定礎焼滅炉心 冬木 プロローグ(Ⅲ)

プロローグ(Ⅲ) 嗤う反則と猛る狂乱



 聖杯の再起動と同時にそれは目覚めた。
 狂気の淵にあっても己の為すべき使命を理解し、そして同時にマスターがいないこともまた理解できた。
 『狂戦士(バーサーカー)』のサーヴァント。
 主無き今、一切の枷から外された『彼』の為すべきことは破壊。ただ破壊。
 聖杯からの知識によると、この日本という島国はイスラエルの民とは異なる天皇(カミ)を祀っているらしい。
 度し難い無知。許しがたい冒涜。ならば一切破壊し、異教徒の島であるこの日本を灰燼に帰すまで!!

「■■■■■■■■■■■■■■!」

 それは手に持っていた大型の骨──何かの動物の顎の骨──を持って暴走を開始する。
 目につくものを片端から破壊し、目につく人を片端から殺さんと猛る。
 かつて遠坂邸と呼ばれた幽霊屋敷は怪物が得物を振り回すだけで模型のように叩き割られた。
 そこにバーサーカーと同列の存在───サーヴァントとマスターがいたのは相手にとって不幸でしかないだろう。




 人形師。アメリカ合衆国の後ろ盾を得て10年前からこの聖杯戦争へ干渉していた魔術師である。
 保有しているサーヴァントのクラスは『暗殺者(アサシン)』。冬木の聖杯ではハサン・ザッバーハという真名のアサシンが召喚される。
 ただしハサンの名を持つサーヴァントは全部で18人。そのどれもが能力が異なる。
 人形師が召喚したサーヴァントもまたハサンの一人だった。宝具は『空想電脳(ザバーニーヤ)』。触れた頭の脳を爆弾に換える奇抜な宝具だ。
 このハサンは小柄なため人形師の操る自動人形に紛れさせて接近、宝具で一撃必殺を狙うのが定石となるだろう。
 そのため斥候は自動人形(オートマタ)にやらせていた。なんせ戦闘になればマスターの人形軍団とアサシンは共闘させなければならないのだ。単独で斥候をする役目など負わせられるはずもない。
 だから万全に万全を期して人形たちを街へ送り込み、アサシンは近くで待機させ、更には襲撃に備えて遠坂邸に残っていた結界を修復・加工・追加していついかなる時でも防衛できるようにした。
 この十年で集めた魔力炉は三基。更に結界は三十二層。犬の数十倍の感覚器官を持たせた人形猟犬を数十頭放ち、更に遠坂邸を囲むようにして異界化もさせてあり、生半可な魔術師では結界に食われるだけだろう。

 だが、その防壁が役に立つ日は来ない。なぜなら敵は地下に突如として再現界して暴れたのだから。

「何……!?」

 崩れ落ちる床。
 怪物の顎の如く地裂が生じ、飲み込まれていく人形。
 そして地下から這い出てくる怪物が一体。
 猛獣の如く暴れまわるアレは間違いなく───

「バーサーカーのサーヴァント!?」

 人形師が動揺している間にもバーサーカーは武器を振り回した。
 音すらも置き去る攻撃速度。そして狂化と神の加護を受けて強化されている膂力は骨塊の軌道上にある全てを粉微塵にする。遠坂邸にある調度品は見るも無残に破壊され、気品を漂わせていた部屋は原型を留めることなく崩壊した。
 人形師の用意したオートマタも当然、砂のようにバラバラになる。現代の最先端技術と魔術で作られたものだろうが一切役に立たない。

 ───アレには勝てない。

 人形師は即座に判断した。
 アサシンの本質は気配を殺して接近してからの暗殺だ。正面から戦うタイプのものではない。単なる武術の応酬であれば間違いなくアサシンが勝つが、一撃が面攻撃そのものであるアレはアサシンとは相性が悪い。
 何より人形が防壁に使えない以上、アサシンを人形たちに潜ませても無意味だ。

 舌打ちしながら僅かに残った人形を起動。陽動として動かす。
 バーサーカーの背後から人形たちが襲い掛かり、案の定というべきかバーサーカーは手に持った骨のようなものを人形たちへと振り回してガラクタに変えた。
 無論、アサシン達はその間に逃げた。次の潜伏先を探さねばならない。




 自動人形六十三体。全てがバーサーカーに破壊し尽くされた時には遠坂邸は建築材の塊になっていた。のそりとバーサーカーは庭へ歩き出し、振り返って遠坂邸の残骸を見渡す。
 この戦時下で西洋の屋敷は目立ち、国賊だなんだと敵視されていたため、冬木の市民は喜ぶかもしれない。少なくてもバーサーカーは喜んでいた。豪笑は周囲に響き渡り、眠れる市民たちを起こしてしまうだろう。もしも市民が起き上がってバーサーカーを見ようものならば神秘の漏洩は免れまい。
 だが、その前に周囲一帯に結界が張られた。


「────────?」

「バーサーカーのサーヴァントだな?」


 結界の存在を感知し、何が起きたのかと首を傾げるバーサーカーに声をかける影が一つ。
 白い鎧。白い肌。細面でどこか気品があり、童顔とは裏腹に目は信念の炎が宿っている。
 バーサーカーに比べれば小さいと言える体躯は圧倒的な存在感が大きく見せていた。
 持っているのは剣と盾。更にマントを羽織っていて誰が見ても騎士と分かるだろう。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 バーサーカーが吼える。
 日に焼けた漆黒の肌が魔力を帯びて強張り、獅子の鬣のような髪がおどろおどろしく靡く。

 ───騎士。バーサーカーの時代から遥か後に生まれる概念。剣と盾と槍と馬を携え、己の武勲と名誉を競って殺し合う職業殺人者だ。
 堅牢な防具と必殺の刃。そして同じ条件でありながら術理を用いて殺す戦闘法はバーサーカーの時代にはない。しかし、バーサーカーには必要がない。

 爆発する戦意と共に放たれたバーサーカーの一撃はまさしく爆弾。騎士が躱したため、その攻撃を受けた地面がひっくり返り、土砂が天を舞う。
 さらに二撃目、三撃目が繰り出され、手入れされた庭は全て掘り返された有様と化す。そして四撃目。薙ぎ払う一撃が騎士を襲う───!

 だが騎士は避けるどころか前へ踏み出し、盾を斜めに構えて骨塊の攻撃をずらし、その首を剣で裂いた。
 第三者が見れば絶技と褒め称えるだろう。
 大胆かつ繊細。よほどの胆力が無ければ実行できない決死の一撃だった。しかし、バーサーカーには通じない。

「……硬い」

 セイバーの顔が曇る。
 それもそのはず、バーサーカーの首は斬り落とされるどころか皮膚と肉の数センチしか切れてなかったのだから。
 無効化ではなく純然な耐久力。更にその傷も瞬く間に繋がっていく。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 再び咆哮と共に振り下ろされた攻撃をひらりと避けるも生じた衝撃波にのけ反る。そこを見逃すはずがなくバーサーカーの拳が強く握りしめられて騎士の顔面へと向けられた───


「おっと。そこまでだよバーサーカー! 一応、そこの剣士(セイバー)(ボク)の協力者なんだ。殺させるわけにはいかないなぁ」


 どこからともなく無数の蠅、ゴキブリがバーサーカーの視界を飛び回る。
 同時に黒い魔力の塊が7,8発バーサーカーに命中し、拳がセイバーの顔から逸れた。
 セイバーを救った救世主、バーサーカーの勝利を台無しにした下手人はどこにいたのかというと……


「こんばんわ。そして初めまして。(ボク)は『監視者(ウォッチャー)』のサーヴァントさ。まあ、言ったところで狂っちゃってる貴様(キミ)には分からないだろうけどねぇ」


 飛び回っていた蠅が、地面から湧いてきたムカデやミミズが、地を這うゴキブリが集合して人の形を形成していく!
 生理的に悍ましいその光景にセイバーは眉を潜ませ、バーサーカーは不動のままソレが出来上がるのを見ていた。
 無数の虫が肌色に変色し、あるいは法衣の白と黒になり、本物の衣服の如く質感が変わり───修道女が完成した……!
 しかし、それが聖なる者であるはずがない。このような悍ましい存在はむしろ悪魔の類だろう。妖気を発し、見るもの全てに戦慄と嫌悪感を生む物の怪だ。
 いやらしく口角を吊り上げ、蛇のように割れた舌が姿を現し、その眼球は白黒反転しているかと思えば、次の瞬間には太陽の如く燃えたり、また次の瞬間には昆虫の複眼のように変化している。

「ナァァァァァァァイスフォローだっただろうセイバー? 今、貴様(キミ)(ボク)が助けなかったら死んでたよ?」

「黙るがいい魔性。マスターの命でなければ今すぐ殺してやるところだ」

「わぁ辛辣。助けてあげた命の恩人にそれはないんじゃないかナ?」

「貴様は貴様の仕事をしろ。バーサーカーの真名は分かったのか?」

「ハァ? あのね、貴様(キミ)。狂化しているヤツに(ボク)の『汝が深淵を覗く時、深淵もまた汝を覗く(デ モ ニ ッ ク ・ イ ン シ デ ン ト)』が通じるわけないだろ。馬鹿なの?」

「……使えん」


 二人が罵声を掛け合っている中、バーサーカーは確かに聞いた。
 『悪魔(デモニック)』と───。

「■■■■■■■■■■■■■■!!」

 瞬間、払われた鈍器が女の形をした何かを消滅させる。
 昆虫の体液が飛び散り、肉片が四散して糞便の如き悪臭が周囲を満たした。
 不快極まると言えるだろう。口を開いても、口を封じてもまき散らすのは致命傷にもならない極度の不快感。
 だが、それがウォッチャーの本質である。“相手やってほしくない事を実行する”ことにおいてこのサーヴァントの右に出るものはいない。

「キヒヒヒヒ。アヒャヒャヒャ。アハハハハハハハ」

 何よりタチの悪いことにこのサーヴァントは殺せない。
 女も、無数の虫もウォッチャーの本体ではない。アレはただの依代であり、ウォッチャーがこの世に干渉するために用意する疑似肉体だ。
 あの英霊は他者に寄生し数多の怪力乱神を為したことで名の知れた怪物である。つまり、いくら寄生先を潰したところで意味がない。
 その証拠に今度は無数の蛾が集合し、チェシャ猫よろしくウォッチャーの頭部となって不快な声をまき散らしていた。

「ほらほら。早く逃げなさいよ役立たず(セイバー)貴様(キミ)ではバーサーカーに勝てないし、バーサーカーじゃ(ボク)には勝てない」

 頭部が消滅したら次は蛆やミミズ、その次は泥、果てには散らばっている人形の部品で修道女が形成される。
 まさしく悪夢のような存在だろう。バーサーカーは執拗にウォッチャーを潰しているが、物理で死なないウォッチャーはバーサーカーをからかい続けている。

 遺憾であるがセイバーにバーサーカーと対抗する術は想像つかない。
 ウォッチャーが陽動している間に霊体化してその場を去っていった。




 ウォッチャーが退散し、バーサーカーが残る戦場跡は一言で言うと爆心地だった。
 夥しい何かの体液や肉片が転がり、クレーターが出来上がり、パイプが地面から突き出し、土とコンクリートと木材はシェイクされている。
 惨憺たる有様の中で一人、バーサーカーは仁王立ちしていた。
 魔力切れだろう。ただでさえ魔力を湯水のように使うバーサーカーがこれだけ暴れ回ったのだ。マスター無き今、彼は消えるに違いない。

 だがそこへ祝福(チート)が舞い降りる。
 突如として地面が光り始め、湧き水や食物、それに魔力が沸いてくるではないか。
 バーサーカーはそれを拾っては喰らい、湧き水を啜り、魔力を吸い上げる。
 食物も魔力でできているため触れるだけで供給され、経口すればさらに多く魔力を獲得していた。
 これがバーサーカーの宝具であることは疑いようもないだろう。
 このサーヴァントはマスターなしで現界し続けることが可能なのだ……!

「■■■■■■■!」

 再び動き出すバーサーカー。方向は未遠川河口。その途中にある全てを破壊しながら進むだろう。
 間違いなく本聖杯戦争は破綻する。それはバーサーカーの暴走だけではない。
 彼が踏みしだいた全てから大量の食物……魔力の塊が生じ、冬木のマナの濃度が膨れ上がっていく。
 このまま行けば冬木の人間はマナの濃度に耐えきれず破裂。更には宝具や魔術の火力が底無しに上昇し、その被害は天元突破。そうなるともはやどうしようもない。
 考えつくのは霊脈の暴走。聖杯の臨界。あるいは───人形師のバックアップのために洋上に待機しているアメリカ合衆国の潜水艇。それに搭載された二つの爆弾「Little Girl」と「Grail Bomber」の暴発か。
 いずれも超弩級の破壊をまき散らすだろう。いいや、実際そうなる未来が紡がれたのだ。
 仮にバーサーカーのマスター……遠坂の魔術師が生存していれば彼を霊体化させるなり、令呪で自害させるなりが可能だがそれももはや叶わない。
 故に日本は消滅する。ここに亜種特異点はなったのだ。



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最終更新:2017年05月23日 20:07