燃えていた。
赤々とした火が燃えて、木造の建物を焼けている。
今にも崩れそうな建物の中に立つのは三人の少女。
二対一の形で向き合う少女は名を持っている。
一人はお市、織田信長の妹。
二人は酒呑童子とお市の姉である織田信長。
「……これはどないしはったんやろな」
「どうじゃかのう」
自分に薙刀を構えるお市を見ても、信長の心は大きく揺らがなかった。
あるいは揺れたようには見えなかった。
「お姉様……」
「うむ」
「出来ることならば……お許しください……市は市を保てずにいます……」
「よい……」
自身に向かって突きこまれる武器。
信長がそれをかわし、ひょいと跳びあがった酒呑童子が薙刀を踏みつける。
鬼の怪力によって薙刀が床に沈んだ。
持ち上げられず、戸惑った市に信長の銃口が向けられる。
引き金を引くよりも早く、建物の中に飛び込んだものがある。
それは人ではない。
妖怪だ。
突然の侵入者に銃の標的が変更される。
依然としていくつかの銃口は市に構えられているが、弾丸は彼女に向けて放たれなかった。
その代わりに新たに現れた火縄銃が妖怪の体にいくつもの穴を作った。
「んー……? あんたの妹はん、妖術の嗜みがあるん?」
「わしは知らんが」
「じゃあ、外からかな」
「うむ」
この場合、外というのはそういう意味合いなのだろう。
「あら」
お市が武器から手を離した。
それと同時に部屋のいたるところから煙が湧きだしてくる。
建物の火から発生したものよりも数段濃い。
煙は故意に酒呑童子たちの視界を遮っていた。
目を凝らして市を探すと、煙の中に顔のようなものが見えた。
煙々羅である。
即座に、酒呑童子と織田信長が背中を合わせた。
煙々羅に関する知識を二人が持っているからした行動ではない。
視界が良好でない状態。
敵はお市のみならず妖怪も含める。
一体どれだけの数の妖怪が自分たちを狙っているのだろうか。
分からない。
さらにお市の宝具は拘束に向いている。
手を間違えば命にかかわるのは明らか。
「……」
「……下!」
信長が叫ぶのが速いか、彼女たちの足元になにかが這いずって来る。
帯だ。
先端が丸く結ばれて、ちょろりと結び目から舌のように余った帯が飛び出ている。
蛇帯という妖怪である。
足に絡みつこうという蛇帯を酒呑童子の手が掴んだ。
二体、三体、四体、五――――
一匹の蛇帯が落とされていた薙刀に絡みつく。
「信長はん」
「分かっておる!」
抜刀。
蛇帯が酒呑童子に掴まれるよりも早く薙刀を放り上げた。
下……ではない、目的は上からの攻撃。
煙をかき分けながらお市が現れ、その手に放られた薙刀が握られた。
受け止めるのは信長の刀。
割けた煙の隙間からお市の顔が覗く。
顔を歪ませ、歯を食いしばり、揺れる瞳で薙刀を振るっている。
対する信長は静かであった。
ただ強い意志を持った瞳だけが彼女の激しさを物語る。
「絞る紐、縛り首、結ぶ命、袋の小豆―――」
宝具の解放。
「ふっ!」
酒呑童子が接近し、無防備なお市の体を叩くとお市の体が後方に飛んだ。
確実に当てた攻撃だが、酒呑童子に手ごたえは無かった。
彼女の体に触れはしたものの、酒呑童子の力をそのまま受け流しながら動いたのだ。
当然、お市にそれだけの力はない。
お市自身すら認識していない袋の小豆という宝具の特性。
送られた袋の意味を察した信長が挟撃を免れたという逸話。
故に、戦域からの脱出の保証。
あるいは宝具開放の間、お市の逃走あるいは回避をある程度保証する。
気付けぬ者が馬鹿を見る逸話からの宝具、その力の一部を気付けぬままに扱っていた。
「二回もおんなじ手ぇは……食わんで?」
空中に輪を描くように信長の火縄銃が現れた。
銃口は真下に向けられている。
一斉掃射。
床を円形に区切るように穴が開けられていき、とどめと言わんばかりに酒呑童子が拳を叩きつけた。
崩落する。
床が抜ける。
二人が真下へと落ちていく。
気付けぬ者が馬鹿を見るならば、気づけた者は馬鹿を見ない。
勿論、二人の打った策はこの場でなければ出来ぬやり方である。
が、この場においては有効な手を打った。
小規模な結界宝具である『袋の小豆』。
橋姫捕獲の際に信長はその効果範囲を雑賀孫一から確認し把握している。
だからこそ回避するために必要な距離が分かっている。
後退では足りぬその距離、だから彼女たちは縦に逃げる。
地上においては地下への逃走は困難だ。
しかし建築物であればそれを無視できる。
織田信長の冷静な判断と、酒呑童子の本能からくる反応が噛み合った。
「……姉上様!」
穴を覗き込むお市。
不安そうな色と苦虫を噛み潰したような色が混ざり合う複雑な表情。
続くように穴から下りてこようとするが、その前に藤丸たちが入り口から中に飛び込んだ。
「酒呑、信長!」
「ここは危ないで旦那はん」
「遊郭の辺りで火が出てるってきいて急いでくればこれ? ……一旦退くわよ。すでに妖たちに囲まれてる」
「撤退か」
「すでに私たちが道を開けてるわ」
下りてくるお市。
薙刀を構え、徐々に距離を詰める。
後から来た藤丸、雑賀、梶井の三人は瞬間的に状況を飲み込んだ。
「なんで……?」
「セイバーの妖術……!」
「ごめんなさい……でも、どうしても……どうしても……!」
踏み込み、薙刀が横に空間を切り裂こうとする。
「長政様が囁くんです……!」
その言葉に信長が目を見開いた。
迎撃のために刀を構える。
アーチャーのクラスで現界しているが、武士としての能力が低いわけではないのだろう。
薙刀を刀で押さえ、続いて空中に展開した火縄銃で確実に撃つ。
目の前に立つのが弟であろうと妹であろうと、そうせねばならぬのならば討つのみ。
「市!」
「姉上様!」
「……そこまでだ」
宙に浮かぶものがある。
どこから持ってきたのか黒の碁石。
五つ、六つ、七つ――――――目で追ったころにはもう遅い。
「あっ……!」
空中に起きる小規模の爆発。
お市の眼前で爆発した碁石は彼女の視界を奪い、目や顔面への攻撃を行う。
思わず顔をかばう。
完全に彼女の動きが止まり、ダメ押しといわんばかりに足元に碁石を転がして爆破した。
上に意識が向いたところで下方への攻撃。
意識の外から来た攻撃を受け、お市は体勢を崩してしまった。
だが、梶井が選んだのは追撃ではなかった。
「早く行こう……あれは多分、誰も彼もを傷つける。まともにやりあったらあかんぜ」
「……お主、雰囲気が変わったのう」
「……どうも」
既に雑賀衆が道を作っている。
信長、酒呑童子と合流し藤丸達は戦線から離脱した。
最終更新:2019年05月24日 18:33