姉妹殺し





題名:姉妹殺し
原題:Sœurs (2018)
著者:ベルナール・ミニエ Bernard Minier
訳者:坂田雪子
発行:ハーパーBOOKS 2022.4.20 初版
価格:¥1,440

 セルヴァズ警部、と呼び掛けられると、前作で降格させられた経緯があるので、「警部補です」と敢えて答える主人公が、本作ではとにかく目につくし、それもまたなかなかの味である。銃をあまり持たないセルヴァズ。射撃にとんと自信がないからである。そんな主人公の警察シリーズで良いのか? と読者が心配してしまうタイプの警察官が主人公なのだ。

 好敵手は、かのハンニバル・レクターに比肩されるほど怖い、サイコ過ぎる元検事の殺人鬼ジュリアン・ハルトマン。この怖い元検事の殺人鬼が出演しないストーリーであれ、セズヴァズの夢には必ず出てきたりするくらい、シリーズ中、圧倒的存在感を誇る。前作ではハルトマンとの一部直接対決など、どきどきする巻でもあったのだが、本作では思い切り趣向が変わる。

 しかもセルヴァズ警部ファンにはこたえられないことに、何と20代、新米刑事時代のセルヴァズ登場によって、本作はスタートするのである。銃を使いこなせない不器用さはもちろん各方面で駆使されるし、新米であれ、彼なりの性格の強さや勘どころの鋭さといった、今に繋がるセルヴァズならではの特徴はこの年齢でも早くも味わえる。特に彼の実力を伴いそうにない無謀さは、この頃から何とも一流である。

 本シリーズは最初から順番に読んでいるのだが、何といっても『氷結』で知ったトゥールーズという作者在住でもある地方都市が良い。ピレネー山脈やスペイン国境にフランス一近い大都市が、トゥールーズである。なので、冬には雪と山岳を舞台にしたアドベンチャー・ノヴェルをシリーズ内で披露できるという、この都市に住む作者ならではの強みがある。それこそ一作目の『氷結』はこの都市、そして冬のピレネーという個性を存分に生かしてくれたのだ。事件も個性的で第一作としてはなかなかの大物デビューぶりを示したのだったし、セルヴァズの無謀ぶりも存分に表現してくれたものだった。

 その後、シリーズを重ねるにつれ、ハルトマンとの因縁の経緯を背景に楽しみながら、各作品毎の大きめの変化も楽しむことができたのが本シリーズ。『魔女の組曲』などは独立作品でも成功しただろうと思うのだが、セルヴァズのシリーズに組み込むことにより、読者的にはより楽しむことができた。療養中のセルヴァズを無理やり出演させることで、作者の、また読者側からのセルヴァズ拘りを確認できたくらいである。

 さて本書は、そういったセルヴァズ・ファンにとっても、初読の方にも最高のサービス作品である。物語は二部制となっており、前述の通り、二十代のセルヴァズが担当した事件、そしてその時点での謎多い結末までが描かれる。最大の容疑者はその時点で自殺している。

 その25年後、続編とも言える新たな事件が起こる。二つの事件は一見遠いように見えるが、繋がるのは25年前と同じ被害者の白いドレスと、両方の事件に関与した作家の存在。作家が書く作家。そんなややこしい多重構造重だけでも、かなり好奇心を刺激されるのだが、両方の事件を繋ぐものの何ものかに対する好奇心が半端ではなくなるのが、25年を経た二つの事件の繋ぎの部分である。

 シリーズ中、最もサービス過多と思われるエンタメ作品でありながら、まだまだ宿敵との怨恨も残しつつ、さらにセルヴァズの青年から熟年への変化をも楽しみつつ、事件の複雑な謎解きにももちろん迫ることができる作品内多重構造の、これは超エンタメ作品なのである。訳者解説にもある通り、確かに時系列としてはシリーズ主人公セルヴァズの20代から物語がスタートするとあって、シリーズ読者でなくともこの作品に限っては、本書から最初に読んでも問題はないかもしれない。

 著者のベルナール・ミニエは、今、最も人気のあるフレンチ・ミステリ作家であるらしい。作品毎にこの作家はかなり趣向を変え、見方をずらしてみせる。そのマジックぶりに、セルヴァズという個性的な警部、じゃない、今は警部補、の魅力を存分に味わって頂きたいと思う。

(2022.5.7)
最終更新:2024年12月30日 17:04