応天門の変にかかる遠流 866年 (O0866a)

貞観8(866)年3月、応天門の変。大納言の伴善男(とものよしお)が子の中庸(なかつね)とともに、左大臣源信(みなもとのまこと)を失脚させるために応天門を焼いた事件。
同年8月、応天門の変の真相が明らかになり、伴善男、中庸、事件に関係していた紀豊城(きのとよき)の3人はそれぞれ流罪となる。豊城の異母兄の夏井も罪はないのに縁座の制によって土佐に流される。 夏井は土佐に流されてから香美郡佐古(野市町)の亀山地方に住んだと言われている。医薬の心得があったので、土佐の野山を歩いて薬草を取り、多くの病人をすくった。

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最終更新:2008年04月04日 07:46