「マスター・藤丸立花と、随行サーヴァントの位置情報はまだか!!」
カルデアの管制は、火鉢を掻き乱したような混乱にあった。
「追跡中です!」
「観測時間軸を、前後100年に広げろ!」
「バイタル低下! 全身、特に左下腹部に異常数値を検出!」
「随行サーヴァントの霊気が正しく読み取れません! くそ、書き換えられて……!?」
焦りと苛立ちの交じった声。
上から下へと、絶えず流れ続ける膨大な数値。
機器の間を縫うように走る職員。
「一筋縄じゃあいかない、とは覚悟していたけれど……まさか、出鼻からとはなぁ……」
レオナルド・ダ・ヴィンチは、その飛び交う情報の渦から必要なものだけを救い上げ、頭の中で統合する。
不在となった司令官の代理を務めるとはいえ、任される業務は以前とさほどに代わりはない。
にも拘らず、心のどこかが逸ろうとするのは、無縁とすら思っていた重責というものに苛まれたか、或いは余計な情でも生まれたか。
いずれにしたって、らしくもない。焦るのは、自分の仕事ではないのだ。
僅かな笑みを崩さぬまま。
務めて落ち着いて、されど端的に、方々へと呼びかける。
「観測班、向こうからの情報に更新は?」
「チャネルの設定は当初のままですが、画面上に反映は……依然、見失ったままです」
「維持して、その座標のままでいい。医療班、異常数値の特定は?」
「礼装は正常に作動していますが、その上でこのダメージは……サーヴァントか、それに準ずるクラスとの接触、襲撃を受けたものかと……」
「ってことは、少なくとも向こうで生きてはいるね」
酷薄な判断に青ざめた医療班員を尻目に、他の班へと自ら足を向ける司令官代理。
それでも、班員はすぐさまに自らの職務へと立ち戻る。
絶望に手を止めてしまう者など、このカルデアには一人とていない。
マスターは、藤丸立花は、弱音を吐かない。
不屈の人だ。
逆風の嵐の中でも、前を向くことを止めない人だ。
最期の時まで、光を探すことを止めない人だ。
ならば、自分たちが先に諦めるわけには、いかないのだ。
今までも、そうあった。だから、きっと、まだ大丈夫――――祈りにも似た確信の裏側で、それでも心は軋る。
(それよりも、問題は こっち だなぁ)
「……」
管制の端。
砂嵐ばかりを拾うヘッドフォンを繋げたまま、マシュは服の裾を強く握りしめている。
遠目にも、小さく震えているのが分かった。
マスターの窮地に、盾を掲げて守るどころか、言葉ひとつもかけることが出来ない、不甲斐なさを。
かけがえのない大切な存在を、手も届かぬところで失ってしまうのかもしれない、恐怖を。
他の邪魔にならぬよう、一言も漏らさず静かに堪えているのだろう。
マスター・藤丸立花と、そのサーヴァントとなったマシュ・キリエライト。
もともと共依存の傾向はあったものの、年端もいかぬ少年少女が戦場に放り込まれているのだから、無理もない話だ。
その関係に大人が口を挟むのも無粋だろうと、カルデア全体で見守る姿勢が共有されていた、のだが。
マシュがデミ・サーヴァントとしての力を失ったあの日から、その関係は少しずつ、不安定に傾いていった。
マシュは、聡い子だ。
特に、マスターである藤丸立花の変化に対しては、ほんのわずかな不調も見逃さないよう、並ならぬ注意を向けている。
デミ・サーヴァントとしての力を失って以降、その傾向も殊更に顕著だ。
盾を失った今、そうでもしなければ自分に価値などないと縋るようですらあったのを、誰かが不憫に思ったのだろう。
藤丸立花は、弱音を吐かない。
特に、マシュの前では必死に強がろうとした。
ほんの少しの傷や疲弊が、今まで守ってくれていた彼女に対する、無言の刃になるのだとでも言わんばかりに。
少女の助けがなくとも大丈夫だ、と、胸を張ろうとしたのだろう。
マシュが 観測手 を申し出たのは、きっと二人の妥協点だ。
遠い地に独り赴いた少年に、少しでも力添えをするために。
帰りを待つ少女に、自らの無事を逐一報告するために。
互いにとっての安定剤となるはずだった命綱は、今、彼女自身にその身の無力さを説くための残酷な装置となってしまっている。
(……やれやれ。こういうのは、キミの役回りだったろうに)
草葉の陰に隠遁してしまった友人に悪態をつきつつ、大人としての似合わぬ役回りに転じようと歩を向けた、その時だった。
「霊基、解析しました……!」
観測班のひとりが、苦々しげに叫ぶ。全局員の視線が、意識が、その一席へと集中する。
「同行したサーヴァント・ランサー、エリザベート・バートリーに、高ランクの【狂化】および【精神汚染】と同波形の数値が……!」
「【狂化】、って……バーサーカーの、あの【狂化】か!?」
「その【狂化】で間違いありません! 第一特異点・オルレアンにて交戦した、暴走状態の敵サーヴァントのものと酷似しています!」
波が打って返るように、今度は医療班から声が上がる。
「マスター、藤丸立花の令呪使用を確認しました! 対象は……エリザベート・バートリー!」
一瞬、歓声交じりのどよめきが上がる。
交戦している。抵抗している。
彼は、まだ無事だということだ。
「…………、マシュ!」
その席へと駆け寄り、まだ呆けたままの少女の肩を掴む。
「藤丸君の観測が不可能となった以上、観測手である君は、手の空いた遊撃人員ということになる」
こちらの言わんとすることを悟り、絶望に沈んだ瞳に、ゆるゆると光が戻ってくる。
「……ライブラリにアクセスし、過去の特異点、サーヴァント、ローマ帝国の情報を洗い直します!」
「頼んだ! こちらからもう一度彼の情報を見つけるにしても、手掛かりが要るからね」
絶望に伏している暇などない。
その入り込む隙間もないほどに、情報で埋め尽くしてやらなければ。
「どんな小さな可能性でもいい、片っ端から目に付いたものを持ってきてくれ!」
小さな背中が走り去るのを見届けて、ダ・ヴィンチは陣頭指揮を再開した。
最終更新:2018年11月21日 23:14