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10話 前編
月明かりが雲に隠れたのを見計らって、
一人の男が音も無くトリステイン魔法学校の敷地に踏み入った。
いや、「踏み入った」と表現するのは正確ではない。
何故なら男は「レビテーション」でも使っているかのように、
空中を滑るように渡って学校の校舎の壁に取り付いたからだ。
その姿は、自分の糸を伝ってするすると移動する蜘蛛のようである。
彼が壁に取り付いた瞬間にも音はしなかった。
吸盤へと変形した彼の両手足の指紋が接触時の音を吸収したのだ。
そして自分の手足が壁にしっかり取り付いたことを確認すると、
その男――ラング・ラングラーは、自分が受けた依頼の内容を反芻した。
シェフィールドと名乗ったあの女がラングラーに依頼したこと。
それはこの魔法学校からある生徒を拉致することだった。
ちなみに、頭がまともな人間ならこんな依頼は普通しない。
トリステイン魔法学校などという、教師どころか拉致の対象となる生徒自身が魔法という強力な自衛手段を持つこんな場所に人攫いに入ったところで、
あっさり撃退された上に監獄送りになるのは確実だからだ。
にもかかわらず、そんな魔法学校に人攫いに入ってほしいと依頼されたのは、
やはりラングラーのメイジ殺しとしての実力が買われたためであろう。
彼が「メイジ殺し」ならぬ「魔法殺し」と呼ばれる、ラングラーの実力が。
さて、話を戻そう。
ラングラーが受けた任務は、トリステイン魔法学校の「ある生徒」の拉致。
そしてその「ある生徒」が寮のどこにいるかは、スデに確認済み。
本人の特徴もラングラーの頭にキッチリ入っている。
全てが完璧だ。
そう心の中で呟くと、ラングラーは音も無く壁を這い上がり始める。
ターゲットの生徒が眠る、女子寮の一室の窓に向かって。
そしてお目当ての窓に到着したラングラーは自分の「力」を静かに呼んだ。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ・・・」
その呟きとともに、ラングラーの背後に奇妙な亜人が現れる。
その姿はマントの下のラングラーの格好に酷似しており、
目には釘を打ち付けた、鉄板のようなデザインの目隠し。
腕にはいくつもの穴が等間隔で開いた腕輪。
これが「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」。
ラング・ラングラーが「魔法殺し」たりえる、その力の理由。
ラングラーの意志のままに動く、ラングラーの半身とも言うべき存在だ。
そのジャンピン・ジャック・フラッシュが、窓へと手を伸ばした。
そして、まるで幽霊のように窓ガラスをすり抜けると、窓の内側から鍵を外した。
そしてラングラーは両手の吸盤を窓ガラスにくっつけると、そっと窓を開く。
夜風が部屋の中に静かに吹き込んだ。
それに部屋の主である桃髪の少女が気づくことは無かった。
しかし少女の使い魔たる亜人――ホワイトスネイクには、それが分かった。
室内に吹き込んだかすかな風を感じ取ったホワイトスネイクは、
瞬時に戦闘態勢に移った。
今ホワイトスネイクはルイズの体内で眠っている状態だ。
まだ実体化はしていない。
しかしルイズの身体に何かが起きれば、
すぐにホワイトスネイクはそれを感じ取れる。
スタンドとして20年間プッチ神父を守護し続けてきた経験が、
それを可能にしていたのだ。
そしてホワイトスネイクは考える。
部屋のドアが開いたのなら風など吹き込まない。
ならば空いたのは窓。
しかし窓には鍵がかかっていた。
ならばこの部屋に不法侵入したのは魔法を使えない人間ではない。
メイジだ。
メイジなら鍵を外せる魔法を使える。
そしてこの学校の生徒にわざわざ窓から入ってくる理由が無い以上、
このメイジは確実に学校外の存在。
つまりほぼ確実に敵。
実体化していないためにホワイトスネイクは侵入者の姿を見ることは出来ない。
だが今までの経験がそれを十分に補い、状況を把握させてくれた。
どうするべきか。
この七日間、自分を悩ませ続けた命題が、まさしく抜き差しなら無い状況で自分に向かってきた。
自分の存在意義たる「主人の守護」を実行すべきか。
自分を憎む主人が下した、「二度と出てくるな」の命令に従い、傍観するべきか。
迷ってばかりではいられない。
こうして悩んでいる間にも、確実に侵入者は主人であるルイズに近づいているだろう。
迷えば迷うほど余裕は無くなっていく。
しかしどちらを選んだとしても、自分という存在は否定されることになる。
果たしてどうするべきなのか。
(ダガ・・・コレ以上決断ヲ迷エバ本当ニ取リ返シノツカナイコトニナル。
ソウナルヨリハ・・・・・・クソッ!)
半ばヤケクソになって、ホワイトスネイクは発現した。
そして流れるような動作で腕からDISCを抜き取り、
そのまま窓の傍に立つ、見知らぬ「敵」に対してそれを投擲するッ!
命令の内容は「10メートル飛んだ後に破裂しろ」ッ!
まさしく一撃必殺と言える命令が、侵入者の頭部へと向かい――
「JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)ッ!」
部屋中に響く叫びとともに、DISCは弾き飛ばされたッ!
「ナン・・・ダト?」
ホワイトスネイクは驚愕した。
さっきまでの苦悶がそれこそ月までぶっ飛び、
ホワイトスネイクの脳裏から消え去ってしまうほどに。
その原因は自身の必殺の一撃がアッサリ弾き飛ばされた事ではない。
ジャンピン・ジャック・フラッシュ。
自分自身もよく知るその単語。
そしてそれを叫んだ侵入者の、その声に驚愕したのだ。
その単語を知る者、そしてその「力」を扱える者を、
ホワイトスネイクは一人しか知らない。
「今のは・・・DISCだと?」
そして動揺したのはホワイトスネイクだけではない。
侵入者――ラング・ラングラーも、今の攻撃に驚愕していた。
DISKなどというものはこの世界――ハルケギニアには存在しない。
そして今のDISCの感触――壊れそうで決して壊れない奇妙な手応え。
そんな物を扱える存在など、ラングラーはたった一つしか知らない。
「貴様ハッ!」
「てめー、まさか・・・」
「ラング・ラングラーッ!」
「ホワイトスネイクかッ!」
二人が驚愕に声を上げたのもつかの間、互いに瞬時に間合いを取る。
ラングラーはJJF自分の正面に回りこませ、
さらにその腕を突き出すように構えさせる。
そしてホワイトスネイクは太極拳の型のような構えを取る。
(一体ドウイウ事ダ? 何故ラング・ラングラーガココニイル?
イヤ・・・ソレハ本体ノ死トトモニ消滅スルハズダッタ私ニ関シテモ同ジカ。
コイツモマタ私ト同ジク、メイジニ召喚サレルコトデ、コチラ側ヘ・・・?)
(クソッ・・・何故こいつがここにいる・・・・?
それに今・・・こいつ・・・このガキの・・・すぐ傍から出てきやがった。
ってことは・・・このガキがホワイトスネイクの本体・・・ってことか?
・・・ありえねえ。
こいつの本体は・・・こっちの人間じゃあ・・・ねえハズだ。
このガキが・・・『水族館』にいたハズが・・・ねえ。
だったら・・・このガキは・・・ホワイトスネイクにとっての・・・何だ?
本体でも無いのに・・・傍から出てくるなんてのは・・・それこそ有り得ねえ。
じゃあやっぱり・・・このガキは・・・本体なのか?
それにホワイトスネイクは・・・一体どうやって・・・こっちに来た?
俺とおんなじで・・・いきなりこっちに・・・飛ばされて来たのか?)
(トニカク・・・状況ヲ整理スルベキダ。
コイツノ『JJF』ハ中距離戦闘モ可能・・・パワーハ私ヨリ上。
・・・ドウ考エテモ不利ダ。
スキヲツイテ急所ヲ突クノガ最善カ・・・?)
(クソッ・・・こいつが・・・なんでここにいるかは・・・後回しだ。
それにしても・・・こいつがいるとなると・・・話が厄介になってくる。
俺がもらった依頼は・・・『ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを無傷で確保すること』。
このガキが・・・ホワイトスネイクの本体である以上・・・ホワイトスネイクが受けたダメージは・・・ガキに反映される。
そうなったら・・・依頼は完全成功とは言えねえ。
ホワイトスネイクを・・・ヘタに殺す事は・・・できねえ。
クソッ・・・厄介な事に・・・なってきやがった・・・・・・)
互いに状況を把握に努め、取るべき行動を策定する。
しかしこの状況はどちらにも不利であり、ありがたくない状況だ。
そして――
「もう・・・何なのよぉ・・・誰かいるのぉ?」
どちらにとっても、目覚めてほしくない人間が、目覚めた。
(シマッタ・・・サッキ、私トラングラーガ出シタ大声デ目ヲ覚マシタカ!)
(ちっ・・・寝てる状態で拉致った方が・・・楽だったろうに・・・。
もっと・・・面倒に・・・なりやがって・・・)
そして双方ともに、この状況に心の中で毒を吐く。
「・・・って、ホワイトスネイク! あんた、何で出てきてるのよ!」
ホワイトスネイクの姿を見たルイズが、寝起きの頭で、思わずそう言った。
そして、言ってしまってから後悔した。
(って、それはダメだって自分で考えたばっかりじゃないの!
そもそも『出てこないで』って言った事自体、感情任せだったのに・・・。
でもアイツが昔やった事は、間違ってることだし・・・。
でも・・・・・・)
一週間も自分を悩ませ続けてきた事実が、ホワイトスネイクが再び自分の前に現れたという現実を前に、重くルイズにのしかかる。
使い魔の主人として、やるべきことはしなくちゃいけない。
だけど、それがどちらなのかが分からない。
ホワイトスネイクを完全に封印することなのか、それとも形式上とはいえ、ホワイトスネイクを許すことなのか。
そしてホワイトスネイクの方は、この時点で一つの覚悟を決めた。
やはり主人は自分が現れることを、まだ許してはいなかった。
ならばこうして発現してしまったことに対して、何らかの形で責任を取らねばならない。
はたして、どのように責任を取るか。
それもまた、ホワイトスネイクはスデに決めていた。
そしてそれを実行するだけの覚悟も、今ここで決めた。
暫しの沈黙の後、ホワイトスネイクがルイズに話しかける。
「マスター。時間ガ無イノデ簡潔ニ説明スル。今、敵ノ襲撃ヲ受ケテイル」
「て、敵?」
「ソウダ。今、私ノ目ノ前ニイル」
ルイズはホワイトスネイクの言葉に従い、その前方の暗闇に目を向ける。
ルイズの鳶色の目に、見知らぬ男――ラング・ラングラーの姿が映った。
そしてその後ろにいるジャンピン・ジャック・フラッシュの姿も、ルイズには見えた。
「だ・・・誰かいるわよ? そそそれに、その後ろにも誰かいる・・・だ、だだ誰よ!?」
「ヤツノ名ハ『ラング・ラングラー』。『スタンド使い』ダ」
「スタンド使いって・・・あんたがわたしに召喚された日に言ってた・・・・・・」
「ソウダ。スタンド名ハ『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』。私ガ知ル中デハ、コト戦闘ニオイテハ最も凶悪なスタンドダ」
「そ、その凶悪なヤツが、何でわたしの部屋にいるのよ! というか、なんであんたがアイツのことを知ってるのよ!?」
「ヤツノ目的ニツイテハ不明ダ。ソシテ私ガヤツノコトヲ知ッテイルノハ、私トヤツガ、同ジ世界ニイタカラダ」
「同じ世界? そういえばあんた、別の世界から来たとか何とか言ってたわね・・・」
「ツマリソウイウコトダ。ソシテココカラハ私ノ領域ダ。マスターハ下ガッテイロ」
そう言って、ホワイトスネイクはルイズの前に出た。
そしてこの光景に、ルイズは一週間前のことを思い出していた。
あの時もそうだった。
こいつはいつも何が一番正しいかが分かっているかのような振る舞いをしていた。
そして自分をどこか見下ろしたような目をしていた。
自分を、未熟なものとしてみるような目をしていた。
それを思い出したら、何か、頭の芯が熱くなるような、そんな思いがしてきた。
ホワイトスネイクが言うことが正しいのは分かる。
分かるけど、それに従いたくなかった。
従うのが悔しかった。
その悔しさで、さっきまでの悩みなど、どこかに吹き飛んでしまっていた。
「・・・・・・イヤよ」
自分の主人が発した言葉に、ホワイトスネイクは耳を疑った。
「何・・・ダト? 今、何ト・・・・・・」
「イヤ、って言ったのよ。アイツはわたしに用があるんでしょ? だったら私が決着をつけるわ。だから下がるのはあんたの方よ」
「・・・不可能ダ。ソレニヤツノ狙イハマスターナンダゾ? ソレデハヤツノ思ウ壺ダ」
「うっさいわね。『命令』よ、これは。そもそもあんたが出てくるのが間違いなのよ。こんなヤツわたし一人でどうにかできるわ」
「ダカラソレハ不可能ダト言ッテイル。落チ着ケ、マスター」
「落ち着いてるわよ、ホワイトスネイク。それにあんた、久しぶりに出てきたと思ったら随分わたしに反発するわね。
私の命令に従えないの? 私を、ご主人様だって認めてないの?」
口を開くごとに自分の体が熱くなっていくのが、ルイズ自身にも感じ取れた。
言うことを聞かないホワイトスネイクに、無性に腹が立って。
そのホワイトスネイクが自分に背を向けているのが、余計に腹立たしくて。
自分を守るために、敵と向き合うために自分に背を向けているのは分かる。
頭のどこかでそれが分かっていても、今はそれが、無性に憎らしく思えた。
そのときだった。
「・・・始末ノ付ケ方ヲ見ツケタダケダ」
予想もしなかった返答が、ホワイトスネイクから返ってきた。
「始末の・・・付け方?」
「ソウダ。コウシテ主人ノ命令ニ反シテ実体化シタコト。
ソレニ対シテドウヤッテ始末ヲツケルカ・・・ソレヲ見ツケタダケダ。ソシテ、覚悟シタダケダ」
「い、一体、何する気よ?」
心なしか、ルイズの声が震える。
同じ戦いでも、ギーシュと決闘したときとは全く違う、ホワイトスネイクの様子に、
そしてその身体から感じられる気迫に、ルイズは気圧されていた。
「例エ私自身ガ消滅スルコトトナッタトシテモ、マスターヲヤツカラ守リキル。
アルイハ生キ延ビタトシテモ、ソノ後ニ自分デ自分ニ決着ヲツケル」
つまりこういうことだ。
この戦闘でホワイトスネイクは捨て身でラングラーと戦い、そこで戦死する。
また、仮に生き延びたとしても、自害する。
つまりどちらにしても死ぬ、と言っているのだ。
「な、何よそれ・・・それって、死ぬってことなの? あんた、自分で何言ってるか、分かってるの?」
「元々無カッタ命ダ。惜シム事ハ無イ。アワヨクバ、最後マデスタンドトシテ存在シ続ケタイ、ト思ウグライノ、ソノ程度ノ命ダ」
自分の名誉のために死ぬ。ホワイトスネイクが言っているのは、そういうことだった。
ルイズへの忠誠のためではなく、スタンドとして自分の存在を全うするため。
そのために、自分で自分の命を捨てる、と。
人から見れば、この時のホワイトスネイクは一種の悲壮さと勇敢さを持っているようにさえ見えたろう。
しかし、今のルイズには、ホワイトスネイクが身勝手であるようにしか見えなかった。
それに自分のためでなく、ホワイトスネイク自身の名誉のために死のうとしているのが、なおさら許せなかった。
自分はそこまで主人として出来が悪いのか。自分は、主人として認められていないのか。
そう思うと、怒りよりも悔しさがこみ上げてきた。
「も、もも、もういいわ。すす好きにしなさいよ! アンタなんか、もう知らないんだからッ!」
ルイズはヤケクソになってそう言い放ち、ホワイトスネイクの背中を強く蹴っ飛ばす。
ドゴオッ!
「グゥッ!」
その衝撃で、ホワイトスネイクがぐらりと正面によろける。
それがまずかった。
(今・・・あのガキ・・・ホワイトスネイクの背中を・・・蹴ったよな?
なのに・・・あのガキが・・・背中を痛めたようには・・・見えねえ。
そういう素振りが・・・全くねえぞ。
どうなって・・・やがる・・・・・・)
ラングラーに見られたのは、まずかった。
これまでルイズとホワイトスネイクがしゃべくっているのも、
二者の間でのダメージの共有を恐れていたからこそ見逃していたラングラーである。
しかし今、そのダメージの共有が無いことが分かった。
「おい、ホワイトスネイク。お前・・・まさかとは思うが・・・お前が受けたダメージ・・・そのガキには・・・伝わらんのか?」
そう聞かれた瞬間、ホワイトスネイクは今までラングラーが攻撃してこなかった理由を悟った。
そして、ヤバイと思った。
しかしルイズにはそれが何を意味するのかも、それがヤバイってことも全く分からなかった。
「ええ、そうよ。ていうかそんなのあるわけ無いじゃない」
なので、それが言っちゃあマズイことだってのも、全く分かってなかった。
(ナンダトォーーーーーーーッ!?)
焦ったのは、ホワイトスネイクである。
まさかこんなにあっさりとカミングアウトをかまされるとは思いもしなかったからだ。
そして――
「そう・・・か。じゃあ・・・オレが・・・テメーを攻撃しない・・・理由はねえな。
ええ・・・? ・・・・・・ホワイトスネイク」
ラングラーが、戦闘態勢に入った。
ジャンピン・ジャック・フラッシュの腕のリングが、グルグルと回転し始める。
「来ルカッ!」
ホワイトスネイクが拳を握り締め、太極拳の構えからボクサーのようなファイティングポーズへ移行する。
そして――
「ジャンピン・ジャック・フラッシュッ!」
ラングラーが叫ぶ。
それと同時に、JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)の腕のリングから、無数の小さい「何か」が放たれたッ!
ドンドンドンドンドンッ!
放たれたそれらは空気を切り裂き、銃弾並みの速度で、一直線にホワイトスネイクへと襲い掛かる。
「シャアァァーーーーーーーーーッ!!」
バギャギャギャギャッ!
咆哮とともに拳を縦横無尽に振るい、自分に向けて放たれた無数の「何か」を叩き落し、あるいは弾き飛ばすホワイトスネイク。
叩き落されたものはじゅうたんをぶち抜いて床にめり込み、
横方向へ弾き飛ばされたものは室内のタンスやクローゼットに突き刺さった。
「な、なに? 今アイツ、何を飛ばしたのよ!?」
ラングラーの後ろに控えるJJFが飛ばした「何か」と、それを明確に視認して弾き飛ばしたホワイトスネイク。
さらにホワイトスネイクが弾き飛ばしたがために、部屋の内装がかなり傷ついたことでパニックになるルイズ。
「アレガヤツノスタンド能力ダ。無重力ニヨッテ慣性ヲ味方ニツケ、鉄クズヲ加速シテ銃弾ノヨウニ放ツ」
「『むじゅーりょく』? 『かんせー』? 何よそれ!?」
「・・・・・・知ラナイノカ?」
「そんなの聞いた事も無いわよ!」
「そのガキが知らんのも・・・無理は無い。この世界は・・・科学が・・・全く発展してねえからな。
無重力の概念も慣性も・・・だれも理解しようとはしない。
だからこそ・・・・・・オレは無敵だった。
誰にも理解できない力を・・・駆使し・・・相手を完全に・・・蹂躙するわけだからな・・・・・・」
この世界はちっとも科学が発展していないのだな、とホワイトスネイクは思った。
「ソウカ・・・ダガ貴様ノ能力ガ誰カニ理解サレル必要ハ、今日無クナル。
無重力ヲ利用スルモノモ、慣性ヲ利用スルモノモ、今日ココデ、ソノ最初デ最後ノ一人ガ死ヌカラナ・・・」
「出来るのか・・・ガキのお守りを・・・したままで・・・・・・?」
「スタンドトハ、元来ソウイウモノダ」
「なるほど・・・な。じゃあ・・・再開と・・・いくか! JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)ッ!」
ドンドンドンドンッ!
ラングラーの声に応じ、再び無数の鉄クズを放つJJF。
バギョギョアッ!
それをホワイトスネイクは、正確に拳で弾き飛ばしていく。
避けることもせず、後方にいるルイズに当たらぬよう、全て自分の拳で弾き飛ばしてゆく。
弾き飛ばした鉄クズは、多くは部屋の内装に突き刺さり、そうでないものは扉を突き破って廊下に飛び出していった。
「また防いだか・・・だが・・・どこまで続くかな・・・・・・」
ドンドンドンドンドン!
そしてJJFの腕のリングから、第二波が放たれる。
今度は一点集中。
ホワイトスネイクの胸部目掛けて集中するように、角度を調整してきた。
「シャアアアアアッ!!」
バギャギャギャッ!
それをホワイトスネイクは両拳の、目にも留まらぬストレートの連打で正面から弾き飛ばしてゆく。
そして弾いたその何発かがラングラーに襲い掛かる。
ホワイトスネイクが、狙ってそのように弾き飛ばしたのだ。
しかしラングラーはそれを予想していた。
バギギィン!
鈍い音とともに、ラングラーを貫くはずだった鉄クズが床に叩き落される。
叩き落したのはJJF。
スデにラングラーの正面に回りこみ、そしてホワイトスネイクがやったのと同様に拳で防御を行っていたのだ。
「チッ・・・・・・」
「残念・・・だったな。その程度じゃあ・・・・・・オレのJJFは・・・倒せねえ。
それに・・・前から・・・思ってたんだ」
そう言いつつ、JJFに鉄クズを撃ちまくらせるラングラー。
今度は先ほどのように集中するようなものではなく、部屋全体に、ばら撒くような射撃。
それをホワイトスネイクは、自分の方へ飛んでくるものだけを狙って弾き飛ばす。
「オレのJJFは・・・無敵かもしれねえ・・・ってことをな・・・・・・。
テメーなんか・・・目じゃあねえぐらいに・・・オレのJJFが強いって・・・前からずっと思ってたんだ・・・・・・」
その直後、ホワイトスネイクの右足が鉄クズに撃ち抜かれた。
その衝撃に、ホワイトスネイクの体がぐらりと揺れる。
(跳弾・・・カ。無作為ニバラ撒イタヨウニ見セカケテ・・・
壁ヤ天井ヲ跳ネ回リ、私ヲ襲ウ本命ヲ潜マセテイタノカ・・・・・・)
してやられた、という屈辱感がホワイトスネイクの胸を満たす。
そして今ホワイトスネイクが撃たれた事は、その後ろにいたルイズにも分かった。
思わず声を上げそうになるが、それを堪える。
ホワイトスネイクが戦っているのは自分のためじゃない。
ホワイトスネイク自身の名誉だ。
だから、ホワイトスネイクを心配するようなことを言っちゃいけない。
いや、絶対に言いたくない。
自分をご主人様だって認めないような使い魔の心配なんて、絶対したくない。
ルイズは生来、意地っ張りな気質だった。
だからこそこんなときでも、ホワイトスネイクの心配をしたいと思えなかった。
本当は、心配で心配でたまらないのに。
「さて・・・今度は真正面から・・・テメーを・・・穴ボコのチーズみてーに・・・してやるぜ」
JJFが両腕を真っ直ぐホワイトスネイクに向ける。
そしてッ!
ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
今度はマシンガンのように、一呼吸も置くことなく、大量の鉄クズをホワイトスネイクに集中して射撃したッ!
それをホワイトスネイクは――
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー!」
バギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!
部屋中に響き渡る咆哮とともに、真正面からそれに立ち向かうッ!
自分に襲い掛かる鉄クズの全てを、拳で弾き飛ばしてゆくッ!
しかし、そのためにホワイトスネイクは一気に消耗していく。
JJFから弾丸並みの速度、そして威力をもって放たれる鉄クズを拳で弾き飛ばし続けたために、
その両拳にはダメージが次々と蓄積されていき、
拳で完全に弾ききれなかった鉄クズが自分の体を掠め、切り裂き、あるいは突き刺さる。
ガードが間に合わなかったために胴体にめり込んだ鉄クズも2、3ある。
だがホワイトスネイクは拳を振るうことを止めない。
スタンドとしての存在を完遂するため、拳を振ることを止める事は、決して出来ない。
そして――
「ホワイトスネイク・・・随分・・・辛そうじゃあねえか・・・ええ? ・・・・・・おい」
「・・・・・・」
嵐のような集中射撃が終わったとき、ホワイトスネイクの身体はボロボロになっていた。
とりわけ両拳は、いまにも崩れ落ちそうな程に傷つき、ひび割れていた。
JJFから弾丸並みの速度、そして威力をもって放たれる鉄クズを、もう30発以上も弾き飛ばしていたのである。
これまで拳が持った事が幸運だったと言えよう。
おそらく、次の射撃をホワイトスネイクの拳は防げない。
次の一波の2発目、あるいは3発目、いや1発目を弾き飛ばした瞬間、ホワイトスネイクの拳は砕け散る。
「おそらくお前の拳・・・次で・・・壊れる。
そうなったら・・・どうするつもりだ? テメーの身体で・・・そのガキを庇うのか?
オレはガキを・・・無傷で確保できれば・・・それでいいからな。
是非とも・・・テメーの身体で・・・ガキを庇って・・・・・・それで死んでくれ」
ウエストポーチから鉄クズを取り出し、JJFの腕輪に補給しながらラングラーが言う。
これで、JJFが弾切れを起こすことも期待できなくなった。
だがホワイトスネイクは表情を変えない。
何故ならホワイトスネイクには、自分が置かれている状況がこの場の誰よりも理解できているからだ。
後4回。
それだけ鉄クズを弾いたなら、自分の拳が砕ける。
それが今までの経験から割り出した、今の自分の限界だった。
その限界を迎えた後はどうするか。
そんな事は、言うまでも無いことだった。
そして、JJFが腕を構える。
ホワイトスネイクが、ファイティングポーズをとる。
勝利を確信したラングラーの顔が、笑みに歪む。
そして、叫ぶ。
「くらえッ! ジャンピン・ジャック・・・」
バゴォォオン!
その瞬間、ルイズの部屋のドアが烈風の塊にぶち破られる。
風の魔法、「エア・ハンマー」だ。
ゴォオォアッ!
そしてそれに続くように、真っ赤に燃え盛る火球が部屋の入り口から放たれるッ!
火の魔法「ファイア・ボール」。
それが一直線に、今まさに攻撃をしようとしていたラングラーへと突進するッ!
「うおおぉおッ!!」
驚きに声を上げながら、床から飛び上がり、壁を蹴って部屋の隅へと逃げるラングラー。
だがその動きを追うように、10本以上の氷の矢――
――水・風・風のトライアングルスペル「ウィンディ・アイシクル」が、ラングラーへと殺到するッ!
ドシュシュシュシュッ!
空気を切り裂き、自分に迫る氷の矢の群れに、ラングラーが叫ぶ。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュッ!」
ドンドンドンドン!
JJFの両腕から放たれた鉄クズが氷の矢を迎撃し、その全てを撃墜した。
「何者だ・・・テメーらは・・・・・・今の魔法・・・この威力・・・トライアングルクラスだぞ・・・・・・」
一瞬のうちに襲い掛かった強力な魔法の連撃に、顔をしかめるラングラー。
その顔に、ルイズにとっては聞き慣れた声がかけられる。
「あ~ら、ごめんなさいねえ・・・。でもレディの部屋にブ男が、呼ばれもしないのに土足で入るもんじゃあないわ」
そしてその声は、ホワイトスネイクにも聞き覚えのある声だった。
「あ、あんた・・・キュルケ!」
驚きを隠せず、声を張り上げるルイズ。
ホワイトスネイクは内心に驚きながらも、しかしラングラーへの警戒を緩めず、視線はラングラーに合わせている。
「どうしたのよ、ルイズ。こんなブ男が趣味だったってワケ?」
「ち、ちち違うわよ! っていうか、どこを見たらそんなこと・・・・・・」
「はいはい、分かってるわよ。理由は知らないけど、コイツに襲われたんでしょ?
それと、タバサに感謝しなさいよ。この子がいなかったら、私も気づかなかったんだから」
そういうキュルケの横から、ひょいと青髪の女の子が顔を出した。
タバサである。
彼女の目はルイズたちにではなく、ラングラーへと向けられている。
タバサが部屋に訪れて「何か変」と言った後、寝巻きのままだったキュルケは学生服に着替え、
そしてこれからどうするか、というところだった。
タバサ自身も何か奇妙な違和感を感じた、というだけで、誰がどこにいるだとか、そういう細かいことまでは分からなかったのだ。
そうしたことを相談していたところに、ルイズの部屋のドアを突き破って、あの鉄クズが飛び出してきた。
言うまでも無くJJFが撃った鉄クズである。
その瞬間、キュルケとタバサはルイズの部屋のドアの両脇に回った。
そして互いに目で合図し、自分がすべきことを確認し、すぐさま行動を開始した・・・というわけだ。
タバサはこの未知なる敵にこれ以上に無い警戒をしていた。
鉄クズを飛ばすという謎の能力。
そして今の奇襲に対する立ち回り。
全てが、この敵の強さを物語っていた。
「キュルケ・・・気をつけて」
「分かってるわ。あなたの『ウィンディ・アイシクル』を一つ残らず叩き落すようなヤツですもの・・・油断なんか出来ないわ」
杖と、鋭い視線とをラングラーへと向ける、キュルケとタバサ。
その二人を、ラングラーは怒りを込めた目で見据える。
「あのガキ以外は・・・殺しても構わねーことに・・・なっている・・・・・・。
オレをナメた事を・・・必ず・・・後悔させてやるぜ・・・・・・」
最初に動いたのはキュルケだった。
素早くルーンを唱え、杖の先に真っ赤な火球を膨らませる。
先ほどと同じ、ファイア・ボールだ。
そして火球が50サント程までに膨らんだところで、火球が杖を離れ、一直線にラングラーへと襲い掛かるッ!
しかも、今度のファイア・ボールは相手を追跡するようにしてある。
先ほどの、まだ相手が確認できないうちに撃ったファイア・ボールとはワケが違う。
相手を執念深く追いつめ、焼き尽くす。
これが本当のファイア・ボールだ。
しかし、ラングラーは先ほどとは違い、避ける素振りすら見せない。
それどころか、どういうわけか掌に唾を吐き、その掌を自分に向かってくるファイア・ボールに対して、
掌打でも打つかのように突き出した。
そして、自分の精神の力の名を静かに唱える。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」
その瞬間、ラングラーの掌を腕ごと焼き尽くすハズだった炎は、
その掌の10サントほど前で溶けるように「消滅」してしまった。
「な・・・何が起きたの?」
予想だにしなかった事態に虚を突かれ、思わずそう呟くキュルケ。
そこへ、ラングラーが容赦なく鉄クズを撃ち放つ。
ドンドンドンッ!
「しまった・・・」
鉄クズの群れは、ウィンディ・アイシクルのそれを遥かに上回る速度で殺到する。
今更ファイア・ボールを唱えたところで間に合わない。
「キュルケッ!」
それを後ろから見ていたルイズが悲鳴を上げる。
だが――
ドヒュゥゥン!
それらがキュルケの身体を貫く直前、巻き起こった一陣の烈風が鉄クズの軌道をそらしたッ!
キュルケを襲うはずだった鉄クズの群れは、それを僅かに外れて壁に突き刺さる。
風の魔法、「ウィンド・ブレイク」だ。
「あ・・・ありがと、タバサ」
「気をつけて」
キュルケの感謝の言葉に、タバサは言葉少なく答える。
「ホワイトスネイク。あいつが何したか、分かる?」
「アレモ『無重力』ノ産物ダ。触レルモノ全テ・・・空気デアロウト何デアロウト、全テ無重力ニスル。
ソシテソコカラ、『真空』ガ生マレル。
炎ガ燃エルタメノ酸素モ、風ノメイジガ風ヲ操ルタメノ空気モ、ソコニハ一切ナイ。
言イ換エルナラ、『死の空間』トモ言ウベキモノダ」
「死の、空間・・・」
噛み締めるように、ルイズが言う。
「アノ二人・・・ラングラートハ、アマリニモ相性ガ悪イ。コノママデハヤラレルゾ」
「やられないわよ」
「・・・ナニ?」
「キュルケは、やられないわ。だって、学院の生徒でキュルケ以上に炎を使えるメイジなんて、一人もいないもの。
それにあのタバサって子も強い。
トライアングルスペルのウィンディ・アイシクルをあんなに簡単に使えるんだから。
・・・だから、あの二人はアイツなんかに負けない」
半ばJJFに手も足も出なかったホワイトスネイクへの当て付けのように、ルイズが言った。
ホワイトスネイクにもそれが感じ取れたが、気にかける事は無かった。
そして、ある疑問を脳裏に浮かべていた。
(シカシ・・・妙ダ。アイツガ真空ヲ利用シタニシテモ、唾液ヲツケテカラ真空ノ攻撃ガ始マルマデニハモット時間ガカカルハズ。
ヤツノ能力ニ、変化ガ起キテイルトデモ言ウノカ・・・・・・?)
一方、キュルケを間一髪のところで助けたタバサは、キュルケにあることを告げた。
「あいつの周り、空気がおかしい」
「おかしいって・・・どういうこと?」
「キュルケのファイア・ボールを消したとき。あいつの掌の周りから一瞬だけ空気が無くなった」
「空気を無くす・・・? そんなことって、できるの?」
「系統魔法じゃ無理。多分・・・・・・先住の力か何か」
「先住の、力・・・・・・ね」
噛み締めるようにキュルケが呟く。
先住の力。
即ち、エルフの魔法。
系統魔法の限界を超えた、圧倒的で、そして強力な魔法だ。
それにそういえば、さっき自分の攻撃を避けたとき、人間とは思えないぐらい高く飛んだ気がする。
であれば、そういったものをあの男が使役しているのは、ほぼ確実・・・・・・。
そのことが、キュルケの背筋を冷やした。
「あいつが飛ばすものは、わたしじゃなきゃ防御できない。キュルケは攻撃をお願い」
「・・・でも、あたしの攻撃はアイツには効かないわよ?」
「工夫して」
「・・・・・・工夫、ねえ・・・」
「私が攻撃に加わった瞬間、あいつは遠距離攻撃をしてくる。
あの攻撃は銃弾ぐらいの威力は十分ある。当たったら、ただじゃ済まない」
「そう・・・ね。分かったわ。こっちはこっちで何とかする。
あなたはあなたの言ったとおり、防御をお願い」
「分かった」
その言葉と同時に、タバサが前に出て、キュルケがその後ろに回る。
JJFの動きによる風の細かな乱れから攻撃の瞬間を捉え、弾丸並みの速度の攻撃をウィンド・ブレイクでそらす。
そのためには、タバサが前衛で防御を担当するのが得策。
そしてキュルケは、タバサが作る即席の防御陣から、ファイア・ボールで攻撃する。
その場で作り上げただけの連携作戦だが、現状に対応するのにこれ以上のものは無い。
「さあて、リベンジといくわよ!」
場所は変わってトリステイン魔法学院の校庭。
そこにその女は潜んでいた。
女の名前はフーケ。ちなみに偽名である。
そして職業は泥棒。それも、世間ではかなり名の知れた方だ。
なので「大泥棒」と称してもいいかもしれない。
また「彼女」・・・とは言っても、世間では性別不詳ということになっている。
「仕事中」の彼女の顔を見たものは一人もいないからだ。
フーケは、この学院では「ロングビル」という名前で通っている。
そしてオールド・オスマンの秘書として、学院に勤務している。
しかし何故天下に名高い大泥棒のフーケが、魔法学院でスケベ学長の秘書をしているのか、というと、
それはこの学院の宝物庫に収められた「あるもの」を、フーケが狙っていたからである。
通称「破壊の杖」。
それがフーケが盗み出そうとしている品物だった。
噂にはどんな炎の魔法よりも強力な威力を持つとも言われ、先住の産物ではないかとさえ揶揄されるほどだ。
そして調べてみれば、それほどのものが王室の宝物庫でなく、この魔法学校の宝物庫に収められているというではないか。
これは買い・・・もとい、貰いだな、とフーケは考えた。
そしてロングビルとして学院に潜入し、現在に至るというわけだ。
そしてこの日は、盗みの決行の日である。
それを前にして・・・彼女はある問題にぶち当たっていた。
宝物庫が思いの外頑丈なのだ。
先日コルベールから言葉巧みに聞き出した情報に拠れば、物理的な威力には弱いとのことだったが、
それでも自分が作るゴーレムの一撃でもどうにもなりそうにないぐらい、壁が硬い。
フーケはこれまで色んな盗みをしてきた。
そしてその盗みの中で、ゴーレムを使って壁を破壊する、という手段もよく使ってきた。
つまり物理的なパワーで頑丈なものを壊すことに慣れているのである。
そんなフーケだからこそ分かる。
この壁は、自分のゴーレムでは破壊できない。
打撃の瞬間に拳を鉄に錬金したとしても、結果は同じだろう。
さて、どうしたものか。
フーケは空高く上った二つの月を仰いで、そんなことを考えた。
一人の女子生徒の部屋が、生死をかけた戦いの戦場になっていることなど、彼女には気づく由も無かった。
To Be Continued...
10話 前編
月明かりが雲に隠れたのを見計らって、
一人の男が音も無くトリステイン魔法学校の敷地に踏み入った。
いや、「踏み入った」と表現するのは正確ではない。
何故なら男は「レビテーション」でも使っているかのように、
空中を滑るように渡って学校の校舎の壁に取り付いたからだ。
その姿は、自分の糸を伝ってするすると移動する蜘蛛のようである。
彼が壁に取り付いた瞬間にも音はしなかった。
吸盤へと変形した彼の両手足の指紋が接触時の音を吸収したのだ。
そして自分の手足が壁にしっかり取り付いたことを確認すると、
その男――ラング・ラングラーは、自分が受けた依頼の内容を反芻した。
シェフィールドと名乗ったあの女がラングラーに依頼したこと。
それはこの魔法学校からある生徒を拉致することだった。
ちなみに、頭がまともな人間ならこんな依頼は普通しない。
トリステイン魔法学校などという、教師どころか拉致の対象となる生徒自身が魔法という強力な自衛手段を持つこんな場所に人攫いに入ったところで、
あっさり撃退された上に監獄送りになるのは確実だからだ。
にもかかわらず、そんな魔法学校に人攫いに入ってほしいと依頼されたのは、
やはりラングラーのメイジ殺しとしての実力が買われたためであろう。
彼が「メイジ殺し」ならぬ「魔法殺し」と呼ばれる、ラングラーの実力が。
さて、話を戻そう。
ラングラーが受けた任務は、トリステイン魔法学校の「ある生徒」の拉致。
そしてその「ある生徒」が寮のどこにいるかは、スデに確認済み。
本人の特徴もラングラーの頭にキッチリ入っている。
全てが完璧だ。
そう心の中で呟くと、ラングラーは音も無く壁を這い上がり始める。
ターゲットの生徒が眠る、女子寮の一室の窓に向かって。
そしてお目当ての窓に到着したラングラーは自分の「力」を静かに呼んだ。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ・・・」
その呟きとともに、ラングラーの背後に奇妙な亜人が現れる。
その姿はマントの下のラングラーの格好に酷似しており、
目には釘を打ち付けた、鉄板のようなデザインの目隠し。
腕にはいくつもの穴が等間隔で開いた腕輪。
これが「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」。
ラング・ラングラーが「魔法殺し」たりえる、その力の理由。
ラングラーの意志のままに動く、ラングラーの半身とも言うべき存在だ。
そのジャンピン・ジャック・フラッシュが、窓へと手を伸ばした。
そして、まるで幽霊のように窓ガラスをすり抜けると、窓の内側から鍵を外した。
そしてラングラーは両手の吸盤を窓ガラスにくっつけると、そっと窓を開く。
夜風が部屋の中に静かに吹き込んだ。
それに部屋の主である桃髪の少女が気づくことは無かった。
しかし少女の使い魔たる亜人――ホワイトスネイクには、それが分かった。
室内に吹き込んだかすかな風を感じ取ったホワイトスネイクは、
瞬時に戦闘態勢に移った。
今ホワイトスネイクはルイズの体内で眠っている状態だ。
まだ実体化はしていない。
しかしルイズの身体に何かが起きれば、
すぐにホワイトスネイクはそれを感じ取れる。
スタンドとして20年間プッチ神父を守護し続けてきた経験が、
それを可能にしていたのだ。
そしてホワイトスネイクは考える。
部屋のドアが開いたのなら風など吹き込まない。
ならば空いたのは窓。
しかし窓には鍵がかかっていた。
ならばこの部屋に不法侵入したのは魔法を使えない人間ではない。
メイジだ。
メイジなら鍵を外せる魔法を使える。
そしてこの学校の生徒にわざわざ窓から入ってくる理由が無い以上、
このメイジは確実に学校外の存在。
つまりほぼ確実に敵。
実体化していないためにホワイトスネイクは侵入者の姿を見ることは出来ない。
だが今までの経験がそれを十分に補い、状況を把握させてくれた。
どうするべきか。
この七日間、ホワイトスネイクを悩ませ続けた命題が、
まさしく抜き差しなら無い状況で彼に向かってきた。
自分の存在意義たる「主人の守護」を実行すべきか。
自分を憎む主人が下した、「二度と出てくるな」の命令に従い、傍観するべきか。
迷ってばかりではいられない。
悩んでいる間にも、確実に侵入者は主人であるルイズに近づいている。
侵入者の目的の詳細は不明だが、この部屋に入ってきた以上、
ルイズを殺すか拉致するかが敵の目的の要綱なのは確実だ。
迷えば迷うほど余裕は無くなっていく。
しかしどちらを選んだとしても、自分という存在は否定されることになる。
果たしてどうするべきなのか。
(ダガ・・・コレ以上決断ヲ迷エバ本当ニ取リ返シノツカナイコトニナル。
ソウナルヨリハ・・・・・・クソッ!)
半ばヤケクソになって、ホワイトスネイクは発現した。
そして流れるような動作で腕からDISCを抜き取り、
そのまま窓の傍に立つ、見知らぬ「敵」に対してそれを投擲するッ!
命令の内容は「10メートル飛んだ後に破裂しろ」ッ!
まさしく一撃必殺と言える命令が、侵入者の頭部へと向かい――
「JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)ッ!」
部屋中に響く叫びとともに、DISCは弾き飛ばされたッ!
「ナン・・・ダト?」
ホワイトスネイクは驚愕した。
さっきまでの苦悶がそれこそ月までぶっ飛び、
ホワイトスネイクの脳裏から消え去ってしまうほどに。
その原因は自身の必殺の一撃がアッサリ弾き飛ばされた事ではない。
ジャンピン・ジャック・フラッシュ。
自分自身もよく知るその単語。
そしてそれを叫んだ侵入者の、その声に驚愕したのだ。
その単語を知る者、そしてその「力」を扱える者を、
ホワイトスネイクは一人しか知らない。
「今のは・・・DISCだと?」
そして動揺したのはホワイトスネイクだけではない。
侵入者――ラング・ラングラーも、今の攻撃に驚愕していた。
DISKなどというものはこの世界――ハルケギニアには存在しない。
そして今のDISCの感触――壊れそうで決して壊れない奇妙な手応え。
そんな物を扱える存在など、ラングラーはたった一つしか知らない。
「貴様ハッ!」
「てめー、まさか・・・」
「ラング・ラングラーッ!」
「ホワイトスネイクかッ!」
二人が驚愕に声を上げたのもつかの間、互いに瞬時に間合いを取る。
ラングラーはJJF自分の正面に回りこませ、
さらにその腕を突き出すように構えさせる。
そしてホワイトスネイクは太極拳の型のような構えを取る。
(一体ドウイウ事ダ? 何故ラング・ラングラーガココニイル?
イヤ・・・ソレハ本体ノ死トトモニ消滅スルハズダッタ私ニ関シテモ同ジカ。
コイツモマタ私ト同ジク、メイジニ召喚サレルコトデ、コチラ側ヘ・・・?)
(クソッ・・・何故こいつがここにいる・・・・?
それに今・・・こいつ・・・このガキの・・・すぐ傍から出てきやがった。
ってことは・・・このガキがホワイトスネイクの本体・・・ってことか?
・・・ありえねえ。
こいつの本体は・・・こっちの人間じゃあ・・・ねえハズだ。
このガキが・・・『水族館』にいたハズが・・・ねえ。
だったら・・・このガキは・・・ホワイトスネイクにとっての・・・何だ?
本体でも無いのに・・・傍から出てくるなんてのは・・・それこそ有り得ねえ。
じゃあやっぱり・・・このガキは・・・本体なのか?
それにホワイトスネイクは・・・一体どうやって・・・こっちに来た?
俺とおんなじで・・・いきなりこっちに・・・飛ばされて来たのか?)
(トニカク・・・状況ヲ整理スルベキダ。
コイツノ『JJF』ハ中距離戦闘モ可能・・・パワーハ私ヨリ上。
・・・ドウ考エテモ不利ダ。
スキヲツイテ急所ヲ突クノガ最善カ・・・?)
(クソッ・・・こいつが・・・なんでここにいるかは・・・後回しだ。
それにしても・・・こいつがいるとなると・・・話が厄介になってくる。
俺がもらった依頼は・・・『ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを無傷で確保すること』。
このガキが・・・ホワイトスネイクの本体である以上・・・ホワイトスネイクが受けたダメージは・・・ガキに反映される。
そうなったら・・・依頼は完全成功とは言えねえ。
ホワイトスネイクを・・・ヘタに殺す事は・・・できねえ。
クソッ・・・厄介な事に・・・なってきやがった・・・・・・)
互いに状況を把握に努め、取るべき行動を策定する。
しかしこの状況はどちらにも不利であり、ありがたくない状況だ。
そして――
「もう・・・何なのよぉ・・・誰かいるのぉ?」
どちらにとっても、目覚めてほしくない人間が、目覚めた。
(シマッタ・・・サッキ、私トラングラーガ出シタ大声デ目ヲ覚マシタカ!)
(ちっ・・・寝てる状態で拉致った方が・・・楽だったろうに・・・。
もっと・・・面倒に・・・なりやがって・・・)
そして双方ともに、この状況に心の中で毒を吐く。
「・・・って、ホワイトスネイク! あんた、何で出てきてるのよ!」
ホワイトスネイクの姿を見たルイズが、寝起きの頭で思わずそう言った。
そして言ってしまってから後悔した。
使い魔の主人としてやるべきことはしなくちゃあいけない。
だけど、それがどちらなのかが分からない。
決して許されない罪を犯したホワイトスネイクを完全に封印することなのか、
それとも形式上とはいえ、ホワイトスネイクの罪を許すことなのか。
許すことが大切なのだと言う人もいる。
「罪を憎んで人を憎まず」というやつだ。
でも、ホワイトスネイクの罪はそんなことで済ませていい話じゃない。
どこかで、ケジメをつけなくちゃいけない。
でもそれは今やらなくちゃいけないことなのか。
そしてホワイトスネイクの方は、この時点で一つの覚悟を決めた。
やはり主人は自分が現れることを、まだ許してはいなかった。
ならばこうして発現してしまったことに対して、何らかの形で責任を取らねばならない。
はたして、どのように責任を取るか。
それもまた、ホワイトスネイクはスデに決めていた。
そしてそれを実行するだけの覚悟も、今ここで決めた。
暫しの沈黙の後、ホワイトスネイクがルイズに話しかける。
「マスター。時間ガ無イノデ簡潔ニ説明スル。今、敵ノ襲撃ヲ受ケテイル」
「て、敵?」
「ソウダ。今、私ノ目ノ前ニイル」
ルイズはホワイトスネイクの言葉に従い、その前方の暗闇に目を向ける。
ルイズの鳶色の目に、見知らぬ男――ラング・ラングラーの姿が映った。
そしてその後ろにいるジャンピン・ジャック・フラッシュの姿も、ルイズには見えた。
「だ・・・誰かいるわよ? そそそれに、その後ろにも誰かいる・・・だ、だだ誰よ!?」
「ヤツノ名ハ『ラング・ラングラー』。『スタンド使い』ダ」
「スタンド使いって・・・あんたがわたしに召喚された日に言ってた・・・・・・」
「ソウダ。スタンド名ハ『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』。私ガ知ル中デハ、コト戦闘ニオイテハ最も凶悪なスタンドダ」
「そ、その凶悪なヤツが、何でわたしの部屋にいるのよ! というか、なんであんたがアイツのことを知ってるのよ!?」
「ヤツノ目的ニツイテハ不明ダ。ソシテ私ガヤツノコトヲ知ッテイルノハ、私トヤツガ、同ジ世界ニイタカラダ」
「同じ世界? そういえばあんた、別の世界から来たとか何とか言ってたわね・・・」
「ツマリソウイウコトダ。ソシテココカラハ私ノ領域ダ。マスターハ下ガッテイロ」
そう言って、ホワイトスネイクはルイズの前に出た。
そしてこの光景に、ルイズは一週間前のことを思い出していた。
あの時もそうだった。
こいつはいつも何が一番正しいかが分かっているかのような振る舞いをしていた。
そして自分をどこか見下ろしたような目をしていた。
自分を、未熟なものとしてみるような目をしていた。
それを思い出したら、何か、頭の芯が熱くなるような、そんな思いがしてきた。
ホワイトスネイクが言うことが正しいのは分かる。
分かるけど、それに従いたくなかった。
従うのが悔しかった。
その悔しさで、さっきまでの悩みなど、どこかに吹き飛んでしまっていた。
「・・・・・・イヤよ」
自分の主人が発した言葉に、ホワイトスネイクは耳を疑った。
「何・・・ダト? 今、何ト・・・・・・」
「イヤ、って言ったのよ。アイツはわたしに用があるんでしょ? だったら私が決着をつけるわ。だから下がるのはあんたの方よ」
「・・・不可能ダ。ソレニヤツノ狙イハマスターナンダゾ? ソレデハヤツノ思ウ壺ダ」
「うっさいわね。『命令』よ、これは。そもそもあんたが出てくるのが間違いなのよ。こんなヤツわたし一人でどうにかできるわ」
「ダカラソレハ不可能ダト言ッテイル。落チ着ケ、マスター」
「落ち着いてるわよ、ホワイトスネイク。それにあんた、久しぶりに出てきたと思ったら随分わたしに反発するわね。
私の命令に従えないの? 私を、ご主人様だって認めてないの?」
口を開くごとに自分の体が熱くなっていくのが、ルイズ自身にも感じ取れた。
言うことを聞かないホワイトスネイクに、無性に腹が立って。
そのホワイトスネイクが自分に背を向けているのが、余計に腹立たしくて。
自分を守るために、敵と向き合うために自分に背を向けているのは分かる。
頭のどこかでそれが分かっていても、今はそれが、無性に憎らしく思えた。
そのときだった。
「・・・始末ノ付ケ方ヲ見ツケタダケダ」
予想もしなかった返答が、ホワイトスネイクから返ってきた。
「始末の・・・付け方?」
「ソウダ。コウシテ主人ノ命令ニ反シテ実体化シタコト。
ソレニ対シテドウヤッテ始末ヲツケルカ・・・ソレヲ見ツケタダケダ。ソシテ、覚悟シタダケダ」
「い、一体、何する気よ?」
心なしか、ルイズの声が震える。
同じ戦いでも、ギーシュと決闘したときとは全く違う、ホワイトスネイクの様子に、
そしてその身体から感じられる気迫に、ルイズは気圧されていた。
「例エ私自身ガ消滅スルコトトナッタトシテモ、マスターヲヤツカラ守リキル。
アルイハ生キ延ビタトシテモ、ソノ後ニ自分デ自分ニ決着ヲツケル」
つまりこういうことだ。
この戦闘でホワイトスネイクは捨て身でラングラーと戦い、そこで戦死する。
また、仮に生き延びたとしても、自害する。
つまりどちらにしても死ぬ、と言っているのだ。
「な、何よそれ・・・それって、死ぬってことなの? あんた、自分で何言ってるか、分かってるの?」
「元々無カッタ命ダ。惜シム事ハ無イ。アワヨクバ、最後マデスタンドトシテ存在シ続ケタイ、ト思ウグライノ、ソノ程度ノ命ダ」
自分の名誉のために死ぬ。ホワイトスネイクが言っているのは、そういうことだった。
ルイズへの忠誠のためではなく、スタンドとして自分の存在を全うするため。
そのために、自分で自分の命を捨てる、と。
人から見れば、この時のホワイトスネイクは一種の悲壮さと勇敢さを持っているようにさえ見えたろう。
しかし、今のルイズには、ホワイトスネイクが身勝手であるようにしか見えなかった。
それに自分のためでなく、ホワイトスネイク自身の名誉のために死のうとしているのが、なおさら許せなかった。
自分はそこまで主人として出来が悪いのか。自分は、主人として認められていないのか。
そう思うと、怒りよりも悔しさがこみ上げてきた。
「も、もも、もういいわ。すす好きにしなさいよ! アンタなんか、もう知らないんだからッ!」
ルイズはヤケクソになってそう言い放ち、ホワイトスネイクの背中を強く蹴っ飛ばす。
ドゴオッ!
「グゥッ!」
その衝撃で、ホワイトスネイクがぐらりと正面によろける。
それがまずかった。
(今・・・あのガキ・・・ホワイトスネイクの背中を・・・蹴ったよな?
なのに・・・あのガキが・・・背中を痛めたようには・・・見えねえ。
そういう素振りが・・・全くねえぞ。
どうなって・・・やがる・・・・・・)
ラングラーに見られたのは、まずかった。
これまでルイズとホワイトスネイクがしゃべくっているのも、
二者の間でのダメージの共有を恐れていたからこそ見逃していたラングラーである。
しかし今、そのダメージの共有が無いことが分かった。
「おい、ホワイトスネイク。お前・・・まさかとは思うが・・・お前が受けたダメージ・・・そのガキには・・・伝わらんのか?」
そう聞かれた瞬間、ホワイトスネイクは今までラングラーが攻撃してこなかった理由を悟った。
そして、ヤバイと思った。
しかしルイズにはそれが何を意味するのかも、それがヤバイってことも全く分からなかった。
「ええ、そうよ。ていうかそんなのあるわけ無いじゃない」
なので、それが言っちゃあマズイことだってのも、全く分かってなかった。
(ナンダトォーーーーーーーッ!?)
焦ったのは、ホワイトスネイクである。
まさかこんなにあっさりとカミングアウトをかまされるとは思いもしなかったからだ。
そして――
「そう・・・か。じゃあ・・・オレが・・・テメーを攻撃しない・・・理由はねえな。
ええ・・・? ・・・・・・ホワイトスネイク」
ラングラーが、戦闘態勢に入った。
ジャンピン・ジャック・フラッシュの腕のリングが、グルグルと回転し始める。
「来ルカッ!」
ホワイトスネイクが拳を握り締め、太極拳の構えからボクサーのようなファイティングポーズへ移行する。
そして――
「ジャンピン・ジャック・フラッシュッ!」
ラングラーが叫ぶ。
それと同時に、JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)の腕のリングから、無数の小さい「何か」が放たれたッ!
ドンドンドンドンドンッ!
放たれたそれらは空気を切り裂き、銃弾並みの速度で、一直線にホワイトスネイクへと襲い掛かる。
「シャアァァーーーーーーーーーッ!!」
バギャギャギャギャッ!
咆哮とともに拳を縦横無尽に振るい、自分に向けて放たれた無数の「何か」を叩き落し、あるいは弾き飛ばすホワイトスネイク。
叩き落されたものはじゅうたんをぶち抜いて床にめり込み、
横方向へ弾き飛ばされたものは室内のタンスやクローゼットに突き刺さった。
「な、なに? 今アイツ、何を飛ばしたのよ!?」
ラングラーの後ろに控えるJJFが飛ばした「何か」と、それを明確に視認して弾き飛ばしたホワイトスネイク。
さらにホワイトスネイクが弾き飛ばしたがために、部屋の内装がかなり傷ついたことでパニックになるルイズ。
「アレガヤツノスタンド能力ダ。無重力ニヨッテ慣性ヲ味方ニツケ、鉄クズヲ加速シテ銃弾ノヨウニ放ツ」
「『むじゅーりょく』? 『かんせー』? 何よそれ!?」
「・・・・・・知ラナイノカ?」
「そんなの聞いた事も無いわよ!」
「そのガキが知らんのも・・・無理は無い。この世界は・・・科学が・・・全く発展してねえからな。
無重力の概念も慣性も・・・だれも理解しようとはしない。
だからこそ・・・・・・オレは無敵だった。
誰にも理解できない力を・・・駆使し・・・相手を完全に・・・蹂躙するわけだからな・・・・・・」
この世界はちっとも科学が発展していないのだな、とホワイトスネイクは思った。
「ソウカ・・・ダガ貴様ノ能力ガ誰カニ理解サレル必要ハ、今日無クナル。
無重力ヲ利用スルモノモ、慣性ヲ利用スルモノモ、今日ココデ、ソノ最初デ最後ノ一人ガ死ヌカラナ・・・」
「出来るのか・・・ガキのお守りを・・・したままで・・・・・・?」
「スタンドトハ、元来ソウイウモノダ」
「なるほど・・・な。じゃあ・・・再開と・・・いくか! JJF(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)ッ!」
ドンドンドンドンッ!
ラングラーの声に応じ、再び無数の鉄クズを放つJJF。
バギョギョアッ!
それをホワイトスネイクは、正確に拳で弾き飛ばしていく。
避けることもせず、後方にいるルイズに当たらぬよう、全て自分の拳で弾き飛ばしてゆく。
弾き飛ばした鉄クズは、多くは部屋の内装に突き刺さり、そうでないものは扉を突き破って廊下に飛び出していった。
「また防いだか・・・だが・・・どこまで続くかな・・・・・・」
ドンドンドンドンドン!
そしてJJFの腕のリングから、第二波が放たれる。
今度は一点集中。
ホワイトスネイクの胸部目掛けて集中するように、角度を調整してきた。
「シャアアアアアッ!!」
バギャギャギャッ!
それをホワイトスネイクは両拳の、目にも留まらぬストレートの連打で正面から弾き飛ばしてゆく。
そして弾いたその何発かがラングラーに襲い掛かる。
ホワイトスネイクが、狙ってそのように弾き飛ばしたのだ。
しかしラングラーはそれを予想していた。
バギギィン!
鈍い音とともに、ラングラーを貫くはずだった鉄クズが床に叩き落される。
叩き落したのはJJF。
スデにラングラーの正面に回りこみ、そしてホワイトスネイクがやったのと同様に拳で防御を行っていたのだ。
「チッ・・・・・・」
「残念・・・だったな。その程度じゃあ・・・・・・オレのJJFは・・・倒せねえ。
それに・・・前から・・・思ってたんだ」
そう言いつつ、JJFに鉄クズを撃ちまくらせるラングラー。
今度は先ほどのように集中するようなものではなく、部屋全体に、ばら撒くような射撃。
それをホワイトスネイクは、自分の方へ飛んでくるものだけを狙って弾き飛ばす。
「オレのJJFは・・・無敵かもしれねえ・・・ってことをな・・・・・・。
テメーなんか・・・目じゃあねえぐらいに・・・オレのJJFが強いって・・・前からずっと思ってたんだ・・・・・・」
その直後、ホワイトスネイクの右足が鉄クズに撃ち抜かれた。
その衝撃に、ホワイトスネイクの体がぐらりと揺れる。
(跳弾・・・カ。無作為ニバラ撒イタヨウニ見セカケテ・・・
壁ヤ天井ヲ跳ネ回リ、私ヲ襲ウ本命ヲ潜マセテイタノカ・・・・・・)
してやられた、という屈辱感がホワイトスネイクの胸を満たす。
そして今ホワイトスネイクが撃たれた事は、その後ろにいたルイズにも分かった。
思わず声を上げそうになるが、それを堪える。
ホワイトスネイクが戦っているのは自分のためじゃない。
ホワイトスネイク自身の名誉だ。
だから、ホワイトスネイクを心配するようなことを言っちゃいけない。
いや、絶対に言いたくない。
自分をご主人様だって認めないような使い魔の心配なんて、絶対したくない。
ルイズは生来、意地っ張りな気質だった。
だからこそこんなときでも、ホワイトスネイクの心配をしたいと思えなかった。
本当は、心配で心配でたまらないのに。
「さて・・・今度は真正面から・・・テメーを・・・穴ボコのチーズみてーに・・・してやるぜ」
JJFが両腕を真っ直ぐホワイトスネイクに向ける。
そしてッ!
ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
今度はマシンガンのように、一呼吸も置くことなく、大量の鉄クズをホワイトスネイクに集中して射撃したッ!
それをホワイトスネイクは――
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー!」
バギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!
部屋中に響き渡る咆哮とともに、真正面からそれに立ち向かうッ!
自分に襲い掛かる鉄クズの全てを、拳で弾き飛ばしてゆくッ!
しかし、そのためにホワイトスネイクは一気に消耗していく。
JJFから弾丸並みの速度、そして威力をもって放たれる鉄クズを拳で弾き飛ばし続けたために、
その両拳にはダメージが次々と蓄積されていき、
拳で完全に弾ききれなかった鉄クズが自分の体を掠め、切り裂き、あるいは突き刺さる。
ガードが間に合わなかったために胴体にめり込んだ鉄クズも2、3ある。
だがホワイトスネイクは拳を振るうことを止めない。
スタンドとしての存在を完遂するため、拳を振ることを止める事は、決して出来ない。
そして――
「ホワイトスネイク・・・随分・・・辛そうじゃあねえか・・・ええ? ・・・・・・おい」
「・・・・・・」
嵐のような集中射撃が終わったとき、ホワイトスネイクの身体はボロボロになっていた。
とりわけ両拳は、いまにも崩れ落ちそうな程に傷つき、ひび割れていた。
JJFから弾丸並みの速度、そして威力をもって放たれる鉄クズを、もう30発以上も弾き飛ばしていたのである。
これまで拳が持った事が幸運だったと言えよう。
おそらく、次の射撃をホワイトスネイクの拳は防げない。
次の一波の2発目、あるいは3発目、いや1発目を弾き飛ばした瞬間、ホワイトスネイクの拳は砕け散る。
「おそらくお前の拳・・・次で・・・壊れる。
そうなったら・・・どうするつもりだ? テメーの身体で・・・そのガキを庇うのか?
オレはガキを・・・無傷で確保できれば・・・それでいいからな。
是非とも・・・テメーの身体で・・・ガキを庇って・・・・・・それで死んでくれ」
ウエストポーチから鉄クズを取り出し、JJFの腕輪に補給しながらラングラーが言う。
これで、JJFが弾切れを起こすことも期待できなくなった。
だがホワイトスネイクは表情を変えない。
何故ならホワイトスネイクには、自分が置かれている状況がこの場の誰よりも理解できているからだ。
後4回。
それだけ鉄クズを弾いたなら、自分の拳が砕ける。
それが今までの経験から割り出した、今の自分の限界だった。
その限界を迎えた後はどうするか。
そんな事は、言うまでも無いことだった。
そして、JJFが腕を構える。
ホワイトスネイクが、ファイティングポーズをとる。
勝利を確信したラングラーの顔が、笑みに歪む。
そして、叫ぶ。
「くらえッ! ジャンピン・ジャック・・・」
バゴォォオン!
その瞬間、ルイズの部屋のドアが烈風の塊にぶち破られる。
風の魔法、「エア・ハンマー」だ。
ゴォオォアッ!
そしてそれに続くように、真っ赤に燃え盛る火球が部屋の入り口から放たれるッ!
火の魔法「ファイア・ボール」。
それが一直線に、今まさに攻撃をしようとしていたラングラーへと突進するッ!
「うおおぉおッ!!」
驚きに声を上げながら、床から飛び上がり、壁を蹴って部屋の隅へと逃げるラングラー。
だがその動きを追うように、10本以上の氷の矢――
――水・風・風のトライアングルスペル「ウィンディ・アイシクル」が、ラングラーへと殺到するッ!
ドシュシュシュシュッ!
空気を切り裂き、自分に迫る氷の矢の群れに、ラングラーが叫ぶ。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュッ!」
ドンドンドンドン!
JJFの両腕から放たれた鉄クズが氷の矢を迎撃し、その全てを撃墜した。
「何者だ・・・テメーらは・・・・・・今の魔法・・・この威力・・・トライアングルクラスだぞ・・・・・・」
一瞬のうちに襲い掛かった強力な魔法の連撃に、顔をしかめるラングラー。
その顔に、ルイズにとっては聞き慣れた声がかけられる。
「あ~ら、ごめんなさいねえ・・・。でもレディの部屋にブ男が、呼ばれもしないのに土足で入るもんじゃあないわ」
そしてその声は、ホワイトスネイクにも聞き覚えのある声だった。
「あ、あんた・・・キュルケ!」
驚きを隠せず、声を張り上げるルイズ。
ホワイトスネイクは内心に驚きながらも、しかしラングラーへの警戒を緩めず、視線はラングラーに合わせている。
「どうしたのよ、ルイズ。こんなブ男が趣味だったってワケ?」
「ち、ちち違うわよ! っていうか、どこを見たらそんなこと・・・・・・」
「はいはい、分かってるわよ。理由は知らないけど、コイツに襲われたんでしょ?
それと、タバサに感謝しなさいよ。この子がいなかったら、私も気づかなかったんだから」
そういうキュルケの横から、ひょいと青髪の女の子が顔を出した。
タバサである。
彼女の目はルイズたちにではなく、ラングラーへと向けられている。
タバサが部屋に訪れて「何か変」と言った後、寝巻きのままだったキュルケは学生服に着替え、
そしてこれからどうするか、というところだった。
タバサ自身も何か奇妙な違和感を感じた、というだけで、誰がどこにいるだとか、そういう細かいことまでは分からなかったのだ。
そうしたことを相談していたところに、ルイズの部屋のドアを突き破って、あの鉄クズが飛び出してきた。
言うまでも無くJJFが撃った鉄クズである。
その瞬間、キュルケとタバサはルイズの部屋のドアの両脇に回った。
そして互いに目で合図し、自分がすべきことを確認し、すぐさま行動を開始した・・・というわけだ。
タバサはこの未知なる敵にこれ以上に無い警戒をしていた。
鉄クズを飛ばすという謎の能力。
そして今の奇襲に対する立ち回り。
全てが、この敵の強さを物語っていた。
「キュルケ・・・気をつけて」
「分かってるわ。あなたの『ウィンディ・アイシクル』を一つ残らず叩き落すようなヤツですもの・・・油断なんか出来ないわ」
杖と、鋭い視線とをラングラーへと向ける、キュルケとタバサ。
その二人を、ラングラーは怒りを込めた目で見据える。
「あのガキ以外は・・・殺しても構わねーことに・・・なっている・・・・・・。
オレをナメた事を・・・必ず・・・後悔させてやるぜ・・・・・・」
最初に動いたのはキュルケだった。
素早くルーンを唱え、杖の先に真っ赤な火球を膨らませる。
先ほどと同じ、ファイア・ボールだ。
そして火球が50サント程までに膨らんだところで、火球が杖を離れ、一直線にラングラーへと襲い掛かるッ!
しかも、今度のファイア・ボールは相手を追跡するようにしてある。
先ほどの、まだ相手が確認できないうちに撃ったファイア・ボールとはワケが違う。
相手を執念深く追いつめ、焼き尽くす。
これが本当のファイア・ボールだ。
しかし、ラングラーは先ほどとは違い、避ける素振りすら見せない。
それどころか、どういうわけか掌に唾を吐き、その掌を自分に向かってくるファイア・ボールに対して、
掌打でも打つかのように突き出した。
そして、自分の精神の力の名を静かに唱える。
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」
その瞬間、ラングラーの掌を腕ごと焼き尽くすハズだった炎は、
その掌の10サントほど前で溶けるように「消滅」してしまった。
「な・・・何が起きたの?」
予想だにしなかった事態に虚を突かれ、思わずそう呟くキュルケ。
そこへ、ラングラーが容赦なく鉄クズを撃ち放つ。
ドンドンドンッ!
「しまった・・・」
鉄クズの群れは、ウィンディ・アイシクルのそれを遥かに上回る速度で殺到する。
今更ファイア・ボールを唱えたところで間に合わない。
「キュルケッ!」
それを後ろから見ていたルイズが悲鳴を上げる。
だが――
ドヒュゥゥン!
それらがキュルケの身体を貫く直前、巻き起こった一陣の烈風が鉄クズの軌道をそらしたッ!
キュルケを襲うはずだった鉄クズの群れは、それを僅かに外れて壁に突き刺さる。
風の魔法、「ウィンド・ブレイク」だ。
「あ・・・ありがと、タバサ」
「気をつけて」
キュルケの感謝の言葉に、タバサは言葉少なく答える。
「ホワイトスネイク。あいつが何したか、分かる?」
「アレモ『無重力』ノ産物ダ。触レルモノ全テ・・・空気デアロウト何デアロウト、全テ無重力ニスル。
ソシテソコカラ、『真空』ガ生マレル。
炎ガ燃エルタメノ酸素モ、風ノメイジガ風ヲ操ルタメノ空気モ、ソコニハ一切ナイ。
言イ換エルナラ、『死の空間』トモ言ウベキモノダ」
「死の、空間・・・」
噛み締めるように、ルイズが言う。
「アノ二人・・・ラングラートハ、アマリニモ相性ガ悪イ。コノママデハヤラレルゾ」
「やられないわよ」
「・・・ナニ?」
「キュルケは、やられないわ。だって、学院の生徒でキュルケ以上に炎を使えるメイジなんて、一人もいないもの。
それにあのタバサって子も強い。
トライアングルスペルのウィンディ・アイシクルをあんなに簡単に使えるんだから。
・・・だから、あの二人はアイツなんかに負けない」
半ばJJFに手も足も出なかったホワイトスネイクへの当て付けのように、ルイズが言った。
ホワイトスネイクにもそれが感じ取れたが、気にかける事は無かった。
そして、ある疑問を脳裏に浮かべていた。
(シカシ・・・妙ダ。アイツガ真空ヲ利用シタニシテモ、唾液ヲツケテカラ真空ノ攻撃ガ始マルマデニハモット時間ガカカルハズ。
ヤツノ能力ニ、変化ガ起キテイルトデモ言ウノカ・・・・・・?)
一方、キュルケを間一髪のところで助けたタバサは、キュルケにあることを告げた。
「あいつの周り、空気がおかしい」
「おかしいって・・・どういうこと?」
「キュルケのファイア・ボールを消したとき。あいつの掌の周りから一瞬だけ空気が無くなった」
「空気を無くす・・・? そんなことって、できるの?」
「系統魔法じゃ無理。多分・・・・・・先住の力か何か」
「先住の、力・・・・・・ね」
噛み締めるようにキュルケが呟く。
先住の力。
即ち、エルフの魔法。
系統魔法の限界を超えた、圧倒的で、そして強力な魔法だ。
それにそういえば、さっき自分の攻撃を避けたとき、人間とは思えないぐらい高く飛んだ気がする。
であれば、そういったものをあの男が使役しているのは、ほぼ確実・・・・・・。
そのことが、キュルケの背筋を冷やした。
「あいつが飛ばすものは、わたしじゃなきゃ防御できない。キュルケは攻撃をお願い」
「・・・でも、あたしの攻撃はアイツには効かないわよ?」
「工夫して」
「・・・・・・工夫、ねえ・・・」
「私が攻撃に加わった瞬間、あいつは遠距離攻撃をしてくる。
あの攻撃は銃弾ぐらいの威力は十分ある。当たったら、ただじゃ済まない」
「そう・・・ね。分かったわ。こっちはこっちで何とかする。
あなたはあなたの言ったとおり、防御をお願い」
「分かった」
その言葉と同時に、タバサが前に出て、キュルケがその後ろに回る。
JJFの動きによる風の細かな乱れから攻撃の瞬間を捉え、弾丸並みの速度の攻撃をウィンド・ブレイクでそらす。
そのためには、タバサが前衛で防御を担当するのが得策。
そしてキュルケは、タバサが作る即席の防御陣から、ファイア・ボールで攻撃する。
その場で作り上げただけの連携作戦だが、現状に対応するのにこれ以上のものは無い。
「さあて、リベンジといくわよ!」
場所は変わってトリステイン魔法学院の校庭。
そこにその女は潜んでいた。
女の名前はフーケ。ちなみに偽名である。
そして職業は泥棒。それも、世間ではかなり名の知れた方だ。
なので「大泥棒」と称してもいいかもしれない。
また「彼女」・・・とは言っても、世間では性別不詳ということになっている。
「仕事中」の彼女の顔を見たものは一人もいないからだ。
フーケは、この学院では「ロングビル」という名前で通っている。
そしてオールド・オスマンの秘書として、学院に勤務している。
しかし何故天下に名高い大泥棒のフーケが、魔法学院でスケベ学長の秘書をしているのか、というと、
それはこの学院の宝物庫に収められた「あるもの」を、フーケが狙っていたからである。
通称「破壊の杖」。
それがフーケが盗み出そうとしている品物だった。
噂にはどんな炎の魔法よりも強力な威力を持つとも言われ、先住の産物ではないかとさえ揶揄されるほどだ。
そして調べてみれば、それほどのものが王室の宝物庫でなく、この魔法学校の宝物庫に収められているというではないか。
これは買い・・・もとい、貰いだな、とフーケは考えた。
そしてロングビルとして学院に潜入し、現在に至るというわけだ。
そしてこの日は、盗みの決行の日である。
それを前にして・・・彼女はある問題にぶち当たっていた。
宝物庫が思いの外頑丈なのだ。
先日コルベールから言葉巧みに聞き出した情報に拠れば、物理的な威力には弱いとのことだったが、
それでも自分が作るゴーレムの一撃でもどうにもなりそうにないぐらい、壁が硬い。
フーケはこれまで色んな盗みをしてきた。
そしてその盗みの中で、ゴーレムを使って壁を破壊する、という手段もよく使ってきた。
つまり物理的なパワーで頑丈なものを壊すことに慣れているのである。
そんなフーケだからこそ分かる。
この壁は、自分のゴーレムでは破壊できない。
打撃の瞬間に拳を鉄に錬金したとしても、結果は同じだろう。
さて、どうしたものか。
フーケは空高く上った二つの月を仰いで、そんなことを考えた。
一人の女子生徒の部屋が、生死をかけた戦いの戦場になっていることなど、彼女には気づく由も無かった。
To Be Continued...
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