第1節:大蛇を見るとも女を見るな(4)





アーチャー(・・・・・) だ。他に呼び名は要らねェな?」

 有無を言わさぬ物言いに、首を縦に振るしかなかった。

 マスターとサーヴァントという関係は、本来は利害の一致によって行動を共にするものだという。
 カルデアの例外的事情がなければ、あるいは相手が はぐれ(・・・) ともなれば、こんなものだ。

 しかし、例によって、というべきか。
 弓兵のクラスを名乗った割りに、飛び道具はまるで見当たらない。
 その上、改めて見れば見るほど奇抜な出で立ちだ。

 暗がりに嫌でも目立つ、光沢のジャンプスーツ。
 ワックスで固めたボンパドール、派手な色合いのサングラス。
 肩幅は広いが痩躯。 青年というには渋味が強いし、かといって中年と呼ぶにはギラついている。

「ンだよ、じろじろ見やがって。……ああ、忘れてたぜ。――――サインだな!」
「要らないです」

 どう見繕っても、戦闘に適したサーヴァントではない。

「エリザ、……さっきのサーヴァントとは、相性が悪いって言ってましたけど」
「ああ……音楽性の違い、ってヤツかな」

 どこからか取り出した色紙に書きなぐりながら、物憂げに溜め息を吐く。
 ……言ってみたかったのだろう。

「最近の若手は、どうも賑やかしゃイイと思ってるだろ? そうじゃねンだよ」
「はぁ」
「『聴かせる』ためにゃ、敢えて間を取る。そういう駆け引きっつーの? これが分かってねェんだ」
「……つまり、あなたの戦闘手段は音楽に関するもので、エリザベートの大音量で叫ぶスタイルとは噛み合いが悪いんですね」
「よく今ので分かったな?」

 なぜ分かるように説明してくれないのだろう。
 心底感心したように述べてから、アーチャーは不要と言ったはずのサイン入り色紙を投げてよこした。
 どうにも、我が道を進むタイプらしい。
 勢いでサインに真名など書いていないか、と思って目を落としたが、どこの国の文字か、いやそもそも文字なのかの判別すらつかない。

 ともあれ。

 何がしかに干渉を受け、その身の自由を失っていたとはいえ。
 エリザベートは、武辺の英霊にも引けを取らないくらいには戦闘慣れしている。

 その彼女が、手も足も出なかったのだ。

 彼女の攻撃パターンを幾つかと、礼装を通じて流れる魔力のタイミングを指示した、ただそれだけで。
 攻撃は空を切り、足取りは縺れ、一挙手一投足を弄ばれてしまっていたのだ。
 一方の猛攻をもう一方がひらりひらりと躱す様は、子どもをあやす大人か、或いは闘牛でも見ているようですらあった。

 実力は、本物だ。……たぶん。


「そんで、聞かないのか?」
「……何を?」
「そりゃお前、色々あるだろうが。随分と頼りなさげだがよ、カルデアのマスター」

 こちらの素性と目的については、粗方は明かしてある。
 聖杯に呼ばれたのかも不明だが、知識としては備えているらしい。

「『ここが何年の何処か』、とかよ」
「知ってるんですか?」
「いや、皆目分かんねェ。あとはなー、そうだなー」

 百を超える英霊と縁を結んだからこそ働く予感のようなものがあるのだが。
 これはきっと、話していて疲れるタイプの英霊に違いない。
 助太刀に入ってくれたことを思えば、友好的なサーヴァントと見てもいいのだろうが。



「どうして『さっきのサーヴァントが音を使って戦うと、戦う前に分かった』のか、とかな!」


 ――――予感は、すぐに萎んで消えた。


 同時に、気が付く。
 エリザベートに、或いは彼女を狂わせた悪意の大元に、此方への害意があったのならば。
 槍による殴打や刺突など、回りくどい。
 歌わせてしまえばいいのだ。

 周囲には、遮蔽物はほとんど存在しない。
 隠れられる場所がない、ということだ。大元は、歌の効果範囲外からこちらに干渉していた可能性が高い。
 にも関わらず。彼女は、歌わなかった。

「……エリザベートを、前から知っていた、とか」

 アーチャーは、ただ笑みを深くする。不正解、の意なのだろう。

「最近の若いのは、気安い方がいいのかと思ってよ」
「は?」

「威厳たっぷりに振る舞って、恐縮されんのも苦手なのよ。
 だけど、そういうのが必要な時ってのもあるよなァ。
 話しかけやすいってのは良いんだが、それで舐められったら本末転倒だからよォ。
 ……やっぱ〆るところはしっかり〆てかねーと、民ってのは、ついてこねェんだゎ」


 アーチャーが掲げた手に、収束する魔力が形作るエレキギターが、―――――否。


 これは、彼の弓(・・・)だ。

 見た目など、何の参考にだってなりはしない。
 先程、あのエリザベートの槍を抑えつけてみせたばかりだというのに。
 娯楽のための楽器ではなく、弦を引絞り、音の弾を放つ。真に、サーヴァントの兵装なのだと、どうして忘れていたのだ。

 彼がその弦に指をかけるということは、こちらの首元に刃を突きつけているのと同義だと。


「是以外の回答は要らん。」


 ヒィン、と、静寂が鳴った。

 マスターとサーヴァントは、本来は利害の一致によって行動を共にする。
 彼の助太刀は、善意や義侠心などからくるものなどではない。


「カルデアのマスター。貴様は、冥界に下ったことがあるな。」







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最終更新:2018年12月07日 02:14