11月に去りし者
題名:11月に去りし者
原題:November Road (2018)
著者:ルー・バーニー Lou Berney
訳者:加賀山卓郎
発行:ハーパーBOOKS 2019.09.20 初版
価格:¥1,093
途轍もない実力を備えた作家に出会うと、ぼくはいつも少し興奮してしまう。それほどの掘り出し物の作家は、毎年のようにあちこちで見つかるわけではない。数年に一度、いや十年に一度くらい火傷しそうなくらいの印象と熱とを伴って唐突に眼の前に現れるのだ。
ぼくがこの作品を手に取ってすぐに感じたのが、そのような感覚であった。おお、来たぞ、来たぞというような震えが走る。翻訳小説であれ、この手の文章によるグルーブ感は感じられる。素晴らしい文章であり、言葉の流れであり、行間を流れる時がガラスの中を落ち行く砂音を確実に伝える。
題材はジョン・F・ケネディの暗殺事件。主人公ギドリーは、組織から依頼を受け、暗殺者が逃走用に使う車を用意してしまったことを知る。さらにその車の始末を命じられるが、関わった者たちが次々に不審死を遂げてゆく情報を掴んで身の危険を感じ、状況からの脱出を図る。
一方、写真館に勤めるシャーロットは、働かず浪費を繰り返す夫に愛想をつかし、ルート66を、西に向かって旅立つ。個性的な二人の娘を連れて、急激な心の変化で。考えるよりも先に行動を選択してしまった主婦の運命が本筋に交わってゆく。
さらにサイコとも言えるプロの
殺し屋パローネは、黒人少年セオドアという運転手とのコンビで、ギドリーを追い始める。
以上、シンプルなトライアングル・ストーリーが、ルート66を疾走し始める。大好きなロード・ノヴェルが慌ただしくスタートする。三つ巴の運命は、大きな川の流れのように蛇行してうねる。それぞれの人間がとても深く描写されつつ、スリリングな緊張を保ってゆく。文章は、秀逸で、リズムが横溢している。煮詰まり行くストーリー。それぞれの出会いと、決着への興味にぐいぐいと引っ張られてしまう。
案の定『このミス』6位の評価を得た作品。ぼくは自己3位とした。『
ガットショット・ストレート』という評価の高いデビュー作以前は、『ニューヨーカー』で作品を採用され、文学作品やシナリオライティング、文芸創作の教師などの仕事に従事していたらしく、ミステリー・ジャンルで花開くまでの下地を作る助走路は十分に長かったようである。なるほどの筆力である。
ぼくはそもそもJFKを題材にしているというだけで興味を覚えてしまう。映画『ダラスの熱い日』のラストシーンを覚えておいでだろうか? 事件後に不審死を遂げた関係者や目撃者の実際の写真がずらっと拡大され、これだけの関係者が数年内に死亡を遂げる確率は数千分の一とか数万分の一(記憶曖昧、失礼!)であるといった字幕が流れ、事件後の証人不在工作の徹底度を伝えて終わる。その衝撃をこのストーリーの基盤に据えた、暗黒組織の存在が非常に怖く、現実と繋がっている感覚が否めない。
そんな歴史的な悲劇を潜り抜ける中で、冒険と恋愛と生命の逞しさとを登場のたびに表現してくれた一主婦シャーロットの存在に、ぼくとしては大きな喝采を送りたい。
(2019.12.14)
最終更新:2019年12月14日 12:02