「不味いでアサシン」
「あぁ……最悪だ」
京のバーサーカー、橋姫。京のアサシン。
二人が放り込まれているのは巨大な鐘楼。
記憶の中で一致する情報は京のキャスター、安珍の宝具。
巨大な鐘楼に身を隠すという防衛向きの宝具でありながら、逸話によって姿を変えたもの。
鐘楼自体が熱を持ち、中に入れば焼き殺されるという攻撃向きに変化したのだ。
その中にいるという事の意味を二人は知っている。
それは死だ。
長居をすればあの坊主のように命を落とすことになる。
「待ってろ、私の疑似宝具でこれを破壊する」
アサシンが汗を体中に浮かべながら端による。
あの時と同じようにアサシンの疑似宝具を開放すれば安珍の鐘楼は破壊できる。
しかしその言葉に橋姫は了承の言葉を返さなかった。
「……待て」
「なぜだ! このままだと私も君も死ぬのは間違いない!」
「あたしらが外に出たとして、逃げ切れるんか!」
「……! いや、逃げ切ろう」
自信などない。
だがあの男の言うように橋姫を殺すなどアサシンには出来ない。
これまで共に生きてきた。
彼女の在り方を見つめ、それを認めて受け入れた。
「あたしを殺せばまだ道があるかもしれへんやろ……!」
「ダメだ君を殺さない!」
「アサシン……」
「何を……何を弱気になってるんだ! 君が言ったんだ、こっち側に来るなと!」
アサシンの頭の中にはあの日の会話が残っている。
だがそれは橋姫も同じだ。
「あぁ、言った……」
「その君が自分を殺せというのは残酷な事だ……」
「……」
「君はバーサーカーだが、命を投げ出すほど狂ってないだろう」
「……アサシン。ごめんな」
ゆっくりと橋姫がアサシンに歩み寄る。
そしてそのまま彼の顔に平手打ちが飛んだ。
「あたしは……狂ってるみたいや」
◆◆◆◆◆
「はぁ……はぁ……」
夜も深い時間。
藤丸はまだ足を止めはしない。
もう走ることは出来ない。足は鉛を注がれたように重い。
それでも歩き続ける。もう花街は目の前だ。
『やっと繋がった! すまない藤丸君!』
声が聞こえる。
レオナルド・ダヴィンチ。
万能の人の声が聞こえる。
『状況はこちらからモニタリングしているんだけど、こちらから出来ることは』
「ダ・ヴィンチちゃん……アサシンの真名……その……ずっと気になってた人がいたんだ……」
『ん? それは本当かい?』
「うん……」
呟くように力のない声が口から洩れる。
『うーん……分かった調べてみよう』
「……おねがい」
通信が終わる。
足が動いているのかが分からない。
自分は進んでいるのか? 本当に歩けているのか?
「旦那はん」
視線をあげる。
屋根の上に酒呑童子。出会えた。彼女だ。
前と変わらないその姿に少し安心する。
「なんや、えらいことになってるみたいやねぇ」
「山のこと……?」
「そうやね。着いてきてくれって言われたんやけど、気ぃが向かへんくて」
「そう、なんだ……」
「さっき信長はんが来はってな、旦那はんがそっち行っとるって聞いたから迎えに行こうと思うたんやけど」
信長。織田信長か。
なぜ彼女が花街に来ているのだろうか。
確か、彼女に酒呑童子がここにいると伝えたような気がする。
頭にもやがかかったようにいまいち思い出せない。
疲労のせいだ。
疲労という毒は藤丸の体の隅々までいきわたっている。
「遅かったみたいやね」
「いや、いいよ……」
「まぁ、お詫びいうたらなんやけどこっからはうちが連れてったげるわ」
屋根から酒呑童子が飛び降りた。
静かに着地し、藤丸を片手で持ち上げる。
「ありがとう……」
「あぁ、ええよええよ。疲れたやろ、寝とき」
「アサシンと……橋姫が……大丈夫……かな……」
助けに行きたいがもう体は言う事を聞いてくれない。
肉体は限界に達している。
藤丸の視界が暗くなり、意識が消えた。
◆◆◆◆◆
「くぁ……」
鐘楼の外。
地面に寝ころびあくびをしたのは京のセイバー。
「流石にアーチャーにバレたら面倒だな……あの程度、まともな足止めにもならん」
山の上に視線をやる。
妖怪の対応に追われていたが死ぬことはないだろう。
「……そろそろ刻限だろうな。さて、あれに仕掛けたのが上手く作動するなら、少なくとも手駒が一つ増えたことになるが」
ぽつりと呟く。
誰も答えを返しはしない。
そんな当然のことにセイバーはにやりと笑った。
「あの小僧、藤丸は最後に殺す。ああいうものは仲間を失うのは手足を失うほどの痛みを感じるものだ」
セイバーの手の中に火が灯る。
それを見つめるセイバーは冷たい目をしていた。
「それならば魔神柱の気も晴れようというものだ」
◆◆◆◆◆
「橋姫……」
鐘楼の中では橋姫がアサシンの上にまたがっていた。
思い切り彼の肩に爪を立てて押さえつけている。
肩が熱い。痛みとともに血が流れる。
鐘楼内の温度はまだまだ上昇していく。
熱い。口から吐く息も言葉も乾ききっている。
「やめろ……!」
「ごめんな。ごめん。あたしもあたしが分からへん……腹ん中かき回されてるみたいや……!」
肩から橋姫の右手が離れる。しかしそれは攻撃のための行動だった。
アサシンの顔に向かって振り下ろされる拳。
すんでの所でそれをかわす。みしりという音と共に地面に小さな穴が開く。
橋姫の瞳が赤く光る。
充血したかのような赤色。
否、炎のような赤色に染められている。
「嫌や。嫌い嫌い嫌い。あんたがあいつに重なる……裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた」
「落ち着け!」
「落ち着きたい……でもあかん……胸の中がかきむしられるみたいや」
「胸……胸?」
橋姫の胸に視線を映せばそこには傷跡があった。
セイバーの火の攻撃を受けた時だ。
(セイバーが何か仕掛けたのか……)
「アサシン……殺してくれ……あんたの事、殺したくないのに……恨んでないのに……アアアアアア!」
橋姫の牙がアサシンの首筋を狙う。
ぐっと動けないアサシンの体が強張る。
しかし何とか橋姫自身が自らの意志を持ってその衝動を抑え込んだ。
震えている。口の端から漏れる息は猛獣のようであった。
「橋姫。これはセイバーの罠だ……あいつを倒せば……きっと……」
「……アホ……分かってるやろ……」
自分の言葉が希望的観測の元に成り立っているのはアサシンも承知の上だ。
それでも希望に縋り付いていたかった。
「アサシン……ごめんな……あたしが言った……こっち来んなって……」
「そうだ……君が言った……」
「……もう、我慢できへんねん……ごめん……もう殺せって言わん……」
「橋姫……」
「助けて」
アサシンの顔に滴が落ちた。
それはすぐに乾いてしまう。だが、それに呼応するようにアサシンの瞳からも滴が零れた。
「ガアア!」
橋姫が拳を振り上げる。
もう片方の手で彼の首を押さえつえ、逃走を完全に封じた。
「……あああああああああ!」
橋姫の背が爆ぜた。
今度はアサシンの顔に血が落ちる。
「ごめん……がんばったな……あたしら、はじめから……まけ……とっ……」
力なく倒れる橋姫がアサシンに覆いかぶさる。
もう涙は流れない。
最終更新:2018年07月05日 02:42