そしてわたしたちは、またあの《生々逆仏教》の前に居た。
道鏡さんはと言えば、すっかりブチギレ状態。
咥え煙草をしながら指をポキポキと鳴らし、暗闇に聳える施設を見つめている。
「……もしかして真正面から突入するんですか?」
「アホ、んなわけあるか。何が出てくるか分からへんし、第一警察呼ばれでもしたら一気にわしらが悪者や。
まあお巡り如きに捕まるわしじゃあらへんけど、街中に顔写真なんぞばら撒かれた日にゃ動きにくくて敵わんからな」
「じゃあ、やっぱり?」
「おう。こっそり忍び込んで、厘業のクソボケをブチのめす」
この人はやっぱり、大雑把なようで丁寧だ。
実際、彼が英霊だということを抜きにしても実力は確かなのだろう。
もしもその才能を正しい形で使っていたら、現代での評判はもうちょっとマシだったろうに。
なんてわたしが思っていると、道鏡さんがなんとも微妙な眼差しを送ってきた。
「あのな、勘違いすんなよ。わしが真っ当な坊主やったら、弓削道鏡の名はとっくに歴史に埋没しとるからな」
「なんで心を読むんですか」
「はんッ、顔色窺う力は鍛えとるんや。何かと便利やからな。
で、や。お前の……なんや、かるであ……やったか?
そこには山ほど英霊が居ったんやろ? なら、仏門に入っとる奴も何人かは居たんとちゃうか」
その通りだ。わたしは頷く。
西遊記で有名な三蔵ちゃんを始めとして、何人かはそういう英霊が居る。
そのことを聞くと、道鏡さんは口から紫煙を吐き出しながら続けた。
「言うとくが、わしの実力はそいつらの半分も無いぞ。
わしくらいの力持った坊主なんざ、有名無名問わずごまんと居る。
にも関わらずわしが英霊になれたのは、何でだと思う」
「……素行の悪さ?」
「そういうことや」
煙草を咥え直して、道鏡さんは何枚かの札を教団施設を囲っている高い石塀の表面に貼っていく。
なんとなく意味は分かった。これは多分、仮に騒ぎになっても人が駆け付けて来ないようにする、人払いの術式なのだろう。
「わしは偉くなりたかったからな、色んなことをしたんや。
そんで、この世の何もかもを手に入れるまであと一歩のところまで行ってみせた。
結局わしの野望は叶わなかったんやけど、まあそこまでの努力はとりあえず汲まれて、今じゃこうして"世界"のひとかけらになっとる」
「へえ……。そんなにやりたい放題して、バチとか当たらなかったんですか?」
「せやなぁ。ま、今のこの状況がバチなんちゃうか」
わしは英霊の座でまったりバカンスしてたかったんやぞ、と恨み言を吐く道鏡さん。
そんな彼にわたしも何枚か札を渡されたので、術式づくりの手伝いをする。
……思えば、こういう地道なことをしている辺りも三蔵ちゃんたちとは大きく違っている気がする。
三蔵ちゃんが御札みたいなものを使ってるのは見たことがないし、そう考えると、やっぱり実力の差っていうものがあるのかもしれない。
「とにかく、や。わしが何を言いたいかって言うと」
「……」
「人は見た目が九割ってことやな」
最低だよ。
そんな目を向けるわたしに、道鏡さんはカラカラと笑う。
確かにこの人は、相当な男前だ。少なくとも、顔だけは。
そこに頭の良さ、立ち回りの上手さ、そして人並みよりちょっと上の技を合わせれば───天下にだって届き得る。
そう考えるとあながち彼の言っていることを否定出来ないのが、なんだか腹立たしかった。
「さ、行くで。まずはこの塀をよじ登って───
その後の突入経路は昼間の内に下見しておいたから、お前はただわしに付いてくればええ。くれぐれも逸れるんやないぞ」
「え。元々こうして突入するつもりだったんですか?」
「まさか。可能性のひとつとして想定しておいただけや」
言いながら石塀を堂々と登っていく道鏡さんに、わたしは付いていくだけで精一杯だった。
せめておぶってくれてもいいのに。
そんなことを思いながら、結局わたしも彼に続いて、夜の邪教に足を踏み入れる───。
▼ ▼ ▼
「相変わらず中はザルやな。
やっぱりこの邪教は、事の真相からは遠い端役らしい」
「……でも、あの厘業って教祖をどうにかしないとどんどん"魅入られる"人が増えちゃいますよね」
「よう分かっとるやないか。そういうことや。私怨八割、義務感二割の逆襲撃ってことやな」
「そこは割合逆にしましょうよ……」
塀を越えて夜の教団に潜入し、道鏡さんの後に続きながら、わたしは今の状況を整理する。
まず、《生々逆仏教》自体は《黒い仏》ともその出処と思しき動画投稿者《石動戯作》とも関わりの薄い端役でしかないこと。
つまり、此処を叩いても《黒い仏》事件を解決するような核心的なものが出てくる可能性は低い。
低いのだが───しかし、教祖厘業と石動戯作の間の関わりは確かに薄いが、どうやら零ではないらしい。
両方の間に面識があるかは不明。ただ、厘業が黒菩薩の《障り》をある程度道具として使える権限を与えられていることは間違いない。
厘業は目を付けた相手に《障り》を送り込んで、人間を信者に変えている。
であれば厘業を倒さない限り、《黒い仏》を信仰する邪教の信者はどんどん増加していくわけだ。
流石にこれを見逃すことは、道鏡さんの私怨云々を抜きにしても出来なかった。
「で、でも、今更ですけど大丈夫なんですか?
こんなに堂々と侵入しちゃって、厘業にバレてるんじゃ」
「その辺は心配あらへん。目の前に居るのが英霊ってことにも気付かんようなボンクラやからな」
どうやら道鏡さんは、厘業自体に特別な力はないと見ているらしい。
だから当然、ある程度目立たないように気を配っていれば侵入自体は容易だと。
……《障り》の力を与えられただけの、ただの一般人。
わたしは、普通の人間にそんな恐ろしい力を与えられる《黒い仏》のことが、改めて恐ろしくなった。
「厘業の部屋は分かっとる。
此処にはご丁寧に"僧正の間"なんてもんがあるそうやからな、十中八九そこやろ」
とはいえ、話が早いのは助かる。
この分なら、厘業に逃げる隙は与えずに済みそうだ。
そうしている間にわたしたちはあっさりと"僧正の間"と刻まれた大きな二枚扉の前に辿り着いた。
重厚な扉には荘厳な装飾が施されており、これでもかと「ありがたみ」を強調している風であるが、もちろん───
「どらァ、居るんやろ厘業ォ!
よぅも人様の家にけったいな汚物送り込んでくれおったな、その目玉飛び出させたるから覚悟せェや!!」
この人には、そんなものは関係ない。
気圧されるでも笑うでもなく、足で扉を蹴り開ける。
そうして中に突入するわたしたちの視界の先には。
「信じられない」とばかりに目を見開いている教祖厘業と、地位の高いらしい信者数名の姿があった。
「……馬鹿な。よもや、■■■様の《障り》を───」
かつてフランスにて数多の屍を積み上げ、恐れを買った魔元帥と同じ顔で慄く教祖。
彼の周囲に侍っている数名の信者たちは、どうやら事の真相を知った上で厘業に付き従っているらしい。
正気の沙汰とはとても思えなかったが……此処まで来たなら、やるべきことはひとつだ。
「本職に喧嘩売ってどうなるか分かっとるんやろうなエセ僧正。
悪いけど、ちぃとばかし痛い目見て貰うで。とりあえず、そのナントカ様とかいう菩薩モドキを信じたくなくなるくらいまでのォ!」
「……ほざけ。よもや、この私を。■■■様の御威光を知らしめる使命を帯びた私を、謀る不信心者があろうとは……ッ!」
……逆ギレもいいところだが、どうやら厘業たちは立腹らしい。
信者たちは次々に、信仰の道具らしい錆びついた刃物を取り出し。
厘業はその腕に抱いていた一冊の分厚い本をおもむろに開き、鬼の形相を浮かべている。
彼の姿をジル・ド・レェとして認識している私には、その姿はいつもの彼にしか見えないのだったが。
「ふ、ふふ、ふふふふふ! しかし、しかし好都合!
■■■様とその御遣いであるあの御方に叛かんとする冒涜者、救世の邪魔立てをする魘魅を退ける名誉に預かれるとは!!」
「……"御遣い"か。そりゃ、あの石動って野郎のことと解釈してええんやな?」
「───いざや微笑み給え、■■■様よ! おお、おお! 貴方の祝福を今、この不肖厘業へ降り注がせ給え……!!」
「聞いとらんし」
耳に指を突っ込んで煩い、というジェスチャーをする道鏡様と、口角泡を飛ばしながら狂った信仰を撒き散らす厘業。
両者の有様は対照的だったが、厘業の開いた本に妖しい黒い光が宿ったのを見てわたしも改めて事の重大さを理解する。
そうだ───厘業は素人で、ただの人間だけれど、《黒い仏》の力を御遣いなる者によって委ねられている。
であれば当然……魔術師のように、英霊のように、力業で目の前の邪魔者を排除することも可能ということ!
「道鏡さん!」
「誰の心配しとるんやアホ。あんな付け焼き刃、今更怖くもなんともないわ!」
当然のように押し寄せてくるおぞましい触手の群れに、わたしは怯えはしなかった。
この時ばかりは、最近よくある"重要人物が英霊の姿に見える"事態に感謝した。
ジルの海魔なら見慣れている。怖いし気持ち悪いけど、まだ腰を抜かさずにいることは出来るから。
わたしに言わせれば、直視出来ないくらいおぞましい何かを覆い隠すモザイクのような役割となってくれていた。
「───唵・阿謨伽・尾盧左曩!」
真言、というやつだろうか。
道鏡さんが何かを叫ぶと、海魔の触手はまるで弾かれたように左右へ分かれていく。
厘業が驚愕に目を見開くが、それも一瞬。次の瞬間には、彼は怒髪天を衝いた。
「お……おのれおのれェ! ■■■様のご温情を理解せぬ不孝者めがァ!」
「知らんっちゅうんは幸せなことやな、あのクソバケモンに温情なんぞあるかボケェ!!」
怒鳴り声には怒鳴り声、とばかりに吠えて前に出る。
握り締めた拳には御札が握られており、それで拳を放てば比喩でなく空間が弾けるように光り輝いた。
厘業の放っていた新たな触手とぶつかり合って、その衝撃で厘業が数歩下がる。
これ幸いと、道鏡さんは更に踏み込んだ。
「お前らの為に働いてやっとんねんぞ、もっと忖度せェや!!」
手を払う度に触手が弾かれる。
その度に握り締めた御札が焼け落ちて散っていくが、道鏡さんに気にしている様子は特にない。
そうして厘業の前まで距離を詰めるや否や、彼はまるで空間に満ちた"善くないもの"を吹き散らすが如く強く、大きな音を立てて地面を踏み締め
た。
「ぬぅぅぅッ───」
怯んだような声を出し、仰け反る厘業。
今の行動は彼にとって、猫騙しのような効き目を齎しもしたらしい。
善くない気を払うのと、現実的な格闘に応用出来る見目の派手さを併せ持った、なんとも道鏡さんらしい行儀の悪い機転。
されど理に適っているのならば躊躇なく使う。それが、この人のやり方だ。
「貴、様ァ!」
「お前、僧正って呼ばれとるんやったなァ!
なら───そのお前をこれから殴り飛ばす俺のことは、ちゃんと大僧正って呼べやオラァァァアアアッ!!」
懐から目にも留まらぬ速さで引き抜いた札を、拳の正面に貼り付けて。
物理的・霊的双方の破壊力を秘めた鉄拳制裁が、偽りの僧正の横っ面を勢いよく殴り飛ばした。
重心を維持出来ず、文字通りに吹き飛んでいった厘業がぐしゃりと音を立てて地面に落ち。
それを見届けて、道鏡さんは上機嫌そうに「うはは」と笑うのだった。
▼ ▼ ▼
「……よし、一丁上がりや」
「なんか。意外と早かったですね」
「お前も覚えとき。素人がデカい力持って粋がってもな、結局はこうなるのが関の山や。世の中、近道は無いってこったな」
厘業さえのしてしまえば後は早かった。
数人の信者たちは刃物を持っており、その刃物もなかなかに"厄い"ものではあったらしいが、結局のところそれも素人の付け焼き刃。
道鏡さんにはそんなもの通じず、一分と掛からずに全員が制圧されてしまった。
「それはそうと、此処からは事情聴取の時間やな。
《障り》の大元への処置は最後にするとして、聞き出すものは聞き出しておかんと」
「……?」
そう言いながら、道鏡さんが肩を揺さぶり始めたのは白目を剥いて倒れ臥している厘業ではなく、ひとりの女性信者だった。
わたしは思わず首を傾げてしまう。
どうせ事情聴取をするのなら、それこそ厘業にした方がいいのでは───そんなことを思っていると、道鏡さんがちらりとわたしの方を見た。
「あー……お前、ちょっと外出とき」
「? 何でですか。危ないから、みたいな理由だったら、多分外のほうが危ないと思いますよ」
「ン、それもそうやな。見たくないもん見せてもしゃあないと思っとったが、お前の言うことにも一理あるか。
ならええわ、そこで黙って見とれ。効果がブレたら面倒やから、間違っても口挟むんやないぞ」
「???」
聞けば聞くほど意味がわからない。
ただ、何やら良からぬことをしようとしているらしいことは分かった。
一瞬、忠告を素直に聞いて外に出た方がいいかなとも思ったが、やっぱり外は危ないので此処に居座り見届けることにする。
すると、その時。「ん、んっ……」と声を出して、件の女性信者がようやく目を覚ました。
その瞬間だ。
道鏡さんが、ぎゅっと───それはそれは情熱的で気障ったらしい動きで、彼女のことを抱き寄せてみせたのは。
「!? !? ……!?!?!」
「はじめましてやけど、あんさん可愛いなぁ。こんなよう分からんけったいな場所に置いとくには惜しい別嬪さんやで、ホンマ……」
「あ、あの……えっと。ありがとう、ございます……?」
……、……。
わたしは黙って見つめる。
「さっきはえろうすまんかったな、わしも手荒にしたくはなかったんや。
でも、あんさんはええ女やからな。わしのこと、許してくれるな?」
「え、え? あ……はい……っ」
「ふふ、そうかそうか。ええ子や。ええ女や」
「……え、えへへ……」
……だんだん胸焼けがしてきた。
何を見せられているんだろう、わたしは。
「わしなぁ、あんさんみたいな子……今風に言うなら、タイプやねん。
どや? 痛い思いさせた償いに、繁華街の洒落たバーで甘い時間を過ごさんか?」
「わ、私で良ければ……ぜひ……♪」
「おう、悪いわけ無いやろ~? わしはすっかり、あんさんの虜なんやから。
ただ───ちょっとわし、あんさんに聞きたいことがあってな。何でも、答えてくれるよな。わしとあんさんの仲なんやから」
こくこく、と頬を赤らめて頷く女性信者。
わたしはいよいよ見ていられなくなって、道鏡さんの肩を軽く小突いた。
すると道鏡さんは"いいところなのに邪魔しやがって"というような顔で、「なんや」と言う。
「なんや。じゃないですよ、何をするのかと思えばこんな古典的な色仕掛け……」
「あぁ? アホ。わしのはただの色仕掛けやないぞ、ある種の妖術や」
「妖術?」
「おう。わしはな、成り上がるために女を使ったんや。
何しろ大した才能もない身やからな。真面目に修練して名ァ上げるなんて、非効率的過ぎてやってられんくなったのよ」
その話は、そういえばさっき聞いた。
一通りの技は修めたけれど、結局それだけで名を残せるレベルにはならなかったとか。
「女はええぞ、チョロいもんや。
女が男を籠絡するより楽やし、使いでがある」
「言ってることだいぶやばいですけど大丈夫ですか? 倫理的に」
「ええから、分かったら黙って見とき。今からちょうど、核心に踏み込むところや」
つまり、あれか。
このスムーズ過ぎる籠絡は、道鏡さんの英霊としてのスキルによるところが大きいようだ。
感心すればいいのか呆れればいいのか、ちょっとわからないけれど……。
「すまんな、待たせてもうて。で、質問なんやけど。ええか?」
「はぁ、い……♪ なんなりと……」
「あんさん、《黒い仏》については何処まで知っとるんや?」
───その質問を、投げかけた瞬間。
今までとろとろに蕩けた顔をしていた女性信者が、ぴたりと、その動きを止めた。
「……質問を変えよか。厘業に《障り》の力を渡したのは誰や?」
「ぁ……あ、ぁ……ぇ、えと。
それ、は。あの、ぇ? あ、ぅぁ、あぇ、あ」
「ならええわ、これだけ答えてくれ。
《石動戯作》は何処の誰や。厘業やないやろ。お前の知っとる人間か?」
「あ、か、あぁぁ、あ、お、くろ、あ、く、く、くく、くくくくくくくくくくくくくくく」
……明らかに、様子がおかしい。
身体を癲癇持ちのようにかくかくと痙攣させ、壊れたカセットテープのように同じ言葉だけを繰り返す。
次第にその瞳はぐるんと裏返り、白目を剥き。
彼女は意識を手放してしまう。けれど、その瀬戸際。
一度だけ、裏返った黒目が戻ってきて───
「に■る・■ゅ■ん に■■・が■■んな」
───何かを、言った。
倡えた。
確かな悪意を込めて、にやりと、口元を三日月の形に歪めて。
それを聞いた瞬間、わたしの頭にずきりと罅割れるような痛みが走った。
途端に膝が崩れて、がくんと地面に手を突いてしまう。
なんだ、今のは。
なにか、なにか。なにか、とても───恐ろしい、ことを、聞いたような……
「落ち着け」
頭がおかしくなる。
誇張抜きにそう思って、動揺していたわたしを落ち着かせたのは、頭の上にぽんと置かれた道鏡さんの手だった。
そこには一枚の札がやはり握られており、それの効果なのか、段々と気分は元のそれに戻っていく。
「……この女は厘業と違って、《黒い仏》の力は持っていなかったはずなんやけどな」
「あの、今……何が、起きたんですか」
「わしはこいつに真実を喋らせようとした。で、こいつも喋ろうとした。
だが、何かが邪魔をした。余計なこと喋っとんちゃうぞと、無理矢理こいつの意識を打ち切ったんや」
わたしは改めて、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
力を持っていたのは厘業であって、彼が力を持っていることを知っていた信者たちではない。
にも関わらず、《黒い仏》のことを話そうとした途端異変が起きた。
それは、つまり。
「……"識った"時点でアウトっちゅうことか。
わしは英霊やし、立香はこの時代の人間やあらへんから例外なだけ───なのかもしれん」
そういうことに、なる。
要するに、この時代をちゃんと生きている人間では無理なのだ。
《黒い仏》に迫れば、あちらに遮断される。
《黒い仏》のことを知ってしまった時点で、あの逆さ菩薩との縁は繋がってしまう。
「厄介やな。こりゃ、何としても菩薩の本体が出てくる前に仕留めんと収拾付かへんぞ」
そう吐き捨てる道鏡さんの顔色も、あまり良くはなくて。
わたしは、改めて今回自分がどれほど恐ろしいことに巻き込まれているかを再実感した。
……その後、厘業と信者たちには道鏡さんが"処置"を行った。
札を頭に貼り付けたり、数珠をバラしたものを飲み込ませたり。
何をしているのかはよく分からなかったが、とりあえずこれで厘業が《障り》を扱うことは出来なくなったし、厘業の周りの人間が新たに使えるようになるということもなくなったらしい。
ひとまず今夜のことに限って言えば、これで一件落着。
けれど───この大阪という街に立ち込める暗雲は、よりいっそう濃くなったような気がしてならなかった。
最終更新:2019年09月13日 00:52