基底五章:デッドラインサーカス(前編)

「……お前臭うぞ。また良からぬことしてきたな」

 そこは、寂れた教会だった。
 魔女……王冠のキャスターが口笛を吹きながらその扉を開くと、中には不衛生極まりない光景が広がっている。
 ステンドグラスには蜘蛛の巣が張られ、埃が舞って息をするだけでも咳き込みそうな有様。
 その中に一つ、ある種病的なほど艶やかに磨き上げられた座椅子が存在した。
 それにどっしりと腰掛けて、殺気の塊と形容すべきであろう不機嫌顔をした男が一人。
 褐色の肌とオールバックの白髪を持った彼こそは王冠のライダー。
 手負いの善神をねじ伏せ、とうとう完全に沈黙させた――"人"の力持つ英霊である。

「別に悪いことをした覚えはないんですけどね。ただ、ちょっとばかし新入りを揉んであげただけですよ。もみもみと」
「あれお前の仕業かよ……あんまり近付くな、虫臭え」

 口鼻をスカーフで抑えて眉間に皺を寄せるライダーは、その膝に奇妙なものを乗せていた。
 尤も彼の前でそれを"もの"呼ばわりした日には、文字通り死ぬ思いをすることになるだろうが。
 それは少女だった。ライダーと同じ褐色の肌に艷やかなプラチナブロンド。サファイアを思わす蒼瞳は上等なドールのよう。
 どう見ても十代初頭にしか見えない少女を抱いている姿は犯罪的の一言に尽きる。傍目には完全に官能小説に登場する好事家だ。

「マリンチェに匂いが移るだろうが。間違っても俺らの前で妙な真似すんじゃねえぞ、殺すからな」
「分かってますよロリコンお兄さん。どうです? 幼妻の次は小悪魔系後輩とか。我ながら結構な優良物件だと思うんですけど」
「寝言は寝てから言え……お前じゃマリンチェの引き立て役にもならねえし、第一このジャンルじゃそのポジもう埋まってんだろ。何年遅いんだよ」
「あら失礼しちゃいますね。二番煎じには二番煎じの魅力があるんですよーだ」

 ふん、と鼻を鳴らしてライダーの隣に座る魔女。
 マリンチェと呼ばれた少女は、彼女に小さく会釈する。
 「よく出来た子ですねえ~」と頭を撫でようとするが、その手はライダーに物凄い勢いで払い除けられた。
 殺すぞ、と目が言っている。やると決めたら本当にやるのが、王冠のライダーという男である。
 汚い手でマリンチェに触るんじゃねえ、と射殺さん勢いでガンが飛んでくるのを華麗にスルーしつつ、魔女は口を開く。

「で? 私達を呼びつけた張本人はどこで油売ってるんですか?」
「……俺が聞きたいね」

 彼女達『熾天の冠(セラフィッククラウン)』に、拠点と呼べる場所は存在しない。
 こうして不定期に集っては要件の伝達を行う会合場所があるだけだ。
 そしてその会合場所こそこの廃教会。本来聖なる者がおわすべき、今は冒瀆に溢れ返った礼拝堂である。
 悪逆の魔女と潔癖の魔人がこんな寂れた場所を訪れているのも、ひとえにそのロキが招集をかけた為だ。
 しかしながら、当のロキは未だ姿を見せていない。ただでさえこんな不衛生な場所には居たくないだろうライダーが機嫌を悪くするのも至極当然の話であった。

「相変わらずいけ好かねえな。こんな胸糞悪い場所に呼び付けた挙げ句待たせやがって、あの塵野郎」
「ああ、そういえば貴方クリスチャンでしたっけ。一応」
「蛆みたいに増殖して肥え太った似非宗教の中では唯一正当な教えだと思ってるし、異論を唱える奴は悉く愉快なナリに変えてきたよ」

 冗談でも誇張でもない。
 彼はこう見えて極めて敬虔で信心深い男なのだ。
 だからこそ、彼は異端の神話を許せない。
 神に仇為す教えを許せない。聖なるものを騙る詐欺師が許せない。
 それを阿呆面提げてありがたがり、挙句信じる権利がどうだと尊重を要求する底抜けの莫迦共が許せない。
 そんな莫迦共が持ち上げて、疑問を抱くこともなく延々延々繰り返す――血塗られた因習が許せない。
 彼にとってそれらの文化は鼻が曲がるほどの悪臭を放った腐肉であり、故に炎を撒いて浄化するのである。

 だからこそ、その彼がロキなどという異端中の異端に力を貸している現状は不可解だった。
 その理由を王冠のキャスターは知っていたが、さすがの彼女もそれを進んで語ることはしない。
 王冠のライダーは、本当に恐ろしい男だからだ。気軽に敵に回すには些か剣呑過ぎる。遊びでは済まない。
 彼の核心に踏み入る行いは即ち地雷原でのタップダンスと同義だ。そこに敵味方の境目は期待出来ない。

「アバドンは貴方的にどうなんです? 一応そっち由来の神でしょう、アレ」
「どうもこうもあるかよ……このヴァルハラに臭わない神は居ねえ。もしそんな奴が居るなら、あんなアホ野郎の神話なんぞ秒で抜けてるわ」

 この世界は臭い。
 空気が淀んでいる。虚空に不可視の蛆が涌いている。
 もしもライダーが願いを持たぬ者であったなら召喚と同時に自害していただろう。
 まさに地獄だ。歪み狂った異端の神話が犇めき合う様はどんなに趣向を凝らした惨殺死体にも劣って穢い。

「まあまあ、聖杯さえ獲っちゃえば絶縁出来るんですから。私だってあんなろくでなしのアホ野郎とは関わりたくないですよ?」

 ヴァルハラに召喚されたサーヴァントの中に、あの悪神を好くような物好きはいない。
 王冠のキャスターもそれは同じだ。可能な限り早く縁を切りたいし、あれが強くさえなければ絶対に手など組んでいない。
 逆に言えば、強いから手を組んでいるのだ。強い弱いの次元を飛び越えた、アバドンとはまた別な意味での理不尽。
 アバドンが"災害"ならば、ロキは"現象"と言うのが正しいだろう。あれの強さは"そういうもの"と認識して割り切った方が早い。
 ロキは理不尽に強い。意味不明に強い。理解不能に強い。まさしく全ての道理を嘲笑し、歪め、小馬鹿にしながら上回るトリックスターだ。

「……おっと。噂をすれば、ですかね?」
「チッ」

 埃臭い聖堂に近付いてくる足音がある。
 この警戒心のけの字も抱いちゃいない軽薄な歩調は、外に出て姿を検めるまでもなくロキのそれだ。
 キャスターは肩を竦め、ライダーは心底嫌そうに舌打ちを鳴らす。
 それから数秒の間を置いて、ギギギと耳障りな音を鳴らしながら教会の扉が開かれた。
 扉の向こうから姿を現したのは予想通り悪神ロキ。彼は手に小さな板状の機械を横向きで持っており、その画面を凝視して難しい顔をしている。
 いついかなる時でもヘラヘラ笑って余裕綽々なこの男にしては珍しい真剣な表情だった。
 おや、と魔女が驚きを浮かべる。

「何か不味いことでもあったんです、団長? いつになく渋皮貼り付けた顔してますけど」
「ああ……キャスターか。そうだな、不味いといえばある意味不味い」

 この神性が何かに危機感を覚えるところなど見たことがない。
 彼が一杯食わされる様は確かに見てみたいが、腐っても今は一蓮托生だ。
 ロキの危機はそのまま自分への危機に直結する。
 一体何があったのかと問うた魔女はしかし、次の瞬間、自分が如何に意味のない行動をしたか思い知らされることとなった。

「石がない」
「はい?」

 見ればロキの持つ機械は、俗にスマートフォンと呼ばれるそれであった。
 目の前の悪神の頭身が縮んで、藤丸立香と瓜二つのコミカルなキャラクターに変わる。
 何してんだこいつ、と魔女が普段の口調を忘れて口走ってしまったのも詮無きことであろう。

「まさか無敵のオレが一パーセントの壁も乗り越えられないとは思わなかった……
 オレの手に積もったのは無数の寺とダガーと若返りの秘薬……皇女も居なけりゃ灰色のヤツも居ない……おのれ運営……運営は悪い文明……」
「いやあの」
「いやでも良かったのかもしれないな……。あの子は彼の相棒だからオレごときが召喚する価値はないのさ……。
 こうなったらオレもヴァルハラを捨てて人理の残り香を駆逐する作業に参加しなくては。許すまじカルデア。許すまじ汎人類史。
 よし早速時空潮流に身を投げて2018年のシャドウ・ボーダーに――」
「話聞けや」

 頭に怒りマークを浮かべた魔女が、一切容赦のない魔力砲撃を頭身の縮んだ藤丸立香もといロキへと叩き込むまで時間は掛からなかった。
 錐揉み回転しながら飛んでいくロキ。その姿は白煙と砂埃に包まれ見えなくなるが、やがて何事もなかったかのように元の姿に戻って立ち上がる。
 人間一人はおろか、英霊ですらまともに受ければ即死してもおかしくない威力のそれを受けていながらロキは無傷だ。
 横持ちのスマートフォンも傷一つ付いていない。「何だよノリの悪い奴だな」と肩を竦め、端末を懐にしまう悪神。

「せっかく人が余韻に浸ってたのに。そんなんじゃモテないぜ、魔女ちゃんよ」
「電波受信するのもいいですけれど、まずは目の前の問題を駆逐するところから始めてくれます?
 見て下さいよ、ライダーさんなんて既に修羅の形相ですよ? ニッポンの般若だってあんなおっかない顔してないですよ」
「千里眼持ちの言うことは聞き得ってのがこの世界の常識なんだが……まあ冗談はこの辺にしとくか。要件があるのは本当だしね」

 これでもし特に呼んだ理由はないぞ、などと宣おうものなら暫くはサンドバッグになって貰う所だったが、流石にそういう訳ではないらしい。
 大聖杯の恩恵を求める魔女達としては、たとえ冗談でもヴァルハラを捨てるなどと言われると鶏冠に来る。
 無論、そこまで含めてこの悪神の掌の上なのだと分かってはいるが、こればかりは如何ともし難いものがあった。

「君らの目から見てどうだ? 聖杯大戦の具合は」
「……愚問だろ、つまらない(・・・・・)。何処の頭も思ってるだろうが、膠着状態ほど無益なもんもねえよ。
 冥府か陵墓の片方でも潰してくれりゃあ良かったのに、アバドンの野郎も使えねえよな」

 マリンチェの頭を撫でながら吐き捨てるように言う、王冠のライダー。
 それに同意するように魔女も肩を竦める。先の乱戦に顔を出し、尚且つアバドンを招いて混沌を作り出した彼女はライダーとは違い、カルデアの戦力についてもその目で確認を済ませていた。

「天文台については、正直期待外れって感想の方が強いですね。身の程知らずの犬に少し苛つかされましたが、所詮はその程度。
 エレシュキガル以外は恐れるに値しませんよ。戦力の平均値(アベレージ)が低すぎて話になりません。あれじゃ、聖杯大戦に影響を与えるなんてとてもとても」

 神聖冥府が殆ど何もせずに退いたことを踏まえても、天帝陵墓の賢帝をやり過ごし、アバドンの嵐から逃れてみせたのは驚嘆ものの成果だ。
 だが、逃げるしか能のない烏合の衆なら問題にもならない。カルデアでは神々の大戦に食い込めない。それが魔女の見立てだった。
 二人の評を成る程成る程と頷きながら聞いていたロキは、ニヤリと口元を歪めて笑う。

「回帰、憐憫、比較、愛欲――四種の獣を退け、詰んだ人理を修復した実績を踏まえても、同じことが言えるかい?」
「ティアマトやゲーティアを退けたのは別に今回の面子じゃないでしょう? 憐憫の打倒だって、魔術王の献身あって初めて成り立った成果の筈。
 端的に言って運が良かったんですよ、天文台は。出会いに恵まれたとでも言いましょうかね。
 別に彼女じゃなくても、それなり以上に優秀な人間なら成し遂げられたんじゃないですか? ハッピーエンドかノーマルエンドかの違いでしょう」

 【回帰】――ティアマト。
 【憐憫】――ゲーティア。
 【比較】――キャスパリーグ。
 【愛欲】――ヘブンズホール。

 カルデアはこれまで、四種の人類悪を打倒している。
 これは確かに破格の成果だ。決して無視は出来ない。
 故にライダーもキャスターも認めている。
 藤丸立香は優秀だ。だが、それだけでしかない。
 この地で彼らに奇蹟は微笑まない。いわば断崖の途中で足掻く小鼠だ。

「辛辣だねェ。まあ、カルデアがこの大戦に食い込めるかどうかの議論は一旦置いておくとして。
 ――実につまらない。これについてはオレも全く同意見だ。せっかくの大舞台がこのザマじゃ、観衆を退屈させてしまう」

 だからね、と続けるその笑みが持つ意味合いは既に、"不敵"とは全く別のそれに変容していた。
 悪意だ。蟻の巣に水を注いで経過を見守る子供のように。小動物を蹴りつけ、痙攣する様を楽しむ破綻者のように。
 どうしようもなく邪で、しかしながら神々の土俵に持ち込むには俗すぎる悪意を、その精微な顔面に浮かべている。

「今こそ熾天(オレたち)の役割を果たそうじゃないか、二人とも。
 波風なんかじゃ生温い。地震を起こして津波を呼ぶんだよ。一度揺らせば余震は延々続く。余震が呼ぶ波は、何度でも舞台を混沌に染める」

 彼ら『熾天の冠』はアバドンを除いた全ての神話から蛇蝎の如く忌み嫌われている。
 その理由こそがこれだった。熾天のサーヴァントは混沌を呼ぶ。定石を崩し、蓄積を溶かし、好き放題に盤面を掻き乱す。
 故に厄介。故に最悪。勝利を望むならば一刻も早く蹴落とさなければならない、目の上の瘤。

 彼らは今こそその本分を果たさんとしていた。
 トリックスターの落書きで台本は塗り潰された。
 全ての役者が筋書きを捨ててアドリブに終止する。
 上等な劇になるか、或いはつまらない茶番に終わるか。

「神話を謳うんだ、しっかり魅せてくれよ? もしも不足なら――」

 ロキが言葉を溜める。

「……そうですね。もし不足なら」

 魔女がにこりと微笑む。

「……劇だの何だのはどうでもいいが、これ以上座ったままってのは御免だ。
 さっさと大聖杯を俺に使わせろよ塵屑共。あんまり無能なようならよ……」

 潔癖の魔人は相変わらず不機嫌そうに。


 三つの口が、全く同時に告げる。
 全ての神話への死刑宣告であり宣戦布告。
 これより来る揺れを、無限回に押し寄せる波を、凌げぬようならば。


「「「――踏み潰してしまうぞ?」」」


 害虫のように、潰れて死に果てろ。
 凡愚に用はない。役目のない駒など弾き出せ。
 望むのは聖杯大戦の進行。大聖杯の顕現に不可欠な"終結(ピリオド)"。
 熾天の玉座を見据える彼らの頭上には王冠が載っている。
 聖杯の真実を知る彼らは当然の権利として、このヴァルハラを操る資格を所持しているのだった。
 怪しげな力など必要ない。ただ行動し、巡り合わせ、踊らせるだけ。


 ――死線遊戯(デッドラインサーカス)、此処に開幕。この日、神々の大地が震える。




 空に極彩が咲いた。

 幾何学模様の光がヴァルハラ中、数千もの地点に降り注いでいく。
 それらは目眩ましと呼ぶにはあまりにも剣呑過ぎる威力を秘めていた。
 大地を抉り、結界を破り、祝福を崩壊させる毒素の塊。
 アバドン以外全ての神話に対し、この破壊は狙い澄ましたように殺到した。

 とはいえこの程度で揺らぐならば神話に非ず。
 天帝は突如として現れた膨大な魔力を認識した瞬間に宝具を限定展開して防御。
 英雄神は剣閃と共に蒼い雷霆を放ち、それを数百回もジグザグに反射させることで全弾を迎撃。
 白騎士は同数の矢を出現させ、一発に付き一発衝突させることで対消滅させて難を逃れる。

 ――そして此処まで、悪神の想定通り。
 そうだ、おまえたちは手を打つ。事もなく対応する。
 そしてすぐに気付く筈だ。上空、光の生まれた地点の真下が"何処"なのか。

「……はあ!?」

 光の女神が瞠目する。
 意味が分からない。分かりたくもない。
 そんな馬鹿な有り得ない、よりによってこの場所でそんなこと!
 ……もうお解りだろう。極彩色の汚染光は紛れもなく四終の拠点――"楽園の船"の遥か上空から放たれたのである。

(嘘でしょ……!? 此処は私の宝具そのものだから、侵入者が居ればすぐ分かる筈なのに……っ!!)

 勿論、四終のライダーがこんな真似をした訳ではない。
 アーチャーにもキャスターにも、当然最愛の弟にもこんなことをする理由がない。
 となれば必然下手人は部外者ということになるが、この"楽園"は彼女が永続展開している巨大な船舶型宝具。
 正当な持ち主であるライダーに感知されずに侵入を果たし、こんな大それた真似をするなどどう考えたって不可能だ。
 それこそ冠位級の霊基を持つアサシンか、理不尽を地で行く何らかの力を持ったイレギュラー以外は――そこまで考えてライダーは漸く気付いた。

 同時に湧き上がる激しい、などという言葉では形容し切れない激憤。
 ――そうか。よりによってこの場所で、私の楽園で、やってくれた訳か。あの悪神は。

「――ライダー」

 今にも飛び出しそうなほど沸騰した心を一瞬で冷静に戻したのは、氷河の如く冷たい声音だった。
 振り向いた先に立っているのは白き騎士、終末の魁。四終のアーチャー。
 四終のライダーにしてみれば心底いけ好かない相手ではあったが、そんな悪感情を忘れるほどその一挙一動には死の波長が満ちている。
 今この時ばかりは彼に感謝した。彼が居なければ、自分は事態の元凶であろう悪神に無策な突撃を敢行していただろう。

「逸るな。君ではロキを斃せない」
「……ってことは」
「これほどの出力を持つとなればあの道化以外には有り得ないだろう。停滞を忌んで馬鹿騒ぎを仕立て上げた、というところか」

 心底傍迷惑な話だ。尤も、そうでなければトリックスター等というろくでもない称号を賜ることはそもそもないのだろうが。

「幾つもの気配がこの船体に迫っている。上陸にはまだ時間が掛かりそうだが、直にあらゆる神話が私達に襲い掛かってくるだろう」

 ライダーの感覚はまだアーチャーの言う"気配"を捉えていない。
 一体何キロ先の気配を捉えているのかと呆れ返りそうになるが、今はそれどころではない。

 アーチャーの言う通り、これから始まるのは報復戦だ。
 まさか素直に四終が元凶と思う阿呆は居ないだろうが、重要なのは熾天が――正確にはロキが動いたという事実。
 聖杯大戦の根源に最も近い彼の挙動は無視出来ない。押し寄せる混沌に乗り遅れない為にも、此処で要求されるのは"行動"なのである。
 そして四終はそれに対応しなければならない。小難しい理由など所詮はおまけ。重要なのは、ただ一点。

 今こそ――四つの終末譚を滅ぼす好機。

 此処で対処を誤れば、自分達が聖杯大戦最初の脱落者となりかねない。

「シロく~ん、待ってよぉ。歩くの早いよぉ、わたし運動苦手なんだからあ~~」

 遅れて現れるピンク髪、四終のキャスター。
 療養に専念させている"ということになっている"バーサーカーを除けば、終末譚が揃ったことになる。
 涙目で抗議するキャスターを無視して、アーチャーが指令(オーダー)を下した。

「采配は君達に一任する。侵略者同士の衝突が起こるまでは、楽園の守護をその双肩に任せよう」
「……アーチャーは?」
「決まっているだろう」

 当然のことを問うな、と言わんばかりに。
 四終のアーチャーは、他の誰にも軽々とは発言出来ないことを宣う。

「私はロキを担当する。正攻法での殺害が可能か否か、試してみたいとかねがね思っていた。丁度いい機会だ」

 自他共に認める無敵の悪神。
 光の女神が仇敵と呼ぶ男。
 聖杯大戦最大の障害であるトリックスターの相手を担うとアーチャーは言った。
 だがそれに異を唱えられる者は居ない。頭の蕩けたキャスターは当然として、ロキに特別な情念を抱くライダーですらも。
 白い終末譚の戦いを一度でも見たなら、そんなこと出来る筈がないのだ。
 かの神の同郷出身であるライダーでさえ、ロキとアーチャーが正面切って戦ったならどうなるか判断が付かない。

「……了解。あの子にも働いて貰った方がいいよね?」
「無論だ。彼は我々にとって欠かすことの出来ないカードだが、だからこそ箱に入れておかねば安心ならない程弱い神性でもない。君が一番知っているな、ライダー」

 やっぱりか。ライダーは舌打ちを必死に堪えて、小さく頷いた。

「うぅ~、喧嘩は嫌だなあ。でも――みんなで仲良く出来るように、わたしも頑張らないと! だよね、シロくん!!」
「そうだな」

 底抜けに明るいキャスターの声と無機質に応じるアーチャーを横目に、ライダーはいち早く踵を返した。
 既に己の神話に対する背信行為を働いている彼女には、外敵の迎撃以外にもやらねばならないことが存在する。
 此処が最初の分水嶺だ。自分の思惑が順調に進むか波乱の道を行くか、全てはどれだけ上手くやれるか、やってくれるかに懸かっている。

(……お手並み拝見だよ、藤丸ちゃん。カルデアの皆)

 その頬には確かに、一滴の汗が伝っていた。
 この世の総てに愛され、恐怖などそもそもする必要のなかった光の神。
 彼女にすら焦りと不安を抱かせるほど大きく、大局が動き始めているのだった。




「――とまあこういうわけなんだよね」
「マジですか」

 四終のライダーから事の次第を聞いた藤丸立香は、顔を青ざめさせてそう言った。
 アーチャーの帰還という危機を彼女達姉弟のおかげでやり過ごした立香達は宮殿の隠し部屋で一夜を明かした。
 立香はしっかりと眠り、睡眠の必要がないサーヴァント達が常に気を張り巡らせ待機する。
 そうして朝を迎えた矢先にこれである。立香は「休憩タイムは終わりだぜ!?」という、会ったこともないロキの高笑いを聞いた気がした。

「で、まあ……はっきり言うと、私達だけで対応するにはちょっと手に余る事態な訳ですよ。
 時間が経てば四終打倒を狙って集った面子が潰し合いを始めるだろうけど、まあすぐにとは行かないだろうし」
「……うん、分かった。わたし達も戦えばいいんだよね、ライダー?」

 さも当然のように、立香はそう言った。
 思わずライダーはきょとんとしてしまう。
 藤丸立香という少女がお人好しなことは知っていたが――まさかこれほどとは思わなかった。
 聖杯大戦の苛酷さをその身で味わったばかりだというのに、こうもあっさりと戦うことを承服してくれるとは。

「あれ、違った? わたしてっきり、戦力が足りないから力を貸してって言われるもんだと」
「い、いや違わない! 違わないけど……たはは、びっくりしちゃった。藤丸ちゃん、もうちょっと自分の体を労った方がいいよ?」

 「全くなのだわ」と呆れた風に言うエレシュキガルは、しかしどこか嬉しそうにも見える。
 この"お人好し"で救い上げられた彼女にとっては、感じ入るものもあるのだろう。
 燕青達にとってもこれは予想出来た展開だった。共闘相手の実力を改めて確かめる為にも、助力を請うて来ることを確信していた。
 立香がその懇願に肯くのも含めて予想通り。しかしひとつ問題がある。四終の面々に共闘の事実がバレないか、ということだ。

「力を貸して貰うんだ、勿論私も全力でキミ達の不安を取り除くよ。
 昨日も言ったけど、この"楽園の船"は私の権力がとっても強く働く場所なんだ。
 今と同じくらい薄くするのは無理でも、神霊にだって注視しなきゃ感知出来ないくらいには薄めてあげる」
「……あの白騎士でも、か?」
「自信はあるよ。意識して探されたら話は別だけど、あいつに気取られてはいない筈だし……何より今回一番のババを引くのはあいつなんだ。
 というより自分から引きに行った。ロキを殺れるか試すんだってさ。流石の白騎士サマも、あの腐れ神相手に余分なことを考えてる余裕はないでしょ」

 尤もそれについてはライダーの方から補足が入った。
 つくづく便利な陣地だなと思うと同時に、立香は彼女が味方であることに安堵する。
 気配操作すら自由自在。語っていないだけで、大方それ以外にも行使出来る"権力"は存在するのだろう。
 いわばこの楽園は彼女の箱庭だ。そんな場所で、アウェーの立場で戦うなど考えただけでも背筋が凍る。

「分かる、分かるよ。藤丸ちゃんの考えてること。私と戦わずに済んで良かったなあって思ってるでしょ。お見通しっ」
「あはは……いやでもホントにそう思うよ。とんだ無理ゲーだもん、そんなの」
「実はこの宮殿も"争いを行わせない"大権が働いてるんだよ? 試しに藤丸ちゃん、私をぶってみてよ」

 突然の言葉に困惑しながらも、立香はぺし、とライダーを叩こうとする。
 するとどうだ。彼女に触れる寸前で、手がばいんと弾かれてしまうではないか。
 見えない力に弾かれた。これがライダーの言う"大権"なのか。

「宮殿の中じゃ一切の戦闘は出来ない。……ただまあ、うちの大将みたいに規格外な輩はこの機能じゃ抑え切れないんだよね。
 後は外から宮殿を吹き飛ばされるとか、そういうのにも無力かな。まあ並の宝具なら何十発叩き込んでも壊れないくらいには硬いんだけど、後は言わないでも分かるよね」
「あっはい」

 並の宝具。実に定義の曖昧な概念だが、それに当て嵌まるような常識的な敵はこのヴァルハラには居ない。そういうことなのだろう。
 穴熊を決め込むことは出来ない。迎撃しなければ最悪、心臓部である宮殿が破壊されてしまう。
 ライダーとの共闘関係を維持する為にも、そんな展開だけは避けなくてはならない。立香は強くそう思った。

「有利な立場からお願いするのってフェアじゃないよね、自分でもそう思う。
 だからさ、白々しいと思うかもしれないけど――ありがとね、藤丸ちゃん。本当に助かるよ。本心だ」
「そんな畏まらなくてもいいよ。仲間なんだから」

 仲間。
 その言葉はライダーの心を針のようにチクリと刺した。
 ――そうじゃない。そうじゃないんだよ、藤丸ちゃん。
 自嘲的な笑みを浮かべることすら出来ない自分の余裕のなさに辟易しながら、ライダーはまばたきを一つして思考をリセットした。


◆ 


「燕青、望月」

 "楽園の船"が中枢、聖光宮殿を抜けてカルデア一行は侵略者迎撃に打って出た。
 四終のライダーによって今立香達は高ランクの疑似・気配遮断スキルを付与されているのだったが、それでもやはり気は抜けない。
 立香などは緊張に高鳴る心臓に手を当て、深呼吸を頻りに繰り返している始末だ。
 黄帝やバアルといった面々に加え、最悪の場合アバドンまで突撃してきかねない状況なのだ、それも致し方のないことだろう。
 そんな立香を安心させようとあれこれエレシュキガルが話しかけていて――エミヤ・オルタは二人の暗殺者に抑えた声で何やら話し掛けていた。

「何だい兄さん。我らがマスターには聞かせたくない話か?」
「ああ、残念ながらその通りだ。立香の注意は今エレシュキガルに向いている、内緒話をするなら今しかない」

 燕青も千代女も、この朽ち果てた男の人となりについてはよく知っている。
 彼は無駄な行動というものを好まない。それは会話においてもそうだ。この男が無駄話など始めた日には空から槍が降る。
 口を開いたということは何か用があるということ。立香に伝えないということは、彼女に伝えては不都合な内容ということ。

 二人は藤丸立香というマスターに全幅の信頼を寄せていたが、同様にエミヤ・オルタの実力と頭脳についても信用していた。
 だからマスターを蔑ろにしていると取られてもおかしくない彼の言動に対して反感を抱くような愚かは晒さない。
 立香は優れたマスターだが、あくまで根っこは只人だ。
 真っ当で真っ直ぐな精神性の持ち主には、聞かせない方が薬になる話というのも存在する。

「四終のライダーの挙動に注意しろ。あの女は信用出来ない」

 エミヤ・オルタが口にした"要件"は、しかし燕青達にとっても想定内のものだった。
 彼だけではなかったのだ、疑っていたのは。立香とエレシュキガルの二人はあの姉弟を信用しているようだったが、この三騎は違う。

「拙者もそう思っておりました。お館様に伝えるべきか否かは、今の今まで迷っていましたが」
「いずれその時は来るだろうが、今はまだ尚早だ。
 オレ達のマスターは良くも悪くも正直過ぎる。もしあちらに気取られれば取り返しが付かん」

 彼らの共通点は――暗殺者のクラスであるか、それに限りなく近い在り方を有していること。
 闇に寄った価値観や経験を持つからこそその手の気配に聡い。
 裏切り、悪意、嘘、背信……今回感じ取ったのが以上の内のどれなのかは定かでないが、四終のライダーには確かにそういった思惑の気配が在った。

「ロキを殺したいって感情に嘘はないんだろうけどなあ。幾ら何でも突っ込みどころが多すぎるぜ、ありゃ。根っこの純粋さはマスターといい勝負だと見た」

 昨日の交渉でライダーが話した内容に突っ込みを入れ出せばキリがない。
 にも関わらずあの場で指摘しなかった理由は一つだ。"場所が悪かった"、これに尽きる。
 ライダーとバーサーカー。二体の神霊を同時に相手取るのも御免被りたかったが、それ以上に四終の他の面子に自分達の存在が知れ渡ってしまう事態を避けたかった。
 この楽園は女神の箱庭。此処で彼女達と戦うとなれば、生存の目は限りなく零に近い。
 そう踏んで、三人は静観に徹していたのだ。尤もあちらに明確な脅迫の意図があったかと言うと、これは非常に怪しい。
 燕青は光の女神を純粋と称した。エミヤ・オルタと千代女も同意見だ。少なくとも、冷徹な性分はしていないように見えた。

「しかし如何せん我らの課題は戦力の不足。彼女ら姉弟の助力があればそれを埋めることも出来ましょう。
 蜜を吸いつつ、切り捨てる頃合いを決して見誤らない。これを徹底しなければなりませぬな」

 まさしく不幸中の幸いだ。四終のライダーには不完全な精神性という付け入る隙が存在する。
 悪役に向いていない。謀に向いていない。悪を担える者にしてみればこの上なく扱いやすい相手だ。
 事実この欠点のおかげで、カルデアにとって四終の姉弟は脅威である以上にありがたい手札と成っている。
 問題はあちらがカルデアを切り捨てるタイミングとその手段だが――、と。


 話が次に進みかけた、その瞬間だった。立香達も含めたこの場に居る全員が、網膜を焼くような眩い光を認識したのは。


「ッ――エレシュキガル!!」
「分かっているのだわ!!」

 墜ちた英雄に言われるよりも速く、エレシュキガルが立香を庇うように立って奇襲への対処を敢行する。
 極光という点では事の発端となった極彩色の光と似ているが、しかしこれの輝きは妖しい紫一色であった。
 それでも込められた魔力の総量は相当なものだ。人間が掠ればそれだけで文字通り蒸発するに違いない。
 エレシュキガルはこれをメスラムタエア、地底を温める光の槍で以って受け止め、神霊の出力に任せて力ずくで振り払う。
 その腕には痺れが残った。神霊サーヴァントの霊基をしても、どうやら笑い飛ばせる威力ではないようだ。

「っ、奇襲……!?」

 何が起きたの、などと月並みな台詞は吐かない。
 此処は終末譚が集う楽園で、天文台の客人は排斥されるべき異分子だ。
 だが今、立香達は楽園の主から祝福されている。
 終末譚の残り二つ、アーチャーとキャスターには自分達を見つけられない。
 よって攻撃の主は必然、外からの侵略者――立香達の迎撃対象ということになる。

「まだ来るわ、悪いけど立香以外は各自で対処して頂戴! とてもじゃないけど捌き切れないっ!!」
「気を付けてね、みんな!」

 それは――まさに絨毯爆撃であった。
 ロキが挑発の為に行った広範囲射撃を明らかに真似ている。
 だが範囲が狭すぎる。密度が高すぎる。
 純粋に圧倒的な数を用意することによる空間潰し、馬鹿馬鹿しいほど愚直な正攻法に裏打ちされた"回避不能攻撃"。
 どうにか地獄のような乱射を凌ぎ切った時には、立香達の周囲三百メートルほどの空間は草の一本も残らない焼け野原と化していた。

 そして、そんな惨憺たる有様を見下ろして微笑む小さなシルエットが空に一つ。
 人を小馬鹿にしたような悪意に満ちた笑みを忘れろというのは無理な話だ。
 おとぎ話の中から魔女という概念をそのまま抜き出したような装いに身を包んだ、三角帽子の少女。

「――言いましたよね? 根に持つタイプなんですよ、私」

 即ち、王冠のキャスター。熾天の一角を担う、悪徳に踊る黒き魔女。
 彼女が気配隠蔽の加護を破って立香達の姿を暴き出した手段は、呆れるほど乱暴ではあるが一応は筋が通っている。
 しかしながら、如何にして立香達が楽園の中に居ることを見抜いたのか。
 この大騒動を仕組んだというロキが、何らかの知恵をこの魔女に授けたのか。
 立香達には解らない。――考えを巡らせる余裕も、ない。魔女が作り出した焦土の中を悠然と歩く、見知らぬ人物の姿があったからだ。

「……よう、肥溜め(カルデア)のカス共。蛆虫らしく糞の楽園に集ってんのか? 臭ぇ手前らには似合いだな」

 褐色の肌にオールバックの銀髪。金の双眸にはそれこそ汚物を見るような嫌悪の念と、それ以上に強い憎悪の色彩が陰陽魚さながらに絡み合っている。
 一目で、危険な男だと解った。このヴァルハラで出会った誰よりも、彼の振り撒く殺意は剣呑で、底というものが見当たらない。
 にも関わらず、右手では年端も行かない童女の手を引いているのが何とも形容し難いアンバランスさであった。

「虐殺だ……その思い上がりを正してやる。あの"翼ある蛇"みてえに、靴底にへばり付いた反吐に変えてやるよ」

 王冠のライダー。敬虔過ぎる虐殺者の口にしたワードに、立香は思わず声をあげた。




 そして同刻――楽園の最西端にて、二つの影が対峙していた。

 片や宝石の如き美しさを湛えた白鎧を纏い、白馬に跨った蒼白の髪を持つ美丈夫。
 腰には剣を携えているが、背負った白弓の美しさの前にその存在感は極めて希薄なものに成り下がってしまっていた。
 絢爛でありながら上品。清らかでありながら豪奢。しかしながら、彼を直視して好意的な感情を抱く者は余程の気狂い以外には存在すまい。
 彼は背筋どころか心臓の鼓動さえ凍て付きそうな程濃密な、死の気配を全身に帯びていた。
 騎士の跨る白馬が踏み締めた大地に生えていた草花は一瞬の後に白い灰になって消えていく。
 彼の"死"は、猛毒のように全身から絶え間なく滲み出しているようであった。

 そしてもう片方は、騎士とは打って変わって見る者に軽薄な印象を与える金髪の青年。
 だが此方もまた、埒外のものと言っていい精微な外見の持ち主だ。
 騎士のように碌でもない概念が纏わり付いている訳でもなく、純粋に見目麗しい男。
 されどその本質は最低最悪の一言に尽きる。人も神も遊び感覚で狂わせ、滅ぼし、ただの肴にしてしまう道化の神。
 自身がこの楽園の主から言葉に尽くせない程の憎悪を買っていることを理解した上で、敢えて悪神は此処をサーカスの舞台と定めた。
 理由など一つしかない。面白そうだから――だ。これで解っただろう、この男は死を纏う騎士以上に救いの余地がない。

「お出迎えご苦労さん、白騎士クン。でも残念、オレは別にキミと遊びたくてやって来た訳じゃないんだよね。だからさっさと通してくんないかな?」

 白騎士――四終のアーチャー。
 悪神――トリックスター・ロキ。

 絶対なる"死"の呼び水と、あらゆる神話を笑い飛ばす無敵の神。
 邂逅したという事実そのものが聖杯大戦の進行に直結するようなマッチアップだが、生憎とロキに"その気"はなかった。
 やるべきことがあるからだ。トリックスターの本分を果たすという、大事な大事な使命がある。
 故にこそこんな場所で油を売っている暇はなく。"楽園の船"という舞台を最上の盛り上がりに仕立てねばならないのだったが――

「愚問」

 白馬に跨ったまま、白騎士が剣を振るった。
 音に届く速度で迫った太刀は過たずロキの首筋に迫り、くい、と頭を後ろに引く動作で回避される。
 ロキの遥か後方。楽園の外側に聳え立っていた廃建造物が発泡スチロールか何かのように砕けて落ちた。
 業物とはいえ宝具ですらない剣での斬撃。それでこれだけの威力を叩き出せる等、一体誰が信じられようか。

「貴様の排除は私の至上命題だ。この意味は解るな、ロキ。大聖杯(イパルネモアニ)を握る道化の王よ」

 如何に己が絶対なる無敵の神であろうとも、この騎士が殺る気である以上は無視出来ない。
 それを悟ったロキは心底面倒臭そうに溜息を吐き出して――その背中に、二対の白い翼を顕現させた。
 翼の全長は数十メートルにも及ぶ。聖性に満ちた神翼を視認した時、白騎士の眉がピクリと動いた。それを見てロキはにんまりと笑う。

「やってみろよ、若いの」

 ……ヴァルハラを揺らす程巨大な神威が最短距離で激突したのは、この三秒後の事だ。


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基底四章:宮殿にて 廻転聖杯大戦 ヴァルハラ 基底五章:デッドラインサーカス(後編)

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最終更新:2018年05月19日 02:41