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味も見ておく使い魔-16 - (2007/11/18 (日) 20:14:08) の1つ前との変更点

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ようやくアンリエッタの抱擁から解放されたルイズは、ふとアンリエッタの口から ため息が漏れたのを聞き漏らさなかった。 「わたくしはあなたがうらやましいわ、ルイズ。とっても自由そうで」 「そんな! 私は魔法も使いこなせないおちこぼれですわ! ……それに使い魔は  平民ですし」 「それなら、わたくしの使い魔も似たようなものですわ。わたくしの使い魔は亜人  ですもの」 「亜人は立派な使い魔ではございませんか!」 そう反論したルイズは、アンリエッタの表情に、かすかな影が差しているのを感じ 取っていた。 「姫様? 何か悩み事があるのですか? 私でよければ相談に乗ることぐらいでき  ますわ」 「実は、わたくし。ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりましたの……」 「そんな、あのような野蛮人共の国に!」 「ですが、アルビオン国の情勢を考えると、この結婚はトリステインの御国のため  になるのですわ。  この結婚はゲルマニアとの軍事同盟を結ぶための条件なのです」 アンリエッタは続けた。トリステインは小国のため、軍事同盟がなければ自国の防 衛もかなわないこと。そして、アルビオン王国の内乱のこと。アルビオンの反乱軍 は、王政の打倒を標榜していること。もし彼らが内乱を制すれば、おそらくトリス テインに攻め入ってくるであろうこと…… 「それに私は、好きな人と結婚できるなどとは、生まれてこの方、微塵にも希望を  抱いてはおりません」 アンリエッタはこわばった唇から無理矢理ひねり出すように言葉をつむぎだす。 その様子から、この結婚を嫌がっていることは誰の目にも明らかであった。 「ですが、その結婚に問題がひとつあるのです」 「一体どうしたのですか?」 ルイズはつい興奮してアンリエッタに詰め寄った。 「実は、わたくしがしたためた手紙がアルビオン国王子、ウェールズ公の手元にあ  るのです」 「どう言うことですか?」 「内容は、今は申せません。ですが、その手紙が敵の手で公表されると……  ああ、恐ろしい! ゲルマニアとの同盟は反古になってしまうでしょう!  そうなれば、このトリステイン王国は自国を防衛することも怪しくなってしまい  ますわ!」 「ならば、私がその手紙をとりに言ってまいりますわ! 私は姫様とトリステイン  のためならこの命に代えても使命を果たして見せます!」 「そんな! 手紙は内戦中のアルビオンにあるのですよ!  しかも、ウェールズ公の軍は敗色濃厚。  いつ叛乱勢にとらわれてもおかしくない状況なのです!  そのような危険な地に、わたくしの大切な友達を生かせるなんて考えただけでも  恐ろしい事ですわ!」 アンリエッタは突然自分の顔を抱え、膝を屈して泣き叫んだ。 「ああ! わたくしは何という恐ろしいようなことをルイズに頼もうとしていたの  でしょう!  ルイズを死地へなどと! きっとわたくしは気が動転していたのですわ!  お願い、ルイズ。今の話はすべて忘れて頂戴」 「ならば姫様はどのような手を打たれるというのですか?」 ルイズは思わず声をあらげてルイズを怒鳴りつけてしまった。 「それが皆目見当もつかないのでございますわ。友達を戦地に送るわけにも行かな  い。かといってほかに任せられる人物も、相談できる人物もいないのです」 アンリエッタは立ち上がりながら悲しそうにため息をつくしかなかった。 王家のマスコットでしかないアンリエッタにとって、信頼できる人物は、王宮には ほとんどいないといってよかった。 「ちょっとまってくれないか? 王女さんさ?」 声の主は露伴であった。彼は、なぜだか死刑判決を下す裁判官のような冷徹な表情 をしている。 「僕は今から君にものスゴク冷徹なことを言う。しかし、だからこそ真剣に聞いて  もらいたい」 「僕は漫画家という職業柄、キャラクターがそのシチュエーションの中でとりうる  あらゆる状況をつい考えてしまうんだ。その僕が思うんだがな……」 「君はルイズに『手紙の件は忘れてくれ』といった。だが、ルイズがその言葉にお  となしく従うと思うかい?」 アンリエッタはハッとしてルイズを見つめる。対照的に、ルイズは気まずそうに顔 を背けた。 「ルイズ。あなたは、まさかッ!」 「……私が勝手にアルビオンにいくのであれば、誰にも迷惑はかけることはありま  せんわ」 「違うな」 露伴が即座に断定する。彼の表情は明らかに冷酷な目をたたえていた。 「ルイズが行く時はルイズの意思によって行く。それはすべてルイズの自発的な行  動から出るものだ。だが、旅の途中でルイズが死んだりした場合は、アンリエッ  タ、君が責任を取るべきだ。いや、とらなくちゃあならないんだ」 「ロハン! 姫様に失礼よ!」 「君は黙っていろ、ルイズ。それと君は『命に代えても』とかほざいていたけども、  もしかして君は自分が死ぬはずないとでも考えてるんじゃあないだろうな?」 「それでもッ……」 ルイズは絶句した。露伴の言う通りであったからである。そのくせ、ヒロイックに も自分の行動がアンリエッタ王女の役に立つだろう、と根拠もなく思い込んでいた。 「話を続けよう、王女さん。君がルイズに手紙の話をしてしまった時点で、ルイズ  はアルビオンの元へ、ウェールズ公の下へ赴く決意を持ってしまった。いまさら  だが、君はあの話をルイズに『すべきではなかった』」 「くっ……」 アンリエッタの唇が、かみ締めた己の口の圧力で白くなる。 「君がやめるように懇願しても、おそらくルイズは隙を見てアルビオンにわたるだ  ろう。だが僕の協力があれば、ルイズを強制的に渡航を断念させることができる。  これは確実に可能なことだ」 「では! ミスタ・ロハン、ぜひ協力をお願いいたします」 アンリエッタは湖面に浮かんだ一本の藁をつかむ溺者のような表情をしてロハンの 手をとった。 しかし、王女の前の男は頭をふり、完全に冷えきった声を発した。 「だが、断る」 「「露伴!」」 「デルフ、ブチャラティ。こいつばかりは君達にも邪魔はさせない。王女さん、あな  たはルイズを危険にさらしたくはない。そう思っている一方で、密使役はルイズ以  外適当な人物を思いつけていない」 「それを踏まえて、君は熟慮して僕の質問に答える必要がある。いま君には向かうべ  き二つの道があるとしよう」 「ひとつの道は、ルイズに『アルビオンに行け』と頼む事。ルイズは聞くだろう。  もうひとつの道は、僕に『ルイズのアルビオン行きをとめろ』と命令すること。  もしその命令が下されれば、僕は完全に従うことを約束しよう」 「しかし、だ。それはつまり、君はひとりの親友を戦場の渦中に送るか、もしくは  ひとつの国を戦争の危機に追いやるか、どちらかを選ばなくてはいけないという  事なんだ」 部屋内の一同は、岸部露伴の言いたいことをようやく理解し始めていた。 「それなら、俺達だけがアルビオンに向かうという手はどうだ?」 ブチャラティが口を開くが、即座に否定された。 「無駄だね。こいつは仮にも王家の密使なんだ。それなりの家柄や身分がないと向  こうもあってはくれないだろうさ。君が忘れたとは思えないが、僕たちは二人と  も『ただの平民』なんだぜ?」 露伴はアンリエッタに向き直り、はっきりと最後通告を突きつけた。 「もう一度言う。君はどちらかを選ばなくちゃあならない。どちらを選ぶにしても  君の『意思』で、かつ君の『責任』で、選ばなくてはならない!」 「僕は君が王女として悩みぬき、選んだ選択なのであれば、君の選ぶ道をを無条件  で尊重することを約束してやろう。  さあ、悩みぬけ! そして決断しろ!   王家としての義務を果たしてみせろアンリエッタ!」 アンリエッタの顔から血の気が瞬くうちに失せ、幽鬼のような肌の色に変色してい った。何度か口を開け、声を出そうと努力するが、それが発音となって口の中から 出て行かない。 とてつもない数の生命の重みが、実感となって彼女の背中を圧迫していた。 「指導者ゆえの孤独ってやつか」 いままでアンリエッタに対し、沈黙を保っていたブチャラティが優しく口を開いた。 「君は今までに何度となく孤独感、無力感を感じていたのだろうな」 「え……?」 おもわぬ人物の意外な言葉に、アンリエッタは息を詰まらせる。 たしかに彼女は宮廷内で孤独感、無力感を感じていた。 勝手に覚えのない命令を自分の名前で出されている事。たとえそれが正しいものだ と頭でわかっていても、自分が必要とされていないことを自覚するには刺激が強す ぎた。また、彼女のゲルマニアとの婚姻が計画されると、その流れはいっそう露骨 になった。自分には何も相談されずに決められる結婚。自分では何もできない。何 も許されない。 「まあ、オレもささやかだが、人の上に立ったことがある」 「リーダーってのは、他人が思っているほど自由にできるようなものじゃない。  それに、自由に他人に相談することもままならない。部下に弱音を吐くなんて  もってのほかだ。そのつらさは、その立場にたってて見ないとわからない」 「そんな時、自分にできることは、決断する勇気を持つ事だけだ。そして、その決  断に対し、どこまでも責任を持つ『覚悟』を持つだけのことだ。覚悟を持った人  間は強い」 「がんばれとは言わない。今の君のつらさは多少なりとも理解しているつもりだか  らな」 「……はい」 一国の王女に対して、あからさまに対等すぎる口調は明らかに礼を失したものであ ったが、誰もそれを指摘できなかった。 何よりも、アンリエッタ自身が熱心に聞き入っていたからである。 「ただこれだけは言わせてもらおう。人の上に立つ君は自分の決断と行動に責任を  持つ『覚悟』はいつでも持っておけ。そのうえで、自分の正しいと思った道を堂  々と歩いていくんだ。あと、君にはルイズという、信頼のおける頼もしい友達が  いるじゃないか」 ブチャラティの言葉を一言も聞き漏らすまいとしているアンリエッタの顔色が、 見る見るうちに血色のよいものになってゆく。ルイズも、ブチャラティの話しぶり についつい引き込まれてしまっていた。 「露伴は俺とは違う意見のようだが、俺は、友達には悩みは相談できるし、すべき  だと思う。それに俺は彼女の使い魔だ。俺も、ルイズを通して君の手助けをした  いと考えている」 「……はい、ほんとうにありがとうございます。ブチャラティさん」 アンリエッタは始祖ブリミルをも魅了する笑顔を、自身を勇気づけ、感動させた男 に向けた。 「俺のことはただ『ブチャラティ』でいい。  そしてルイズ。命を懸けてでも助けたい友達がいるという事実は幸せだと思う。  露伴、ルイズは時々もの凄く無茶をすることがあるが、それは彼女に『経験』が  足りないせいだと俺は考える。  確かに今回の旅はものすげー危険だし、ルイズはその点については甘い予測しか  していない。  だがな。その甘さはこういった危険を経験しねーと克服できないんじゃないか?  それに、俺はできるだけ彼女自身が正しいと信じた道を進ませてやりたい。  そして、俺たちには道中『彼女を守り抜ける位の能力と経験』がある。違うか?」 「フンッ。イイ子ぶるなよブチャラティ……しんどい目にあうぞ……でも、この世  界の戦争をこの目で見られるってのは案外いい経験になるかもな…面白いマンガ  が描けるかも知れん」 このときルイズ達は、初めてブチャラティのはにかんだ笑顔を目撃することになる。 ルイズにとって、その表情は、何かとてつもなく暖かく、頼もしいものに見えたのだった。 (自分の使い魔にときめくなんて、なに考えてるんだろう、私……) 「わかりました」 アンリエッタは深呼吸を一回行うと、ルイズ達に正面から向かい、言い放った。 その目にはある種の決意を秘めた深い光がたたえられている。 「ルイズ、いえ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。  トリステイン王女として命令します。アルビオンに密使として向かい、ウェール  ズ公から手紙を引き取ってまいりなさい。あなたは道中、わたくし、アンリエッ  タ・ド・トリステインの代行として行動なさい。それに関して、すべてわたくし  が責任を持ちます」 「はい、かしこまりました」 ルイズが覚悟をした意思をもって跪く。 「アンリエッタ殿下。僕は君の決断に心からの敬意を表する」 ルイズに倣って跪きながら、露伴は彼にしては珍しく、心からの賞賛の言葉を発し ていた。 「いえ、ミスタ・ロハン。わたくしに向かってあのような叱咤をなさったのはあな  たが初めてです。わたくしは目が覚めました」 「心配するな。ルイズは俺が守ってみせる。約束だ」 本当はルイズをアルビオンに行かせるのは反対なんだがな、と本音をこぼすブチャ ラティにアンリエッタが話かけた。多少ぎこちないが、彼女の顔に微笑みが戻って いる。 「ブチャラティさん。わたくしのお友達を、これからもよろしくお願いいたしますわね」 アンリエッタは左手の甲をすっとブチャラティに差し出した。 彼は慣れた様子で跪き、彼女の手のひらを右手で受け、手の甲に口付けを交わした。 「了解した、お姫様」 その動作と言動は、一枚の著名な絵画のようにサマになっていたが、 ルイズにとっては、その光景はなんだかとても我慢のならない事柄のように見えて しまい、ちょっぴり妬けてしまったのだった。 「それならば、この手紙を持っていってくださいまし」 アンリエッタは手じかの机に向かい、懐から取り出した紙に文章を書き連ねた。 彼女は文の末尾にサインをした後、さらに何かを付け足そうか迷っている風であっ たが、結局、彼女は何も付け足さず、封蝋で封印を施した。 彼女は、まるで恋人に振られた人間のように悲しそうに首を振ったが、それも一 瞬のこと、王女は改めてルイズの元に向き直り、はっきりとした声で話を続けた。 「あと、これはトリステイン王家に伝わる『水のルビー』です。これがあれば、  あなたたちは密使の身分を証明できるでしょう」 ルイズは宝石のついた指輪と封のついた手紙を受け取った。 「この任務はトリステインの未来がかかっています。くれぐれも無茶なまねはしな  いよう」 「はい、姫様。このルイズ、命に代えても使命を全ういたします」 「それはだめです。必ず生きて帰ると、わたくしに約束してください。トリステイ  ンの水の精霊の加護があなた方にありますように」 「ありがたき幸せにございますわ。必ず、手紙を持って御前に帰ってまいります」 ルイズは今一度、大切な仲間に向かってお辞儀を返した。 このとき、ブチャラティはひとつの当然な疑問を口にした。 「ところで、確認しておきたいんだが、もし『すでに手紙が奪われていた場合』は……」 アンリエッタがついに意識を失った。そのままクタクタと崩れるように床に倒れる。 「奪取するようだな……」
ようやくアンリエッタの抱擁から解放されたルイズは、ふとアンリエッタの口からため息が漏れたのを聞き漏らさなかった。 「わたくしはあなたがうらやましいわ、ルイズ。とっても自由そうで」 「そんな! 私は魔法も使いこなせないおちこぼれですわ! ……それに使い魔は平民ですし」 「それなら、わたくしの使い魔も似たようなものですわ。わたくしの使い魔は亜人ですもの」 「亜人は立派な使い魔ではございませんか!」 そう反論したルイズは、アンリエッタの表情に、かすかな影が差しているのを感じ取っていた。 「姫様? 何か悩み事があるのですか? 私でよければ相談に乗ることぐらいできますわ」 「実は、わたくし。ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりましたの……」 「そんな、あのような野蛮人共の国に!」 「ですが、アルビオン国の情勢を考えると、この結婚はトリステインの御国のためになるのですわ。  この結婚はゲルマニアとの軍事同盟を結ぶための条件なのです」 アンリエッタは続けた。トリステインは小国のため、軍事同盟がなければ自国の防衛もかなわないこと。そして、アルビオン王国の内乱のこと。アルビオンの反乱軍は、王政の打倒を標榜していること。もし彼らが内乱を制すれば、おそらくトリステインに攻め入ってくるであろうこと…… 「それに私は、好きな人と結婚できるなどとは、生まれてこの方、微塵にも希望を抱いてはおりません」 アンリエッタはこわばった唇から無理矢理ひねり出すように言葉をつむぎだす。 その様子から、この結婚を嫌がっていることは誰の目にも明らかであった。 「ですが、その結婚に問題がひとつあるのです」 「一体どうしたのですか?」 ルイズはつい興奮してアンリエッタに詰め寄った。 「実は、わたくしがしたためた手紙がアルビオン国王子、ウェールズ公の手元にあるのです」 「どう言うことですか?」 「内容は、今は申せません。ですが、その手紙が敵の手で公表されると……  ああ、恐ろしい! ゲルマニアとの同盟は反古になってしまうでしょう!  そうなれば、このトリステイン王国は自国を防衛することも怪しくなってしまいますわ!」 「ならば、私がその手紙をとりに言ってまいりますわ! 私は姫様とトリステインのためならこの命に代えても使命を果たして見せます!」 「そんな! 手紙は内戦中のアルビオンにあるのですよ!  しかも、ウェールズ公の軍は敗色濃厚。  いつ叛乱勢にとらわれてもおかしくない状況なのです!  そのような危険な地に、わたくしの大切な友達を生かせるなんて考えただけでも恐ろしい事ですわ!」 アンリエッタは突然自分の顔を抱え、膝を屈して泣き叫んだ。 「ああ! わたくしは何という恐ろしいようなことをルイズに頼もうとしていたのでしょう!  ルイズを死地へなどと! きっとわたくしは気が動転していたのですわ!  お願い、ルイズ。今の話はすべて忘れて頂戴」 「ならば姫様はどのような手を打たれるというのですか?」 ルイズは思わず声をあらげてルイズを怒鳴りつけてしまった。 「それが皆目見当もつかないのでございますわ。友達を戦地に送るわけにも行かない。かといってほかに任せられる人物も、相談できる人物もいないのです」 アンリエッタは立ち上がりながら悲しそうにため息をつくしかなかった。 王家のマスコットでしかないアンリエッタにとって、信頼できる人物は、王宮にはほとんどいないといってよかった。 「ちょっとまってくれないか? 王女さんさ?」 声の主は露伴であった。彼は、なぜだか死刑判決を下す裁判官のような冷徹な表情をしている。 「僕は今から君にものスゴク冷徹なことを言う。しかし、だからこそ真剣に聞いてもらいたい」 「僕は漫画家という職業柄、キャラクターがそのシチュエーションの中でとりうるあらゆる状況をつい考えてしまうんだ。その僕が思うんだがな……」 「君はルイズに『手紙の件は忘れてくれ』といった。だが、ルイズがその言葉におとなしく従うと思うかい?」 アンリエッタはハッとしてルイズを見つめる。対照的に、ルイズは気まずそうに顔を背けた。 「ルイズ。あなたは、まさかッ!」 「……私が勝手にアルビオンにいくのであれば、誰にも迷惑はかけることはありませんわ」 「違うな」 露伴が即座に断定する。彼の表情は明らかに冷酷な目をたたえていた。 「ルイズが行く時はルイズの意思によって行く。それはすべてルイズの自発的な行動から出るものだ。だが、旅の途中でルイズが死んだりした場合は、アンリエッタ、君が責任を取るべきだ。いや、とらなくちゃあならないんだ」 「ロハン! 姫様に失礼よ!」 「君は黙っていろ、ルイズ。それと君は『命に代えても』とかほざいていたけども、  もしかして君は自分が死ぬはずないとでも考えてるんじゃあないだろうな?」 「それでもッ……」 ルイズは絶句した。露伴の言う通りであったからである。そのくせ、ヒロイックにも自分の行動がアンリエッタ王女の役に立つだろう、と根拠もなく思い込んでいた。 「話を続けよう、王女さん。君がルイズに手紙の話をしてしまった時点で、ルイズはアルビオンの元へ、ウェールズ公の下へ赴く決意を持ってしまった。いまさらだが、君はあの話をルイズに『すべきではなかった』」 「くっ……」 アンリエッタの唇が、かみ締めた己の口の圧力で白くなる。 「君がやめるように懇願しても、おそらくルイズは隙を見てアルビオンにわたるだろう。だが僕の協力があれば、ルイズを強制的に渡航を断念させることができる。  これは確実に可能なことだ」 「では! ミスタ・ロハン、ぜひ協力をお願いいたします」 アンリエッタは湖面に浮かんだ一本の藁をつかむ溺者のような表情をしてロハンの手をとった。 しかし、王女の前の男は頭をふり、完全に冷えきった声を発した。 「だが、断る」 「「露伴!」」 「デルフ、ブチャラティ。こいつばかりは君達にも邪魔はさせない。王女さん、あなたはルイズを危険にさらしたくはない。そう思っている一方で、密使役はルイズ以外適当な人物を思いつけていない」 「それを踏まえて、君は熟慮して僕の質問に答える必要がある。いま君には向かうべき二つの道があるとしよう」 「ひとつの道は、ルイズに『アルビオンに行け』と頼む事。ルイズは聞くだろう。  もうひとつの道は、僕に『ルイズのアルビオン行きをとめろ』と命令すること。  もしその命令が下されれば、僕は完全に従うことを約束しよう」 「しかし、だ。それはつまり、君はひとりの親友を戦場の渦中に送るか、もしくはひとつの国を戦争の危機に追いやるか、どちらかを選ばなくてはいけないという事なんだ」 部屋内の一同は、岸部露伴の言いたいことをようやく理解し始めていた。 「それなら、俺達だけがアルビオンに向かうという手はどうだ?」 ブチャラティが口を開くが、即座に否定された。 「無駄だね。こいつは仮にも王家の密使なんだ。それなりの家柄や身分がないと向こうもあってはくれないだろうさ。君が忘れたとは思えないが、僕たちは二人とも『ただの平民』なんだぜ?」 露伴はアンリエッタに向き直り、はっきりと最後通告を突きつけた。 「もう一度言う。君はどちらかを選ばなくちゃあならない。どちらを選ぶにしても君の『意思』で、かつ君の『責任』で、選ばなくてはならない!」 「僕は君が王女として悩みぬき、選んだ選択なのであれば、君の選ぶ道をを無条件で尊重することを約束してやろう。  さあ、悩みぬけ! そして決断しろ!   王家としての義務を果たしてみせろアンリエッタ!」 アンリエッタの顔から血の気が瞬くうちに失せ、幽鬼のような肌の色に変色していった。何度か口を開け、声を出そうと努力するが、それが発音となって口の中から出て行かない。 とてつもない数の生命の重みが、実感となって彼女の背中を圧迫していた。 「指導者ゆえの孤独ってやつか」 いままでアンリエッタに対し、沈黙を保っていたブチャラティが優しく口を開いた。 「君は今までに何度となく孤独感、無力感を感じていたのだろうな」 「え……?」 おもわぬ人物の意外な言葉に、アンリエッタは息を詰まらせる。 たしかに彼女は宮廷内で孤独感、無力感を感じていた。 勝手に覚えのない命令を自分の名前で出されている事。たとえそれが正しいものだと頭でわかっていても、自分が必要とされていないことを自覚するには刺激が強すぎた。また、彼女のゲルマニアとの婚姻が計画されると、その流れはいっそう露骨になった。自分には何も相談されずに決められる結婚。自分では何もできない。何も許されない。 「まあ、オレもささやかだが、人の上に立ったことがある」 「リーダーってのは、他人が思っているほど自由にできるようなものじゃない。  それに、自由に他人に相談することもままならない。部下に弱音を吐くなんてもってのほかだ。そのつらさは、その立場にたってて見ないとわからない」 「そんな時、自分にできることは、決断する勇気を持つ事だけだ。そして、その決断に対し、どこまでも責任を持つ『覚悟』を持つだけのことだ。覚悟を持った人間は強い」 「がんばれとは言わない。今の君のつらさは多少なりとも理解しているつもりだからな」 「……はい」 一国の王女に対して、あからさまに対等すぎる口調は明らかに礼を失したものであったが、誰もそれを指摘できなかった。 何よりも、アンリエッタ自身が熱心に聞き入っていたからである。 「ただこれだけは言わせてもらおう。人の上に立つ君は自分の決断と行動に責任を持つ『覚悟』はいつでも持っておけ。そのうえで、自分の正しいと思った道を堂々と歩いていくんだ。あと、君にはルイズという、信頼のおける頼もしい友達がいるじゃないか」 ブチャラティの言葉を一言も聞き漏らすまいとしているアンリエッタの顔色が、見る見るうちに血色のよいものになってゆく。ルイズも、ブチャラティの話しぶりについつい引き込まれてしまっていた。 「露伴は俺とは違う意見のようだが、俺は、友達には悩みは相談できるし、すべきだと思う。それに俺は彼女の使い魔だ。俺も、ルイズを通して君の手助けをしたいと考えている」 「……はい、ほんとうにありがとうございます。ブチャラティさん」 アンリエッタは始祖ブリミルをも魅了する笑顔を、自身を勇気づけ、感動させた男に向けた。 「俺のことはただ『ブチャラティ』でいい。  そしてルイズ。命を懸けてでも助けたい友達がいるという事実は幸せだと思う。  露伴、ルイズは時々もの凄く無茶をすることがあるが、それは彼女に『経験』が足りないせいだと俺は考える。  確かに今回の旅はものすげー危険だし、ルイズはその点については甘い予測しかしていない。  だがな。その甘さはこういった危険を経験しねーと克服できないんじゃないか?  それに、俺はできるだけ彼女自身が正しいと信じた道を進ませてやりたい。  そして、俺たちには道中『彼女を守り抜ける位の能力と経験』がある。違うか?」 「フンッ。イイ子ぶるなよブチャラティ……しんどい目にあうぞ……でも、この世界の戦争をこの目で見られるってのは案外いい経験になるかもな…面白いマンガが描けるかも知れん」 このときルイズ達は、初めてブチャラティのはにかんだ笑顔を目撃することになる。 ルイズにとって、その表情は、何かとてつもなく暖かく、頼もしいものに見えたのだった。 (自分の使い魔にときめくなんて、なに考えてるんだろう、私……) 「わかりました」 アンリエッタは深呼吸を一回行うと、ルイズ達に正面から向かい、言い放った。 その目にはある種の決意を秘めた深い光がたたえられている。 「ルイズ、いえ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。  トリステイン王女として命令します。アルビオンに密使として向かい、ウェールズ公から手紙を引き取ってまいりなさい。あなたは道中、わたくし、アンリエッタ・ド・トリステインの代行として行動なさい。それに関して、すべてわたくしが責任を持ちます」 「はい、かしこまりました」 ルイズが覚悟をした意思をもって跪く。 「アンリエッタ殿下。僕は君の決断に心からの敬意を表する」 ルイズに倣って跪きながら、露伴は彼にしては珍しく、心からの賞賛の言葉を発していた。 「いえ、ミスタ・ロハン。わたくしに向かってあのような叱咤をなさったのはあなたが初めてです。わたくしは目が覚めました」 「心配するな。ルイズは俺が守ってみせる。約束だ」 本当はルイズをアルビオンに行かせるのは反対なんだがな、と本音をこぼすブチャラティにアンリエッタが話かけた。多少ぎこちないが、彼女の顔に微笑みが戻っている。 「ブチャラティさん。わたくしのお友達を、これからもよろしくお願いいたしますわね」 アンリエッタは左手の甲をすっとブチャラティに差し出した。 彼は慣れた様子で跪き、彼女の手のひらを右手で受け、手の甲に口付けを交わした。 「了解した、お姫様」 その動作と言動は、一枚の著名な絵画のようにサマになっていたが、 ルイズにとっては、その光景はなんだかとても我慢のならない事柄のように見えてしまい、ちょっぴり妬けてしまったのだった。 「それならば、この手紙を持っていってくださいまし」 アンリエッタは手じかの机に向かい、懐から取り出した紙に文章を書き連ねた。 彼女は文の末尾にサインをした後、さらに何かを付け足そうか迷っている風であったが、結局、彼女は何も付け足さず、封蝋で封印を施した。 彼女は、まるで恋人に振られた人間のように悲しそうに首を振ったが、それも一瞬のこと、王女は改めてルイズの元に向き直り、はっきりとした声で話を続けた。 「あと、これはトリステイン王家に伝わる『水のルビー』です。これがあれば、  あなたたちは密使の身分を証明できるでしょう」 ルイズは宝石のついた指輪と封のついた手紙を受け取った。 「この任務はトリステインの未来がかかっています。くれぐれも無茶なまねはしないよう」 「はい、姫様。このルイズ、命に代えても使命を全ういたします」 「それはだめです。必ず生きて帰ると、わたくしに約束してください。トリステインの水の精霊の加護があなた方にありますように」 「ありがたき幸せにございますわ。必ず、手紙を持って御前に帰ってまいります」 ルイズは今一度、大切な仲間に向かってお辞儀を返した。 このとき、ブチャラティはひとつの当然な疑問を口にした。 「ところで、確認しておきたいんだが、もし『すでに手紙が奪われていた場合』は……」 アンリエッタがついに意識を失った。そのままクタクタと崩れるように床に倒れる。 「奪取するようだな……」

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