陽がすっかり落ちた街並みにぽつりぽつりと浮かぶ灯りは星のようで、
展望公園から見下ろす景色はひとつの小さな宇宙のように見えた。
あの灯りの中には人がいて、家族がいて、あたたかい温度がつまっている。
仕事を終えて帰って来た父親を、おかえりと言って迎える家族。ただいまと顔を綻ばせて笑う父親。
そんな当たり前の人々の営みを想像しながら、シェリルはベンチの上でひとり、膝を抱えていた。
静かに深く息を吸い込むと、喉がじんと痺れるように痛むのが分かる。
けほ、と小さく咳き込むことでその痛みを逃がし、抱えた膝に顔を埋めた。
本来ならば医療用ベッドに入ってウイルスの進行を抑えなければならない時間だったが、
グレイスと仕事の事で諍いを起こし、ついホテルを飛び出してこんな所まで来てしまった。
携帯の電源は勿論切っているが、グレイスにしてみればシェリルの居場所を割り出すくらい造作でもない。
一方的な八つ当たりをしたうえに飛び出すなんて子供の癇癪だと自分でも呆れそうになるが、
急激に進行する感染症と、思うように動かない体、そしてなにより歌うことが出来ない辛さに、
シェリルの心はもう決壊寸前だった。
いつかはこうなると分かっていたけれど、だからと言って歌を捨てる事は出来ない。
それはシェリルにとって、命を捨てろと言われる事と同義だった。
恐怖からか、寒さからか、体が小さく震える。
それを誤魔化すように膝を抱く力を強くして、
シェリルは地上の夜空に再び視線を向け、小さく歌を歌い始めた。
ランカとシェリルだけが知っている歌――アイモ。
歌というよりはほんの囁きでしかない声で、途切れ途切れに歌を紡いでいく。
歌いながら、シェリルはぼんやりとアルトの事を想った。確か明日はアルトが護衛に着く日だった。
このまま帰らなかったら、明日アルトは慌てるだろうか。慌ててくれるだろうか。
「シェリル!」
「……アルト?」
頭の中に思い描いていた姿がすぐそこにあって、シェリルは呆然と目の前のアルトを見上げる。
息を切らせて肩を上下させるアルトを見れば、彼が散々走り回ったのは一目瞭然だった。
「なんで、あんたがここにいるのよ」
「グレイスさんから連絡があったんだよ。お前がホテルから出て行ったんだが心当たりはないかって」
「…そうなんだ」
呟いて、シェリルは抱えていた膝を下ろし、アルトから視線を逸らした。
その仕草でシェリルが迎えを拒否したのが分かったのか、アルトはシェリルの横に腰を下ろした。
同じ方向を眺め、アルトは何があったのかは聞いてこようとはしない。
話したいのなら話せばいい、そんな空気を漂わせてくれていた。
「……綺麗ね。星空みたい」
「随分ちっぽけな星空だな」
「ちっぽけなんかじゃないわよ。あったかくて…あの灯りの中には、たくさんの幸せがあるんだもの」
思わず吐露してしまった心情に、シェリルはつい恥ずかしくなって口を噤む。
当たり前の光景、あたたかい家庭に、大切な家族。
シェリルの持っていないそれらに憧れていないといえば嘘になるが、同情が欲しいわけではなかった。
「戻ろう、シェリル。グレイスさんも心配してる」
「嫌よ。戻るくらいなら、あたしはここで一晩過ごすわ」
「ばか、お前何言って…」
嫌だ、ともう一度告げるよりも先に、ぽたりと涙が零れ落ちてしまった。
それを見たアルトが戸惑うのが分かり、シェリルは涙を隠すように顔を背けて俯く。
「…泣くなよ」
「泣いてないわよっ…」
無茶苦茶な事を言っている自覚はあったが、泣いているのを認められる程素直ではない自分が少し悔しかった。
困り果てたようなアルトの溜息が聞こえ、その後に大きな手がシェリルの肩を包み少し乱暴に引き寄せられた。
アルトの胸の辺りに顔を埋めるような格好になり、肩を包む手の平の熱さに涙が一瞬で止まってしまう。
けれどすぐに離れるのは惜しくて、ほんの少しだけ胸を借りることにした。
少し経ってから体を離してアルトを見上げると、真っ直ぐな眼差しと目が合って、胸の奥がじわりと疼いた。
「もう平気か?」
「…うん、ありがと。でもごめんなさい、ホテルには戻れない」
それはシェリルの矜持であり、自分への戒めでもあった。
今から帰っても、グレイスはきっと何事もなかったように自分に接してくれる。私が悪かったわと謝ってくれる。
グレイスはシェリルを宥め、諌めることはあっても、怒ることは絶対にない。
だから、シェリルは自分への戒めを自らで課すしかなかった。
アルトの溜息がもう一度聞こえる。当然だとも思ったし、理解してもらおうとも思わなかった。
「ホテルじゃなきゃいいんだな?」
「え?」
シェリルの返答を待つよりも先にアルトに手を引かれ、シェリルはベンチから腰を浮かせる格好になった。
はなして、と言おうとしたが、ぎゅっと握られた手の強さは言ったところで離してくれそうもなく、
シェリルは黙ったまま何も言わないアルトの背中を追いかけるしかなかった。
辿り着いた先は、小さなアパートの一室だった。
部屋の大きさはシェリルが宿泊しているホテルのスイートルームの一室分も無いかもしれない。
「ここは…?」
「俺ん家。言っても、もうほとんど来てないけどな」
物はほとんど無い、こじんまりした部屋。
SMSの寮に入る前に住んでいた場所なのだろう、生活感はあまり感じられなかった。
玄関で佇んだままきょろきょろと部屋の中を見回すシェリルにアルトは苦笑し、
てきぱきと押入れから布団を取り出し、寝床を整える。
「お前が泊まってるホテルと比べるなよ。何もないけど、あんな所で一晩過ごすよりはマシだろ」
「アルト…」
申し訳ないような、嬉しいような気持ちがせめぎ合い、また涙が浮かびそうになる。
ぶっきらぼうなくせに優しいだなんて、本当にずるい。
入れよ、とアルトに促されてようやくシェリルは玄関先で靴を脱ぎ、部屋の中へ足を踏み入れた。
「明日の朝になったら迎えに来てやるよ。グレイスさんには連絡しとけよ」
「……ええ」
曖昧な笑みを浮かべ、入れ替わりに玄関へ向かったアルトを見送ろうとした。
本当は、傍にいてくれたらと願っている。
でも、それだけはしてはいけないと、シェリルは自分に必死に言い聞かせた。
ありがとうと言おうとしたのだが、その言葉は声にならず、代わりに喉を突いたのは激しい咳だった。
「シェリル!」
喉だけでなく肺までもが痛む程の咳に、体がその場に崩れ落ちる。
座り込んで背中を折って、それでも治まらない咳に、ぎゅっと閉じた瞼に涙が滲んだ。
アルトの手が背中に添えられたのが分かったが、もう気力で抑えられる時点はとうに過ぎてしまっている。
喉の奥に一際大きな熱がこみ上げて、その正体を知っているシェリルはよりいっそう背を丸めて耐えた。
口の中にじわりと血の味が広がる。アルトにだけは見られたくなくて、口内に広がったものを無理矢理飲み下した。
「シェリル…」
「…ごめん、平気よ。お水貰ってもいい?」
シェリルよりも辛そうな表情を浮かべているアルトにそう言うと、アルトは無言のまま台所へ向かい、
グラスに水を入れて持ってきてくれた。
渡された水を少しずつ飲むと、口の中の血の味が段々と薄れていく。
けれど進行している病は少しも薄れずに、その現実をシェリルにありありと見せ付けてくる。
怖かった。どうしようもないくらい、怖かった。
それでもアルトに悟られたくはなくて、微笑んでみせる。
「平気だから、アルトは戻って」
本当は傍にいてほしい。帰らないでほしい。でも、縋ることができない。
納得のいかない顔でそれでも立ち上がったアルトになんとか作った笑顔を向けて、
アルトが部屋を出て行くのを待った。
扉をくぐるまでのほんの短い距離。
お願いだから振り向かずに、そのまま出て行って。
そうしたら、明日はいつもみたいにちゃんと笑えるから。
ひたすらに祈り続けたシェリルの切なる願いは聞き届けられず、
振り向いてしまったアルトがこちらを見て痛みを堪えるような顔を浮かべた。
弾かれるようにシェリルの元に戻ったアルトが身を屈め、
いつの間にか強く握りしめて白く血の気を無くしていた手をそっと取ってくる。
「…馬鹿、なんで一人で全部抱え込もうとするんだ」
何の為に俺はここにいるんだと、そうも聞こえるような声色だった。
その答えをシェリルは持ち合わせているが、答える事はできない。
病気のことを伝えればきっとアルトは傍にいてくれる。それと同時に傷ついていくのもアルトだ。
いずれ居なくなる自分に近づけば近づく程、傷は深くなる。そんな事をしたいわけじゃない。
そう分かっているのに、アルトの言葉を聞くたびに、目を見るたびに、心が呆気なく揺れる。
これは罰なのかもしれない。好きだとは言えず、けれどさよならを言うことも出来ない自分への。
「…アルト」
握られたままの手とは逆の手をそっと伸ばし、アルトの服の裾を掴む。
「…明日の朝になったら、全部忘れて。あたしはグレイスと喧嘩なんかせずに、ホテルにいたままだった」
震える声でアルトを見上げる。
悲しくて、優しくて、少し切なげなアルトの瞳の裏に見える感情に、見ないふりをした。
「だから、お願い…今だけ、今夜だけ……あたしをアルトのものにして」
アルトの瞳が揺れるのが分かって、それでも視線は逸らさずにいてくれた。
馬鹿な事を言ってるんじゃないとこの手を振り払われたなら、それも構わなかった。
むしろそうしてくれる事を、心のどこか片隅で望んでいたのかもしれない。
けれど何かに耐えるようにぎゅっと唇を噛み、頬に触れてきたアルトの手の平と真っ直ぐな眼差しが答えだった。
ただ気持ちだけで満足できる子供ではなかったし、言葉だけで満たされるほど大人ではなかった。
近付いてきた唇が距離を無くし、柔らかく触れ合う甘さがじんと頭を痺れさせ、
それとは裏腹に胸を占める切なさに、ひとすじ涙が零れ落ちた。
服を脱いで向き合って座ると、どうしようもない恥ずかしさに今更ながら襲われてまともに顔を見ることが出来なかった。
俯いていたシェリルにアルトの手がそっと伸びてきて、細い肩を包むように撫でた後、
まだ身に着けていたブラジャーの紐をそろりと落とされた。
その直接的な行為にシェリルの鼓動が一気に高まったのも束の間、それきり動かなくなってしまった
アルトを見上げると、途方に暮れたような顔で「…悪い」と謝られた。
「その…脱がせ方、分からないんだ」
頬を赤くして告げられた言葉にシェリルは一瞬ぽかんと呆け、そのあとこみ上げてきたおかしさにくすくすと笑んだ。
つまりはそういうことなのだと理解して、嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
自分も同じだと言ってしまえばアルトの気も少しは楽になるのかもしれなかったが、
そんな甘やかな雰囲気を持つのは躊躇われて、すぐに分かることなのだから…と口を噤んだ。
さすがに向かい合ったままで脱ぐ事は出来ず、シェリルはアルトに背を向けて
僅かに震える手で背中のホックを外し、取り去ったブラジャーを先程脱いだ服の上に置いた。
直接空気が肌に触れるのが心許なくて両腕で胸元を隠す。
どうやって振り返ればいいのかと考えていると、アルトの手がシェリルの背中をそっと撫でた。
背骨を辿るように撫で上げられ、行き着いた首筋に唇が押し当てられる。
肩を両手で包んだアルトが、「…冷たい」と耳元で囁いた。
これだけ緊張していれば体温も下がるだろうとシェリルは思ったのだが、それを口に出すのは無粋な気がした。
後ろを振り向きながら上半身裸になったアルトの胸にそっと手を当てて、
手の平から伝わってくる早い鼓動に少しだけ安堵する。
「…あたためて。アルト」微笑むよりも先に噛み付くような勢いで唇を塞がれ、くぐもった声はアルトの口内に消えていった。
何度も何度も繰り返し角度を変えて、段々と深くなっていく口付けに吐息の温度が上がる。
合間に零れる吐息を逃がすことすら惜しむように、夢中で互いの唇を貪った。
開いた唇の間から忍ばせた熱が触れ合うと力が抜けそうになり、シェリルは両腕をアルトの首に巻きつけた。
「――ン」
口付けを繰り返しながらもアルトの手がシェリルの肌の上を滑り、細い腰、くびれたウエストを辿ったあと
もう隠してはいない胸に柔らかく触れてきた。
触れられたところから電流が走るような感覚にシェリルが声を上げると、
最後にゆるりと舌を絡められてから唇が離れた。
二人の間を細い唾液の糸が繋ぎ、重力に従って落ちたそれはシェリルの胸元へ伝う。
それを追ってアルトがシェリルの胸元へ顔を埋め、鎖骨から胸へと唇を触れさせながら下がっていく。
胸の膨らみを揉まれ時々指が先端を掠めると、どれだけ抑えようとしても声が漏れてしまう。
シェリルのその反応に気付いたのかアルトは片方の乳房を軽く持ち上げ、
赤子がそうするように先端を口に含んだ。
「んんっ!あ、ぁ…」
舐められ、くるりと円を描くように舌で押され、その間ももう片方の乳房への愛撫も止まない。
自分が自分でなくなるような、波に翻弄されてしまうような感覚にシェリルはただアルトにしがみつくしか出来ない。
いつしか布団に押し倒されたのにも気付かず、シェリルは与えられる感覚に自分を見失わないよう必死だった。
「アル、ト」
切れ切れの声でシェリルが呼ぶと、アルトが顔を上げて「…痛かったか?」と不安げに問うてくる。
ふるふると首を振って答え、顔を覗き込んでくるアルトの両頬に手を伸ばして手の平で包む。
男なのに滑らかな肌が少し小憎らしかったけれど、その眼差しの優しさに泣きたくなって、
アルトの顔を引き寄せて唇を塞いだ。
触れた首筋や肩、胸の逞しさに紛れもない男の姿を感じさせられて、
自分達がこんなにも違う生き物であることを今更ながらに実感する。
男の人の唇って、意外と柔らかいんだ。そんな事を思っていたシェリルが唇を離すと、
吐息が触れる距離でアルトがシェリルの瞳をじっと見つめてきた。
少し潤んだ熱っぽい眼差しに、下腹の辺りがじんと疼くのを感じた。
熱に浮かされたシェリルを見たアルトが一度軽く息を吐いて、シェリルの脚の付け根へと恐る恐る手を伸ばす。
「やっ!?」
下着の上からではあったが、胸への刺激とは比べ物にならない強い感覚に
思わずシェリルは大きな声を上げてしまった。
脚を閉じようとしても、間にアルトが陣取っていて叶わない。
その間もアルトのぎこちない愛撫は止まず、シェリルは手の平をきつく握り締めた。
「あっ、や、…っぁ、ん」アルトの指が動くたびに下腹が疼いて仕方が無く、じわじわと下着が濡れていくのが感じられて、
それを指先で感じたアルトがとうとう最後に残った下着に手をかけ、するりとシェリルの脚からそれを抜き取った。
自分を覆い隠すものが何も無くなり、どうしようもない羞恥に襲われてシェリルは両手で顔を覆う。
そんなシェリルを見たアルトがふっと小さく笑い、滑らかな太腿を撫でた後、直接秘所に指先を触れさせた。
もう十分に潤んでいたそこは熱く、アルトが触れるたびに中から水が溢れてくるようだった。
何をされているのかは分からず、けれど確実に与えられる快楽と、狭い部屋に響く自分の嬌声と水の音に、
もうどこかへ消えてしまいそうな理性をかき集めてシェリルはただアルトの名を呼んだ。
脚の間を触れられていたかと思えば胸に触れられ、首筋や鎖骨に口付けられる。
様々な所から与えられるひとつひとつがシェリルを追いたて、まだ見ぬ絶頂に昇り詰めそうになる。
「ひぁっ!」
自分の中にアルトの長い指が侵入してきたのが分かり、その違和感にシェリルが震えた。
アルトの指がほぐすようにゆるゆると動き、
シェリルが身を捩って逃げようとするのとは裏腹にそこは徐々に柔らかくほぐれていく。
「ぁ……あ…ぅ……はん…んっああぁっ!」
指の数が増えて入り口を更に広げられ、ふいにアルトが触れた場所から与えられた強い刺激に耐え切れず、
シェリルは一度高い声を上げて果てた。
「…はぁ……ぁ…」
そもそも絶頂を知らなかったシェリルにとって今の感覚が何かが分からず、
呼吸を繰り返して体中を覆う倦怠感に身を任せるしかなかった。
「…シェリル」
顔を覗き込んできたアルトに大丈夫だとふわりと笑むと、目尻に優しく口付けが落とされた。
それとほぼ同時にお腹の辺りに熱くて硬い感触が当たるのを感じ、頭を起こしてその正体を確かめようとした。
「あ…」
それを目にした瞬間にかっと頬が熱くなり、直視するのは躊躇われて困ったようにアルトに視線を向けた。
アルトの少し困ったように笑う顔が愛しくて、シェリルは全てを委ねる決意をした。
「言ったでしょ?…あたしを、アルトのものにしてって。…今夜、だけ」
ともすれば本当の想いを吐露してしまいそうな雰囲気を断ち切る為に、
あえてシェリルは最後の言葉を口にした。
望んだのは自分で、これをアルトの望んだことだとは思わないために。
「シェリル…俺は」
「――言わないで。…お願い」
何かを言いかけたアルトの唇に人差し指を当てて言葉を封じる。
その言葉が例えどんなものであっても、シェリルが望む言葉はもうなにひとつ無かった。
永遠を望むには、すべてがもう遅すぎたのだ。シェリルにも、そして、アルトにも。
「あ……っ」
陰部に押し当てられた熱がゆっくりと侵入を始めて、その痛みと異物感にシェリルは唇を噛んで耐えた。
自分の中に自分ではないものがある、不思議な感覚。
それでも他の誰でもないアルトと、何も邪魔出来ない程深くで繋がっているという事実だけが
シェリルの胸を幸福で焦がす。嬉しいのに悲しくて、幸せだった。
全てを埋めたアルトがシェリルの上でひとつ息を吐き、汗で額に張り付いたシェリルの髪をそっと避けてくれる。
「アルト…」
このまま時間が止まれば、どれだけ幸せだろうか。
伝えられないのなら、せめて名を呼ぶくらいは許して欲しい。
そう思ってシェリルがアルトの名を呼ぶと、ゆっくりと体が揺さぶられ始めた。
「んっ…アルト、アルト…っ」
「…っは、シェリル…」
内壁を擦られ、かき回されるような感覚は快感にはまだ遠かったけれど、
アルトが少しでも気持ちよくなれたらいいと、シェリルはアルトの首にかじりついて懸命に応えようとした。
卑怯な女だと、ずるい女だと思ってくれていい。利用されただけだと思ってくれて構わない。
一瞬の温もりを欲した代償は全部自分が引き受けるから。
「アルト…っ、あ、あぁ…っ」
違和感の中に徐々に混じり始めた悦楽がじわじわとお腹の底、いまアルトがいる場所から駆け上ってくる。
アルトが切なげに眉根を寄せ、揺さぶられる速度が上がる。
もう名前を呼ぶことも出来ず、言葉にならない喘声と荒い吐息だけが部屋に響いていた。
「あ、だめっ…あ、やぁー!」
「…くっ、シェリル…っ!」
膨れ上がった快感が限界に達し、シェリルの脳裏を少しずつ白く染め上げていく。
そのすぐ後に自分の中でアルトがびくびくと跳ね上がり、腹の中にじわりと熱いものが広がるのが分かった。
そして、それを受け止めようと収縮する自分の中の動きも。
もう一度アルトを呼ぼうとしたのだけれど、急激に襲ってきた疲労と眠気に意識がさらわれ、
それは叶わなかった。
少しずつ薄れていく意識の中で、頬に落ちてきた一粒の滴が切ないほどに温かかった。
次に目を覚ました時は、もう窓の外が明るくなり始めていた。
目の前にいたアルトの寝顔に驚いたけれど、昨夜のことを思い出して少し恥ずかしさに襲われる。
アルトの目を覚まさないようにそっと布団の中から抜け出し、近くに置いていた服を身に着けた。
さすがにこのまま顔を合わせるのはいたたまれない。
ここがどこなのかは分からなかったが、タクシーを呼べばいいだけの話だ。
服を着て髪を整え、まだ眠っているアルトの傍にそっと腰を下ろす。
「……ごめんね」
ぽつりと呟くと同時に、ぼろぼろと涙が溢れてくる。
この人が好きだ。もう、どうしようもないくらい。自分の感情を自分で制御できなくなるくらい。
自分の病気のことも、体のことも、誰よりも分かっている。それでももう我慢が出来なかった。
理性とか、常識とか、そんなもので抑えきれるものではなかった。
だからどうか、昨夜のことは忘れて欲しい。
気まぐれで過ごした一夜なのだと、何も無かったと思ってほしい。
「…大好きよ」
言葉にはせず、吐息だけでそう呟いた。
きっともう二度と伝えることのない言葉だけを残して、
シェリルは音を立てないようにアルトの部屋を後にした。
終わりです
大量にレス消費してごめんなさい
出来ればそのうちアルト視点も書きたい
最終更新:2011年05月19日 12:51