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夜。月を雲が隠し闇がいつもよりも深い。
河川敷に立つのは京のセイバー。彼の手には一つの達磨。
それを地面に叩きつけるとそれは一匹の狐になった。
「化け狐。弁解を聴こうか?」
よろよろと立ち上がった狐がその場で転がると人の姿になった。
地面にぶつかった衝撃がきいているのか痛みに顔を歪めている。
それでもセイバーはお構いなしだ。
平然と彼の身体を蹴り上げる。
「……弁解。言葉の意図を計りかねます」
「……そうか。では話は終わりだ」
「本気か……?」
「無論」
反逆とばかりに狐は殴りかかるがそれをかわし、セイバーは彼を投げ飛ばす。
それからセイバーの踏みつけが襲い掛かる。
胸を腹を何度も踏みつけ、狐が弱っていく様を歪んだ笑顔で見ていた。
今までよりも深く踏み込まれる足。あばらでも折れたのだろう。
「まだ挑むか?」
刀が抜かれる。狐は答えない。
その反応にセイバーの顔から笑みが消えた。近い感情で言えば飽きの顔だった。
彼の体に刀が落とされ、体が刺し貫かれる。
殺さぬように加減をしながらいくつか彼の体に穴を増やすと、セイバーは赤く染まった刃を見つめた。
ふぅと息を吐いて、彼から離れる。
彼はもはや助かる命でもないことは覚悟していた。
逃げられるかは賭けだ。しかし動かねば野垂れ死には絶対。
全身に力を込め、体を動かす。気付かれない様に静かに這わねばならぬ。
が、その時セイバーが自身の持っていた刀を投げた。
腹にそれが突き刺さる。熱い。いままで体を刺された時の熱とは違う。
この熱さは炎のものだ。
「はははははは!」
刀を中心に彼の身体が燃え上がる。
全身を焼かれながら狐に戻った彼が身をよじる。
身をよじり、這いずり、転がり、己が体についた火を消そうとするがそれはかなわない。
「これぞ、赤と黒の快楽だなぁ。そうだろう、ランサー?」
「……」
歪んだ笑みを張り付けながら刀を抜く。
血の代わりに焼け焦げた狐の体からは炎が噴き出した。
刃に血はついていない。すべて蒸発してしまっている。
そしてそのまま振り返れば無言で俯いているランサーがいた。
ランサー。織田信長の妹、お市。
「どうだ。調子は……?」
「な、なんの御用ですか……」
「なんの用か。いや、気になってたんだよぉ。お前さんが何してたかってことが」
「……私はただ、遊撃衆の仕事を」
セイバーの言葉は穏やか。
しかし市はその言葉を穏やかには受け取れていない。
目を合わせているが、逸らせない。ずっと見つめ続けている。
「そうかそうか……なるほど。ま、そうだろうなぁ……ところで」
「え……あ」
「俺の質問にまだ答えないな? 調子はどうだ?」
セイバーにとって質問の答えなどどうでもいいことであった。
ただのお遊びである。ちょっとした意地の悪さを出しただけ。
相手がそうくみ取れるかどうかもどうでもいいことだ。
一歩、また一歩とセイバーは市に歩み寄る。
「ご、ごめんなさ……!」
セイバーの手が市の額に触れる。
触れた指から伝わる熱は人のものではない。
まるで灸でも据えられたかのような熱さがそこにあった。
「冗談だよ、気にするなよ。ちょっとばかし、ふざけただけだからよ」
(――――――少し仕掛けておくか)
◆◆◆◆◆
「……まぁ、竜と対峙するのも竜を退治するのもいいとする」
「うん」
「だが、対策は必要だな……」
藤丸の部屋に集まり相談を始める。
左隣に橋姫。右隣に安珍。サンドイッチ状態での密着。
そして目の前にはアサシンである。
円か正方形の形になればいいのに奇妙な扇形だ。
「正直勝ち目がなさそうなんだが」
「勝つのが目的じゃないさ。退いてもらえればそれでいい」
「それが難しいんだがなー?」
「……殺さん程度に痛めつけるんやっけ……?」
「動物の理論だね」
圧倒的マウンティングである。
あの清姫相手にそれが出来るのかも怪しいが。
しかし足りない戦力で強敵と戦うという経験はないでもない。
大抵は作戦で対応するか根性で押し切るかだが。
「私の宝具は強いが……加減が苦手だ」
「あたしの宝具は男には強いんやけどなぁ……」
「私の宝具に関していえば……うん、死因だ。彼女が有利になるだろうな」
切り札が切り札として機能しているのかそれは。
裏返せば生死を問わないのであればアサシンの宝具が一番強力ではある。
「遊撃衆からは切り離されての作戦だ。援軍も期待できん……」
「どうする?」
「……そうや。アサシンのあれで山に大穴開けて清姫ちゃん落として、そこに鐘下ろしたったらええんちゃう」
(猿蟹合戦の最後の方みたい)
押しつぶすという点だけが共通している。
「はぁ……現実味があるのかないのか……」
「そういえば安珍って僕が橋姫に攻撃されるとき助けれくれたよね」
「あぁ。熊野権現へお祈りが通じれば一時的に相手を金縛りに出来るんだ」
逸話によれば清姫の動きを止めるのに使われたという。
「それ強いんちゃうん? アサシンが爆弾でがーってやって、あんたが動きとめて、あたしが殴るでどない?」
結局のところ、先日の戦闘が一番うまくいく形なのかもしれない。
橋姫の負担は大きいが、そこをしっかりとサポートする。
攻撃も援護も出来るアサシンと、非力ではあるが誘導や妨害を行う安珍。
その三つの力が清姫に対抗するものになる。
「それでいこうか」
「異議はないよ」
「私もだ」
「あたしも」
満場一致。
これで決定だ。後は決行するのみだろう。
山に仕込みをしようにも遊撃衆が山の状態などを確認しているのでそれも難しい。
「……そうだ。藤丸くん色々準備をして欲しいものがある」
「?」
◆◆◆◆◆
アサシンの頼みは買い出しだった。
爆弾の材料になる碁石や決起会でも開くつもりなのか食料品などが渡された紙に書かれている。
頼んだアサシンは他にすることがあるとのことだった。
一人で行くのもなんであったので藤丸は橋姫と行くことにした。
「チョコレエト……?」
「お菓子だよ。甘くて板状のやつ」
「今はこんなんあんねんなー……あ、これは? えっとキャラメル?」
「それも甘いお菓子」
チョコレートもキャラメルも現代にある菓子類だが、明治や大正には発売されていたらしい。
藤丸にとっても不思議な発見だった。
あまりそう言うところに目を向ける若者ではなかった。
今よりもずっと昔に生きた橋姫と今よりもずっと未来に生きる藤丸がお互いに別々の発見をしていた。
「思ったら生きとる間、こういうことせんかったな」
「そうなの?」
「ほら、あたし一応ええとこの子ぉやし」
「あぁ。清姫もそんな事言ってたような」
蝶よ花よと育てられたと聞いている。橋姫も同じようなものなのだろうか。
カルデアにいる姫と名のつく英霊達は皆そんな感じかもしれない。
「やから、ええ経験やわ。おおきに」
「僕の方こそ荷物持ち手伝ってもらっちゃって……ありがとう。ごめんね」
「ええよ。荷物くらい。安珍はなんか行きたなさそうやったし」
(あれは譲ってくれたんだと思うけどね……)
安珍なりの気遣いだったのかもしれない。
若干口惜しそうな表情を浮かべてはいた。
「そういえば自分で言うんもなんやけど……普通に店の出入りとか出来てんな」
「?」
「あたし、暴れとったやろ……やから……嫌われてるっちゅうか、街中に虎が出るようなもんやろ」
「あぁ……」
恐らくだが襲った時間などの問題だろう。
聞けば橋姫が行動していたのは基本的に夜の間だという。
暗い中で襲われた者は暗がりと恐怖で相手の顔を確認しきれていないだろう。
遊撃衆への依頼は原則外部に公表はされていない。なので襲われた者以外に橋姫の姿を見る方法はなかった。
だから彼女が橋姫だとは皆わからないのだ。
「えっと……この店で最後?」
「みたいだね」
紙を見せて店主に商品を持ってきてもらう。
支払いの代わりに遊撃衆の印の書かれたきんちゃく袋を見せる。
アサシンから教えてもらったやり方だ。
今思えばこの遊撃衆の印というのは雑賀衆の紋だったのかもしれない。
そう言う面で見ると他の隊員が羽織を裏替えしにしていたのはそれを隠す目的だったのかもしれない。
もしも敵の英霊に自分の関係者がいた時真名が判明してしまうから……
「あ、これなに?」
「ラムネだね」
冷たそうなラムネの瓶を見つけたらしい。
古めかしいデザインは現代とあまり変わらない。
むしろこの時代ならそこまで古くはないものだろう。
「これも買おうか」
「ええの?」
「帰る前に飲んじゃえばいいよ」
「悪い事すんなぁ……」
こっそり二人で笑い合ってラムネを二本購入した。
そして店先の椅子に座り、ビー玉を落とす。
ラムネを飲めば、冷たく甘い味が喉を通る。
最近は酒の感覚ばかり残っていた気がしたが、これは飲みやすいものだ。
「美味しい」
「よかった」
嬉しそうな橋姫を見て笑う。
買ったかいがあったというものだ。
柔らかく、優しい顔だ。その表情が愛おしい。
清姫もそうだが、これだけの少女が恐ろしい被害を生み出してしまうのだから。
人の情が起こす力は強力だ。
「なぁ、あんたな。あの清姫ちゃん、どう思う」
「……あれも清姫だよ。僕の知ってる清姫は清姫の一部で、あの清姫も清姫の一部」
「その一部を切り落とせって言われて出来る?」
「やらなきゃならないなら」
迷いのない答え。
仕方のない事だと割り切ってしまう。自分の中の善性に従う。
そうしないと生きていけない。戦えないのだ。
「そっか……よかった」
「そう?」
「あたしかてな、あれと戦って手加減できる程器用やないからな。やり過ぎるかもしれん」
「……」
「大丈夫。できるだけ殺さんようにするし……」
「じゃなくて、橋姫が傷つくのも心配なんだ」
まっすぐに瞳を見つめた。
その視線に驚いたのか橋姫は目を丸くした後、視線を逸らした。
ぐっと力が入ったせいで手の中の瓶にひびが入る。
「そう、なんや……」
「うん。大事な」
「もうええ! それ以上ええ! そういうのはあかん」
「?」
(別れが辛なるやろ。多分、あんたは慣れたことやっていうかもしれへんけど)
空が青い。しかし、空には重い灰の雲が現れていた。
あと少しすればにわか雨が降るだろう。その前に帰らないといけない。
そう思って橋姫はラムネを飲み干し立ち上がり、藤丸も同じようにした。
最終更新:2018年05月25日 22:08