝てる確率はそんなに高くない。

 だって、相手は皇帝なんだぜ?

「にしても、この城の建築技術はアンタのものか~~~?」
「フハハハハハッ! 至極当然ッ! 吾輩の『皇帝特権(EX相当)』であるッ!」
「なんだぁ~~~そのインチキスキルは!?」
「『吾輩の辞書に不可能という文字はない』!!
 どうやら、後世で吾輩が言ったことになっているらしいので、あやからせてもらっているッ!!」
「ほうほう、なるほどね~~~~完全に理解したわ~~~~」

 きっと同類だ。
 似たようなことを人から思われて英霊になった奴だ、と。

「で、アンタは目的はなんだ?」
「おかしなことを聞きよるなッ! 『戦争』をするために決まっておるではないかッ!」

 ……今、確信した。

 コイツと自分は対極にいる。

 だからこそ、倒さなければならない。

「『戦争』に何が必要不可欠なのか、貴様は知っているか?」
「はぁ~~~戦争が超絶的までに嫌いの俺ちゃんにそれ聞いちゃうか?
 まあ、一番必要なのは『敵』だろうね。
 敵がいなきゃ戦争は成り立たない。
 戦闘技術や武器なんていらない。必要ない。まっ、そんなとこだな」
「ほう……よく知っておるではないか、お主?」
「俺ちゃんは天才だからね。
 ああ、それと…………」




「……戦争で生み出されるものと失われるものは等価値では無いんだぜ?」




「ぬかしおるな、バーサーカーッ!!
 だが、戦争によって人は前に進むのだッ!!
 いつの時代だろうとそうであったッ!
 それはこれからも変わらんであろうッ!」
「それは否定しねぇよ?
 ただ『今』それを『ここ』でやるか? ってことだ。
 で、俺ちゃんもアンタの『敵』になるわけ?」
「吾輩の前に立ちはだかるならば。貴様もまた『敵』だッ!」
「そうかい、なら、倒す」

 勝つ算段は少しはある。
 ほんの僅かだがある。
 ちらりと見たが、行けるかどうかは……アイツ次第。


「ほう、では貴様はどのように戦う?
 かのシャルルマーニュのように勇猛にか?
 かのジャンヌダルクのように華麗にか?
 かの遠国ブリタニアのアーサー王のように……」
「生憎、俺ちゃんはそういった戦い方は出来ないんだよな」
「ほう……では、どう戦う?」
「俺ちゃんは『戦争』って奴が大嫌いなんでね。
 勇猛だとか華麗だとか戦う手段なんざ、知りはしないんだよね。
 …………だから、俺ちゃんは『コレ』で行く」

 不意にノーベルは円筒を投げる。
 だが、ナポレオンは余裕で避けられる。
 しかし……………

「うおおおおおおおおお!!!!!」
「なっ、貴様!!!???」
「アンタを道連れだあああああああああああああああ!!!!!」

 血まみれになりながらも軍馬(ロバ)ごと羽交い絞めにした。

 最後の気力で立ち上がった。
 最後の意地。
 掴む。
 もう離さない。
 最後の勝ち筋を。

「……何も残せずに終わるのはもう嫌だ!!」 

 どうせ自分が勝てる相手ではないと最初から分かっていた。
 自分は【最弱】のサーヴァントだと自負している。
 そのことを悔んでも情けなく涙しても、自分は此処にいる。

「皇帝さん、ナイス~~~~!」

 ノーベルは二人に向かって銃を向ける。

 その銃は護身用か?
 違うね。
 発火用だ。

 それを何の躊躇いもなくぶっ放す。

「……爆ぜな……」

 発砲。

「爆ぜろ」

 銃弾は一直線に飛んでいく。

「爆ぜろ」

 そのままダイナマイトに発火。

「爆ぜろ」

 爆破!

「爆ぜろ!」

 連鎖するようにダイナマイトを投げ込む。

「爆ぜろ!!!」

 爆発を繰り返し続ける。

「ド派手に爆ぜて、灰に還りな!!!!」


 大爆発!!!!!


「【D・O・D(デッド・オブ・ダイナマイト)
 俺ちゃんが! 貴様を! この城ごと吹っ飛すだけだ~~~~~~!!!!」

 爆炎が燃える。
 炎が幾度も燃え続ける。
 決して消えることはなく、全てを包み込み爆破し続ける。

「……俺はよく知ってるよ。
 戦争の虚しさも、生きている人の価値も、俺の背負った業の深さも。
 『平和であれ』……そう、ここの人々が願ったことも、な」

 その爆炎は『抑止力』。

 決して『人』を殺すための炎ではない。

 『戦争』を殺すための形なき爆炎。

 それこそが彼の『宝具』にまで昇華した『モノ』。

 文字通りに容赦なく影も形もなく燃やし尽くした。

 『戦争』をもたらす全てを。

 言うならば『対戦争宝具』。


「さて、俺ちゃんはちゃんと生きて帰れっかな~~~~」


 燃え盛る退路。
 それを見てノーベルは大きく溜息を吐いた。
 誰のせいでこんなことになった。
 自分のせいだな。

、それでも駆け出した。

 誰かに伝えたいことが出来た。

 それを伝えるために。


 ◆  ◆  ◆



 数十度目の爆炎が上がる。
 固有結界内に封じ込めているので灰が留まるので外に漏れだすことはない。

(やべぇな……もう持たねぇわ) 

 右目がもう開かない。
 立っているだけで、もうギリギリだ。

 その時であった。


「うわ~~~なんかすごいことになってるな~~~~」


 飄々とふざけた声が聞こえた。
 なんか普通にノーベルは帰ってきた。


「テメェ……!」
「おっと、キャスター。こっちはこの戦争を終わらした最大の功労者だぜ~~~~?」

 ああ、殴りたい。

「そうか……で、ライダーとランサーのガキはどうした?」
「ああ、色々あってライダーは倒した。
 皇帝さんという少しの犠牲をだしてな~~~~~」
「そうかそうか、わかった、じゃあ、テメェはいつかぶん殴るか、ぶった斬るわ」
「……もしかして、ちゃんと聞こえてないのか?」
「………………」

 だが、その姿は見えていない。
 話もちゃんと聞こえてない。
 気配と勘だけで話を合わせている。

 それくらいまでに綱は限界なのだ。

「城を壊すんだろ、さっさとしやがれ、この結界ももう持たねぇわ」
「ああ、そうだな、そうさせてもらうぜ~~」

 これが最後の爆発だ。
 この島の戦争を終わらせた。
 その証の爆発だ。

 そして、ノーベルは城に向かって、最後のダイナマイトを思いっきり投げ入れた。


 要塞城は完全に消し炭になった。

 それと同時に要塞城を包んでいた固有結界も消えたていた。

 最後にそこに立っていたのは一人。


「ふぅ~~~死ぬかと思ったぜ~~~~!」


 全身ボロボロのバーサーカー・ノーベルだけであった。


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最終更新:2018年07月13日 20:53