幕間:疾風に勁草を知る






 前へ進もう。
 前へ進もう。

 鉄の鎖に繋がれていても。


 前へ進もう。
 前へ進もう。

 腐った泥より生まれたとしても。


 前へ進もう。
 前へ進もう。

 四肢を捥がれ、眼が潰れ、命の灯が消ゆるまで。
 前へ、前へ進むのだ、諸君。


 そうだ、今だ。
 絶望に膝を折り、悲痛に心砕いた、今こそだ。

 分かるかね? 我々は、今なんだ。

 およそ人が為し得る、あらゆる偉業において。
 人を動かす最も大きな力は、常に負から正へと挑む方へ、向かうのだ。

 我々は今、負の底にいる。

 強欲に身を委ねたまえ。
 嫉妬に気を狂わせたまえ。
 怠惰を貪る暇はないぞ。
 だが傲慢は纏うな。それは、圧政者のトーガゆえに。

 奪われた故郷を取り戻す。 ―――いいだろう、そうしなさい。
 殺された家族の仇を討つ。 ―――上等だ、是非やろう。
 かつての朋友を道連れに。 ―――結構、私は肯定しよう。
 富める者を引きずり下ろす。 ―――ウーム、最高じゃあないか!


 それを尊厳(・・)と呼ぶのだ、諸君。


 それは、誰しもが生まれながらにして持つ、最も価値のある資産だ。
 人間でも、土地でもない。
 形あるものに、諸君らが分け与えるものなのだ。

 だからこそ、失ったのであれば、取り戻さなくてはならない。

 命の有無など、些事である。
 光を失い、世界が閉ざされた。
 今この暗寧にこそ、立ち上がるべきなのだ。


 そして、これを取り戻すための戦いを、叛逆(・・)と呼ぶ。





「……なるほど。亡者の好みそうな謳い文句だ」


 ムムッ!
 叛逆レーダーに、反応あり! これは……圧政者の波動!?


「やめよ、なんで嬉しそうなのだ、貴様。いや、そうではなく」

 そうではない、ことはないだろう。圧制者よ。

「そうではないことはないが、今はやめよ。……というかな、この場所にあって、圧政も何もあったものか」

 ムーン、確かに反応は微弱……
 しかし、その出で立ち、圧政者リスペクトでは?


「…………まあ、その誹りは甘んじて受けよう。格好もな、許せとは言わぬ」


 ふむ、聞こうか。


「貴様の勇名は、よく聞かされたものだ。ローマの怨敵、剣闘士のスパルタクスよ」


 光栄だな。


「それを相手に、我が身可愛さに身を窶したとあっては、なんだ、その。敬意、がないだろう」


 ……おお、これはしたり。

 誅伐を恐れて自らを偽る卑劣よりも、正々堂々相見える誉れを選ぶゆえか!

 勇猛ならずとも、誠実なる圧政者よ。我が浅慮を許されよ。


「構わん。卑賤なる者の浅学など、いちいち咎めてはいられんさ」



 …………。

「…………。」



 じゃあ、そろそろいいかな?

「何が!? ……いや、だからやめよ。嬉々として小剣を構えるな。やめよマジで」


 ハハ、叛逆ジョークだとも。

 ……この冥の帳では、その心臓に刃を突き立てたとて、意味を成さぬ。
 なにより、圧政とは人ではなく、人の築く世である。

 かつて圧制を敷いた者だとしても、今この場で罪を問うことは、私には出来んさ。


 して、何用かな。 圧政者でありながら、叛逆者であるものよ。



「……貴殿を。真の男(・・・)と見込んで、頼みがある」





   真名判明 街道のアヴェンジャー スパルタクス







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最終更新:2018年12月07日 02:20