「清姫だ……」
「そうです。清姫です!」
「清姫!」
泣き出しそうな顔になってしまう藤丸。
やっと出会えた。
ここに来て、長い間はぐれたままだったのだ。
普段は彼女の独特の愛情表現にどぎまぎする藤丸だが、この時ばかりはそんなことも頭に浮かびはしなかった。
駆け寄る彼女にぎこちなく両の腕を広げる。
自分の胸に飛び込む彼女を受け止めた時に、孫一が咳ごんだ。
「……いいかしら?」
「……どうぞ。いいよね?」
「はい。私は問題ありません」
「そう。よかった。それじゃあ一つ一つ、問題の結び目をほどいていきましょう。何から聞きたいかしら」
……何から。
何から聞いたべきか。
聞けるのなら何でも聞きたいが、一つずつだろう。
藤丸はとりあえず、先ほどの話の続きをすることにした。
「なんで梶井基次郎が英霊になってるの?」
「そうね。答えは『セイバーが彼を生み出したから』ということになるわ」
セイバーが?
また一つ疑問だ。
質問して謎が一つ解決したら新しく一つ謎が生まれた。
「聖杯が呼んだんじゃなくて?」
「えぇ。セイバーは英霊を生み出す力を持っている……というと語弊があるわね」
確かに、そうとは思えない。
あの男はそれぐらいのことをしそうだが、それでもセイバーは剣士だ。
あるいは剣豪。
英霊を呼び出せる能力がないと考えるのが自然なのだろう。
「あいつは英霊を書き換える能力がある」
「書き換え……?」
「その書き換えで生まれたのが……俺か?」
「その通り。あれは多分聖杯やら魔神柱やらの力を借りてのものね」
「どうやって書き換える?」
「焼くのよ。炭みたいになるまであいつの火で焼いて、霊基だけを残す」
藤丸と基次郎。
二人の頭に浮かんだのはバラバラの事実だった。
文士、梶井基次郎が思い出したのはセイバーが橋姫を食ったことだ。
どす黒い塊になった彼女をセイバーは食った。
カルデアのマスター、藤丸が思い出したのはいつだったか聞いたあるもの。
『無記名霊基』
実物を拝んだことはないが、理論上それを揃えれば高位の英霊を呼び出せる。
英霊の抜け殻のようなものかと理解している。
「……近いわね」
藤丸が無記名霊基について話すと孫一はそう答えた。
「ただ、あいつの……そうね、『霊基焼却』と呼ぶのだけど、それと無記名霊基は似てるわ」
だが似ているということは同時に違うということでもあると孫一は言う。
落ち着いた瞳のまま、藤丸たちに言葉を発し続ける。
「貴方の話を聞いたところだと、それは複数必要なのよね?」
「うん……たしか、十くらい」
「あいつは一人の霊基で一人の英霊を生み出せる」
「上位互換って感じ?」
「いいえ。無記名霊基は呼ぶ英霊をある程度制御出来るのでしょう?」
となると、霊基焼却の後に呼び出された英霊はそうではないのか。
そう藤丸が聞く前に孫一がそれを肯定した。
「あれは焼却した英霊と同じ枠組みで製造するの。だからアサシンはアサシンの霊基でしか作れない」
「な、なぁ頭領殿……」
「何かしら?」
「それで、私は私以前にいた英霊を元にして作られたんだな? そ、それは何でだ?」
藤丸も頷く。
セイバーが英霊を作る能力を持つのは分かった。
だが、そうだとして何故梶井基次郎なのかということだ。
「霊基焼却は制御は出来ないけど方向性を決めることは出来る、みたいね」
「みたいって……」
孫一はセイバーではないので詳しいことが分からないのは仕方がない。
それでも、みたいと言われると梶井基次郎には不安が残るらしい。
「私は過去に二度、霊基焼却の場に立ち会ってる。あいつは英霊を生むときに自分の希望があるようなことを言っていたわ」
「希望、か」
「貴方を生み出す時は『我が計画にふさわしい火の力を持つ者』と言っていたわね」
「計画……計画? 永久統治首都がそうなんじゃないのか」
聞いた覚えがある。
初めてアサシンに出会った時だ。
中枢にして中心、永代の都、それがここ永久統治首都、京都。
「私はそう教えられたけれど……あいつはそういう人間じゃないでしょ」
「……」
「支配は好きでもそれだけを求める人間じゃあない。それが何か詳しくは分からないけど、直感的に理解できるわ」
その言葉に藤丸と梶井が頷いた。
あれは天下統一だけで満足できる人間ではないはずだ。
誰よりも欲深く、誰よりも残酷なように思えた。
本当にそうなのかは分からないが、それこそ直感的な理解だった。
「それで……セイバーが私を求めて生み出したんだな?」
「えぇ。そう聞いているわ。だから私はなるべく貴方をあいつに近づけたくなかった」
「……それで僕たちの見張り?」
「見張り……?」
藤丸の言葉に驚いたような顔をしたのは清姫。
一方で孫一は表情が変わらず、梶井はバツの悪そうな顔をしている。
「知ってたの?」
「アサシンが教えてくれて……」
「て、手がかりだけだ……」
いつだったのか橋姫と安珍が聞いた『遊撃衆の者にはそれぞれ役割がある』『お市さんの宝具についてよく考えておくといい』
藤丸の持っている知識、あるいは実の姉である信長の経験を思い出せば理解できることだった。
お市の宝具、それは『袋の小豆』
織田信長に送られた報告であり警告。
両方の口を縛り、朝倉家と浅井家による挟撃の気配ありとのこと。
その逸話からなのか敵の退路を塞ぎ、逃走を防ぐものだ。
本来ならばそれを察した信長は挟撃から逃れられたというものだが、この場合は察せずに挟撃に遭うということなのだろう。
「それで……自分の役割は見張りとか内通者とか、そういうことを伝えたわけ?」
「あぁ……味方と思ってる遊撃衆が敵、という風な表現になってしまったが」
「そうなの……はぁ……よく受け取れたわね……」
そう言った瞬間、孫一の平手が梶井に飛んだ。
「痛いぞ!」
「要らないことをしたわねアサシン。遊撃衆で入れた時点で私側で保護したも同然よ」
「す、すまない……」
「でも、貴方は貴方の思うことをしたのね。結果はどうであれ、貴方は藤丸君の安全を保障したかったのかしら」
「……」
「だったら、これ以上この話はしないわ。しても意味ないし」
少し、静寂が流れる。
それを切り裂いたのは藤丸の言葉だ。
「あの、三つ聞きたいことがあるんだけど」
「一つずつ答えるわ」
「なんでセイバーは計画に必要なアサシンを自分の手元に置かなかったの?」
「そうね……あいつはきっと、アサシンの善性を信じてたんでしょう」
「私の善性を?」
「だってあなたは私たちから見て、あまりにも弱くて普通っぽかったんですもの」
戦国を生き抜いた彼らにとって梶井基次郎は浮いていたのだろう。
自分たちの時代よりもずっと後の時代。
戦いから少し離れた時代の人間。
人殺しなどの非情な行為は非常の事態でない限りできない。
それをセイバーは信じた。
「絶対、貴方は重みに耐えかねる。それと、貴方の力が本当に自分の求めるものか分からなかったんでしょ」
「それで頭領殿に私を値踏みさせたのか……」
「そうなるわね。調子はどうだ、みたいな調子で聞くつもりだったんでしょ……これでいいかしら?」
「うん。じゃあ、二つ目。清姫とはどこで会ったの?」
「竜の撃退の準備中……の少し前に。事前に彼女のことは聞いていたから保護したのよ。詳しくは本人から聞いて」
きらきらと清姫が目を輝かせているような気がしたが一旦保留する。
気になることではあるので後で聞こう。
少々彼女と自分の接着面が広くなった気がした。
「三つ目……過去に二度、霊基焼却の場に立ち会ってるって言ったけど、アサシンともう一人は誰?」
「……ランサー。お市よ」
少し、面食らう。
ただ確かに彼女がランサーとしての性質を持っているかは謎だった。
清姫もランサーになることがあったが、少し特殊な背景があったのは確かだ。
「あいつは『我が敵を生み出そうぞ。我が死の要因を作り出そうぞ』と言ってたわ」
「死の要因?」
因縁のある相手、ということだろうか。
「そう。そして失敗して、私にランサーを押し付ける形になった。後々自分の好きなようにするつもりだったのかもしれないけど」
「その死の要因という人に見当はついているのか?」
真名に関する情報になっているはずだ。
「見当どころか。ご本人がいるじゃないの」
「え」
「誰を生み出そうとしてお市の君になったと思う?」
「……織田信長?」
「そうよ。あのランサーは確か……前田利家だと思うから、あいつ的には絶対に成功すると思ってたんじゃないかしら。流石に本人がいると知られると危険すぎるから、信長は遊撃衆の訓練の指揮をして隔離したの」
信長。
織田信長と因縁のある相手……多すぎる。
絶対にたくさんいる。
「それだけだと誰か分からない……」
「信長とか私たちの時代に生きた人間の何人かは顔を見れば分かるはずなのだけれどね」
「アーチャーも?」
「えぇ。一応ね。なぜだかは知らないけれどね。あの京のセイバー、あいつの正体は……」
「うん」
「松永久秀よ」
最終更新:2018年10月14日 23:20