933:甘いキスはケーキの後で[sage] 2015/01/02 23:56:56
年末年始の移動中に妄想した、平和な学園パラレルを文字にしました。
あんまりにも妄想なので、 エロなしだけど、こっちに投下させてね。
「でさ、何が良いかな」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
深夜の電話。
なんとなく甘く聞こえてしまうのは、
一日の終わりに彼の声を聞いて喜んでいる自分のせいなのか。
「苦手なんだよ、そういうの」
「なんて言ってたの、ランカちゃん」
「なんでもいいって」
それとも、彼が声をひそめているからなのか。
「健気よねえ」
「つまんないモノよこしたら許さないから、なんてのたまうどこかの妖精さんと比べりゃな」
「ふ~ん、あっそう。じゃあ、せいぜい頑張って『なんでも』を探しなさいよ」
「…あー、それでだ。…一緒に選んでくれないか」
彼が甘えているからなのか。
「…私…、そんなに暇じゃないの」
「だから早めに頼んだんだろ」
「バースデーパーティの話振ったの、私だったわよね?」
「俺もするつもりだったんだ。だって、お前、忙しいだろ」
彼との約束。
嬉しくてたまらないけれど、仕方がないかのように声を作る。
「ふ~~ん、まあいいわ。
あまり時間は取れないけど、ちょっとくらい協力してあげても良いわよ。
私へのプレゼントは頑張ってくれたみたいだし?」
彼とのお出かけの約束はとても嬉しい。
いわばデートだ。
でも、なんで恋のライバルへのプレゼント選ぶ事になっちゃったんだろ。
電話を見つめながらシェリルはため息をついた。
それこそ、あの娘と一緒に買いにいけば良いじゃない。
そっか、あの娘、まだ売り出し中で、清純派の売り方からしてもスキャンダルは御法度だもんね。
シェリル自身はグレイスの情報管理もあり、比較的自由に行動させてもらっていた。
仕事が忙しくて、フロンティアに来るまではスキャンダルになりそうな行動自体がそもそもなかったシェリルだが、
フロンティアに来てみて、マネージャーの有能ぶりを思い知ったのだった。
ドキュメンタリー番組撮影中に護衛として引き連れていたアルトやミシェルとは、
学校での実習班が同じ友人ということもあり、
撮影終了後も空き時間に二人きりで街を歩く事が多々あった。
目を引くルックスの彼らは芸能記者の目に留りそうなものなのに、大きく取りあげられる事もなく今に至る。
特に、アルトはあの飛び抜けた美貌に加えて元歌舞伎俳優という経歴の上に、
実際、シェリル自身が彼にアプローチをしていているのだ。
短いながらもシェリルはアルトとの時間を苦心して確保しており、それは決して少なくはないはず。
その時間はシェリルにとって邪魔されたくないきらきらと輝いた時間ではあるのだが、
取り上げられないとなると、取るに足らない出来事なのだと言われているようで何だが複雑な気分だ。
学校でもいまだに「女王様とドレイ」扱いだものね。
こんなんじゃ、アルト、振り向いてくれないのかしら。
やっぱり、ああいう可愛いらしい娘が好みなのかしら…。
『あんな学生に毛が生えた程度の子どもにあなたみたいなトップスターの相手が出来る分けないでしょ』
とグレイスには散々諦めろと言われ続けているのだが、
恋心がそう簡単に消せるものでもない。
そもそも負けず嫌いのシェリルが諦めようとは思っていない。
ただ、あの娘の事を嬉しそうに話す彼の声を聞いて
ちょっと弱気になってるだけ…。
$$$ $$$
多忙な妖精さんとデートの約束を取り付けたアルトは、自然とガッツポーズをしていた。
授業中は勿論、昼休みや授業と授業の間は時間の許す限り隣にいたし、
放課後もお互いのスケジュールの隙間を縫って一緒の時間を過ごしてはしていた。
しかし、纏まった時間を過ごすのは久しぶりで、
アルトはうきうきと携帯のスケジュールアプリに予定を書き込む。
自分のあげたプレゼントをシェリルはちゃんと覚えていてくれたし
纏まった時間も確保してくれた。
日々、ポイントを稼いでいる自信は十分にある。
手近で便利な男友達から、一歩ずつ前進するのだ。
アルトがシェリルを恋愛対象として意識し始めて真っ先に気付いた事がある。
シェリルは、多忙にかまけて存外に色事に疎いということだ。
ファンに向けられる目には敏感でも
身近な恋愛事を自分の異次元の世界だと思っている節がある。
自分にしては、なかなか頑張ってアプローチしているつもりなのだが
通じているのかいないのか、恋愛に不慣れな自分には正直わかりにくい。
ったく、どこまでも世話が焼ける妖精さんだ。
そういうところに、惚れちまったんだから仕方がねえ。
「いよう、熱々だねえ」
電話がかかって来て抜け出したSMSの自室に戻ると
2段ベッドの上から悪友のはやし声。
無視して、ベッドの下段に潜り込んだ。
無邪気な笑顔。
憂いに満ちた横顔。
まだ見た事のない涙も、いつか自分が独り占めするんだ、
あの柔らかな身体をかき抱いて愛し合うんだと
暴走し始める妄想をアルトは首を振って振り払う。
見てろよ、シェリル!
$$$ $$$
いつもの帰り道の中でも一番短い、
迎えの車の待つ校門までのつかの間の道程。
教室からここまで、他愛もない話しかしてない。
でも、今日はいつもより甘い気がする。
車に乗り込もうとするシェリルにアルトは声をかけずにはいられなかった。
「じゃあ、また明後日。覚えてるよな?」
「明日も学校行くってば」
彼女にしては少し甘えた口調。
帽子を被り直す細い手首すら刺激的に目に映る。
「明日は学校でしか会えない」
「だから、また明日、でしょ」
「じゃあな」
ここで争っても仕方ない。
明日も学校で会える。
明後日はデートだ。
名残惜しい気持ち振り払って、アルトはシェリルを送り出した。
シェリルは明後日が二人きりの予定で、つまりデートだという事をさほど気に留めていないのか、
とアルトは少しがっかりもする。
いや、表情を見ると、照れてるだけなのかも。
遠く立ち去る車を眺めながら、アルトの思考は止まらない。
もう後少しの予定をあれこれ考えてもしようがないだろ、と
アルトは、気を取り直して、自分も職場へと向った。
$$$ $$$
プレゼントを選ぶために二人が入った雑貨屋は女子学生たちの定番の寄り道スポット。
定番だけあって、転入して割と早々に案内させられた店だ。
子供っぽい可愛らしさは自分のイメージじゃない、とシェリルが立ち寄ったのはアルトが知る限り1回きりだったが、
その一度きりの時に、目を輝かせていたシェリルは大層かわいらしかった。
プレゼントを探すにはうってつけの店だろうし
連れて行けばきっとかわいいシェリルが見れる(いつでもかわいいんだけど)。
そう考えたアルトの期待は裏切られることなく、
恥じらいと喜びに頬を染めるシェリルの横顔は叫びたくなるほど可愛らしかった。
「コレなんてどうかな」
「あんた…去年のハエたたきと良い勝負」
ぽんぽんと繰り出す言葉の応酬。
「実用的で、あんまり好みが別れないだろ?」
「好みって、ここで趣味の良さを見せなきゃいつ見せるのよ。
自信もって選びなさい。
あんたのあげるモノなら何でも喜んでくれるわよ」
「なら、コレでも良いだろ」
やり取りが心地よくて、
素直に頷きそうになる言葉に敢えて反論したくなる。
「じゃあ、そうしなさいよ」
「…やめとく」
小洒落た雑貨店になぜか置いてある砥石に目がいってしまったアルトが
手を重さから解放する。
「結構いい石だったんだが…」
「…あんたね」
キッチン用品売り場から隣の小物売り場へと前を歩くシェリルはアルトに尋ねる。
「アクセサリーとか…」
「アイツも芸能人だからな。商売道具に口を出したくない」
「意外にちゃんと考えてるのね」
冷やかしてやろうと、シェリルがアルトへと振り返ると
アルトはブローチを一つ手にとる。
そして、シェリルの制服の襟元のリボンにそっと添えた。
「こんなカンジの、お前に似合うと思うけど、
お前はこんなプラスチックのおもちゃじゃ駄目だろ」
正面から眩しそうに笑いかけるアルトの笑顔にシェリルはきゅんとする。
悟られまいと、目を逸らして髪を払う。
「と、当然でしょ。私を誰だと思ってるの」
「だよな」
アルトは苦笑いしながら、ブローチをディスプレイに戻した。
「ちゃんとしたアクセサリー屋さん、行く?」
「いや。言っただろ。そういうものは贈れないし、俺らしいものがいいだろ」
「アルトらしいものって?」
「ハエたたき?」
シェリルが吹き出した。
「もう!」
シェリルがぐるりと見回すと、カラフルに壁を彩る布が目に入った。
「あ、あれ!アレなら可愛いじゃない?」
「なんだ?」
シェリルは小走りに布へと向っていき、ハンガーをめくって柄を選び始めた。
「パジャマ!これならカラダのサイズが多少違っても大丈夫よ」
目を輝かせて選ぶ姿が可愛いなあと思いながらアルトはシェリルの横顔を眺めた。
「好みがあるだろ?」
「多少は大丈夫よ」
答えつつも、シェリルはふと気付いたのだ。
プレゼントは『着て見せて欲しい』の意味。
今のアルトにその意図はないとしても
ランカに大胆なお誘いをする口実を与えてしまうも同然だ。
男には想像させるだけでも、「効く」ものなのは仕事柄知っている。
あ~、なに、敵に塩おくちゃってんだろ、私。
今更引っ込みがつかなくてシェリルはヤケになってパジャマを物色し続けた。
「じゃあ、お前はどんなの着て寝るんだ?」
シェリルのそんな葛藤も知らず、
ネグリジェとか言われるようなレースの服も似合うが、
パジャマらしいパジャマも可愛いな、と
アルトは、シェリルの寝姿を想像して頬を緩める。
振り返ったシェリルの答えはアルトの想像を越えていた。
「何も着ないわ」
「え」
「休息の時に肌を締め付けるのは良くないもの。だから下着もナシ」
「あ」
「私のダイナマイトボディの秘訣ね」
ちょっとだけ事故で見た事がある生。
制服に隠された柔らかな肌。
「ららら、ランカもっ、何着るか分からないから…やめとく」
「そう?気を使い過ぎ何じゃない?」
男には、想像も「効く」のだ。
しどけない寝姿を想像したアルトはシェリルを直視出来ない。
やはり寝間着はやめよう、とアルトはシェリルを置いてその場をすごすごと離れた。
「このスリッパとか」
「クッションとか?」
ぶつぶつと二人で物色するがなかなかピンと来ない。
「あ」
うきうきしたアルトの様子を見ると、ようやく気に入るものが見つかったようで、
嬉しさが伝染するようにシェリルも自然と笑みがこぼれた。
「このふきん、質もわるくなさそうで、柄も可愛いじゃないか」
「消耗品なのね…」
「こういうものにゆとりがあると生活が潤うんだぞ」
あの娘は大事に取っておきたいと思うだろうに、本当にこの男は女心が分かっていない、と
シェリルは呆れるのだが
アルトはむしろその事を無意識に心得ていて、消耗品につい目がいってしまうのだ。
アルト自身の無意識の行動などシェリルが気付くはずもなく、
シェリルはランカが喜びそうなものを頭をひねって考えていた。
そして、ディスプレイされている、薄い布に目がいく。
「エプロンなんていいんじゃないかしら?」
「お、いいんじゃないか。洗い替え用にいくつか持ってていいし」
(お礼にアルトくんに手料理を食べてもらいたいな)
なんて可愛く小首をかしげるランカを想像して
また塩を送る己の迂闊さを忌々しく思うシェリルを傍目に
アルトはエプロンを選んでいった。
アルトは、すっきりとしたデザインのオレンジ地に白の水玉模様のエプロンを選び出した。
「元気がよくてアイツらしいだろ。水玉がはじけそうだ」
嬉しそうに笑うアルトに釣られてシェリルも微笑むが、ツキリと胸が痛む。
かわいいランカの誕生日を祝ってあげたいのに、
アルトにこんなにも思ってもらうランカに嫉妬している自分が惨めだ。
悪の元凶である目の前の男をからかって気を紛らわそうと、シェリルは口を開いた。
「『あるとくん、エプロンありがとね!
お礼に手料理食べて欲しいから、今度、うちに遊びにこない?』
な~んて、誘われちゃうかも。
案外あんたもやるわね」
「おまえな。
『シェリルさん、今日はお手伝いありがとね!
お礼に、お茶でもいかがですか?』だ。バカ」
目を丸くするシェリルにしてやったりとアルトは笑う。
「ケーキもつけなきゃ許さないんだからね」
「はいはい」
照れてバツが悪そうにもじもじと手を組むシェリルを見るのがアルトは好きだった。
銀河の妖精では決して見せない、可愛らしい表情を彼女から引き出せる自負がアルトにはあった。
よし、もう一押しだ。
$$$ $$$
「え~、1時間半待ち?」
「これだけ並んでりゃな」
「テイクアウトは待ち時間なしで承っておりますので、宜しければご利用下さい」
以前から話題になっていたケーキを食べたい気持ちはあったが、今、テイクアウトをすると
アルトとここで解散という事になってしまう。
「ここの、クレーム・シブースト食べたかったのに。仕方ないわ。他に行きましょ」
ケーキはいつでも食べられる。
そう思ってシェリルは踵を返した。
「シャレた皿でなくていいなら、茶くらいうちで淹れてやるぜ?」
「え」
シェリルの腕を掴んでショーケースにアルトは向う。
「一所にいると、どうせお前、目立つだろ?」
「個室があれば」
「制服で行く店にそんなのないだろ。ほら、茶葉も選べ」
「う、うん」
ちょっと強引だったかな。
シェリルの表情を見る勇気が今はちょっとないアルトは先導して前を歩く。
「そっか、こっちの部屋にもまだ住んでるのね」
穏やかな声を聞いて、ちらっと後ろについてくるシェリルの顔を伺う。
いかにもワクワクしている表情は相変わらず可愛らしい。
が、まるで警戒していない様子を見ると、意識されていないのかなと少し悲しくもある。
「寮だけだと、窮屈だしな。美星はこっちのが近いから便利だ」
「ジャパニーズスタイルなのよね?」
「良く覚えてたな」
シェリルが自分の何気ない話を気に留めていてくれた事が嬉しい。
「だって凄いインパクトの話だったもの。とっても小さくって」
「ほっとけ」
単に珍しいだけかもしれない。
それでも彼女の心に響けば良いのだ。
$$$ $$$
「おじゃましま~す」
「靴は脱ぐ」
「知ってるってば」
「それはテーブル。座るのは隣の座布団」
「はいはい」
「これ、タオルだけど。膝掛けに使え。正座、だめなんだろ?」
「気が利くわね?」
「お客様はおもてなししないとな」
アルトは居間に座るシェリルに背を向けてやかんに水を入れ湯を沸かし始めた。
アルトの借屋は一間の間取り。
キッチン兼リビンク兼ダイニング兼ベッドルームに想い人を通しているので、
さすがのアルトも照れくさい。
生家で質の良いモノ達に囲まれて育ったアルトには、今の質素すぎる生活をシェリルに見せるのは
正直恥ずかしいところもある。
彼女も一流を知っている女性だから尚更だ。
しかし、飾らない性格のシェリルが、「今の自分」を受け入れてくれるとも信じていた。
「デザート用のフォークとかないけど、大丈夫だよな?」
「駄目って言ってもソレしかないんでしょう?」
「どっちがいい?」
大小のフォークをアルトが差し出すのでシェリルはサイズを確かめるべく
アルトのすぐ横に並んだ。
二人きりの部屋で、シェリルの香りが至近距離で香って、アルトは少し緊張する。
「じゃあ、この大の方で」
特に不満もなく淡々とフォークを選んでくれるのは嬉しいのだが、
この距離を気にかける様子もなくフォークを握って確かめるシェリルが恨めしい。
「あら、マグカップはちゃんと二つあるのね」
「こっちはなんかのおまけについてた」
マグカップから目を離してシェリルが振りむいてアルトを見上げると、
微笑むアルトがじっとシェリルを見ていた。
この瞳にずっとこうやって見つめられてたんだ、と思うとシェリルの胸は熱くなって、鼓動が早くなる。
大好きなアルトの部屋が見れる喜びで浮かれていたシェリルだったが
正真正銘二人きりになってしまったという事を、ようやく実感したのだった。
アルトが「男」だと言う事を、シェリルは誰よりも身を以て感じていた。
筋張った少し大きな掌は合わせると暖かい。
発展途上の肩幅はまだ自分より少し大きいくらいだけれど、筋肉がついていて、
シェリルを軽々と抱きかかえてくれる。
長い首筋にはのど仏が出っ張っていて、触るとくすぐったがる。
胸板(薄着のくせに恥ずかしがってあまり見せてくれない)はタンクトップから筋肉が浮いて見えて
つい抱きつきたくなってしまう。
『男は狼なの、気をつけなさい』
グレイスにずっと言われ続けて来た。
そして最近加わった言葉。
『たとえ、あの早乙女君でもね』
少しずつ実感して、シェリルは思っていたのだ。
アルトだったら、イイわ。
アルトの、もっともっと近くに行きたい。
「じゃあ、おまけに感謝しなくちゃね。
あんた、湯のみで熱~い紅茶飲むハメになるところだったわ」
一瞬目が合ったシェリルが照れて目を逸らした。
しかし、頬を染めるシェリルが可愛くてアルトは目を逸らせない。
ふっくらとした頬や、つやつやとした唇が艶めいて見える。
この唇が触れたんだと思うと、胸が熱くなる。
浜辺でのキス。
脱出ゲームでのキス。
どちらもシェリルからのキスだ。
少なくとも嫌われてない、と思う。
それなりに好かれてる、と思う。
ただ、どういう意味で好かれてるのかが曖昧で。
綺麗なシェリルを目の前にして、
自分が勝手に盛り上がってるだけなんじゃないかって
少し心配になる。
当たって砕けるのは構わない。
だけど、敬遠されるようになると、辛い。
放課後の寄り道を他のヤツが一緒に行くようになるとか、
宿題を他のヤツが見てやるようになるとか、
考える出すとものすごく不快だ。
だからまだ時期じゃないんじゃないかって
後一歩を躊躇ってしまう。
「あ、あれがアルトのエプロンね」
カレンダーとジャケット程度しかかかっていない質素な部屋の壁に
シンプルな紺色のエプロンが壁にかかっていることにシェリルは気付いた。
好奇心のままに近づいて遠慮もなく手にとる。
清潔に保たれているが、使用感がある。
アルトが料理上手なのは良く知っていたが、実際に料理をしているところを見た事はなかった。
アルトのお弁当から少しずつ貰うおかずはどれも美味しくてお気に入りで
きっとアルトはよい「嫁」になると、シェリルは本気で思っている。
アルトが手際良く料理をしている様子を想像すると、トキメキいて堪らなくなるのだ。
「ね、アルトこれ着てみせて」
「洗い物する時につけるよ」
「良いから、今着てみせて」
「後でいいだろ」
グレイスが迎えに来るまで、後1時間もない。
洗い物の頃には、部屋を出ないと行けないかもしれない。
この機会を逃す訳にはいかない。
シェリルはアルトにエプロンを着せようと、エプロンを見回して着方を考えた。
(なにしろ、シェリル自身はグラビアでしか着た事がない!)
着方を了解すると、アルトに着せにかかった。
シェリルが本気だと知ると、アルトも抵抗する事なく、なすがままだ。
かといって、協力してくれるわけでもないのが、アルトらしい。
まずは、輪になった紐を首に掛ける。
ポニーテールを避けて通さないといけない。
さらりとしたポニーテールを通そうと、アルトの肩の上から腕をまわすと、
思った以上に距離が近い。
アルトの石けんと汗の混ざったかすかな匂いがシェリルの鼻腔をくすぐる。
凄く近い。
胸元で紐の長さの調節をする。
視界の端、すぐソコにアルトの顔がある。
そう思って視線を上げると、すぐ至近距離にアルトの顔があった。
「あ」
あまりの近さに絶句する。
どちらもとっさに離れる事なく、吐息の触れそうな距離のまま。
離れないといけない。
でも、離れたくない。
相手を近くに感じるその甘い感覚に満たされて、動けない。
切なくて、ドキドキして、でも心地よくて。
ずっとこうしていたい。
近い。
目の前の透き通った肌からは甘い香り上気している。
毎日のようにアルトを誘い、焦がれて来たこの香り。
なんて情けない表情してんだ。
そんな表情もかわいい、なんて。
近くで見ても青い虹彩。
長いまつげはやっぱり少し色が淡くて。
驚いてほんのり開かれたぷるぷるとうるおう唇。
思い出の中のその柔らかさに誘われて、
シェリルの細い肩に手を添えると、アルトは身を軽く屈める。
アルトはそっとシェリルの唇にじぶんのソレを重ねた。
一瞬のような、長い間のような、キス。
とっさの自分の行動に驚いたアルトはシェリルの次の反応を恐れるように身を離した。
本当はそのまま抱きしめたい気持ちを抑えて、一歩離れてシェリルを見つめる。
シェリルからは怒りや照れの表情は見られず、ただ驚きばかり。
「き、キスなんて大した事ない、んだろ…」
堪え兼ねて口を開いた。
相変わらず気の利いた言葉が言えない自分が嫌になる。
ようやくシェリルの表情が動いた。
目を潤ませて、へにょっと眉毛を下げて、柔らかだった唇を噛む。
そんな悲しい顔させたかった訳じゃないんだ。
「けど、俺には一大事なんだ」
畳み掛けるようにアルトは続ける。
もういい、言ってしまおう。
「好きな女としかこんな事したくない」
次に、シェリルは拗ねたような表情になる。
表情豊かな彼女が愛おしくて、胸が締め付けられる。
「だって、アルト。キスシーンしたじゃない」
「あんなのは芝居だ」
シェリルはみるみる困惑と照れと喜びが混ざったような表情になる。
大丈夫だ、と思うと、アルトの口元が緩んでくる。
「あの時大した事ないって言ったの、あんたじゃない」
「芝居だからな」
この湧き出る気持ちはたった一人に向かっている。
あの海辺のキスでこの気持ちに気付いたんだった。
「ランカちゃんとキス、したかったんでしょ」
「芝居なら誰とでもする。芝居じゃないなら、お前としかしたくない」
「うそ」
今度は拗ねだした。
意外に手強い。
焼きもちを焼かれるのはまんざらでもないが、今は譲って欲しい。
「嘘ついてどうする」
「取り敢えず一人キープ?」
「お前みたいな女、一人で十分だ!」
とんでもない汚名についアルトの声が荒がる。
シェリルが驚いて目を見開いた。
ちょっと熱くなり過ぎたか、しかし、ここはきっちりしておかないと、とアルトが葛藤している間に
余裕が出てきたシェリルはアルトの必死さを感じ始めていた。
もしかして、これって本物の告白なんじゃないかしら!?
どうしよう、嬉しくて泣きそう。
「アルト…」
続きを促すように、泣きそうになりながらもシェリルはアルトに微笑みを向ける。
かたかたと沸き始めた湯がやかんをゆらす。
シェリルの切なげな微笑みの意味を汲んで、アルトが男を見せようと拳を握った。
やかんがしゅんしゅんと鳴り始める。
「シェリル、おれはお前の事がす
ぴーーーーーーーー!!!
やかんが勢い良く音を立てた。
湯が沸いたのだ。
「「あ」」
アルトが急いで火を止めると、やかんの笛も鳴り止んだが、
二人の緊張した空気もすっかり緩んでしまった。
「紅茶、淹れるよ…。お前、座ってて良いぞ」
「うん」
「続きは、ケーキ食べた後にしようか」
「ええ」
緊張し過ぎたシェリルは、のろのろとちゃぶ台の前に座り込んだ。
アルトは取り敢えず宙ぶらりんのエプロンを着て、
お茶の準備をづづけた。
(想像した通りにエプロン姿が痺れる程カッコいい)
カップとティーポットを湯で温めるアルトの背を眺めながら
シェリルは緩んだ頬を掌で押さえて思案する。
振り向いたアルトにどんな顔見せたら良いの?
作業が終わってしまっても、アルトは振り向くに振り向けない。
鼻腔に残る悩ましいシェリルの香りをかき消すように紅茶が香り始める。
3分の砂時計が落ちれば、シェリルと向き合わないといけない。
嬉しいような、怖いような。
一世一代の見せ所だ。
みてろよ、妖精さん。
トレーを抱えたアルトは振り向いた。
きっと、甘いキスが、ケーキの後に待ってる。
アルシェリ視点を交互にいれつつ、ところどころごっちゃにしつつ
勢いで書いちゃったので、読み苦しいところも多々あったかと思いますが
このアルシェリを放出しないと一年が始まらないぜ!って思いだったので
推敲も殆ど出来ずすみませんでした!
みなさんもよい一年をお過ごし下さい!
wiki収録時に加筆修正しました 2015/10/18
最終更新:2015年10月18日 20:45