「やられたわね……」
京都の街のとある場所。
裏の裏にあるその建造物は人目に全くつかない場所。
そこに藤丸とサーヴァント、京のアーチャーとアサシンが入り込む。
目下の問題は京のセイバー、松永久秀。
そして織田信長の妹にして京のランサー、お市。
アーチャー、雑賀孫一の管理する遊撃衆に所属していたお市は自身の姉である信長にその薙刀の切っ先を向けた。
酒呑童子と信長による抵抗、そして妖怪の乱入。
一方の藤丸はいなくなっていた清姫と合流を果たす形。
別々の行動をした二組が合流し、ここにやってきた。
「あれはなんなんだ……? 覚えはあるが……」
「へぇ、どこで見はったん?」
「うっ……す、すまないが君にあまり近づかれると酔いそうになる……私が見たのは橋姫と戦うことになった時だ」
京のセイバーは霊基焼却という技によって英霊を他の英霊に作り替えることが出来る。
作り替え過程で発生するのが炭のように焼かれた霊基。
上から別の英霊を重ねることで作り替えるのが霊基焼却による英霊の製造方法だ。
では、この焼却済みの霊基とは何か。
英霊だったものだ。
作り替える際に元の英霊の情報のほとんどは塗りつぶされてしまうが、炭同然の状況なら話は別。
その状態の霊基を取り込むことで、元になった英霊の側面を付与させる。
松永久秀はそうすることで京のキャスターである安珍の宝具を奪った。
彼の宝具である鐘楼を下ろし、橋姫と京のアサシンを閉じ込めて同士討ちをさせたのだ。
「……あの時の橋姫の様子はおかしかった。自分で自分が分からないと」
「他には?」
「『あんたがあいつに重なる』」
アサシン、梶井基次郎の言葉にアーチャーが頷く。
遊撃衆の長である雑賀孫一は彼の言葉で何かにたどり着いたらしい。
「幻術、かしらね」
「幻術? あやつはそんなものを使えんじゃろうに」
「そうね。信長や私が知っている松永久秀はそんなものを使えなかったし、むしろ嫌っていたようにも思えるわ」
曰く、果心居士という幻術師がいたという。
実在を疑われているが、彼は織田信長や松永久秀の前で幻術を披露したとも言われている。
松永は修羅場をくぐってきた自分をその幻術で恐怖させてみろ、と言ったらしい。
果心居士はその注文をこなした。
亡くなった松永の妻の姿を生み出し、注文通り松永を恐怖させたらしい。
その際、稲妻が走り雷雨が降ってきたとの話もあるが真実は不明である。
しかしこれが事実であったとしたら、松永久秀は幻術に対して思う所があるだろう。
「でも、だからこそよ。自分を手玉に取った幻術を自分が自由自在に操るという事実が大事なの」
「それはなんとまぁ……」
「……そうね。私と会う前にセイバーは京都に召喚されていた他の英霊を取り込んでいた。多分、それはぬらりひょんで間違いないと思うわ」
「その心は?」
「今回の件を見るに妖怪を自由に操っているところね。私たちは妖が問題を起こすと仕事をしてきたけれど、それは全部あいつの差金だったと見て間違いなさそうかしら」
山中での戦いやお市の謀反の場に数々の妖怪が出てきたところを見ても間違いないだろう。
「花街に妖怪が集まっていたけど、それもセイバーの差金?」
「そうね、妖自体の詰所にしていたのかしら」
「あぁ。それもあったやろうね」
「酒呑?」
「ほら、うち、ずっと花街おったやろぉ? 色々話は聞かせてもろたで」
「……」
「ふふ、おかしいやろ、なぁんで妖がおる理由が今の京都にあるん? たしかに綺麗かもしれへんけど……うちらのおった頃とはぜぇんぜんちゃうんやもん」
あの夜、花街に妖怪が出るとの噂を受けて調査に向かった。
花街からの遊撃衆締め出し。
奥の座敷には酒呑童子がいた。
そして、彼女のいた座敷で待機している時に謀反が起きた。
……妖怪を管理しているのが松永なのだったら、自分たちは敵の本拠地の中にずっといたのと同じなのかもしれない。
ともかく、酒呑童子は花街の中に潜り込んでいた。
人のいる街よりもそちらの方が気楽だったのかもしれない。
「それで、何が分かったの? 妖怪がいた理由とか……」
「んー? まぁ、それなりには、やけどね」
ふわりと酒呑童子が笑う。
こんな状況でも彼女の在り方は変わらない。
しかし藤丸は鬼として生きている彼女を否定しないし、むしろ好ましく思える。
他の英霊達とは違う意味でタフだ。
「花街は妖の詰所っちゅう考えは間違ってへんよ。ただ、命令して暴れさせてそれで自分の同胞が死ぬんやから、妖からしてもおもろい話ではないわなぁ?」
仲間意識、というのが妖怪変化の類にもあるのだろう。
「……ま、そう思うて逆らって死んだ奴もおるみたいやけど」
「あなたの力で妖に謀反を起こさせることは出来る?」
「どうやろねぇ。それこそ、あちらさんが取り込んではる英霊の力とうちの力の綱引きになるやろね」
分は悪いで? と酒呑童子は笑みを浮かべる。
ぬらりひょん、歴史的に見れば酒呑童子の方が高い神秘性を持つが妖の総大将とみられる存在だ。
いま藤丸の前にいる酒呑童子は大江山の主ではなく食客であるし、不利は否めないだろう。
「それよりうちはそっちの子ぉが戻ってきてはるのが何でかを聞きたいんやけど」
そういって酒呑童子の白い指が伸びる。
その指先が向けられているのは清姫である。
そうだ、まだ聞けていない
藤丸もそれを思い出したのか顔を彼女の方に向ける。
熱視線。
普段彼女が吐き出すものと同じような熱量のそれが藤丸を見つめていた。
「……聞いてもいい?」
「はい、もちろん!」
ふんすふんすと座る藤丸の膝に乗り上げそうな雰囲気であった。
苦笑いを浮かべながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「レイシフトによってこの地に来た時……わたくしは気付けば山中に降り立っていました」
彼女はそこで竜となった自分を見たのだと言う。
本来であれば会う事もないはずのない自分とだ。
「あのわたくしもわたくし自身。ですが鏡を前にしたときとは違う感覚。わたくし達は言葉を重ねました。何度も」
そうしている間に遊撃衆に出会ったらしい。
「ますたぁがいることはその方たちに聞きました。幸い、嘘の匂いはなくわたくしはついて行くことにいたしました」
「その、竜の清姫は何か言ってなかった」
「……あのわたくしは安珍様を探していました。きっと、もういらっしゃいませんが安珍様はこの京にいたのでしょう?」
「……いま目の前にいる清姫は安珍に会いたいと思わなかったの?」
「正直に申し上げれば、もう一度会うことが叶うのならばそれを願います」
その先に何が起きるのか、清姫自身にも分からない。
英霊として現界した安珍は彼女をまた拒むのだろうと藤丸は思っているが。
「ですが、わたくしにはあなた様がいますから」
そういって藤丸の体に寄り添う。
自分の膝の上に乗った手に彼は己の手を重ねた。
ほんのりとした熱が手のひらから伝わり、彼女の手の熱が服越しに足へと伝わる。
「……あの方は息災でしたか?」
「元気だったよ」
「そうですか……それは、良いことですね」
「……安珍は清姫と向き合ったよ」
でなければわざわざ山の中まで足を運ぶものか。
あの京のセイバーたる怪物の前に立ちはだかるものか。
己がした裏切りに決着をつけたのだ。
「だから……うまくは言えないけど……その……」
「かまいません」
「え」
「あなた様の目を見れば、言葉を聞けば、それで十分です」
「清姫」
こほん、と咳が聞こえた。
音のした方を向けばアーチャーが渋い顔をしていた。
にやにやと笑う酒呑童子、困った顔のアサシン、退屈そうに寝転んでいる信長。
それぞれ別々の反応だった。
「とりあえず、これからの話をしましょう。私たちの目的はセイバーの打倒」
「……魔神柱は」
「あいつと一緒にいるわ」
全員の目的は一致している。
ならば、そこに向かって進むのみだ。
「セイバーと私たちが敵対した以上、あいつはあいつで自分の計画を進めるはず」
「計画?」
「以前にも言ったとは思うけれど、それは私にも分からないわ。ただロクでもないことでしょう」
故に、あまり時間は取れない。
「いま街の様子を調べさせているわ。それであいつのいる場所を突き止め、そこに攻め入る」
「お市殿はどうする頭領殿」
「妖術を解く方法が分からない以上は倒すしかないわ。それは織田の当主様にお願いしたいのだけれど」
ごろごろと寝転び退屈そうに足で遊んでいた信長の目の色が変わる。
「身内が相手だとやりにくいかしら?」
「……よい。わしが手ずから決着を付けよう」
「セイバーとあなたが会うのは好ましくないのよね」
「何故じゃ」
「……あなたのこととなると見境がないんですもの。戦がしにくいわ」
その言葉を信長は笑い飛ばした。
「かの雑賀衆が何を言うか!」
「そうね……まぁそこに付け入る方法というのも考えているのだけれど」
「どうやって?」
それは、と言葉を区切りアーチャーの視線は藤丸からアサシンへ。
「……アサシン、仕留める役割は貴方が担いなさい」
「は?」
最終更新:2020年08月22日 09:22