690 :最後のデート [↓] :2013/12/02(月) 00:54:45.16
待ち合わせはサンフランシスコ中央駅。
アルトは相変わらず、SMSのジャケットのインにはタンクトップでカーゴパンツにブーツの出で立ちだった。
初めてのデートでは制服を着ていて、まだ全然学生だった彼も、今では精悍なパイロットになっている。
「わた~しの彼は、パイロォト」
「んだよ、悪いかよ」
すぐに気がつくという事は、アルトも気にはしているらしい。
「悪いなんて言ってないわよ?他の服持ってないのかしら可哀相に、なんて思ってないわよ?あんたらしくて気が抜けたわ」
「服を選ぶとか苦手なんだよ。そうだ、お前が選べばいいんじゃないか?文句ないだろ?」
「今日はゼントラモールに行くんだから、ぜ~んぶ、ぶかぶかね?」
「なら、次は服屋に行こうぜ」
ファッションに興味がないのかと思っていた彼からそんな言葉が聞けるとは、平和になったものだとシェリルは思った。
しかし、彼と次の約束をする事は出来ない。
「あ、あのホットドッグスタンドに寄りたかったの」
シェリルは、彼の言葉をはぐらかして、駅を出たところにあるホットドッグスタンドへと彼を引っ張っていった。
「ハンバーガーにたこ焼きにケバブにタコス。ファーストフードは学校帰りに一通り食べさせられたな。『ジャンクフードはもう良い』って言ってなかったか?」
放課後に彼と二人きりで行ったり、空き時間にみんなで行ったりしたのは、一年もたっていないのに、遠い思い出のようだ。
「あの時もホットドッグを食べたから、懐かしくなっちゃったの」
「…スーパーチリチリドッグは食わねえぞ」
ちょっと焦ったアルトを見て、シェリルは笑いがこらえられない。
「ないわよ。お店が違うもの。でも、でかるちゃーチリ…」
「おれはそれは食わないからな!」
「わかったわよ」
アルトの作る料理は繊細で上品な味が多く、アルトの舌は繊細なのだろうと、シェリルも今なら分かる。
「じゃあ、私はこのやっくでかるちゃーチリドッグとスイートレモンソーダS」
「おれは、普通のドッグとかばうしミルクソーダM」
二人とも、右手にはドッグ、左手にはドリンクを抱え、それぞれに味わった。
「ん~おいし~」
「…一口…」
美味しそうに食べているシェリルに釣られてアルトも興味がわいたようだ。
「食べてみる?」
シェリルの差し出したドッグにかじり付いた後のアルトのリアクションは、まるきり、あの時と同じだったので、懐かしさの涙を隠すようにシェリルは笑った。
「やっぱり、おっきい~」
フォルモに辿り着いた二人はマイクローン用のルートを通ってショッピングモールを廻る。
このおとぎの国を出る時に、私は夢から覚めるんだわ。
だから、今だけは恋人ごっこに浸ってもいいわよね?
シェリルはそっと彼の手を握った。
気付いた彼は、シェリルの手を握り返し、そっと顔を伺うと、照れた顔を前に向けて、シェリルの手を引っ張って前へ進んだ。
これじゃ、保護者と子供みたいだわ。
でも、結局それが私たちの関係だったのかも。
世話焼きお母さんの仕事も今日で終わりだからね?
そして、食器売り場の前に辿り着いた。
大きなゼントラン用の食器に感激したのは、遠い昔のように感じる。
シェリルが感慨にふけっていると、ふと、アルトの手が離れた。
「見つけられるもんなら、見つけてみろよ!」
アルトが走って食器売り場へと向かっていった。
アルトが子供の頃にしたって言ってた「かくれんぼ」って遊びよねと、
ゼントランサイズの食器を楽しみながら、シェリルは彼を捜して歩いた。
目に入るようなペアのカップやカトラリーに憧れていたが、家族同然だったグレイスに裏切られて初めて、アルトと一緒に使うことが出来た。
たまたま、アルトがいろんな初めてだったってだけで。
ペア食器だって、きっと、またいつか、誰かと使う時が来るはず。
私みたいな良い女が放っておかれる訳ないじゃない?
家事も結構覚えたし、恋も知った。
愛する事も知った。
シェリルは、食器売り場を余す事なく歩き回ったが、中々、彼が見つからない。
今ここで置いていかれる事はないと、頭では分かっているが、シェリルはだんだん不安になって来た。
彼が側になくなったら、本当にひとりぼっち。
いいえ、私はきっとすぐに新しい恋をして、寂しさなんて上書きしちゃうんだわ。
アイツは私こと思い出して、もったいないことしたなーってちょっとくらい後悔すれば良いんだわ。
そして、彼女と幸せになるといい。
それが、バトルフロンティアで別れた時の私の願いだった。
予定よりちょっと遅くなっちゃったけど、新しい生活の準備を手伝ってもらっただけ。
明日からの、彼のいない生活。
きっと平和で、穏やかで。
とても、さみしい。
ひとりぼっちにしないで。
突然、シェリルは後ろから引っ張られて、体勢を崩した。
「アルト!?」
シェリルは重力がひっくり返っているのが分かった。
彼がかぶさっている。
場所はカップの中。
「おまえ、かくれんぼ弱過ぎだろう。探すの諦めるの早いぞ!」
隠れながら、シェリルの挙動を伺っていたらしい。
「捕まえた!」
ぎゅっとシェリルが抱きついた。
「こ、こら!ずるいぞ!それが作戦かよ!」
そう。私は、諦めかけた私を助けてくれたあなたを捕まえるズルをしたんだったわ。
本当は怖くて寂しい。
こうやってあなたの腕の中にいるとそれを忘れる事が出来た。
シェリルはつい凍えた心の暖をとるように彼の胸に縋り付いてしまう。
「シェリル?」
シェリルの様子いぶかしんだ彼の声が、逆に、しっかりしなくてはと、シェリルを奮い立たせる。
この腕を離して、あなたの胸は彼女に返す。
ゼントラモールの中央に位置する広場を歩いていると、シェリルの視界の端に、見覚えのある緑色がかすめた。
無意識に目で追うと、紛れもなくランカであった。
シェリルが驚いて立ち止まってしまった事にアルトが気付いた。
「シェリル?」
自分と出かけているアルトをランカが見たら?
シェリルの固まった表情の目線の先をアルトが追った。
「ランカか!凄いな、まるであの時みたいだ!」
偶然ランカに出会って、アルトは嬉しげだ。
いくら心優しい少女とて、彼に思いを寄せる自分が彼と二人きりで出かける事を快くは思わないだろう。
彼を少女の下に返そうと思っていたのに。
ランカに見つからないように立ち去りたいシェリルの思いと裏腹に、アルトはシェリルと繋いだ手を離して、ランカの方へと駆けていった。
シェリルは隠れる事も出来ず、立ち止まったままだったが、アルトは興奮気味にランカへと向かっていく。
手を離して、私に背を向けて、アルトが行ってしまう。
覚悟していた事だけれど、胸が酷く痛い。
シェリルが呆然とアルト達を眺めていると、アルトが手を振って来た。
我に返ったシェリルだったが、脚がすくんでどうする事も出来なかった。
シェリルの様子を認めたアルトが再びシェリルの下へと駆け戻って来た。
「どうした?気分が悪いのか?」
アルトが心配げにシェリルの肩に手を添えて顔を覗き込んだ。
遅れてやって来たランカは複雑げな笑顔を浮かべていた。
「シェリルさんたちも、フォルモに来てたんですね」
「え、ええ。新しく出来たって話題だったでしょう?」
シェリルは平然を装って答えた。
「またお前とたまたまゼントラモールで会うなんてな」
アルトが嬉しげにランカに話しているのを見ると、シェリルは申し訳ない気持ちになった。
そんな裏腹な3人の会話に近づいて来たブレラが割って入った。
「ランカ、そろそろ映画の時間だ」
「あ、いっけな~い。時間ギリギリだったんです。また、ゆっくりお話しして下さい!」
可愛らしく首を傾げると、ランカは兄と早足で場を離れていった。
「元気そうだったな」
少女を見つめるアルトの瞳は優しい。
「シェリル?疲れたのか?」
黙り込むシェリルをいぶかしんでアルトの表情が曇った。
ここで否定しても、余計にアルトが気を使うだけだと、無言でシェリルは頷いた。
「そうだよな、ごめん。少し座って休んだら帰ろう」
終わりのときが、近づいて来た。
休憩の場として選んだのは、初めてのデートの別れの時に見たような夕暮れに照らされた噴水の側のベンチ。
ぼんやりと噴水を眺めて座るシェリルに、買って来たレモンティーを渡して、アルトは隣に座った。
顔をあげると、天蓋越しに見えるバジュラ星の夕空を二人でぼんやりと眺めた。
あの向こうには彼の焦がれた大気のある空。
自由に生き生きと飛ぶ彼を心に描いてシェリルは決心した。
ここで彼を自由にしよう。
シェリルは意を決して、アルトの方へ向き直り、はっきりとした声で話しかけた。
「アルト、イヤリングを返して欲しいの」
シェリルの真剣な様子を感じ取ったアルトは驚くと、間を置いて小さくつぶやいた。
「ああ…そうだな」
胸元のお守り袋を取り出すと、中からイヤリングを取り出した。
受け取ろうとしてシェリルが手を差し出そうとしたが、アルトはシェリルの右耳に手を伸ばし耳に触れると、イヤリングを添えてゆっくりネジを締めた。
まるで出撃前のバトルフロンティアの控え室での時のようだった。
あの時は、自分が彼にイヤリングをつけた。
これで最期だと思っていた。
歌って燃え尽きて終わるのだと、もう二度と会う事はないと思っていた。
だから、最後まで笑っていられた。
「お前と初めて出かけた時、フォルモの噴水で別れただろ」
イヤリングを見つめながらアルトが語りかける。
「お前、ギャラクシーに帰っちまうんだなって、そういうもんなんだって、思ってた」
アルトの綺麗な顔が眉を寄せている。
こんなに近くで彼を見れるのもこれが最後かもしれない。
そう思うと、シェリルは切なくてこぼれそうになるになる涙をこらえた。
アルトがつけ終わったイヤリングから目を外すと、見つめていたシェリルと目が合った。
それをきっかけにアルトがシェリルを抱きすくめた。
「イヤリングをちゃんと返しに帰って来たんだ。お前が言ったようにランカだって助けた。
俺の話を聞く約束だったよな?」
苦しげに続ける彼の言葉で、降下作戦前の控え室での約束だと、シェリルは思い出した。
きっと歌えなくなるほど苦しくなるような言葉だ。
例え別れを惜しみながら苦しんで自分から彼に別れを告げなくても、結局彼から真実を告げられれば、魔法も解けるのだと
シェリルは拍子抜けして、全身の力が抜けた。
後は、彼の言葉を受け入れるだけ。
「これからも、ずっと一緒にいよう、シェリル」
ぎゅっとシェリルを固く抱きしめたまま、彼は続けた。
「もう離れたくない。俺はお前がいないと飛べないって言っただろ。
イヤリングが帰って来たから、一人でどっか行っちまおうとか、考えるなよ」
アルトなりに、最近様子のおかしいシェリルが何を思っているのかを考えていたのだった。
シェリルは彼に強く抱きしめられたまま、呆然としていた。
彼の言っている事の意味が暫し飲み込めなかった。
「お前にとっては、一時の『恋人ごっこ』のつもりだったかもしれないが、俺は真剣だったんだ」
病身のシェリルとともにいた時、自分がシェリルにするように、
いや、もしかしたらそれ以上にシェリルは自分を愛し慈しんでくれていた。
それなのに、「恋人ごっこ」と言い放ったシェリルの心中を、アルトはあれからずっと考えていた。
恋人には戻れないかもしれないと覚悟はしていたものの、
戦後、シェリルは案外すんなりと自分を受け入れてくれた。
そうして、シェリルとの甘い生活を送るうちに、
失い続けた彼女の孤独を癒せるのは自分しかいないと、そう思うようになっていた。
それも、どんな時も彼女が自分を愛し続けてくれたからだ。
予防線を張って心を守っている強く儚いシェリルをアルトは愛おしく思うようになった。
「逃げないでくれ。怖がらなくていいんだ」
シェリルがどんなに虚勢を張っても、大切な事は彼に見透かされていた。
鈍いようでいて、敏く清らかな人。
まっすぐに私を見つめてくれていた。
心の鎧を脱げば、あなたと直に触れて抱き合う事が出来たのかしら?
まだ、間に合うの?
抱きしめていた腕を緩めて、アルトがシェリルの顔を覗き込むと、青い双眸には涙があふれていた。
「泣くなよな」
アルトは涙をこぼす恋人をあやそうと再び抱きしめると、今度は彼女の腕がまわされてしっかりと抱きしめ合う形になった。
「俺たちは生き延びたんだ。俺を置いていかないでくれ」
シェリルを失う恐怖と戦っていたかつてを思い出して、胸が詰まってアルトも涙が出そうになる。
腕の中の愛しい人は更に涙を流して止まりそうにない。
広場のベンチで固く抱きしめ合う恋人達を茜色の夕日が染めていた。
泣き止んだシェリルが腕を放すので、アルトは再び顔を覗き込んだ。
目も鼻も赤くて、美人が台無しだが、無防備な姿がとても愛しかった。
顔を拭ってやると、アルトは、シェリルに問いかける。
「シェリル、返事は?」
しっかりと返事をさせなくてはと思っても、自然と優しい声が出た。
たまにしか見せない、幼げな様子で、シェリルが口を開く。
「私、多分、暫くはいなくなったりしないのよ?」
「ああ。良かった」
「私を本気にさせたらきっとただじゃ済まないわよ?」
不穏な言葉とは裏腹にシェリルは申し訳なさそうに言う。
「今まで本気じゃなかった方がショックだな。てっきりお前は俺のだと思い込んで張り切ってた俺がバカみたいじゃないか」
「ううん、あなたがそうやって私に勇気をくれたから、私、今ここにいるの」
額を寄せ合って語り合う二人の間の空気が柔らかに流れていく。
シェリルが改めて、アルトに返事をすべく、ぎゅっと結んでいた桜色の唇を開いた。
「ずっと、あなたの、傍にいたい」
涙がようやく止まったシェリルの瞳が再び潤んできたが、アルトは嬉しくて微笑んで頷いた。
「ん」
アルトの微笑みで安心したシェリルは、ずっと心に閉じ込めていた言葉をようやくアルトへと向けて紡ぐ。
「アルト、大好き」
シェリルの気持ちを聞いたアルトの微笑みが深くなる。
「俺も。お前を愛してるよ」
口角をあげて笑ったアルトが、大きく頷いた。
「今は外だから」
早口にささやくと、アルトは溢れる愛しさを込めてシェリルの頬に口づけた。
フォルモの噴水の前で立ち去る時、シェリルは自分の頬にキスをして手を振っていった。
今、自分がシェリルの頬に口付けし、比翼の鳥であることを誓っている事にアルトは運命の不思議さを感じた。
あの時の別離の切なさとは違う幸せな切なさがアルトを包み込む。
イヤリングが見つからなければ、シェリルと別れたまま別の人生を歩んでいたなんてこともあったのかもしれない。
決して安楽ではなかったが、大空のように決められた道のない人生の中で、愛する人と巡り会い、結ばれた数奇の縁にアルトは感謝した。
惑星の空にうっすらと星座が輝きだしていた。
おわり
加筆・修正 201406
最終更新:2014年06月14日 23:20