卒業生には向かない真実
二作目を読むのに一作目を前もって読んでおく必要があると強く感じたのと同様に、本作を楽しむには一二作目をどちらも読んでおかないと、まず人間関係がわからない。ぼくはどちらも読んでいたけれど一年に一作ずつという発刊ペースでは、もちろん前作までの人間関係は記憶から消去される。この三部完結シリーズを真に娯しむためには、三作を続けて一気に読むほうが良いだろう。
これから『
自由研究には向かない殺人』『
優等生は探偵に向かない』を読んで、本作に取り組む方は幸せな読者である。何故なら一作一作がどれも面白いから。そして一作が次の一作に変わる時には新たな局面を迎えるから。本シリーズのヒロインのピッパが一年ずつ成長してゆくような物語でもあり、彼女の周囲のキャラクターたちとの距離感や関わり方も変わるから。
その変化をもたらすものは、いずれも残酷な殺人事件である。この『向かない』シリーズは、YA小説でありながら、ちゃんとしたアダルト読者が読んでも楽しめるくらい、人間社会を掘り下げた構造になっている。人間というより彼らが住む小さな村文化のようなものでありながら、その裏に潜む闇の構造を垣間見てしまう少女の成長記録でもあり、彼女の類まれな知性をサイコな悪党どもと闘う最大の武器として楽しめる作品群でもある。
本作はこれまでよりもずっと分厚い長大な作品であるが、一部と二部の間にまるで断崖絶壁のような驚くべき切断面が用意されており、二部からの我々読者は一部以前とはまるで異なる後半部分に面食らうことになる。この落差感覚は、一作目から順に読んできた読者のみならず、本作だけの読者であれ、驚愕の展開に震えることになるかと思う。
そして三部作すべての未解決部分にも完全決着をつけるべく、作者も主人公のピップもすべてを賭けてゆく。青少年が主人公のミステリーだからと言って油断できないのが本シリーズなのであった。息つく間もないスリリングで危険なページたちを繰る手に震えが走るほどそのノワールな展開は衝撃的かつ知的興奮に満ち満ちたものである。これまでの本シリーズに抱いた感覚を根底から覆されるのはぼくだけではあるまい。未読の方に決して語れない内容なので、これ以上はぼくは押し黙るしかない。
本シリーズは少女の成長ストーリーではあるけれど、決して軽妙なユーモア・ミステリーではなく、ずしりと来る闇の作品である気がする。ノワールの核にまで迫ってゆく際どいプロットで、少女はよりタフにサバイバルの才を発揮する。その心の描写が女性作者ならではのデリカシーに満ちているところで、少女も読者も救われる。
死体がごろごろの三部作でありながら、読後感が悪くない大団円に拍手を送りたいと思う。
(2023.10.03)
最終更新:2023年10月03日 13:40