『――――いいよ。力になれると思う』
僅かな逡巡もなく、少年はアーチャーの申し出に頷いた。
契約を結んでいなくとも、マスターとサーヴァントというだけで、一方的な隷属関係と思い上がる輩は多い。
脅かすために弦を手繰った、その指に苛立ちが絡む。
寝呆けているのか、この状況で。
冥府からの帰還というのは、神代の偉業だ。
果実を口にしてはならない。
帰り路に振り返ってはならない。
思い至るだけでも、両の指で足りぬほどの制約がある。
冥府に落ちたものは、その経緯を問わずして、冥府の縛りに囚われてしまう。
『意味分かってねェようだから、もっぺん丁寧に教えてやる』
ましてや、どんな偶然が重なったのかは知らないが、一介の素人魔術師が。
『俺ァ今、お前に、俺と一緒に死ねっつったんだよ。なに即答してンだ、馬鹿』
『違うよ』
その声を、よく値踏む。
謀事を企むにしても、虚勢を張るにしても、表情を繕おうとする人間は多い。
だが、声というのは旋律だ。
心情を奏でるものである以上は、奏者の本音は隠し通せない。
『冥府にを下るのに、案内人が欲しい。そう言ったんだ』
心拍数より、やや早い。
その喉元に向けて、こちらが矢を番えていることを、理解はしているらしい。
『経験豊富、だなんて、口が裂けても言えないけど……エネミーとか、共通のものは、あると思う』
裏拍はなし。馬鹿正直め。
底企みはないようだが、だとしたらますます、たちが悪い。
『俺も、通信が回復するまで、遊んでいるわけにいかないし』
危険を認知していないのか。
或いは、肝が据わっているのか。
いずれにしても早死にの相だ。蛮勇は、案内人には向かない。
『はぁ……テメェの庭で遠足気分か?』
『そっちが誘ったんじゃ……』
『いや、そうだ、そりゃその通りだけど、違うだろ!』
数多の英霊と契約を交わした、と聞いたが、この分ではどれほど誇張があるか。
僅かでも戦力と期待したのが、今はただ空しい。
『他人様の用向きで、ちょっくら顔出してくるわ、って場所じゃねェっつってんだよ!』
『……えーっと、アーチャーだけの用事じゃないっていうかさ』
『あ?』
『正直な話、俺の方が、アーチャーを頼りにさせてほしかったんだよね……』
今度は、思わず指が滑りかけた。
聞き間違いか。
それは、サーヴァントがなくとも一人で冥界を下るつもりであった、とでも。
『……特異点、つったか。この街道が、冥界に繋がってるのが』
『……たぶん。どちらにしろ、一度は調査しないといけない』
『ごくろーさん。で、そりゃ、お前の都合だな?』
『うん……だから、無理強いは出来ない』
『……阿呆め』
交渉下手にも程がある。
いや、交渉のつもりすらないのだろう。
こちらが有利になるように、下手に出てどうする。
気恥ずかしそうに笑う顔。
ぷちん、と、弾ける音がした。
慌てて、手元を見下ろす。
弦が切れた、 ……ワケではない。
安堵している自分にまで、ふつふつと怒りが湧きあがってくる。
『――――いいか! 冥界ってのは底無しの臓腑だ!
テメェがどんな豪運で何度も戻ってきたかは知らねェが、
フツーは一度潜ったら最期、同じ姿で戻って来れる保証なんざねェんだ!』
『そんなの、今だってそうだよ』
誰が言ったか、音楽家のサーヴァントは耳がいいのだ、などと。
(ああ、クソッタレ、)
恐怖など、感じないワケがあるか。
(こっちが本音か)
サーヴァントは、その能力の行使に必要とされる最適の年齢を基点に形作られる。
気付かなかったのは、耄碌したからではない。
どれほど擦り切れたら、こんなにも、押し殺すのが上手くなるというのだろうか。
『~~~~~~~~~~~ッ、共同戦線だからな、テメェッ!!!』
『本当!? ありがとう、アーチャー!』
『ふざけんな!!!!!!!』
最終更新:2018年12月07日 02:11