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第14節:虚月の頂上会談



大統領官邸に存在する一室にて、バルベルデのサーヴァント達による緊急の会議が行われることになった。
きっかけは、あの虎の子兼問題児のバーサーカーが二度目の敗北を喫したことにある。
発案者は当然キャスターだ。用意した長方形の机、そのいわゆる〝お誕生日席〟に、彼は座している。
この様に一つ屋根の下に集うのは、南米大陸に住む全ての人間を一掃する為の作戦を伝えるとき以来だったか。
なるべくならば、このような〝緊急のお茶会〟を開催することだけは避けたかった。
散開していたサーヴァントが再び集うということは、それ即ち〝問題発生〟を意味するが故である。
とはいえ、悲観的になってはならない。こういう状況下でこそ、己の精神力が問われるのだから。
気分を切り替えるため、キャスターは己の席に置かれたカップの中身に口をつけた。
闇夜色の液体が喉を潤す。あのような黒い豆からこんな飲み物が出来上がるとは……と、相も変わらず感嘆する。

「遅いねぇ、あの脳内お花畑ちゃんは」

そんなキャスターから見て奥の右側――加えて言うなら最も彼に近い席――に座っているのは、邪剣使いのセイバーだ。
軽めの鎧姿の彼女は大きく溜息をつき、貧乏揺すりを始め、またも溜息をつく。確実にわざとだろう。沸き上がる苛立ちを発散させていると見た。
なお、彼女の向かいの席には誰も座っていない。理由は単純、そこが三騎士の一角であるアーチャーの席であったが故である。
純粋であどけない、そして抜け目のない強かな美少年は、既に最初の犠牲者として座へと還った。
この空席は、いわば敗北の象徴だ。故に誰にも座らせていない。こうすることで、キャスターは仲間達に現状を見せつけているのだ。

「……無慈悲ね」

何か思うところがあるのか、セイバーの奥に当たる席に腰掛け、面を下げた様子のランサーがぽつりと呟いた。
だがすぐさま「いえ、お互い様よね。わたしだって、沢山殺したもの」と独りごち、得物の柄を両手で強く握る。
世代どころか時代すら違う相手の死を悼む彼女は、少し優しすぎるきらいがあるようだ。
初顔合わせのときから予感してはいたが……空席に対する彼女の反応を見る限り、正解だったらしい。
しかしそれでも、南米大陸制覇のために必要不可欠であったジェノサイドにはきちんと参加してくれてはいたので、心配はしていない。
それに何より、彼女にはあの男が着いている。

「嗚呼、ランサー……おつらいのですね。ですがそれは貴女の心が大変にお優しく、真珠の如く輝いている証。
 顔を伏せるのはやめにしましょう。貴女は笑みの似合う美しき乙女なのですから……さぁ、どうぞ顔を上げて」

輝く白銀の鎧を身に纏う、細く引き締まった体躯の騎士……ライダーである。
どういうつもりなのか知るよしもないし知るつもりもないが、何故だか彼はランサーにお熱である様子。
だがランサーのメンタルが正常に保たれているのは、他でもないこの男が彼女にご執心なおかげである。
共依存にまで発展されてしまうと非常に困ってしまうが、今の関係性のままでお互いに前向きな姿勢を取られるのなら、何も言うまい。

「ご機嫌取りご苦労。日本人に見惚れているところだけは評価してやろう、ライダー」

その斜め奥で、組んだ脚を机に載せている行儀の悪い男が、セイバーとバーサーカーに並ぶ問題児と言って差し支えないアヴェンジャーだ。
珍しくライダーを褒めながらも、視線は向けていない。先程から彼は、自慢のリボルバーを手元でいじり続けるばかりである。
時折、唐突に咳き込んだり、正面に位置するバーサーカーの席――本人は未だ不在である――を見やりもするが、それも一時的なもの。
マイペースの極みである。無論、悪い意味でだ。

「皆ぁ~、おっまたせ~」

そんなアヴェンジャーの素行の悪さにキャスターが辟易していると、鈴を転がすような声がドア越しに届いた。
声の主の正体はいうまでもない。殉職により〝リスポーン地点〟であるこの大統領官邸にて再度の現界を果たしたバーサーカーだ。

「やっと来たんだね、あのクソ脳トロ女」
「口が過ぎますよ、セイバー。出来れば僕は、美しい言葉に包まれていたい」
「私はお前ほど甘ったるくはないんだよ、ライダー。大体、今も敵さんは動いてるってのに、呑気すぎなんだよあの馬鹿ドレスは」
「馬鹿ドレス……何故そうも名状しがたい言葉を湯水のように使えるのですか……?」

セイバーとライダーの衝突を終わらせるため、キャスターは「どうかそこまででお願いします」と口を挟んだ。
だが悪口はともかく、セイバーの言葉には一理ある。というのも、今回は復帰までの所要時間が常よりも長すぎたのだ。
通常の三倍はかかっている。万一を考え、一体どういうことなのか……と、キャスターは顎に手を当てて推理する。
真実は、ドアが勢いよく開かれた途端に判明した。

「えへへ~、気持ちよかったぁ~」

なんとバーサーカーはこの非常事態の中、バスタイムを満喫していたのだ。
その証拠に今の彼女は、グラビアモデルも真っ青の豊満な身体をバスタオル一枚で隠しているだけ……という過激な格好をしている。
少し桃色に染まった肌から未だに白い湯気が立ち上っていることから見るに、相当な時間をかけてリフレッシュしていたのだろう。
よりにもよってこんなときに何を悠長なことを……と、キャスターは頭を抱えかけた。
だが我慢した。
偉い、と自分を褒めた。

「さっさと座りな! このお間抜け乳牛! この状況で何を呑気なことを……!」
「あー! セイバーまで牛さんって言ったぁー! わたし牛さんじゃないもん! それに、この状況だからこそリフレッシュしたんですぅー!」
「やたらと怒鳴るのは良くないわ、セイバー。それよりもバーサーカー……あなたも女の子なんだし、まずはちゃんと服を着ないと……」
「あ、そうだ! ねぇねぇキャスター! なんかねぇ、敵が一人増えてたよ! 青い服のお侍さん! 知ってた!?」
「その件はお伝えしたはずですが。それよりもセイバーとランサーが仰る通り、きちんと服を着て座ってください。お願いします」
「えぇ~!? わたし聞いてないよぉ!? じゃあじゃあ、ライダーは知ってたのぉ!?」
「申し上げにくいのですが、貴女を含む全員に、キャスターが情報を送っています。そんなことよりも、まずはキャスターの指示通りに……」
「うぅー……でもわたしだって頑張って戦ってたんだよぉ!? だったらついつい忘れちゃってても仕方ないって思うなぁー!」

だが場が即座に荒れたため、結局は両手で頭を抱えてしまうこととなった。
生前の主に助けを求めたい衝動に駆られる。しかしそんなことをしてしまえば、サーヴァントとして何かが終わってしまう気がする。
とにかく今は、この蜂の巣をつついたような騒動を鎮圧せねばならない。
キャスターは日々戦いに明け暮れる棋士よろしく、数えきれぬほどの手立てを刹那の間に考える。
そうしていると、突如……乾いた音が連続して響き渡り、場は一転して静寂に包まれた。
この味気も容赦もない音の正体を、キャスターは知っている。いわゆる……銃声、というやつである。
そんな〝新しい世代の音〟を生み出せる者など、この部屋にはたった一人しか存在しない。
案の定……アヴェンジャーの手に収まっているリボルバーが、喫煙者よろしく銃口から煙をくゆらせていた。
浮かび上がる煙をじっと見つめていると、なんだか幽鬼の類いかと錯覚してしまいそうだ。

「……あ、うぁ……あー」

などと現実逃避気味に考えていると……バーサーカーが、単語として成り立っていない呟きを発しながら仰向けに倒れ込んだ。
床に激突した衝撃でバスタオルが緩み、彼女は一糸まとわぬ姿を晒す。しかし彼女は、胸や局部を隠そうともしない。
当然だ。銃弾によって念入りに脳を破壊されたバーサーカーは、流血しながら呆気なく死んでしまったのだから。

「やはりいいものだな、これは」

ブーツの踵部分でリズムを刻みながら、アヴェンジャーは新たな銃弾を弾倉へと込める。
小声で「土産にしたのは正解だった」と呟いて笑みを浮かべる彼の姿からは、罪悪感に類するものが一切感じられなかった。
相手があのバーサーカーだったから良かったものの、そうでなければまた手駒――キャスター自身を含む――が失われるところであった。
飢えた暴漢が見ればすぐさまむしゃぶりつくであろうバーサーカーの白い裸体が、金の粒子となって消えていく中……キャスターが口を開く。

「アヴェンジャー、騒ぎを収めてくださったことには感謝しています。ですが我々は一蓮托生。このような手段はもってのほかです」
「お前、この俺が点数稼ぎにご執心だとでも? それに相手はちゃんと選んでいる。あの女以外にはこんな手など使わんさ」
「……その腰に下げた〝武士の魂〟とやらに誓えますか?」
「愚問だな。まぁとにかく、これで奴も頭を冷やしただろう。つべこべ言わずにまた待つぞ」

相手の物言いに閉口したキャスターは、指で眉間をつまむと深い溜息をついた。
ここぞとばかりにセイバーが「本当に馬鹿な男さ。ねぇ?」と同意を求めてくるが、返事をする気力がわかないので無視をする。
代わりに心の均衡を保つため、カップの中身を一気に飲み干した。

「……とはいえ暇だな。おい、ランサー」
「何かしら、アヴェンジャー。剣呑なことは嫌よ」
「同郷の者相手に狼藉を働く気などない。ただ、三味線でも持ってないかと思ってな。どうだ?」
「あら、不思議なことを言うのね。ここは日本の裏側なのだけど?」
「……確か〝砂を掘ると日本人が埋まっている〟……だったか。ああ、退屈だ」

キャスターの気苦労など知ったことではないのだろう。
相も変わらず、アヴェンジャーは傍若無人な振る舞いを続けていた。


◇     ◇     ◇


「そういやアンタら、よく無事だったな」

立香による献身的な介護によって完全回復を果たした燕青が開口一番言い放ったのは、こんな言葉であった。

「ああー、確かに」
「ああー、って。おい」

そのことに関しては、確かに自分でも不思議だと思うとしか言いようがない……と、立香は改めて振り返る。
バーサーカーによってあらゆる物体が蹂躙されていく中、自分とケツァル・コアトルと小次郎が五体満足でいられたのはまさに奇跡であろう。
もしや一生分の運を使い果たしてしまったのではないか……今の立香はそんな想いすら抱いている。
その一方で、何故かケツァル・コアトルは居心地が悪そうにそわそわとしており、頑なに燕青から目を反らしている。
そんな彼女の姿を眺める小次郎は笑みこそ浮かべているが、冷汗らしきものを一筋垂らしていた。

「マスター、あのとき俺は爆弾でも落ちたのかと思ったんだぞ。あれは一体何だったんだ?」
「あれか……あれはちょっと色々、すっごい偶然が重なったっぽくてな。個人的に〝ちょっと冷静には解説出来ねぇよリスト〟に入ってる」
『というわけで私が説明してあげよう。あれはガス爆発だ』
「ガス爆発」

オウム返しをした燕青に『そう』と頷いたダ・ヴィンチは『状況から見て間違いない』と付け加える。
目を丸くした燕青が「あれが?」と怪訝そうに訊ねると、ダ・ヴィンチは人差し指を立てて解説を始めた。

『例によってバーサーカーの攻撃で多くの家屋や物体が倒壊、破砕したのは君も知っての通りだろう。それがまずかった。
 おかげで各家庭のガスは噴出し放題。それどころか地下のガス管にまで被害は及び、呆れるほどあっさりと準備が整ってしまった』
「へぇ」

ここで一旦ダ・ヴィンチが発言を止めると、ケツァル・コアトルの様子があからさまに変化……否、悪化した。
若草色の大きな瞳は右往左往の大暴れ。更にはハードなトレーニングを終えた直後の人よろしく、体中から汗が噴き出している。
そんな彼女は「いやぁー、暑いデスネー。改めて、帰省したって感じデース」などと口走りながら、片手をうちわに見立てて上下に振っていた。
挙動不審極まりない上に、あからさまにも程がありすぎる。そのため、もう燕青には全て伝わってしまったらしい。

「姐さん」
「……ンー?」
「やったな?」
「…………はい」

答えに行き着いた燕青は、一見すると〝そういう呼吸法なのか〟と勘違いさせそうなほどに大きく息を吐いた。
どうやら相当呆れているらしい。逆に言えば、そこまで心配してくれていたというわけなのだが。
燕青は前髪をイジリながら「姐さぁ~ん」と力無く呟く。するとケツァル・コアトルは即座に姿勢を正すと、

「ご心配をおかけしてすみませんでした……マスターと小次郎を危険な目に遭わせてしまって申し訳ありませんでした……」

シェヘラザードを思い起こさせる程の見事な土下座を披露した。
奇しくも同じ褐色肌なので、余計にアガルタでの出来事が脳裏をかすめていく。
何もそこまで……とは思ったが、軽率に口を挟むのもどうかと思い、立香はただただ静観した。

『まぁ、運が悪かったのさ。だが炎を用いた攻撃を放った位置が良かったのか、全員に大きな怪我はない。
 あの規格外なバーサーカーも含めて、の話だがね。というわけで、ケツァル・コアトル……もういいだろう』
「いえ、もうしばらくはこうさせてちょうだい……」
『なるべくすぐ起きてくれよ。特異点は待ってくれないからね』
「はい……」

そんな奇妙な空気が流れる中、ふいに立香が「そういや、悪いニュースがある」と燕青に言った。
燕青は目を細めて「この期に及んでまだ何かあるのかよ」と問いかける。
首肯した立香は燕青の目をじっと見つめ、勿体ぶらずにはっきりと〝悪いニュース〟を伝えた。

「俺達をここまで運んでくれたハイラックスが、死んだ」

そしてすぐさま、そうなった理由をとつとつと語り出す。
きっかけは、不幸な事故によって起こってしまったガス爆発であった。
まず車は、爆風という強烈過ぎるアシストによって、体操選手の魂が乗り移ったのかと見紛わんばかりにひねりを加えたジャンプを披露した。
向かった先に立っていたのは、突然の災害に慌てふためいていたバーサーカーだ。驚きからか目を見開いていたのをよく覚えている。
そんなバーサーカーが大剣を――自衛のためにだろう――縦に振るうと……ただそれだけで、運転席と荷台が〝さようなら〟と袂を分かったのだ。
相変わらず、この特異点に集う美男美女揃いの敵サーヴァント達は滅茶苦茶過ぎる。

さながら〝顔がいい魔物や妖怪の集まり〟だ。

当時、分断されたハイラックスを眺める内にふとそう感じた立香は、無意識に「ZONE-00かよ」と呟いていた。
この特異点が発見される数日前に、刑部姫から押しつけられるように推されて借りた漫画の名である。
本人も気付かぬ内に、脳が現実逃避を要求していたのだ。

「ただ、そんな中で俺達は、どさくさ紛れに相手の死角に入り込めてな」
「あのハイラックスとやらが、マスターや姐さんのためにと身体を張ってくれたおかげか」
「ああ。単純に煙や砂埃が俺達を隠してくれたってのもあるけどな。で、ちょっとしてから奇襲をかけようとしたんだけども……」
「……だけども?」
「急に消えたんだよ、バーサーカーが。そんで、次の瞬間に遠くのでかい建物がズガーンってなったから、嫌な予感がしてな」
「なるほどぉ?」

そうした情報を伝えると、今度は燕青が〝あのとき〟の状況を話してくれた。
曰く、マスター役の双子……その残った片割れを潰そうとした瞬間、まるで手品のようにバーサーカーが現れたらしい。
いっぱしのマスターが令呪を使いこなすと、そんな荒技までもが実現可能となるらしい……と知ると、立香は「マジか……」と己の令呪を眺めた。

「どうしようもないときの回復とか魔力のブースト以外にも使い道がある、ってのは知ってたけども……」
「実際に行使した瞬間を見たらさすがに驚いた。後れを取ったのも、アドニスのときみたいに頭がまっさらになったせいだ。すまん、マスター」
「いや、そればっかりはどうしようもないって話だろ。水に流そうぜ。それより……少し話題がずれたけども、今の問題は……」
「解ってるさ。新しい車が欲しい。そういうことだろう?」
「ビンゴ。ついでに、ここまで俺達を運んでくれた〝あいつ〟に手を合わせてやりたい。これに関しちゃただの自己満足だけどな」

そう締めくくった立香は、自嘲の籠もった乾いた笑みを浮かべる。
そんな彼に対し、燕青は「悪くない思想だ。そういう気持ち、これからも大事にしろよぉ?」と優しく声をかけるのであった。


◇     ◇     ◇


『ってなわけでダ・ヴィンチちゃん、ひとまず俺らは新しい〝足〟を確保しに行くから』
「ああ、承知した。もはや耳にタコな話だが、周囲に気を配ってくれよ。こちらでもサポートは続けるから」

立香達〝現場組〟のこれからを把握したダ・ヴィンチは、ふうっと息を吐いて椅子に背を預けた。
そのままカップを手に取り、ミルクとガムシロップ増し増しのアイスティーを一気にあおる。
暴力的な甘さが、働かせっぱなしだった脳に効いた。こんなものを後顧の憂いなくガブ飲み出来るのも、純正サーヴァントの特権である。
懐かしいコマーシャルをもじって「甘い! もう一杯!」と、ダ・ヴィンチは職員におかわりを要求する。
すると隣に座しているマシュが、ネットサーフィンに勤しんでいることに気付いた。

「気になったことでも?」
「はい。ホムンクルスの装備のことで、少し。これを見ていただけますか?」

職員からおかわりを受け取ったダ・ヴィンチが画面を覗き込む。ワードファイルに、何やら様々なデータが打ち込まれていた。
マシュがマウスのホイールを滑らせると、シークバーがエレベーターの物真似を披露し、ウィンドウの最上部へと移動する。
文書の一行目には〝ホムンクルス部隊についての所感(極めて主観的)〟と打ち込まれていた。
下の行には、今まで少年兵達が起こした行動や、装備についてのあれこれがレポートの如くまとめられている。
否、それだけではない。ダ・ヴィンチが「どれどれ……」とマウスを借りてシークバーを降ろすと、意味を持つ数字が羅列されていた。

「改めて、自分なりにまとめてみたんです。彼らの行動から推測されるスペックと、そこからはじき出される危険性の高さを」
「なるほど。いい仕事だ、マシュ。マルチタスクは大変だったろう……君も糖分を摂取したまえ」

まず目を引いたのは、ホムンクルス達の推定スペックが記載されている部分だ。
身長、体重、腕力、握力、速力、跳躍力、視力……マシュはそれらを、画面越しに捉えていた彼らの動きから推測し、まとめあげていたのだ。
タイトル通り主観的ではあるが、とてつもなく細かい。元々データ人間だった上に実戦経験を積んだ彼女だからこそ出来る芸当であろう。
ついさっきまでのネットサーフィンも、彼らの装備のカタログスペックだけでも把握してやろう、という考えでの行動に違いない。
その証拠に、一旦ウェブブラウザの検索バーをクリックすると、剣呑な単語が次々と顔を出してきた。

「残念ながらマチェットの製造会社は解りませんでした。しかし、あの軽機関銃の正体ならば既に特定しています」
「聞こうか」
「彼らが携行しているのは、ずばり〝MG42〟です」

ここで信長が「おっ、火砲の話か? よいぞよいぞ、わしも交ぜよ」と出張ってきた。
火器の話になった途端にこれとは……さすがアーチャークラスであり、何よりも戦国の世で〝種子島〟の実用性をこれでもかと広めた大名である。
きらきらと目を光らせている彼女を無下に退場させるのは、何だか忍びない。というわけでダ・ヴィンチはそのままマシュの話に耳を傾けた。

「このMG42は第二次世界大戦末期に、ナチス政権下のドイツで〝MG34〟の後継機として開発された軽機関銃です。
 MG34の弱点であった〝過酷な環境下に向いていない〟という弱点を克服し、なおかつコストも大幅に削減させた傑作品ですね。
 発射速度は毎分1200発以上。射殺された兵士が真っ二つに引き裂かれたという実話と独特の発射音から〝ヒトラーの電動鋸〟と怖れられました」
「正式名称は何というんじゃ?」
「マシーネンゲヴェーア・ツヴァイウントフィアツィヒ(Maschinengewehr 42)ですね。ちなみにこちらが現物の画像です」
「……ちょっとした意地悪だったんじゃが、よくもまぁ噛まずに一発で言えたのう……というか、そこまで調べとったんかお主」
「話を戻します。先程述べたとおり、MG42は〝当時の〟軽機関銃としては確かに傑作です。いい物です。しかしながら、理解出来ない点が一つ」

カップの中身に口をつけたダ・ヴィンチが「何かな?」と問いかけた。
とはいえ既にダ・ヴィンチは、おおよその当たりを付けている。
太鼓持ちのように敵の得物を褒め称えた上でなお、疑問点が浮かぶのであれば……それは、

「何故彼らは、敢えて〝こんな取り回しのよろしくない火器〟を使っているのでしょうか?」

やはり、この一点に尽きる。
だが信長はいまいち理解していないらしく、ぽかんとした表情で「何か問題でもあるのか?」と訊ねた。

「形状としてはわしの火縄に近いし、むしろ連射出来る分……悔しいが、上位互換みたいなもんじゃろ」

この質問に対しダ・ヴィンチは「だが時代によって事情は変わる」と言い返した。

「信長さん、覚えていますか? かつての亜種特異点新宿にて、今の彼ではない燕青さんが率いていた〝雀蜂部隊〟を」
「おお、覚えとる覚えとる。殊勝なことにあやつら、火器の素晴らしさをきちんと理解しておったなぁ……む?」
「お気づきになりましたか」

信長は眉をひそめ、何度か「むむむ?」と首を傾げると、一寸の間を置いて「あっ!」と叫んだ。
漫画の類いであったなら、頭の上に浮かぶ電球が点ったところであろう。

「あやつらの火器は、砲身が短かった! というか、既に形からして違っておる!」
「そうです。雀蜂部隊は軽機関銃ではなく、アサルトライフル……即ち〝突撃銃〟というカテゴリの火器を携行していたんです。
 この突撃銃は同じ連射能力を持ちながらも遥かに小型かつ軽量であり、比較的狭い場所でもある程度は自由な姿勢で運用出来るんですよ。
 当然、携行性もぐんと上がっています。ですが軽機関銃は殺傷力や制圧力こそ高いものの……運用する際の自由度は遥かに下回っています」

信長が察してくれたところで、更にマシュは畳みかけるようにあらゆるデータを表示させる。
その際に発されるタイピングの音こそ、件の連射能力を持った銃の発砲音を連想させた。

「雀蜂部隊の標準装備だった突撃銃には改造が施されていたのか、特定には至れませんでした。なので類似した物で比較しましょう。
 例えばイタリアのベレッタ社が九年前に開発した突撃銃〝ARX160〟の小型タイプは、まずストック短縮時の全長が755mmで、重量は3kg。
 そして一方の軽機関銃MG42の全長は1219mm、重量に至っては約四倍となる11.5kg……威力とストッピングパワーは申し分ないですが……」
「サーヴァントはともかく、立香を殺す……いや、それ以前に南米大陸の住人を根絶やしにするためにしては、あまりにも大仰すぎるのう」
「ただ実際は、使い手が人間の域を超えた身体能力を持つホムンクルスですから、重量や発砲時の姿勢制御などはちっとも問題になりません。
 ですが火器の正体が判明したとき、私は〝こんな重いものを持ちながらあんなに飛び跳ねたりしていたなんて〟と驚愕するばかりでした……」
「なるほどのう……そうかそうか。しかしマシュよ、色々まとめた末にそんな感想を抱いていながら、何故お主は疑問を浮かべておるんじゃ?」
「……と、仰いますと?」

と、ここでどうやら信長も、敵の真意に気付いたらしい。
ここまで黙っていたダ・ヴィンチが「君は自然と、答えに辿り着いたというわけさ」と助け船を出した。
そしてにやりと笑みを浮かべた信長と共に、マシュに答えを提示するため口を開く。

「マシュ。君はホムンクルス達のスペックを推察する内に、彼らは何故こんな武器を……という至極真っ当な疑問を抱いた」
「そして同時にお主は、あの童共の持つ異常な力に驚愕した。ならば既に答えは出ていよう」

喉をゴクリと鳴らしたマシュは、二人の顔を見つめながら「つまり……?」と呟く。
そんな彼女に対し、ダ・ヴィンチが「つまりはだね」と前置きをすると、

「あの火器を選んだ者の狙いは、ずばり〝現実感の喪失〟だ」
「そして恐怖を伝播させ、付け入る隙を強引に作り上げるというわけじゃな」

信長と共に、たった一つの疑問点を即座に潰した。
肝心のマシュはしばらく口を半開きにして黙っていたが、すぐに「なるほど!」と得心した様子で叫んだ。

「確かに、二次性徴が始まってすらいない子ども達があんなものを持っているのを間近で見れば、大なり小なり人は狼狽えます!
 南米の地に降り立ったばかりの先輩もそうでしたし、私も先程〝驚いた〟と言ったばかりです。そうなると事情は変わりますね……!」
「ああ。ごく普通の感性を持つ人間が、あんな長くて重い物を軽々と持っている少年少女を目撃すれば……まずは自身の目を疑うだろう」
「そうなれば最期、まずは一人死亡じゃ。そして電動鋸と呼ばれたとかいう砲声によって民の判断力を鈍らせ、ことごとくを鏖殺する」
「接近戦に関してはマチェットがあるから問題はない。むしろ辻斬りを行うことで、より恐怖を伝染させられる」
「蛮勇頼りに近付く迂闊な者は刃で死に、恐怖に呑まれた逃亡者は弾で死ぬ。そしてこの二つに当てはまらぬ強者は……」
「……七騎のサーヴァント達によって命を断たれる、というわけですね」

マシュが答えに至ったその横で、眉をひそめた信長がモニターに視線を向けて「そして大陸は空っぽとなった」と呟く。
続けてダ・ヴィンチが「南米には少数民族も住んでいる。それが近代文化に接触していない部族であったなら……」とまで言うと、口を閉じた。

「ダ・ヴィンチちゃん」
「何だね?」
「私も、甘いもの、頂きます。ちょっと、心の中が煮えてきたので……」
「……まぁ、なんだ。ごめん」

ダ・ヴィンチは近くの職員に、マシュの分の紅茶を要求する。

「さて、わしは銃の話でホックホクじゃし、邪魔になる前に戻るとするかのう」

一方で信長は、暗い雰囲気を吹き飛ばすように白い歯を見せると、踵を返して定位置へと戻っていった。
だがその道中で、彼女は突如「のわあああああ!?」と悲鳴を上げる。
危うく口に含んでいた紅茶を吹きかけたが、我慢して飲み込んだダ・ヴィンチは「何事だ!?」と叫んだ。

「お主はうつけか! もう少しでわし、平将門に改名せにゃならんようになっとったぞ!」
「う、うおぉ……悪ィ、集中してた。まぁ、是非もねぇってことでここは一つ……」
「今回ばかりはあるわい!」

見れば、仰向けに倒れ込んでいる信長がモードレッドに怒号をぶつけていた。
彼女を見下ろすモードレッドは、なんと抜き身のクラレントを握っている。
大方状況は理解出来たが、念のために訊ねてみることにした。

「どうした二人とも。いや、もうほとんど解ってるけどさ……」
「この叛逆家老がわしの首を落としかけたんじゃ! どうしてこうなった! どうしてこうなった!」
「……モードレッド。本当にどうしてこうなった?」
「あ? あのライダーが誰だか推理するために身体動かしてたんだよ。色んな相手を想像してな」

倒れたままの信長が「竹刀か木刀で……いや、得物無しでやらんか馬鹿者!」と、至極ごもっともな意見を言い放つ。
今回ばかりは全面的に己が悪かったと認めているのか、改めてモードレッドは「だから悪かったっつーの」と謝罪し、剣を鞘に収めた。
そして信長の手を取って立ち上がらせると、再びシャドーボクシングよろしく動き始める。勿論、今度は徒手でだ。

「女の父上とランスロットの馬鹿じゃねぇのは確定として……ガレスか? いや、そもそも円卓以外も洗う必要が……」

彼女はぶつぶつと独り言を呟きながら、さも眼前に相手がいるかのように振る舞う。
斬るだけではない。今は軽装だが鎧で受け止める動作や、果ては豪快に転がったり跳躍したりという回避の動作まで真剣に行う。

「死ぬまでクソほど斬ってきたからな……候補が多いな、畜生が」

一瞬、彼女の目と鼻の先に誰かが立っているかの様な錯覚を抱き、ダ・ヴィンチは両眼をこする。
当然ながら気のせいだった。また脳が疲れだしたらしい。ダ・ヴィンチはモニターへと視線を移すと、再びカップを手に取るのであった。


◇     ◇     ◇


「流石に今度は早かったですね」
「だって怒られるもん」

大統領官邸内での発砲事件からしばし間が開いた後、今度はきちんとドレスをまとったバーサーカーが戻って来た。
そして憮然とした表情を浮かべたまま座るアヴェンジャーに対して「ベーッだ」と舌を出すと、彼の正面に当たる席へと腰掛ける。
やっとだ。やっと始められる。キャスターは心中で何度もそう繰り返すと、全員の顔を見やってから言った。

「敵は今もこちらに向かっている最中かもしれません。ですので早急に始めましょう」

続いて彼は掌で空席を示し、全員に「この席にアーチャーがいない意味は、とうに皆さんもお解りですね?」と問いかける。
すると沈黙が続いたので肯定と受け取ったキャスターは、更に「故に我々は、頭を切り換えねばなりません」と畳みかけた。

「へぇ。で、どう切り替えるんだい?」

両の掌を後頭部で重ねた態勢で座るセイバーが、最近はまったらしい〝ふうせんがむ〟とやらを膨らませながら問いかける。
そしてピンク色のそれがパチンと弾けたとき、キャスターは「速度を上げます」と短く答えた。
だがそれだけでは伝わるまい。キャスターは両腕を広げると、言葉を続ける。

「これまでの我々はゲリラ的な戦法を採用していました。果たしてそれは半ば成功し、敵を何度も追い込んではいます。
 ですが、その先には繋がらない。倒しきるまでには至らない……それどころか、万全の態勢で挑んだアーチャーは、この通り。
 加えてバーサーカーは二度も殺されています。これは即ち、短期間で三騎ものサーヴァントが失われたに等しい。まさに緊急事態です」

キャスターは再び空席に視線を向けることで、弓兵の死を――ついでに狂戦士の死をも――更に強調した。
こうでもしなければ、優等生組のランサーとライダー以外は真剣に聞いてくれないからだ。
その証拠に、何やらバーサーカーがぷるぷると震え、目にひっそりと涙を溜めている。あくびを我慢しているようだ。
わざわざ名前を出したのに他人事か……と、キャスターは静かに怒りを覚えたが、決して放出しないよう努めた。

「残念ですが……不意打ち、ゲリラ戦の類いはアサシンには敵いませんし、実際に真似事をした結果、我々は火傷を負いました。
 ですから、先程申し上げた通り〝速度を上げ〟ます。召喚されていないクラスの戦法を模倣するのは、今日この瞬間から……お終いです」

遂に我慢の限界を超えたのか、バーサーカーが大きく口を開ける。
しかし幸いにも興味が失せているわけではないらしく、両眼をこすりながら「そくどぉ?」と問いかけてきた。
彼女の集中力が保たれている内に……と、キャスターは「そうです」と首肯すると、

「これより、策は〝電撃戦〟に切り替えます。相手に考える暇を与えぬ様、出来うる限り間を置かずに攻めるのです!」

自身の眼前で右手を握り、声を張り上げた。

「つまり、キャスター……貴方は〝当たりを付けて待つのはやめましょう〟と仰りたいのですね」
「究極的に噛み砕けば、そうなります」

挙手をして確認を取ったライダーからの問いに、キャスターはすぐさま答えを返した。
するとランサーが「ちょっと待って!」と手を挙げる。

「ライダーも褒めていたけれど、キャスター……あなたには〝敵がどのような動きを取るのかを予測する才〟が備わっているわ。
 そして実際、全員が敵と刃を交えることが出来た。これはつまり、あなたが守りに関する戦略に特化している証拠に他ならない。
 だというのに、急に正反対の策に頼るというのは……正直、無謀極まりないと思うの。何せ相手は人間じゃない、同じサーヴァントなのよ?」

このような意見が飛び出すことは、覚悟……というよりも、予想していた。
故にキャスターは彼女を説き伏せるため、落ち着いた優しい声色で言葉を返す。

「お褒めくださり光栄の極み。ですが策は反転しようとも、それを成し遂げるために必要な根っこに変化はありません。
 即ちこの策の変更は、私の予見……その使い方を、守りではなく攻めに使うことにしよう……という単純な話なのですよ。
 こうしている間にも彼らは、我々の動きを推理しながら南下しているでしょう。ならば攻めなくては、いずれ壁は決壊します」
「……決壊。そう……ええ、そうね。よくよく考えれば、そうよね。何故かしら、わたし、生前に学習したつもりだったのに……ごめんなさいね」
「いえ、納得してくださるだけで嬉しいですよ。では、続きといきましょう」

溜息交じりに笑みを浮かべたランサーに礼を言ったキャスターは、演説を再開した。

「この電撃戦には〝相手に考えさせる時間を与えない〟という効果を与えることに加え、もう一つの狙いを含ませています。
 それはずばり〝我々がいつ現れるかと恐怖させる〟というものです。これは相手の胆力に左右されはしますが……しかし、狙う価値はある。
 ホムンクルス部隊が大仰な得物によって恐怖を伝播させたように……今度は矢継ぎ早に襲うことで、正常な判断力をじわじわと削り取るのです」

ここまで言うと、今度はアヴェンジャーが挙手もせずに「矛盾しているぞ」と発言し、切れ長の瞳で睨み付けてきた。
獰猛な肉食獣、または猛禽類を思わせる覇気をまとう眼光は、今にも〝下手なことを言えば食い千切る〟と言い放ちそうだ。

「どこがでしょう?」

まぁそんなことはともかくとして、キャスターは平常心を保ったまま問いかけた。
するとアヴェンジャーは「阿呆が」と呟くと、テーブルに載せたままだった両脚を下ろし、言葉を続ける。

「守備に徹した結果、火傷を負った……だから今度は攻勢に転じる。これがお前の主張だったな?」
「ええ、まさしくその通りです」
「だが攻勢に転じてもなお〝じわじわと削り取る〟とは何事だ? それでは結局、肝心の成果は守りに入っているときと何も変わらんだろう」
「なるほど、そう来ましたか。ですが安心していただきたい。決して同一ではございませんから」

とてつもなく意外なことに、アヴェンジャーが至極真っ当な問いを放った……この出来事にキャスターは少し驚愕した。
だがそんなことを正直に伝えれば、ただただ怒りを買うだけだろう。最悪、鉛玉が飛んでくることも充分にあり得る。
なのでキャスターは、余計なことだけは言わぬよう気を遣いながら話を続けた。

「先程ランサーが危惧された通り、突如として攻撃に集中する作戦へと切り替えれば、最悪アーチャーの如く返り討ちに遭うかもしれません。
 ですから〝じわじわと〟と表現したのです。攻めるといっても〝どちらかが死ぬまで深追いせよ〟と命じるつもりなど皆無ですから。
 むしろ守りを固めていたときと同じく、逃亡を許してしまってもいいのです。その後すぐに間を置かず、攻められるのであれば……ね。
 間を置かずに攻め立てるとはそういうこと。流水が岩を削るように……いえ、そこまで遅いと困りますが、とにかく……そう、要はあれです」

異人の話を黙って聞いてくれている内に済ませなければ。
キャスターは、早い内に王手にまで持っていこうと決意すると、

「数の暴力、というやつです」

だめ押しにもう一本……と、こんな一言で解答を締めた。
幸運にもアヴェンジャーは納得してくれたらしく、目を反らすと「そうか。解った」とだけ言った。
その様子を見届けたキャスターは他のメンバーを見やり、他に質問がないことを察すると「ではまとめましょう」と口を開く。

「これより我々は攻勢に転じ、矢継ぎ早に敵を攻めます。位置の予見は私が、現地での斥候はホムンクルス兵が引き続き担当します。
 勝てそうであればそのまま殺しましょう。引き分けに終われば見逃してさしあげても結構。敗色濃厚であれば迷わず逃亡してください。
 とにかく重要なのは、手の空いた者と怪我の治った者が敵一派を攻撃し続け、なおかつ今ここに集った全員が生き残る……それだけです」

ランサーとライダーが「はい」と、バーサーカーが「はーいっ」と返事をする。セイバーとアヴェンジャーは無言のままだ。
ひとまずこれで、言わなくてはならないことは全て言い終えた。最初のいざこざを目にしたときはどうなることかと思ったが、ようやく一安心だ。

「ではまとめは以上……ですが、最後に質問があります。しっかり答えていただきたいので、是非ともご協力をお願いいたします」
「えぇ~? まだ何かあるのぉ?」
「はい。率直に問いましょう。皆さん、マスター役以外のホムンクルス兵は必要ですか?」
「ふぇ?」
「現在……ホムンクルス兵の多くは、北米との拮抗状態を保つため、パナマとの国境線沿いへと配備されています。
 そしてこれから生産されるホムンクルス兵達も、皆さんの下にではなく北部へと配備される……これは確定事項です。
 つまりは斥候部隊や戦闘部隊の数が減少するわけですね。ですから、必要であれば今の内に申しつけていただきたいのです」

というわけでキャスターは、続けて訊ねておきたいことを急いで口にした。

「ああ、そうだねぇ。だったら私んとこに補充かけといてくれると嬉しいかな。あの褐色女の心を揺るがすついでに、肉の盾にもしときたい」
「承知いたしました。具体的な数は後ほどで結構です。他に必要な方、遠慮なく仰ってください」

まずはセイバーが迷わず発注をする。すると今度はバーサーカーが「あ、じゃあじゃあわたしもぉ~!」と手を挙げた。
だが一転してキャスターは「あなたは駄目です」と言い放った。この突然の拒絶に、バーサーカーは「えぇ~? なんでぇ~?」とぐずりだす。
断った理由は単純。彼女にホムンクルスをはべらせたところで、どうせ攻撃に巻き込まれて死に絶えるに決まっているからだ。
キャスターは正直にそう伝えると、バーサーカーは「いいなぁ~、皆。いいなぁ~」と呟き、頬を膨らませた。

「キャスター……今、ランサーと相談しましたが、僕と彼女にも何名か見繕ってください。人数は後でお話します」
「ほう。ランサーはともかく、あなたがお求めとは……少し意外ですね」
「一人増えたというサーヴァントを実際に見られていませんので。僕と彼女が分断される可能性を考慮した上での頼みです」
「なるほど、断る理由はありませんね。閣下にお伝えしておきます」

その間にキャスターは、ライダーからの発注も承る。
だがアヴェンジャーが「俺にはいらんぞ。ではな」と部屋から出るところを見て「お待ちを」と呼び止めた。
あの鋭い瞳がまたもこちらを捉える。だが一切怯まずに、キャスターは淡々と言った。

「あなたには多めにつけておきます」

その瞬間、アヴェンジャーの口から「あ゛?」とドスの効きすぎた声が漏れ出た。
当然、キャスターは予測済みである。

「ただただ体を動かすだけの無気力な異人人形を、この俺に……? 貴様、どこまで成り上がったつもりだ……!?」
「第一に〝身体が資本〟の世界ですからね。そこだけはきっちりさせていただきますよ。こちらからは以上です」

故に、毅然とした態度で言葉を返すことが出来た。
一方の相手はと言うと、なんと太刀に手をかけていたが……セイバーが座っていた椅子を無言で蹴り飛ばすと、おもむろに手を離した。
さては反論が思い浮かばなかったとみた。実に重畳、幸運である。数をどうするかは、閣下と相談することとしよう。彼は心中で独りごちた。
そして全員が部屋から出て行ったのを確認してから、ようやく自身も廊下に出る。大きく伸びをした彼は、部屋の鍵をしっかりと閉めるのだった。


◇     ◇     ◇


変わり果てた姿となったハイラックスを見つけた立香は、まず荷台部分に手を合わせ、静かに瞼を閉じた。
そして「サンキューな」と別れの言葉を口にすると、次は運転席側の前に立ち、同じ行動を取る。別れの言葉も、忘れずに言った。
そうやって自身が〝自己満足〟と言った行動を終えると、立香はようやく新たな車を探すために動き出した。
とはいえ、爆発とバーサーカーの攻撃によって被災地と戦場がミックスされたかのような状態になっているこの一帯では、期待など出来まい。
立香は「なんであんなにスパッと斬っちゃうかねー、あのバーサーカー……」と愚痴りながら、サーヴァント達と共に歩を進め続ける。
そんな立香がやがて「やっべ、疲れてきた」とぼやいたところで、

「あら、マスター。良さそうなものがあるわよ」

ケツァル・コアトルが人差し指で、横倒しになった大きい自動車を指し示した。
その自動車は、自分達をここまで運んでくれたハイラックスに勝るとも劣らぬほどに角張っている。
更に付け加えるとそれは、とてつもない知名度を誇る自動車であった。

『ほう、ハンヴィーとは。テクニカルのような急ごしらえとは一線を画した、バリバリの軍用車じゃないか』
『バルベルデによる虐殺に抵抗し、返り討ちに遭った方々の置き土産……といった具合でしょうか』
「ナイスだ姐さん。荷台付き、パンクなし、鍵も刺さったまま、ガソリンの残量は充分。運転席にはドア天井完備。こいつは確かに良物件だな」
『形状から推測するに、イスラエル産ですね。南米で採用されているということは〝ヌンヌン〟……いえ、その後継機でしょう』

ハンヴィー。それはダ・ヴィンチが言った通り、軍が使用するためだけに産まれた特殊車両である。
先代があの〝ジープ〟であると聞けば、この車がどれだけ用途を狭められているのか……すぐに理解出来るであろう。
そんな情報を仕入れていない立香には知るよしもない話ではあるが、それは置いておくとして。

「あら! 燕青、小次郎。荷台にベンチシートがあるわ! あなた達の負担も軽減されそうよ!」
「いいねぇ、姐さん。そいつは何よりだ」
「ならばこの幌はどうする? 私としては、敵を見つけ次第すぐに抜刀したい故……」
「そうね、なら取っちゃいましょう。それじゃあ……よいしょっと」

内装を細かく確認したケツァル・コアトルが車外に出ると、ハンヴィーを持ち上げて道路に置き直す。
そうやって姿勢を戻しただけで、横倒しになっていたときよりも遥かに頼もしく見えてきた。

「そんじゃ……使わせてもらいます。仇は絶対に取りますから、安心してください」

立香は再び手を合わせ、暴虐に抗った果てに殉職したであろう兵士達に言葉を贈る。
そして幌が外された荷台に燕青と小次郎が、運転席にケツァル・コアトルが、助手席に立香が腰掛けると、

「……よし、行こうぜ」

ケツァル・コアトル達のマスターとして、号令をかける。
覚悟の表れか、それとも責任感に押し潰されたか……何かを押し殺したかのような声色だった。


◇     ◇     ◇


「と、以上が事の顛末です」
「苦労をかけたな、キャスター」
「とんでもございません。私は存在理由に従って動いているまでですから」

会議が終わり、各々が再び戦場へと散ってからしばしの時間が経過した頃。
馴染みの部屋にて、キャスターは大統領に結果を報告した。
キャスターが一部の手駒に散々手を焼かされたことを知った男は、彼に労いの言葉をかけた。
するとただそれだけで、キャスターが抱いていた精神的な疲労が癒えてゆく。
我ながらなんと単純な……と、キャスターは自身を嗤った。

「しかし、電撃戦とはな……」
「……私に至らぬ部分がありましたか?」
「いや、そうではない。ただ、懐かしさを覚えただけだ」

コーヒーカップに口をつけ、男は目を細める。
そんな姿を見たキャスターは、一瞬ではあるが好奇心に駆られたものの……追求はしなかった。
敢えて話を聞く日が来るとするならば、それは全てが終わった後であろう。
故にキャスターは、穏やかな声色で「でしたら、安心いたしました」と言葉を返すだけに留めるのであった。


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最終更新:2018年07月27日 17:24