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 キュルケは褒められた。もんのすんごく褒められた。  三十メイルもあるゴーレム相手に一対一で圧勝するっていうくらいだから褒められるに決まってる。  褒められるだけじゃなく、使い魔に関していろいろと質問攻めにされたらしい。自慢してた。  「シュヴァリエ」の爵位ももらえるということで、これ以上ないくらいの有頂天だった。ふんっ。  タバサも褒められた。こっちもかなり褒められた。  各地を賑わせた大泥棒・土くれのフーケを捕まえればそりゃ褒められるわよ。  「シュヴァリエ」の爵位はすでに持っているとのことで、精霊勲章が授与されるらしい。  すでにシュヴァリエだったっていうのはスゴイわね。人は見かけによらないわ。  モンモンランシーもちょっとだけ褒められた。ヨーヨーマッがマリコルヌを助けたからね。  助ける以外の意図があった気もするけど、それはこの際見なかったことにするらしい。  ギーシュはちょっとだけ評価が上がった。  大釜を担いでいる状況下で自分の安全よりも先にモンモランシーを助けた態度が評価されたらしい。  話を聞いて、たらしっぷりを嫌っていた連中もちょっとは見直したみたい。  しかしあの大釜、どういう原理で動いてるのかしら。自力じゃ絶対移動できないと思う。  ミキタカとぺティは褒められたわけじゃないけど感心された。  時間を置いていてさえ、後片付けの使用人達が顔をしかめる激臭の中で平然としていた二人はたしかにびっくりね。  で、その他。 「あのねグェス。マリコルヌが褒められないってのはよく分かるわ。だって彼足手まといだったもの」 「そうよねー、リアルで腰が抜けた人なんて初めて見ちゃった」 「問題はね、腰が抜ける等のアクシデントに見舞われなかったにも関わらず何もしなかった人だと思うの」  フーケの杖を奪ったのはたぶんグェスなんでしょう。  まさか本当に失くしたわけないだろうし、グェス以外の人がとったなら名乗り出てるはずだし。  何より得意げに見せびらかしていたことがいい証拠よ。  これはこれで立派な殊勲だと思う。褒められるべきことだと思う。  二十メイルは離れていた距離で、おそらくは肌身離さず携えていた杖を奪い取るなんて。  それも大泥棒・土くれのフーケから! 単なるこそ泥には絶対できることじゃない。でもね……。  もしここで「ジャンジャジャーン! 実はフーケの杖を奪い取ったのはうちのグェスでした!」なんて発表しようものならどうなることか。  「そうか、ルイズの使い魔は物を盗むのが得意なのね」って思う人がいるでしょ。  そうなれば「あれ? そういえば最近ちょっとした物がなくなったりしたけど」と考えることもあるはず。  で、「ひょっとしてルイズの使い魔が盗んでたんじゃ……」となって、  「それじゃ私の金貨も」「ひょっとして俺の剣もじゃないか」ってなる。  つまり手柄を誇ると同時に罪科までついてきてしまうという形になるの。意味無いじゃない。  誰にも知られない手柄なんて、何もしなかったのと変わらないわ。  誰が喋ったのか、「ルイズが人質になって足を引っ張っていた」なんて噂まで広まってるし。 「わたしよりマリコルヌの方がよっぽど足手まといだったっていうのよ」 「あまり他人の悪口言うもんじゃないわ。せっかくの可愛いドレスが台無しよ」  グェスに諭されるし。もうわたしは人として駄目なのかもしれないわね。 「ほら、できた。きれいなルイチュかわいいルイチュ。頬ずりしたくなっちゃうくらいよ」  慣れない化粧はグェスに任せた。おかげで鏡の中のわたしはいつも以上に美少女してる。  胸元が開いているせいで貧弱なバストサイズをアピールし、バレッタでまとめた髪は鬱陶しい。  白い手袋なんてして、汚れたりしないかしら。 「うーん。さすがに首輪はアウトよね。このネックレスなんてどうだろ」 「……ねえグェス、本当にきれい?」 「もちろんキレイよ、あたしのルイチュ」 「誰があんたのものですって?」 「もう怖い顔しないでよ。ジョークよジョーク。そんなにムキにならないでさー」  調子に乗りやすいんだから。謙虚な主とは大違いね。 「それじゃ大人しく待ってなさいよ。人の物に手を出したりしちゃ駄目だからね」 「わかってるってばァ」 「あとね」 「何よ」 「ありがとう、グェス」  どんな顔をされるか見たくなかったから後ろを振り返らずに控え室を出た。  調子に乗られるのは癪だけど、杖を盗ってくれなかったら命が無かったもん。  逃げるしか能が無いと思っていたグェスが、わたしの数百倍は役に立ってくれた。数千倍、数万倍かもしれない……はぁ。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおなーりー!」  おなーりー……ってなんとなく卑猥な響き。  でも今のわたしは犬以下のモグラ。それが相応しい女よ。  キュルケはホール全体の中心だ。普段から人気のある子だけど、今日はさらに特別だもんね。  高い鼻は一層高くなり、自負と自信が彼女を包み込んでいる。本当にわたしとは対極的な存在ね。  嫉妬にかられた誰かがカマイタチでも使って服も下着も切り裂いてくれないかしら。  スカッとするし眼福もあるしで二度美味しい……友達の不幸まで願うようになったらおしまいね。今のは無かったことにしましょう。  キュルケがこちらに手を振っていたので舌を出してやったらおっぱいを揺らされた。くっ。  キュルケの取り巻き達がわたしにチラッと目をくれて、すぐに逸らした。ふん。  ダンスを申し込んでくる男の子も何人かいたけど、皆わたしに同情してくれているのね。ありがとう、気持ちだけはいただいておくわ。 「ヨォールイズ。メッチャクッチャキレェーだなァーッ」  そう言ってくれるのはあなただけよドラゴンズ・ドリーム。  あなたはわたしより先にご主人様見てあげてね。詰め込みすぎて頬が三倍に膨らんでいるようだから。  例のごとく、ミキタカはシエスタと話し込んでいるみたい。  ミキタカと話す分には料理長も文句を言わないし、シエスタもやりたい放題ね。強くなったわ……本当に。  モンモランシーは大釜とダンスを踊っていた。さすがに恥ずかしそうだけど、相手の大釜は楽しそうに踊っている。  一年生らしき女の子が何も見ていない目で大釜を見ているけど……ギーシュの浮気相手かな。  彼女達の未来に幸あれかし。わたしにはそれくらいしか言うことがない。  モンモランシーの使い魔はメイドに混じって給仕をしてた。  ゴーレムに踏まれて以来、妙に動きが良くなった気がする。  頭の中の蛙も潰れた、なんて意味の通らないことを言っていたけど何なの?  なんだかんだでみんな楽しそう。大切な人と楽しみを分かち合っている。楽しめないのはわたしだけ。  ホールには居場所が無くて、わたしはバルコニー、通称さびしんぼゾーンに出た。こういう気分の時はここでやり過ごすに限るわね。  バルコニーの枠で頬杖をついてため息。何かあるたび思い知らされるのよね。わたしって本当に役立たずだ。  誰かの役に立ちたいとか、誰かに褒められたいとか、誰かと仲良くなりたいとか、何一つ上手くいかない。  本当はもっと違った気がするのよ。ギーシュと決闘してこてんぱんにするとか、フーケをやっつけて皆に一目置かれるとか、キュルケに迫られるとか。  シエスタと一緒にお風呂に入るとか、タバサに舌入れてキスされるなんてのもあるわね。  全部妄想なんだけどさ。現実じゃ何一ついいことないもの。  かといってミキタカほど妄想方面に突き抜けることもできないわたしは中途半端一直線。  中途半端なりになんとかピリッとした解決策を望んでいるんだけど……むう。  お酒でも飲んで憂さを晴らしたいけど、わたしって舐めただけでもダウンしちゃうからなぁ。  もう少し強かった気もするんだけど、それもまた妄想なんでしょうよ。 「あ……」  一人たそがれてるのに、空気を読まずベランダへ踏み込んでくる気配を感じて振り向いた。  そう、空気が読めない人といえばこの人をおいて他に無いわよね。 「マリコルヌ……」 「ちょっと、いいかな」  よくないって言っても聞きやしないんでしょうね。はいはい。 「何? なるだけ簡潔に済ませてもらえる? わたしもうちょっと一人でいたいの」 「うん……あのさ」  何か躊躇しているというか……言いにくいことでも言おうとしてる?  不可解なその態度は、わたしに一つの事実を思い出させた。そうだ、わたしはこいつに弱みを握られていた。  これはアレかしらね。「秘密を暴露されたくなければ言うことを聞け」ってやつ。みなさーん、ここに犯罪者がいますよー。 「ちょっと……その、謝りたいことがあって」  謝りたい? こいつに謝られるようなことって何かあったっけ? 「フーケを捕まえた時、ぼく一人だけ何もできなかっただろ」  何もできなかったっていう自覚はあったわけね。 「それで、君を危険な目に合わせちゃっただろ」  申し訳なく思ってたってわけか。意外と馬鹿真面目なところがあるのねぇ。 「別にあなたが謝る必要はないわ」 「うん……」  わたしとしてはさっさと向こうへ行ってほしいんだけど、マリコルヌは動こうとしない。 「まだ何かあるの?」 「あの……さ。もし次があったら」 「次があったら困るでしょ」 「もしだよもし。もしも、次があったらって話だよ。もし次があったら腰が抜けても魔法を使うよ」  うーん……本人は決意表明しましたってところなんでしょうけど……微妙ね。  正装で決めてるんだけど衣装に着られている印象が拭いきれない。言うなれば大人の格好を真似してみた子供。  そんなマリコルヌが腰が抜けても魔法を使うって失笑ものじゃない? わたしは笑わないけど。 「決意は買うけど、腰を抜かさずに魔法を使った方がいいんじゃない?」 「……それも頑張るよ」  そっちを頑張りなさいよ。あんた優先順位間違えてるんじゃないの。  優先順位……優先順位か。ふーむ。なるほど。これはこうしてあれがあれで。  そうなるわよね。つまりわたしは……ちょっと面白いこと思いついちゃったかもしれない。  プロジェクト名は……使える女ルイズ計画とでもしておきますか。 「じゃあねルイズ。君をパートナーにしたい人も少なくないみたいだから早く戻ってきた方がいいよ」 「余計なお世話よマリコルヌ。ところで……」  どうしようかな……でもここで聞いておくべきよね。聞かないままでいるってのは精神衛生上良くないもの。 「わたしの方からも聞きたいことがあるんだけど……いい?」 「何だい?」 「あのね、ほら、一昨日の夜……わたしが学術的な好奇心からキュルケの本を読んでたじゃない?」 「うん」 「それで……あなた、その事誰にも言ってないわよね?」 「そうだね」 「どうして?」  わたしの知る限り、最もわたしを馬鹿にしていたのがこのマリコルヌだった。  ゼロと呼んだ回数はキュルケよりも多かったんじゃないかと思う。  キュルケはかわいがるって感じだけど、こいつの場合は笑い者にしてやろうって感じなのよね。  言われるたびに風邪っぴきと言い返して、罵りあいに発展、先生に怒られたってことがどれだけあったかしら。 「あなたはゼロのルイズを馬鹿にするのが好きなんでしょう? だったら皆に触れ回るべきだったんじゃないの? 学術的好奇心からとはいえ、淑女が読む本ではないもの」 「……ぼくはあまり魔法が得意じゃない」  わたしの前で魔法が得意じゃない宣言とは……喧嘩売ってる? 「魔法を使えない君を馬鹿にすることで、自分が上にいるような気になってたんだと思う」  やーな男ね。 「でもさ。ぼくは君を散々馬鹿にしてきたのに、君はぼくの使い魔を笑わなかったろ」  あ、そうだ。ひっついているだけで何もできないマリコルヌの使い魔蛙。  嫌ってほど馬鹿にしてやろうと思ってたのに、色々ありすぎて忘れてた……。 「それだけじゃなく……元気を出せって励ましてもくれた」  危なかったわ……もし思った通りのこと口に出してたら、今頃わたしここにいないわね。 「あとさ……」  パーティーの喧騒に紛れるくらい声を落としてこう付け加えた。 「もしもぼくが君の立場だったら……やっぱり黒い場所を爪でこすったと思うんだ。たぶん君よりも熱心に」  どちらからということもなく顔を見合わせた。  ちょっと躊躇したけど、自然に浮かんだ苦笑いを抑えられなかった。  マリコルヌは頬を朱に染めて照れ笑いしてる。 「どうしようもない人ね、本当に」 「君に言われたくないよ」  本当にどうしようもない。口に出しただけじゃなく、心から思っている。でも、わたし達は笑った。  こちらもまた心から笑った。自嘲なんかじゃなく、なんていうか……楽しかったのよね。不思議と。  わたしはドレスの裾を両手で持ち上げ膝を曲げて一礼、 「わたしと一曲踊ってくださいませんこと。マリコルヌ・ド・グランドプレ」  マリコルヌはそれを受けて胸に手を当て一礼、 「ぼくでよかったら喜んで。ルイズ・フランソワーズ」  わたしの手をとり、ホールの隅に導いた。  キュルケやその他あでやかな人達が目立つ場所で踊る中、わたし達はひっそりとステップを踏んだ。  僻んでいるわけでもいじけているわけでもない。わたし達には隅が相応しい。  だって、目立つところで秘密のお話ってわけにはいかないでしょう。 「マリコルヌ。あなたもああいう本持ってるわけ?」  わたしは小さく囁き、 「さすがに異世界の書物は……でも『メイドの午後』の無修正版なら」  マリコルヌは小さく囁き返す。 「焚書の憂き目にあったっていう無修正版? スゴイもの持ってるのね。後で見せなさいよ」 「いいけど。汚さないでくれよ、大事なものなんだから」  「フリッグの舞踏会」の伝説に反し、恋人と結ばれるなんてことにはならなかった。  でも、それはそれでいいと思う。ここには恋人よりも手に入れ難い……同志がいるんだから。 ----
 キュルケは褒められた。もんのすんごく褒められた。  三十メイルもあるゴーレム相手に一対一で圧勝するっていうくらいだから褒められるに決まってる。  褒められるだけじゃなく、使い魔に関していろいろと質問攻めにされたらしい。自慢してた。  「シュヴァリエ」の爵位ももらえるということで、これ以上ないくらいの有頂天だった。ふんっ。  タバサも褒められた。こっちもかなり褒められた。  各地を賑わせた大泥棒・土くれのフーケを捕まえればそりゃ褒められるわよ。  「シュヴァリエ」の爵位はすでに持っているとのことで、精霊勲章が授与されるらしい。  すでにシュヴァリエだったっていうのはスゴイわね。人は見かけによらないわ。  モンモンランシーもちょっとだけ褒められた。ヨーヨーマッがマリコルヌを助けたからね。  助ける以外の意図があった気もするけど、それはこの際見なかったことにするらしい。  ギーシュはちょっとだけ評価が上がった。  大釜を担いでいる状況下で自分の安全よりも先にモンモランシーを助けた態度が評価されたらしい。  話を聞いて、たらしっぷりを嫌っていた連中もちょっとは見直したみたい。  しかしあの大釜、どういう原理で動いてるのかしら。自力じゃ絶対移動できないと思う。  ミキタカとぺティは褒められたわけじゃないけど感心された。  時間を置いていてさえ、後片付けの使用人達が顔をしかめる激臭の中で平然としていた二人はたしかにびっくりね。  で、その他。 「あのねグェス。マリコルヌが褒められないってのはよく分かるわ。だって彼足手まといだったもの」 「そうよねー、リアルで腰が抜けた人なんて初めて見ちゃった」 「問題はね、腰が抜ける等のアクシデントに見舞われなかったにも関わらず何もしなかった人だと思うの」  フーケの杖を奪ったのはたぶんグェスなんでしょう。  まさか本当に失くしたわけないだろうし、グェス以外の人がとったなら名乗り出てるはずだし。  何より得意げに見せびらかしていたことがいい証拠よ。  これはこれで立派な殊勲だと思う。褒められるべきことだと思う。  二十メイルは離れていた距離で、おそらくは肌身離さず携えていた杖を奪い取るなんて。  それも大泥棒・土くれのフーケから! 単なるこそ泥には絶対できることじゃない。でもね……。  もしここで「ジャンジャジャーン! 実はフーケの杖を奪い取ったのはうちのグェスでした!」なんて発表しようものならどうなることか。  「そうか、ルイズの使い魔は物を盗むのが得意なのね」って思う人がいるでしょ。  そうなれば「あれ? そういえば最近ちょっとした物がなくなったりしたけど」と考えることもあるはず。  で、「ひょっとしてルイズの使い魔が盗んでたんじゃ……」となって、  「それじゃ私の金貨も」「ひょっとして俺の剣もじゃないか」ってなる。  つまり手柄を誇ると同時に罪科までついてきてしまうという形になるの。意味無いじゃない。  誰にも知られない手柄なんて、何もしなかったのと変わらないわ。  誰が喋ったのか、「ルイズが人質になって足を引っ張っていた」なんて噂まで広まってるし。 「わたしよりマリコルヌの方がよっぽど足手まといだったっていうのよ」 「あまり他人の悪口言うもんじゃないわ。せっかくの可愛いドレスが台無しよ」  グェスに諭されるし。もうわたしは人として駄目なのかもしれないわね。 「ほら、できた。きれいなルイチュかわいいルイチュ。頬ずりしたくなっちゃうくらいよ」  慣れない化粧はグェスに任せた。おかげで鏡の中のわたしはいつも以上に美少女してる。  胸元が開いているせいで貧弱なバストサイズをアピールし、バレッタでまとめた髪は鬱陶しい。  白い手袋なんてして、汚れたりしないかしら。 「うーん。さすがに首輪はアウトよね。このネックレスなんてどうだろ」 「……ねえグェス、本当にきれい?」 「もちろんキレイよ、あたしのルイチュ」 「誰があんたのものですって?」 「もう怖い顔しないでよ。ジョークよジョーク。そんなにムキにならないでさー」  調子に乗りやすいんだから。謙虚な主とは大違いね。 「それじゃ大人しく待ってなさいよ。人の物に手を出したりしちゃ駄目だからね」 「わかってるってばァ」 「あとね」 「何よ」 「ありがとう、グェス」  どんな顔をされるか見たくなかったから後ろを振り返らずに控え室を出た。  調子に乗られるのは癪だけど、杖を盗ってくれなかったら命が無かったもん。  逃げるしか能が無いと思っていたグェスが、わたしの数百倍は役に立ってくれた。数千倍、数万倍かもしれない……はぁ。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおなーりー!」  おなーりー……ってなんとなく卑猥な響き。  でも今のわたしは犬以下のモグラ。それが相応しい女よ。  キュルケはホール全体の中心だ。普段から人気のある子だけど、今日はさらに特別だもんね。  高い鼻は一層高くなり、自負と自信が彼女を包み込んでいる。本当にわたしとは対極的な存在ね。  嫉妬にかられた誰かがカマイタチでも使って服も下着も切り裂いてくれないかしら。  スカッとするし眼福もあるしで二度美味しい……友達の不幸まで願うようになったらおしまいね。今のは無かったことにしましょう。  キュルケがこちらに手を振っていたので舌を出してやったらおっぱいを揺らされた。くっ。  キュルケの取り巻き達がわたしにチラッと目をくれて、すぐに逸らした。ふん。  ダンスを申し込んでくる男の子も何人かいたけど、皆わたしに同情してくれているのね。ありがとう、気持ちだけはいただいておくわ。 「ヨォールイズ。メッチャクッチャキレェーだなァーッ」  そう言ってくれるのはあなただけよドラゴンズ・ドリーム。  あなたはわたしより先にご主人様見てあげてね。詰め込みすぎて頬が三倍に膨らんでいるようだから。  例のごとく、ミキタカはシエスタと話し込んでいるみたい。  ミキタカと話す分には料理長も文句を言わないし、シエスタもやりたい放題ね。強くなったわ……本当に。  モンモランシーは大釜とダンスを踊っていた。さすがに恥ずかしそうだけど、相手の大釜は楽しそうに踊っている。  一年生らしき女の子が何も見ていない目で大釜を見ているけど……ギーシュの浮気相手かな。  彼女達の未来に幸あれかし。わたしにはそれくらいしか言うことがない。  モンモランシーの使い魔はメイドに混じって給仕をしてた。  ゴーレムに踏まれて以来、妙に動きが良くなった気がする。  頭の中の蛙も潰れた、なんて意味の通らないことを言っていたけど何なの?  なんだかんだでみんな楽しそう。大切な人と楽しみを分かち合っている。楽しめないのはわたしだけ。  ホールには居場所が無くて、わたしはバルコニー、通称さびしんぼゾーンに出た。こういう気分の時はここでやり過ごすに限るわね。  バルコニーの枠で頬杖をついてため息。何かあるたび思い知らされるのよね。わたしって本当に役立たずだ。  誰かの役に立ちたいとか、誰かに褒められたいとか、誰かと仲良くなりたいとか、何一つ上手くいかない。  本当はもっと違った気がするのよ。ギーシュと決闘してこてんぱんにするとか、フーケをやっつけて皆に一目置かれるとか、キュルケに迫られるとか。  シエスタと一緒にお風呂に入るとか、タバサに舌入れてキスされるなんてのもあるわね。  全部妄想なんだけどさ。現実じゃ何一ついいことないもの。  かといってミキタカほど妄想方面に突き抜けることもできないわたしは中途半端一直線。  中途半端なりになんとかピリッとした解決策を望んでいるんだけど……むう。  お酒でも飲んで憂さを晴らしたいけど、わたしって舐めただけでもダウンしちゃうからなぁ。  もう少し強かった気もするんだけど、それもまた妄想なんでしょうよ。 「あ……」  一人たそがれてるのに、空気を読まずベランダへ踏み込んでくる気配を感じて振り向いた。  そう、空気が読めない人といえばこの人をおいて他に無いわよね。 「マリコルヌ……」 「ちょっと、いいかな」  よくないって言っても聞きやしないんでしょうね。はいはい。 「何? なるだけ簡潔に済ませてもらえる? わたしもうちょっと一人でいたいの」 「うん……あのさ」  何か躊躇しているというか……言いにくいことでも言おうとしてる?  不可解なその態度は、わたしに一つの事実を思い出させた。そうだ、わたしはこいつに弱みを握られていた。  これはアレかしらね。「秘密を暴露されたくなければ言うことを聞け」ってやつ。みなさーん、ここに犯罪者がいますよー。 「ちょっと……その、謝りたいことがあって」  謝りたい? こいつに謝られるようなことって何かあったっけ? 「フーケを捕まえた時、ぼく一人だけ何もできなかっただろ」  何もできなかったっていう自覚はあったわけね。 「それで、君を危険な目に合わせちゃっただろ」  申し訳なく思ってたってわけか。意外と馬鹿真面目なところがあるのねぇ。 「別にあなたが謝る必要はないわ」 「うん……」  わたしとしてはさっさと向こうへ行ってほしいんだけど、マリコルヌは動こうとしない。 「まだ何かあるの?」 「あの……さ。もし次があったら」 「次があったら困るでしょ」 「もしだよもし。もしも、次があったらって話だよ。もし次があったら腰が抜けても魔法を使うよ」  うーん……本人は決意表明しましたってところなんでしょうけど……微妙ね。  正装で決めてるんだけど衣装に着られている印象が拭いきれない。言うなれば大人の格好を真似してみた子供。  そんなマリコルヌが腰が抜けても魔法を使うって失笑ものじゃない? わたしは笑わないけど。 「決意は買うけど、腰を抜かさずに魔法を使った方がいいんじゃない?」 「……それも頑張るよ」  そっちを頑張りなさいよ。あんた優先順位間違えてるんじゃないの。  優先順位……優先順位か。ふーむ。なるほど。これはこうしてあれがあれで。  そうなるわよね。つまりわたしは……ちょっと面白いこと思いついちゃったかもしれない。  プロジェクト名は……使える女ルイズ計画とでもしておきますか。 「じゃあねルイズ。君をパートナーにしたい人も少なくないみたいだから早く戻ってきた方がいいよ」 「余計なお世話よマリコルヌ。ところで……」  どうしようかな……でもここで聞いておくべきよね。聞かないままでいるってのは精神衛生上良くないもの。 「わたしの方からも聞きたいことがあるんだけど……いい?」 「何だい?」 「あのね、ほら、一昨日の夜……わたしが学術的な好奇心からキュルケの本を読んでたじゃない?」 「うん」 「それで……あなた、その事誰にも言ってないわよね?」 「そうだね」 「どうして?」  わたしの知る限り、最もわたしを馬鹿にしていたのがこのマリコルヌだった。  ゼロと呼んだ回数はキュルケよりも多かったんじゃないかと思う。  キュルケはかわいがるって感じだけど、こいつの場合は笑い者にしてやろうって感じなのよね。  言われるたびに風邪っぴきと言い返して、罵りあいに発展、先生に怒られたってことがどれだけあったかしら。 「あなたはゼロのルイズを馬鹿にするのが好きなんでしょう? だったら皆に触れ回るべきだったんじゃないの? 学術的好奇心からとはいえ、淑女が読む本ではないもの」 「……ぼくはあまり魔法が得意じゃない」  わたしの前で魔法が得意じゃない宣言とは……喧嘩売ってる? 「魔法を使えない君を馬鹿にすることで、自分が上にいるような気になってたんだと思う」  やーな男ね。 「でもさ。ぼくは君を散々馬鹿にしてきたのに、君はぼくの使い魔を笑わなかったろ」  あ、そうだ。ひっついているだけで何もできないマリコルヌの使い魔蛙。  嫌ってほど馬鹿にしてやろうと思ってたのに、色々ありすぎて忘れてた……。 「それだけじゃなく……元気を出せって励ましてもくれた」  危なかったわ……もし思った通りのこと口に出してたら、今頃わたしここにいないわね。 「あとさ……」  パーティーの喧騒に紛れるくらい声を落としてこう付け加えた。 「もしもぼくが君の立場だったら……やっぱり黒い場所を爪でこすったと思うんだ。たぶん君よりも熱心に」  どちらからということもなく顔を見合わせた。  ちょっと躊躇したけど、自然に浮かんだ苦笑いを抑えられなかった。  マリコルヌは頬を朱に染めて照れ笑いしてる。 「どうしようもない人ね、本当に」 「君に言われたくないよ」  本当にどうしようもない。口に出しただけじゃなく、心から思っている。でも、わたし達は笑った。  こちらもまた心から笑った。自嘲なんかじゃなく、なんていうか……楽しかったのよね。不思議と。  わたしはドレスの裾を両手で持ち上げ膝を曲げて一礼、 「わたしと一曲踊ってくださいませんこと。マリコルヌ・ド・グランドプレ」  マリコルヌはそれを受けて胸に手を当て一礼、 「ぼくでよかったら喜んで。ルイズ・フランソワーズ」  わたしの手をとり、ホールの隅に導いた。  キュルケやその他あでやかな人達が目立つ場所で踊る中、わたし達はひっそりとステップを踏んだ。  僻んでいるわけでもいじけているわけでもない。わたし達には隅が相応しい。  だって、目立つところで秘密のお話ってわけにはいかないでしょう。 「マリコルヌ。あなたもああいう本持ってるわけ?」  わたしは小さく囁き、 「さすがに異世界の書物は……でも『メイドの午後』の無修正版なら」  マリコルヌは小さく囁き返す。 「焚書の憂き目にあったっていう無修正版? スゴイもの持ってるのね。後で見せなさいよ」 「いいけど。汚さないでくれよ、大事なものなんだから」  「フリッグの舞踏会」の伝説に反し、恋人と結ばれるなんてことにはならなかった。  でも、それはそれでいいと思う。ここには恋人よりも手に入れ難い……同志がいるんだから。 ----

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